ロイレシア戦記:赤の章

方正

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第六話

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 青々とした草原。春になりたての香りが鼻をくすぐる。
 あたり一帯を見渡す事が出来る小高い丘の上に本陣を敷いた。
 赤い軍服で身を包み、父上から頂いたサーベルを腰に携えて片足に体重を掛けて、腰に手を当ててから目の前の戦場を見る。
 先に出陣させた傭兵集団と正規軍の歩兵を率いた侯爵が指揮をしていたが、失敗に終わったせいで残された兵士達。
 逃げ惑う兵士もいれば、勇敢にも騎馬兵の槍に貫かれるまで戦い続ける兵士もいた。
 次はフィオの番。歩兵達が破れたら自由に戦ってよいと指示は出している。どうやって戦うのかは知らされていない。
「いよいよですが、よろしかったのですか?」
後ろのテントからヴァンがいつもの鎧を着て出てきた。私の隣で立つと、腕を組んで戦いの成り行きを見る。
 最終的な防衛線を引いて、隊長達に指示を出し終えてきたという。
 私は必要ないと言ったのですが。
「大丈夫、敵を欺くなら味方からというでしょう?」
私が少し視線を下げると馬に乗っている二人の影が見える。
 フィオと騎士のクロウが二人だけで並んでいる。一瞬だけ私達の方を振り向いた。
 しばらくして、二人は敵の中央へと駆けて行く。
 私の後ろで戦況を眺めていた貴族たちが立ち上がった。
「あの騎馬軍団相手に二人だけとは、なんと無謀な」
そう後ろから声が聞こえた。戦術という物を学んだ事がある人からしたら無謀な攻撃に感じるだろう。
 二人に向かって迫りくる黒鉄の騎馬兵達。先に攻撃を仕掛けたのはフィオから。
 横並びの移動から縦に一列に二人は並ぶ、戦闘はフィオだった。戦闘の兵士切り伏せると、次々に迫る騎馬兵達を討ち取る。
 後ろを着いてきたクロウが馬から高く前へと飛ぶと、一人を狙ってあの刃を振るう。
 すると、敵の騎馬兵士達は足を止めた。将軍を討ち取ったのだろう。
 フィオは急いで地面に降りることになったクロウを拾うと馬の後ろに載せて、全速力で距離をとった。
 それと同時に草原に伏せていたマスケット銃を持った兵士達が一斉に立ち上がって残された騎馬に向かって弾丸が放たれる。
 一度に騎馬を潰れた。次にもう少し後ろで伏せていた弓兵達が空に向かって放つと鉄の雨が降り注いだ。
「マスケット銃はそういう使い方も出来るのか」
別の貴族の声が聞こえた。残りの兵士達の殲滅が始まる。馬をなくした騎馬兵は鎧のせいで鈍重。
 マスケット銃を持った兵士にしたら、格好の的だろう。
 一方的な虐殺を眺める趣味は無い。
 私は身体の向きを反対側に向けて、貴族へと視線を移す。
「終わりましたね。私は戻りますがよろしいでしょうか」
私がそういうと貴族たちは深々と頭を下げて、本拠点のテントへと戻る。もちろん、ヴァンは私の後ろを着いて来る。
 テントの中に入ると、テントの中央には王城の自室で広げていた地図を大きなテーブルの上に置かれている。
 開戦前に陣形を説明を行ったため、さらにいろいろ書き込まれている。
「姫様は勝利する確証を分かっておられたのですか」
一番奥の席に座ると、右隣にヴァンが立つ。
「私は予言者ではないですよ。あえて言うのであれば、勘でしょうか」
私がそういうと少しだけ真に受けた顔をした。素直というか真面目な正確な男。
 私は思わず口に手を当てて、くすくす息を漏らして笑う。
 顔を見てから少しだけむっとした表情に変わった。手を膝の上に戻した。
「冗談ですよ。彼女の兵士達は人よりも獰猛な動物たちや人離れした山賊と戦ってばかりいる猛者たちばかりですから」
フィオの故郷は猛獣と共に戦う環境が当たり前だ。
 特にヒグマやグリズリーの生息域に重なり、害獣の被害が大きいと聞いている。
 そして、獣肉や毛皮の名産地で有名だ。王城の料理人達からもイエルハート家の鹿肉は質が良いらしい。
 その獣を狩っている人は、兵士達というわけでそんな環境で暮らし続けていれば屈強な兵士に育つだろう。
 自然の摂理である弱肉強食の世界が、すぐそばにあるわけだ。
 弱い兵士……いや、弱い人はすぐに獣のえさになるだろう。
 戦闘が終わったのか、テントの外に居た貴族たちが次々に中へと入り、座席に座る。
「それにしても、あのマスケット銃を使った戦術は称賛に値します」
ヴァンがそう呟いた。私は静かに目を閉じてから、あの鉄の雨を思い出す。
 確かに見事だ。二人だけで軍団の動きを止めたのち、伏兵で一気に殲滅する。
 統率が取れた軍隊、敵を百発百中で確実に命中させることが出来る技術を持っている兵士達であれば可能な戦術だろう。一応マスケット銃を使用する師団はいくつか用意している。
 その師団の内半分は殲滅されてしまったけれど、武器は射程が長く威力が高い物に変わっていくのだろうか。
「そうですね。戦術は見直す必要があるかもしれません」
いまだにどの国も主戦術は弓と歩兵だ。もし、どんな兵士でも扱える進化した銃器が開発されればあっという間に国は滅ぼされてしまうだろう。
