ロイレシア戦記:赤の章

方正

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第七話

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 いつも宴は苦手だ。つまらない話がよく次々に口から出てくるものだ。
 作り笑いを浮かべて、話を楽しんでいるふりをする。そうしなければ、彼らの機嫌を損ねてしまう。
 こんな時にボイコットをされるとたまったものじゃない。
「姫様。大丈夫でございますか?」
そう言ってから、ヴァンは新しいエールを銅製の盃に注いでくれた。私は少しだけ疲れた顔をして笑みを返す。そうしてから、小さく切られたチーズを摘まんで食べる。少しだけ柔らかく、この独特の風味は酒の味によく合う。
 椅子に大きく腰を掛けて、夜空をみた。
 中央に燃えているかがり火は、弱弱しい星の光を飲み込んでしまっている。見えるのは一番大きい星だけ。
 今頃、フィオ達も宴を始めている頃だろう。大きな初戦は勝利に終わった。
 次の戦争に備えなくてはいけませんね。
「ヴァン?少しこちらに」
足を組み替えてから、ヴァンに対して手招きをした。私の左側に片足を着いて顔を近づける。ヴァンの耳に口を近づけて片手で口の動きを読まれない様にする。
「精鋭を10名ほどあなたの軍隊から抜き出してください。敵拠点に対して襲撃を行います」
ヴァンは少し驚いた表情をして聞き返した。当然だろう。夜襲は念密な作戦を立てた上に行うものだ。
「今からですか?」
「もちろん。あくまでサポートとして、参加してもらいます。主要箇所は私の1部隊で進めさせていただきますから」
私は立ち上がってから、後方に待機させている黒いフードを頭からかぶっている男に視線を送って呼び寄せる。
 準備を始めてくださいと伝えると、静かに闇の中へと姿を消した。
 机に立て掛けていた私のサーベルを携えて、口直しに水を一口のみ込む。すぐに終わる戦闘。酔い直しにはちょうどいい。
「私は先に行っておきますから、荷馬車を5台ほど率いて連れてきてください」
彼は小さく返事をして、場所を記した地図を渡した。
 静かににぎやかな場所を離れて、黒いローブに身を包む。背中まである赤い髪を頭の後ろで団子の形にまとめた。
 既に馬に跨っており、一人だけ私の馬の手綱を持ってから待っている。
 その男に小さく礼を言ってから馬に乗りこんた。
「皆さん、この度は私の無茶苦茶な作戦に協力してくれてありがとうございます。あなた達は勇敢な騎士ですが、これから行う事は騎士の栄養とはかけ離れた盗賊まがいの行いです。気に食わなければ離れてもらっても構いません」
その言葉に誰一人、馬から降りる事はなかった。フードの下から見える眼光はまるで狼の様に鋭い。今夜、ここに集まった兵士は狩人になる。敵兵をひたすらに追いかけ仕留める。
 私が先頭を走る。ひたすら、無心に早く走る事だけを考えて進む。
 目的地は本陣営から北西側にある5キロほど離れた集落。もっと近い距離にも敵拠点が存在している事は確認済みだが、あえてここを選んだのは理由がある。フィオが討ち取った残党兵はここに居る可能性が高い。
 大将を討ち取ったとはいえ、残った兵士をかき集められてしまえばそれなりの戦力になる。
 それにそれだけの兵士達を受け入れる事が出来るほどの物資が集められている証拠だ。
 途中で部隊を3つに分けた。それぞれ、10名ずつに分けて拠点に繋がる道へと回した。
「始めましょうか。拠点にいる人はすべて討ち取りなさい」
茂みの中に馬を隠して、地面に伏せて号令をかけた。一斉に兵士達が拠点内に飛び込んだ。
 拠点は一つの物見やぐらと丸太で柵を作って拠点を円状に囲んでいるが、道の部分には見張り番が立っているだけで門はない。
 中にはいくつかの家とテントが立てられて、簡易的な馬小屋と荷馬車が20ほど並んでいた。
 拠点内の広場には兵たちが横たわっている。外れている漆黒の鎧を見る限りフィオが撃退した部隊だろう。衛生兵や医師たちが忙しなく働いている。
 やがて拠点内に入ると、悲鳴が拠点内に鳴り響いた。
 始まった。後は殲滅するだけ。そんなに多く時間は残されていない。私はゆっくりと広場へと歩みを進める。負傷兵でも勇敢に武器を持って襲ってくる。
 手負いの者を手に掛ける趣味は無いですが、仕方ありませんね。
 サーベルを静かに抜いて、右肩と右腕の付け根を突き刺してから、腹部を切り裂く。腹部に致命傷を与えるには、内臓に到達するほどの深さを与えれば十分だ。あとは出血して死を待つだけ。
 次は手首を切り落として、頭を掴んだ。
「燃えなさい」
頭を掴んだ手に力を入れると男の全身は真っ赤な炎に包まれて、塵になってしまった。
