ロイレシア戦記:赤の章

方正

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第二話

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 会合の時間まで少しだけ時間が余った。
雪が降り始めた外から自室に戻ってから紅茶引き続き飲む。
 2つだけ残して残りのタルトは、メイド達に食べるように言って渡した。
窓の外のゆっくりと落ちていく雪を見ながら、紅茶を一口。
「少し冷めてしまいましたね」
ティーポッドへ入れてあった紅茶は冷たくなっていた。
 たまになら、アイスティーでもいいでしょう。紅茶の香りが鼻から抜けた。
 そして、ソーサーの上にティーカップを静かに置く。
「ヴァン、あなたには副官として働いてもらいますよ?」
扉の前で立っている彼に声を掛ける。
 彼は右手を心臓の位置に当てて、頭を下げる。
「姫様の為なら、わたくしは命懸けで尽くさせて頂きます」
その言葉を聞くと微笑み返す。彼が私の騎士でよかったと、つくづく思うことがある。
 やがて、扉をノックされる。会合の時間という事だ。
 ヴァンが扉を開けると執事が立っていた。彼に先導されて着いていく。
 ドレスは赤と黄色の豪華なものに着替えた。誰かに会う度に服装を変えるのは辛くてたまらない。
 会合が行われる謁見の間ではなく、その隣の部屋で待たされる。
 一番奥には別の扉があり、謁見の間につながっている。
 部屋の中には先に私の姉である、イネヴァ姉様がいた。
 長いブロンズの髪に明るい緑のドレスを着て、本を読んでいた。
 顔は垂れ目で大きく、おっとりしている印象を受ける。
 姉様の騎士は右隣で腰の後ろで手を重ねて目を閉じている。
「あら、ヴァイオレットじゃない。座ったらいかが?」
正面の椅子へと手を伸ばして、左側の椅子に催促された。
 私は指示通りに椅子に座るとヴァンは私の左側に立って、ロングソードの柄に手を掛けて、そのまま立つ。
 そして、姉様が持っていた本の表紙へと視線を移した。
「光の旅人ですか?姉様」
この国が創成された物語が描かれている。ほとんどは、口伝えの物語を本にまとめてあるだけなのだけど。
 絵本にもされており、一度は目にする物語になっている。
「王族である以上、歴史を知らないといけないと思いますよ?」
姉様は開いていたページにしおりを挟んで本を閉じた。
 王族としての自覚は無いわけではない。
 けれど、この国の歴史にはそこまで興味を惹かれる事は無かった。
 過去の人達が何をしたって結局は勝者が書き記せば、歴史の闇に消えてしまう。
 経験したことでしか人は前に進めないという事を肯定しているような気がする。
 私はそれがどうしても許せない。
 だって、新しい変化を否定する事になるようなものだから。
「気が向いたら、読んでおきますわ」
そう答えると、姉様は笑みをこぼした。
 男ばかりの環境で唯一の女性という事もあるけど、姉様に心の扉を開くことはできなかった。
 そして、今も信頼する事が出来ない自分がいる。
「姉様はどうして王位継承を破棄したのですか?」
イネヴァ姉様にどうしても聞いておきたかった。
 王族として、一度でも王座に就きたいという風に考えるもの。
 その権利を棄権するという事は、生きている限り、二度と王座に就くチャンスは無いという事だ。
 父上に直談判してまで、王位継承権を破棄するその理由を私はどうしても知りたい。
「私は王様になる器ではないと思ったの。それに人の気持ちなんてわからないから」
姉様と共に過ごして、初めて本音を聞けたような気がした。
 王座に就くという事は、姉様にとって何かが足りないと感じたのだろうか。
 私はただ、父上や兄様達に認めてほしいと気持ちと共が一番大きい。
 王座に就くことが出来れば、きっと皆が私を認めてくれる。
