ロイレシア戦記:赤の章

方正

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第八話

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 朝焼けで明るく薄い橙色が正面に広がる森を照らしている。その森の上には私達を丁度見下ろすように要塞が立っていた。
 本陣を移動させるために数部隊を先に送り、それと共に私とヴァンの軍隊、損害が少ない複数の騎士師団を優先して移動させて戦場の陣取りを命令した。
 スノーホワイトと呼ばれる森林は、木々が白い肌を見せている。
 私は大要塞に繋がる二本の太い道を見渡せる位置に本陣を敷いた。出発前に各陣営の配置箇所を記した羊皮紙を伝令に渡してある。
 陣営が出来るまでは時間を待つだけ。
 それまではにも私はやっておかなければならない事は山積み。
 戦術を決めるのは現場指揮官の仕事。幸いにも頭の切れる人が多い。
 私は戦略を決めて確実に敵を殲滅出来る攻め方をする事。
 テントの反対側、南方面に移動して見渡すと今まで戦地だった草原を私達の国旗と貴族それぞれの旗を掲げて私が指示した箇所へと移動していた。
「姫様。フランツ様が到着の報告でございます」
振り返って声を掛けられた方を見るとヴァンが立っている。今は私の護衛として着かせていた。
 いつも通り小難しい顔をして。
「わかりました。私のテントに来ていただくように伝えてください」
そうって私は自分のテントの中へと戻る。
 テントの中は大きめのテーブル中央に地図を広げて、その地図を囲むようにしてこの地域の気候や動物、植物について記載された書物を無造作に置いている。
 ここに到着してからはひたすら読み漁ってばかりだった。
 私はテーブルの左側に紅茶を新しく入れたティーポットとティーカップを用意する。
「ヴァイオレット様。失礼致します」
しばらくしてから一人の男性が入ってくる。ティーカップを反対側の席に一つ置いた。
 私は右手を出して、私の反対側に座るように催促する。中年で顔は傷だらけ、それに左目には眼帯を付けていた。
 彼は父上がまだ戦場を駆け回っていたころから戦場に立っているらしい。20年近く戦場に立っているという。
「フランツ伯爵、到着ご苦労様です。あなたの事は父上から聞いております。とてもお強い戦士だとか」
彼にそういうとほとんど無表情で頬が少しだけ動いた。
 そんなことを言われるのが好きではないのか。それとも、照れくさいのか。
 彼は紅茶を一口だけ飲むと話し出した。
「私達の騎士団は東側の一番端に陣を敷かせて頂きました。今回は我らの軍は使わないという事ですか?」
彼の質問に私は静かに答え出す。確かに彼らの軍勢は強力だ。
 今回の戦いに賛同して参加を決意してくれた中では最高クラスの強さだ。
「いいえ、違います。あなた方には右翼陣営の司令塔として戦ってもらいます」
今回の戦いを簡単に説明を始める。この事を伝えるのは彼も含めて三名。
 左翼陣営の指揮を任せる予定のダリア侯爵。中年の女性だが数多くの戦場を渡り歩いた猛者で、彼女が指揮する戦場ではほとんど勝利をもたらしている。
 中央部分攻略の指揮を任せるサマル軍師。高齢の男性で攻城戦に置いてのスペシャリストだ。彼が落とした城は数知れないほど。
 サマル軍師にはこの作戦を決める上で相談役になってくれたため、既に彼にだけは全容を伝えている。
 左翼と右翼の両陣営は中央の軍隊の護衛軍だ。敵の注意を向かせる事と数を減らす事が主な戦略になる。
「戦略と作戦はこのようになります。私の様な小娘の作戦に賛同して頂いてありがとうございます。フランツ伯爵」
フランツ伯爵は残った紅茶をすすり、ティーカップの中身を空にした。
 傷だらけの顔で私をジッと見つめた。蛇、いや、猛獣に睨まれたような感覚。
 しばらく見つめてから、二人だけの静まり返った空間を変えた。
「今回の王位継承者はヴァイオレット様だと考えております。他の方々は王の器が感じられませんでした」
どういう事だろうか。兄様達は王としての資格がないという事だろうか。
 頭の中で考えを回しながら、必死で考える。父上の代から戦い続けている騎士だ。何か考えがあるのだろう。
 その間にもフランツ伯爵は話を続けた。
「特に三男のレイウス様は危険すぎます。深淵に住む悪魔の様な考えを持つお方です。貴族、騎士団は国と王を守る為に存在するのですから、他国への権益と請求はすべきではないと考えています」
しばらく間、フランツ伯爵の考えを教えてくれた。要するに兄様達より、私を王座につかせるという事らしい。
 それに対して、私は感謝の言葉だけを返した。
 そうして彼は私のテントから出て行っていく姿を静かに見送る。
 そして、2時間ほど続けて会談が続いた。フィオが最後に到着したという報告を受けて、私の分のティーカップとフィオの分のティーカップを用意した。