 その塵を踏みつけて、歩みを進める。私が向かう先は大きな茶色のテント。中を開いてみると、武器から小麦粉が入った麻袋に酒類やたばこなどの嗜好品で埋め尽くされいてた。これだけあれば十分。荷馬車にもまだ、この倉庫代わりにしているテントに入り切れていない物資が詰まっているだろう。
 何か足首に当たる。見下ろすとそれは血にまみれた中年の女性だ。
 憎悪で満たされた視線と声を振り絞って私に投げかける。
「どうしてこんなことを……!」
私は足を振り払って、サーベルで首の後ろを突き刺した。すぐに静かになる。
 何を言っているのか。敵を打ち倒すのにそのような事を言ったところでどうするのか。
 サーベルを振り払って、着いていた血を振り落とす。私はその転がっている肉の塊を踏みつけて、戦火の風に吹かれた。
 そうして、時が経つのを静かに待つ。時折、私に向かって刃を振るう物もいた。
 手負いの兵に私を傷つける事は出来ない
 誰かが火を付けたのだろう。民家が真っ赤に燃えていた。その炎の中に人の影が見えた。叫び声を上げて、踊り狂うようにして苦しんでいる人の影。やがて、力尽きて影は消える。
 次第に叫び声の数は少しずつ減っていき、次第に降伏した兵士が広場の中央に集められていく。
「降伏した兵士達の処遇はいかがいたしますか?」
頭に両手を置いて、跪いて皆うつ向いていた。大体20名ほどか。
 その周りに剣を向けて取り囲んでいる。サーベルを静かに鞘に納めて、兵士達を見る。
「殺しなさい。残った死体は埋めてしまいましょう」
 そこにいた兵士達はすぐに死体の山へと姿を変えた。後ろにはいそいそと死体埋める兵士達に背を向けて、私は振り返って拠点の入口へ向かう。遥か彼方、私達が来た方向から明かりが見える。ヴァン達だろう。
 私の兵士だけになった拠点の中に馬車が5台新しく並んだ。一番最後に並んだ馬車に乗っており、着くと同時に飛び降りて私の元へと駆け寄った。
「姫様!これは一体……」
驚くのも無理が無いだろう。到着したと同時に拠点のほとんどが燃えて、敵兵士の死体を埋める私の兵士達。
「後始末です。汚れたところを掃除するのは当たり前でしょう?」
そう言い捨てて、ヴァンの隣を抜けて馬車に乗ってきた兵士達に物資が詰まったテントを指さして積み込むように指示をする。何人かは困惑した表情をしていたが、言い返す者はいない。
 一瞬だけ私がサーベルで突き刺した中年女性の顔が思い浮かんだ。
 これは戦争、仕方の無い事。敵兵士に情けをいくらかけたところできりが無い。
 泣くも喚くもすべてが終わってからでいい。今のうちは。
「姫様。本当に敵国の兵士だけだったのですか?」
この辺りは先の戦争で義勇軍が立ち上がりほとんど虐殺に近い形で撃退されてしまったと聞く。
 あの中年女性は私の顔を知っているような表情をしていた。しかし、私の顔を敵国の市民までが知っていても可笑しくはない。それに、戦争中の敵国王族を知らない方が不思議。知らなかったとしてもよほど自国の事に興味が無いのだろう。
「無論です。先ほどの負傷兵を看護していましたから」
ヴァンはそれ以上は何も言わなかった。難しい顔だけをしている。
 今は理解して貰おうとは思わない。そう、私を理解してくれる人なんていないのだから。
 強く胸の紅いペンダントを両手で握り占めた。今は迷う事はやめよう。
 すべて荷台に積み込まれるまではあっという間だった。すぐに撤収を始めさせ、急いで本陣に戻る。
 本陣に戻るまでは密偵に見られてしまっては意味がない。
 荷馬車を囲んだ黒いローブに身を包んだ兵士達。私はヴァンが操縦する最後列の荷台に乗って、燃やし尽くされた拠点が小さくなっていくのをただ眺める。
「ヴァン。あなたは何のために戦うのですか?」
屋根のない荷台から雲の無い空を見上げた。満月が私を見ている気分。
 私が投げかけた言葉に対してしばらく間を置いて、ヴァンの言葉が返ってくる。
「姫様の為に戦うのです。それ以上でもそれ以下でもありません」
生真面目な彼らしい言葉だった。
 本当に私が聞きたいのはそのもう一つ先。
「もし、私が姫じゃなくなっても着いてきてくれますか?」
その言葉を投げ返すとすぐに言葉は戻ってくる。
「もちろんでございます。私は姫様の命でございますから」
迷いのない返事だった。それ以上は言葉を交わさなかった。
 本陣に戻ると私は自分のテントに戻る。出撃する前と変わらない光景が広がっていた。
 一つだけ違っているのは祝宴は終わっており、とても静かだ。見張りの兵士達が巡回しているだけでそれ以外の音は聞こえない。
 私は赤い軍服と装備を外してからベットへと倒れ込むように眠りにつく。
 今日は疲れました。久しぶりに長い一日であっという間です。
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