ロイレシア戦記:赤の章

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第一話

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 草原の中にぽつりと佇んでいる金木犀の木。
 風にその緑の髪を揺らして、黄色い魂を少しずつ散らしている。
 金木犀の麓で私は背中を樹に預けて、目を閉じて微かに感じる匂いを呼吸する度に体で感じる。
 なぜか懐かしい光景に感じた。
 けれどなんでだろう。
 ここにいてはいけないという風に感じてしまう。
―――起きなさい。
 頭の中に響いた声に応えるように、閉じていた目を開いた。
 そこには、青い瞳をしたあの子がいたの。
 そして、私の名前を呼んでくれた。

 ヴ……ぃオ……。

 ヴィ、おれ……ト。

 ヴァイオレット。

 やがて意識は光に包まれた。

「ヴァイオレット様。朝でございます」
その声に私は夢の世界から意識を取り戻す。
 何度か瞬きをして窓からこぼれる光に感じた。
 寝相のせいで乱れた髪と寝間着。
 目にかかった髪を左手で払い避けて、体をゆっくりと起こした。
「おはようございます。着替えのご用意はできております」
私の女性使用人だ。メイド違ってスーツを着ている。
 彼女に重なって、二人のメイドがいつもの赤いドレスと、身に着ける物を持っていた。
 起きてからはいつも着替えだけに時間を取られる。
 昔は嫌いだった。コルセットは痛いし、髪の毛を弄られるのも好きではなかった。
 今では慣れてしまったけど。
 寝間着を脱がしてもらい、お湯で濡らした布で身体を拭いてもらう。
 シフトドレスを着替えて、コルセットを付けてから、赤いドレスを身にまとう。
 次に、髪を櫛で梳かすと簡単に化粧をしてもらった後で、小さいティアラを頭に載せられる。
 最後に自分で紅い宝石のネックレスを首からぶら下げる。
 着替えを済まして、寝室から出ると初老の眼鏡をかけた執事から今日の予定を一通り聞いた。
 今日は午後からの会合だけだと聞かされる。
「わかりました。私はいつもの場所にいますから、時間になったら呼んでください」
そう言って、自室の扉の前に移動してから一度振り返る。
 承知しましたと一言放ってから、執事は一礼して、その場で目を閉じた。
「忘れていました。フィオラ・ライト・イエルハートがいらっしゃったら、会合後に私の庭園へ来るように伝えてください」
自室を開くといつもの様に、甲冑を着た彼が立っていた。
 短めに切り揃えられた髪にほどんどの髪を後ろへと流して、少しだけ前髪を作っている。
 白の鎧に蔓のような細い銀の装飾が施されており、背中にはクレイモアを腰にはショートソードを装着していた。
「ヴァン・イージス。出迎えご苦労様」
「いえ、これが私の仕事ですから」
私が大理石で出来た床の上に広げられている赤い絨毯の上を歩くと、私の右側を歩いてついてくる。
 少しだけ甲冑がすれる音が歩くたびに響いている。
「予定が午後からだとお伺い致しましたので、いつもの所に紅茶と焼き菓子を用意させております」
午前中に予定が無ければ、紅茶を楽しむか鍛錬にしている。
 今日は午後から雪が降るらしい。
 けれど、その前にやっておくことがある。
「その前に父上に会うのだけどよろしいかしら?」
彼は一言で返事を返した。問題ないという事だ。
 廊下を進むと花を手入れをしているメイドや、昨日から朝方に到着した貴族たちと会った。
 メイドは私に気が付くと一礼して、元の作業を続ける。
 貴族たちは私に挨拶を掛けては、私はその言葉に対して返事を返した。
 正直、このやり取りは疲れる。顔は見たことあるけど、名前を知らない人たちばかりだった。
 同じ階の一番奥。衛兵が二人立っていた。私が扉の前に立つと衛兵が扉を開けてくれた。
