ロイレシア戦記:青の章

方正

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第二十七話

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 青いバスタードを両手で握りしめた。彼女を討ち取るしかない。
左肩の痛みを思いっきり口を噛み締めて堪えて、前へと駆けだした。ヴィオは新たな剣を既に握りめており、私の攻撃を受けるように右手の剣を私の方へと向けた。
 左手に握っている剣は体に隠れるように体の向きを横向きにしている。
「私にフィオの強さを証明してくれませんか?」
右手の剣と私の青いバスタードがぶつかり合う。
 甲高い音と共に剣が砕けると同時に姿勢を変えて、左手の剣は私の体を貫こうと剣先を向けた。
 ヴィオの攻撃は正確無比だ。的確に急所や致命傷を与える剣術を得意としている。今行おうとしている攻撃は肩と首の横から心臓へと真っ直ぐ貫く動きだ。
 どんな攻撃が来るのか分かれば交わすのは簡単。
 更に姿勢を低くして、右手だけを青いバスタードから手を離して、そのまま身を傾けていき倒れる寸前で手を着いた。
 風切り音と共に、背中の後ろをすり抜けていった。
 いける!またとない反撃のチャンス。
 青いバスタードを握りしめたままの左手をヴィオに向かって横薙ぎで振るう。確実に一太刀を浴びせる事ができると思ったが、簡単には行かなかった。
 折れた右手の剣で軌道を逸らすと、思いっきり後ろへと跳ねる。
「討ち取れると思った?私の剣術は戦場で磨き上げたのだからそう簡単に死ぬつもりはないわ」
彼女は驚いた表情を見せたが、次第に怒りの表情へと移り変わって行った。
「私はどんな思いで指揮していた思っているのですか?私が兵士達をただの駒のように扱っていたとお思いで?」
鋭く憎しみが籠った目つきが変わった。温厚で紅茶を好む彼女からは想像できない目つきをしている。
 床に突き刺している剣ではなく、腰のサーベルへと右手を伸ばして抜いた。鏡のように磨き上げられた刀身を左手の人差し指でなぞる。まるで刀身の状態を確認しているかのように見えた。
 決意を固めた姿。そして、何処か寂しさを思わせる仕草。
 それはまるで絵画のようだった。
「常に孤独な人生でした。妾の子と呼ばれ、隙を見せれば命を狙われる。それでも、国の為と我慢してきました」
切っ先までなぞり終えると、私へと視線を戻す。瞬きをすると彼女の姿は視界から消えていた。
 ちがう。
 消えていたのではない、私の懐へと高速で移動して自身の間合いへと詰めていたのだ。
 咄嗟にサーベルの右からの横薙ぎが来ると思い、刀身で防ごうとしたが右腕をヴィオに掴まれていた。
「燃えなさい!」
掴まれた右腕に熱を感じる、まるで赤く成るほど熱せられた鉄を押し付けられているみたいな熱量だ。咄嗟に左脚の膝でヴィオを蹴り上げ、距離を取った。
掴まれた右腕を確認するとくっきりと手形で赤く焼けて皮膚の一部が黒く焦げた痕がくっきりと残っている。ズキズキと針で刺されているかのような痛みが続く。
 あのまま掴まれ続けて居たら、炭にされていたのかもしれない。
「普通に生きていられたらって考えた事はありますか?」
態勢を整えたヴィオはサーベルを構え直すと、左手を眺めていた。そして、掌で火球を生み出すとそのまま握りつぶして、大きく横へと振りかざした。
 炎の舌が伸びて絡め取る様に壁に掛けられていた垂れ布を燃やし、次々へと燃え移る。
 これが彼女の力。
 本来であれば民を導く炎になるはずだった。
 今では、この国を燃やし尽くす火種になってしまった。何かをきっかけに国を飲み込んでしまう業火へとなってしまう。
 赤く膨れ上がった火傷の痛みを堪えながら、もう一度両手で構え直した。
 切っ先をヴィオに向けて、柄を両手で握りしめて食い込ませる。
 同時に駆けだした。
 お互いに振り下ろすと青いバスタードとサーベルがぶつかり合う。
 私の剣に比べて、半分ぐらいの太さと厚さしかないのにまるで鉄塊に打ち込んだみたいに硬い。今までの打ち込めば簡単に砕けてしまっていた剣とは比べ物にならない。
 隙を見せれば急所を的確に狙われる。
 常に最短距離を、常に最善手を打たなければ、気が付いたら死んでしまう。
 薙ぎに対しては剣の面で防ぐ。
 突きは軌道に合わせて逸らす。
 振り下ろしに対しては刃と刃をぶつけ合った。
「んっ!くっ!」
それでもお互いに刃は皮膚を切り裂いて、体を赤く染めていく。
 私が1回、剣を振るう度にヴィオは2回攻撃を行ってくる。
 距離を取ろうとすれば、炎で身を焦がす。
 一瞬でいい。
 ほんの一瞬でいいい。
 綱渡りをしている気分だ。一歩踏み間違えれば間違いなく死が待っている。
 どんな機会も逃すわけにはいかない。
 ヴィオと視線が重なった瞬間、それは訪れた。
 お互いの武器をぶつけた瞬間に衝撃を逃しきれずに、数歩だけ後ろによろめいた。
 左手で握りしめていた青いバスタードの切っ先をヴィオの方へと向ける。
「ヴァイオ……ヴァイオレット!」
同じような構えで、私の心臓を突き刺すという明確な意思を向けている。
 お互いに次の攻撃が最後だ。
 同時に、駆け出す。同時に、武器を握っている腕を伸ばす。
 武器がぶつかり合う。そして、甲高い音が部屋の中に響いた。
 もう躊躇する暇なんてなかった。
 しっかりと剣を握りしめた。
 剣に肉を貫いて、骨が砕け折れる感触が伝わる。
 最後に感じたのは濡れた彼女と徐々に冷たくなっていく体だった。彼女の血で私の体は赤黒く染まっていく。
 彼女から体を離そうとするが、彼女の腕が私を離さなかった。彼女の武器はサーベルの柄から折れており、刀身は床に複数の欠片になって落ちていた。
「おめでとうございます……フィ……オ、あなたは……英雄になりました」
虚ろな表情のまま、ヴィオは私に語り掛けてくる。
 もうすぐで眠ってしまいそうな声色だ。
 私は黙って彼女の言葉に耳を傾けた。
「私は国家の反逆者として……王族からも……除名され、墓に名を……刻む事も許されないでしょう……」
眼から涙が頬を伝って流れ続けていく、歯を食いしばって今すぐにでも逃げ出してしまいたかった。
 父上が言っていた言葉を思い出す。理解し合えぬのであれば、それは別れの運命と。
「あぁ、フィオラ。あなたとは別の人生で出会いたかった……できれば親友として」
その言葉を最後に彼女の重さが増した。その体を抱きしめて、体温が消えてしまうまで涙を流し続けた。
「私はヴィオの友でいたかった。こんな結末になるなんて私は望んでない!」
堪えていた泣き声が静かな部屋の中に響いた。