 そして、母上が最後に言い残してくれた、心から理解してくれる友が必ず現れるという意味が分かるような気がする。
 静かに紅いエメラルドのネックレスを両手で握った。
 母上が唯一私にくれたプレゼントだ。レットベリルという名前の宝石で私の魔法の力を抑えてくれている。
 どんな時も必ず持ち歩いている。あの日以来ずっと。
「ヴァイオレット。姉として、一つ忠告しておくね?私も含めて誰も王族は信じてはいけないという事を覚えておいて」
―――それはどういう意味ですか?
 と言葉を発しようとしたら扉を開く音に遮られた。
「失礼します。お時間ですので準備をお願いします」
私達は二つ返事で答えると、一番奥の扉を開く。
 姉様から先に入り、その後ろを着いていく。隣の席に座った。
 私の座席は正面から見て、一番左側だ。中央には父上と母上が座る金の座席がある。
 一番右側には3席の銀の椅子が有り、兄様達が既に座っていた。
 私が席に座ると、後ろにヴァンが儀礼用の剣を持って、剣先を床に向けて私の右後ろに立つ
 既に貴族と騎士団元帥たちは、既に中央の絨毯を挟んで、テーブルと椅子が二つの一組で座っていた。
 唯一、母上の座席は空席だ。姉様を生んだ時に亡くなっているのだから。
 父上が自身の座席の前に立つと一斉にこの部屋にいるすべての人が立ち上がる。
 手を挙げてから静かに手を降ろすと同時に全員が座った。
「皆の者。はるか遠い地から呼び寄せてすまない」
最初の言葉は父上の労う言葉から始まった。
 父上が一通り見直すと、一人の女性を見ると言葉を放つ。
「ロイが座る席に知らぬ女がいる。名乗れ」
黒い髪に青い瞳の私と同じぐらいの年齢の女性が立ち上がると、スカートのすそを少しだけつまんで、片足を下げてから頭を下げる。
 隣の男が持っていた剣を抜くと、青く分厚い刀身が光に反射した。
 剣はこの国の貴族にとって紋章と同じ意味を持つ。
「ロイ・ライト・イエルハートが娘。フィオラ・ライト・イエルハートでございます」
父上と騎士の一人として国内平定と領土拡大で活躍した人である。
 国内が安定すると、自身の領土で過ごしていた。
 私が幼少期に暮らして世話になった人でもある。
 そして、彼女は共に過ごして、遊んでくれてた人だ。
 あの頃より、凛とした顔立ちになってきれいな女性になっていた。
「父は不治の病を患っており、動けない為、私めが代理としてこの会合に参加させていただきました」
不治の病という単語を聞いて、一同が少しざわついた。
「そうか、ロイの娘か。失礼した下がりたまえ」
彼女は深々と一礼した。
 父上の様子は、少し後悔したような雰囲気を醸し出していた。
 最後に会っておきたかったのだろうか。
 すぐに静かになり、抜いた剣は彼の騎士に渡して元の席に戻った。
「ヴァイオレット、前へ」
声を掛けられると、父上の前に移動する。
 懐にしまっていた丸くなっている紙を広げた。
 一度咳払いをしてから、大きく息を吸う。
「ヴァイオレット・エヴァン・イシュタール。かつてのわが領土で北方の大防衛要塞であるガルバード大要塞の攻略と周辺領土の奪還を命じる!」
謁見の間で動揺とざわつきに小言が一気に広がる。
 やはり、戦争で武功を上げる事になった。泥沼化した戦場で勝利しなければならない。
 今は冬でお互いに戦線を維持する事が難しいが、春になると確実に進行が再開されることが予想される。
 勝てないことは無い。やり様では要塞は取り戻せる。
「父上、その命令承りました。ヴァイオレットは素晴らしき戦果を持って戻ってまいります」
手紙を受け取ると歓声が沸いた。
 私がこの戦いに勝利する事が出来ればみんなが私を認めてくれる。
 思わず頬が緩んで笑みを浮かべてしまう。
 
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