 貴族たちがテーブルを囲んで座る。観戦していた人は全員揃った。残りは一人。
「ヴァイオレット様。戦況報告でお伺いさせていただきました」
その声が聞こえると二人が私の向かい側にある入り口から入ってくる二人の影。
 皮のコートに一部を鉄で補強されている装備で身を包み、腰には鞘に納められているバスタードがぶら下がっている。
 フィオと彼女の騎士であるクロウの二人。私とヴァン以外は目を閉じて腕を組み寝ているか、気に食わなさそうな表情をしている。いつものこと、自身の利益にならないことには興味を示さない人たちが多い。
 七光りで戦場に将軍の一人として立っている小娘に手柄を奪われたとか思っているのだろうか。
 場が落ち着くと私は静かに息を吸う。
「見事な戦いでした。フィオラ・ライト・イエルハート」
私がそういうと、二人は深々と一礼をした。それでも他の者達は何も表情は変わらない。
 フィオの口から戦況報告が伝えら、一通り聞き終えると次の指示をした。
「次の侵攻作戦は後日伝えますので、それまで英気を養ってください」
今は彼女と兵士達には休息が必要。それに次の戦いに向けて戦後処理が必要。捕虜をいくつか捕まえる事が出来、さらに密偵からの報告も必要。戦いが始まるまでに何が出来るか。私の判断で一気に戦況は傾く、退くことは許されない状況になっている。
 私が手で彼女たちに向けて下がるように指示をした。
 クロウだけは貴族の態度にきにくわない様子でしたけれど。
「それでは、次の戦いに向けて準備を始めます。ブラック騎士長とアンドレイ侯爵、クロノス伯爵は残ってください。残りは追って連絡致しますので、それまでお待ちください」
私がそう伝えるとあっという間に人が出て行く。呼び止めた三名はけだるそうな表情をして、私の近くに近づいた。
 父様やエルロイ兄様の様なカリスマ性が欲しい。私では人を率いる力が枯渇しているように感じる。きっと私が王族の一人という事だけが、忠誠を誓わせているだけだろう。それは人と人をつなぐにはあまりにも細く、脆い紐に感じた。まるで張り詰めた糸のように。
 彼ら3名は静かに私の説明を聞いていた。
 それから数回の質問を受け応えて解散になる。
 私は自分の席に座った。次の戦闘は私が指揮しなくてもだれでも勝てる。
 次に激戦になるのはここ。
 大要塞の天然城壁である密林地帯。私達が攻める南側には大要塞へと続く2本の道がある。
 その二つの間はもちろん樹々で埋め尽くされており、麓から大要塞まではおよそ3キロちょっと。
 そして、2本の道の距離は1キロほど。
 私はいつものようにチェスの駒を動かして、自軍の動かし方を考える。
 2本の入り口を固めて、その他は密林前を等間隔で配置すればよい。
 問題はこの二本の道を挟む密林を制圧させる軍隊を誰にするか。
 少数で大軍と同等の攻撃力を持つ軍隊でなければならない。
 書類を捲りながら、適切な軍隊を考える。
「姫様。そろそろ、お休みになられてください」
ヴァンがテントの外から入ってきた。ランプを片手に持って、中で燃えている明かりを放つ蝋燭はテントの中を薄暗く照らす。
 いつの間にか夕方になっていた。外から兵士達のにぎやかな声が聞こえてくる。
 私は静かに立ち上がってから頷いた。しかし、背後に人の気配を感じた。
「片づけをしてから行きますので、外で待っていてください」
そう言ってからヴァンを外で待たせると、私は椅子の後ろ側へと移動する。
 テントの向こう側で明かりが付くと、丸っこい人型の影が浮かび上がる。
 諜報員だ。形からしてあの魚顔の男だろう。
「ヴァイオレット様。近辺の農村と敵拠点情報でございます」
テントの隙間、布と布の間から茶色の紙が差し出された。それと同時に別の白い紙が渡される。
 そして、それぞれの紙を開いてみる。
 茶色の紙は地図でいろいろな印をつけられていた。白い紙には拠点と村にある物資や人員と高官たちの情報が書き記されていた。
「ありがとう、有益に使わせていただきます」
私がそういうと深く礼をする動きをした。表情は見る事は出来ないが、にやけた顔が頭の中に浮かんだ。
 そうすると、枯れた声が返ってきた。
「私はただ、国の為に尽くすだけです。その為なら何でも致しますよ」
そう返事されるとランプの灯は静かに消えた。何もなかったかのように気配すらも消えている。
 紙を静かに畳むと、机の上を埋め尽くしていた本や紙を綺麗にしてからテントの入り口から出る。
 兵士達は並んで食事をしていた。中には武器を訪れた鍛冶屋で直している者もいる。
 ヴァンに連れられて、皆の前に移動した。すると食事を止めてから立ち上がる、私に向けて体を移動させた。
「そんなに気構え無くても大丈夫ですよ食事を続けてください」
そう声を掛けると兵士達の肩の力が抜けていた。
「エールを用意してあります。今日の戦いを生き抜いたことを祝ってください。ただし、明日の戦いに影響があるほどは飲ませませんよ?」
兵士達から歓声と笑い声があがった。そう、今はこんな風に勝利を祝っておこう。
 私が受け取った地図と紙を元に物資を補給させて頂こう。
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