 父上は窓から外を覗いていた。この部屋からは城の外から一望できる位置にある。
「ヴァン。ここで待っていなさい」
「はっ、姫様」
そう言って、私が部屋に入ると静かに扉が閉じられた。
体ごと私に向けた。顔にはいろいろな切り傷が付けられており、髪の毛と髭は真っ白だ。
 そして、左目は真っ白になっている。
 白内障。
 父上は数年前からこの病気を患ってしまっている。
 時期に右目も見えなくなるという。
「ヴァイオレットか。いよいよだな」
父上が光を失う前に、王位の交代を行うことになった。
 私の兄妹5人で武功を最も上げたものが、王位を継ぐことになる。
 エヴァン・イシュタール家の第16世になるという事だ。
 私も王位継承を争う一人として参加することになる。
 なんの戦争を行うのかは今日の会合まで明らかにはされない。
「ええ、そうですわ。父上はなにを見てらっしゃったのですか?」
父上に近づくと再び窓の外へと視線を移した。並んで街の風景を眺める。
「歴代の王たちが築いたこの領土を目に焼き付けて置こうと思ってな」
残念そうに呟いた。
 大通りで行き交う市民達。市場には大勢の商業都市バランから売りに来た商人や買い付けに来た人たち溢れている。
 父上は戦で王になったわけではなく、商人や市民達のインフラを整備した事により、財政を大きく改善させた。
 結果的に誰一人死亡せずに、功績を作った。
 けれども、納得できなかった叔父様達は父上に反逆して殺されてしまった。
 父上の身体に付けられた傷はその時に出来たものだ。
「私、イシュタール家の名に恥じない戦いと功績を上げさせて頂きます」
父上から離れて、軽く会釈をしてから扉の前へ。
 軽く3回ノックすると、衛兵が扉を開けてくれた。
 父上は窓からただ眺めて立っていた。
「待たせました。ヴァン」
目を閉じていた彼はゆっくりと開いて私を見つめる。
「マクバーン様とはもうよろしいのですか?」
私は頷くと紅茶を用意させているテラスへと向かう。
 少し待たせすぎてしまいました。紅茶が冷えてしまう。
 テラスへと向かう道中は、何が私に与えられるかと考えてしまう。
 国内は中核となっている都市は安定しているが、山岳等の人里離れた地方は盗賊やら存在している。
 それに北方の国、ライトランス帝国がガルバード大要塞を占拠してるのも政治を不安定にしている要因だ。
 外交問題や隣国への軍事の派遣は兄上達が解決してしまったのだから。
 ほのかに紅茶の匂いが香るテラスへと出ると中庭を一望できた。ヴァンは私の視界に入らないように後ろに立っている。
「お待たせしました。遅れてしまいましたね」
二人のメイドが並んでいた。一人は席を引いて、私を座らせてくれた。
 テーブルの上には、クッキーの生地に載せられた黄色のチーズに少しだけ焦げているタルトだ。
 ティーカップに注がれる透き通った赤い液体。銘柄はダージリンの紅茶。
 茶葉のほのかに香る甘さが私の身体を温めてくれた。
 次はタルトを皿にのせて、右手でフォークを使って丸いタルトを小さく縦に2回切る。
 三角に切り取られたタルトにフォークを刺して、片手でこぼれない様に口に運ぶ。
「美味しい。紅茶に合います」
自然とメイド達の表情が和らいだような気がした。
 中庭に視線を移すと、貴族たちが談笑を楽しんでいた。1階の正面にある窓を見ると見覚えのある人影があった。
 青い瞳と自然に視線が合ったような気がしたから、髪を風で揺らされて私は微笑み返す。
 紅茶に白く小さい砂糖が降ってくる。
「姫様。冷えますので中へ」
「雪、ですね。残りは私の部屋で頂きますから運んでおいてください」
そう言って退屈な部屋へと私は歩みを進めた。
 
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