ーーー数週間後。
「お嬢。時間ですよ。例に物が今日届きました」
春風に吹かれながら、屋敷の屋上で種まきのを始めている農民達を眺めていた。
 あれから、ヴィオを討ち取ってからルイ様は反乱側の貴族達との交渉を真っ先に進める事になった。大きくは地位の保障と反乱に加わった事に対する罰則規定に関するが殆どだった。
 一方、私は反乱の首謀者であるヴァイオレットと第五師団を討ち取ったという事で、ルイ様直下の第二師団に組み込まれる事を提案されたが、私はそれを辞退した。代わりに10年はイエルハート領を難なく運営できる程の資金を貰えた。
「ありがとう。クロウ」
クロウから小さな木箱を貰った。これはルイ様に私が個人的にお願いしたもの。クロウと共に1階へと降りた。
 ヴィオの処遇措置に関しては戦死したが、王族からの除名と存在自体を無かったものとして処理された。第五師団長のヴァンも動揺に名誉も存在自体も否定されることとなった。第五師団の騎士達は別の師団に編入されるか、軍を辞めるという決断をしたという。
 民衆に対しては、ライトランス帝国から懐柔されてしまったという事が表向きの内容として伝えられた。
 本当の真実は公表してはならないと取り決められ、闇の中へ葬られる事になる。
「父上。少しの間だけ、出かけてきます」
父上は声を失った。マクバーン様が死去されたストレスが喉に影響を出してしまったという。
 リビングの大窓から外を眺めていたが、私が声を掛けると振り返ってから小さく頷いた。すっかり真っ白になった髪になって年相応の見た目にようやくなったという印象だ。
 外に出ると向かった先は屋敷の裏にある森の中へと向かう。
 私はクロウから貰った小さい木箱を持って、クロウは布で巻かれたクレイモアを抱えていた。
 ヴァンはクロウとの一騎打ち末、首を切り落とされたという。私が戦いを聞こうとしても、これだけは詳しくは話してくれなかった。
 クロウにとって、夢にまで見た背中を預けて戦えた唯一の戦友に成りえたかもしれない人だった。彼なりに名誉を守ろうとしているのだろう。
 鬱蒼とした森の中にある獣道を進み終えると、周囲の木に比べるとやたら太い樹木の根元に二つの名が彫られていない2つの墓標が並んでいる。
 クロウは真っ先に右側の墓標に進むと、クレイモアを覆っていた布を剥ぎ取ると墓標と並べてクレイモアを突き刺した。
「お前は大馬鹿野郎だった。だが、戦友と呼べる存在だったのかもしれない」
語り掛けるクロウの姿はまるで悲しさを全身で体現しているように感じた。
 私は木箱を開くとそこには緋色のエメラルドが施されたネックレスが入っていた。
 片膝を墓標の前でついて、箱から取り出すと静かに眠る友達の墓標へと掛けてあげる。これは彼女が彼女である理由であったものだから。
「ここで、静かに見守っててほしい。大丈夫、友達を忘れるなんてありえないから」
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