 テントの外からフィオとヴァンの声が聞こえた。
 きっと、フィオの騎士のクロウがヴァンに噛みついたのだろう。やがて静かになってフィオが入ってきた。
 私の反対側。テーブルの左側ある椅子に手のひらを伸ばして、座るように指示する。
「今さっき到着したのですね?フィオ」
私がそういうとテントに入ってきた時の貴族の雰囲気が無くなる。いつものフィオだ。
 彼女は私が注いだ紅茶を両手で持ってから、少しだけ飲んでいた。
 私も一口だけ飲んでから、ティーカップを静かに置いた。
「今回の作戦を簡単に説明させて頂きますね」
他の方と同じように今回の配置箇所の説明をテーブルに広げた地図を指さして、到着前に小競り合いがあった事を知らせる。
 一通り説明すると彼女は椅子に座り直した。
「なるほどね。大体は理解できたけど、何を仕掛けるの?」
この先の事は誰にも伝えていない。必要な兵器は私の軍だけで用意を始めさせている。
 山火事を起こしてこの森を焼き払う。これの指揮は私が直々に行うつもりだが、サマル軍師の元で戦わせる軍はまだ決めていない。
 しかし、フィオには伝えても問題ないだろう。
 私はティーカップを空にして注ぎ直した。すぐに飲むにはまだ熱い温度だ。
「山火事を起こします。この森には松やカエデなどの燃えやすい樹だらけなのですが、何しろ準備にとても時間が掛かってしまいまして……」
私をジッと見つめるフィオに対して笑顔を返した。
 少数でなおかつ、大軍と互角に戦える兵士と森の中での戦いに慣れた指揮官が必要。
 不用意に指揮をさせると大量に死人が出てしまう。既にいくつかの貴族は軍隊が壊滅して他の貴族に編成された混成軍隊もいる。
 正直、大要塞前になるべく軍隊は多く残しておきたい。
「そういう事です。まぁ、その時になったら適任を指名しますから。今すぐにフィオに頼むわけではありませんよ」
そう言ってから、フィオの空になったティーカップに新しく紅茶を注ぐ。
 すこしだけ難しい顔をして、頬杖をついて遠い目をしている。
 何を考えているのかはわからないけど、彼女はどう立ち振る舞うのだろうか。
「小難しい話はここまでにしましょう。フィオはこの戦いが終わったら何をしますか?」
そうフィオに伝えると、ティーカップの水面に息を吹きかけて少しだけ波を立ててから口に運んだ。
 ほんのり甘く渋い味が口の中へと広がる。
「私は特には考えていないよ。私はヴィオの友として戦場に立っているだけだから」
その一言を放つとフィオも静かに紅茶を飲んだ。雑談を終えるとお互いのティーカップは空になっていた。
 私はテントを出るフィオに対して静かに小さく手を振って、彼女はテントを出る。
 再び、静かなテントに戻る。私とフィオが使ったティーカップを片付けると、再び椅子に座ってテントの頂点を見つめた。
 外からは微かに兵士達の声が聞こえるが、耳を澄まさなければ聞こえないくらいに小さい。
「姫様。今日、到着予定の者達は以上でございます。休憩されてはいかがですか?」
私のテントの前に番兵として立っていたヴァンが中に入ってくる。
 明日には全軍揃う。それに攻城兵器も明日に届く。そこから攻める準備には数日かかる。
「気遣いありがとうございます。私は大丈夫ですよ」
彼に微笑んで返事をする。ヴァンの表情はいつもと変わらない顔をしていた。
「それよりも、あれの準備はどうですか?」
私の軍の補佐官であるヴァンには、私が行う作戦を予め伝えてはいるが、あまり賛同してはくれなかった。
 綱渡りのような作戦やギャンブルのようだみたいなことを言われた。
 ヴァンは難しい顔をして静かに答える。
「20台ほど用意させる事ができました。サマル軍師に用意するように言われた油を大量に用意できております」
彼は淡々と近況報告を手軽に済ませてくれる。
 それ以上は質問などを返さなかった。彼にもいろいろ思う事はあるだろうが今は従って欲しい。
 地図の上に右手の人差し指でなぞる。
「配置箇所は所定の場所通りにしてください。サマル軍師からの依頼された品は彼の支持に従うようにしてください」
彼にそういって伝えると、一礼してから外に出て行った。
 私は読みかけていた本を手に取ってから、続きを読む。
 内容はガルバード大要塞について書かれた本。かつては鉱山と軍事基地が並列して出来上がったものだった。
 鉄が多く取れたらしいが、今では廃鉱山となっている。重要度はライトランス帝国が攻めてきた時から地形的に有利という事が認識されることになる。
 その際に、廃鉱山は辺り一帯の森の中へすぐに移動できる手段として再利用されているという。
 具体的な地図は書かれておらず、迷路になっている。
 占領されて数年経っている為、ライトランス帝国側は地図を描きあがているだろう。
 不利な戦場だ。
 けれど、不利な盤面なほどひっくり返すのはとても楽しい物だ。
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