ロイレシア戦記:青の章

方正

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第二十六話

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「第1分隊と第2分隊は私と一緒に城内の制圧!第3分隊から第5分隊は迎撃部隊を相手!第6分隊から第10分隊は各城門を抑えなさい!」
皆に指令を出すと各々が駆けだした。兵士達が城内へと入れる門への道を切り開いてくれている合間を縫うように走り抜けた。
 大きな教会のように白い大理石で整えられて、丁寧に磨き上げられた柱へと視線が自然に行く。上を見れば最上階までの吹き抜けだ。戦勝パーティの時は賑わっていたはず、それなのに今は私達に殺意を向ける兵士達ばかりだ。
 目の前には私達を向かい打つべく城内の兵士達がずらりと並んでいる。ざっと15名でそれに対して、私達は10名。ここで留まっているわけには行かない。
 お互いの切っ先が向き合う。
 睨み合いが続いている間、影が私の横を通り抜けて敵部隊のど真ん中へと飛び込んだ。
 そして、3名の絶叫と断末魔がこの広間で響くと白い床に赤い鮮血が飛び散る。これを合図として皆が剣をぶつかり合う。
 そこには血塗れのクロウのが刃に着いた血を振り落としている姿だった。
「フィオラ様はお先に向かってください!」
クロウは私に視線を向けて、先に向かおうと促すと乱戦の最中を駆け抜けて、クロウの背中を追いかける。階段の一段目に脚を乗せてから視線を後ろに向けた。
「お嬢!早く!」
 本来であればこのような戦いを行う必要は無かった。無いはずだった。
 数段先を走るクロウ。
 その後ろを着いて行く私。
 ただひたすらに上へと上へと脚を動かす。少しずつ下で起きている戦闘音が小さくなっていった。
 握りしめている青いバスタードに力が入る。
 やがて大扉にたどり着く。金と銀で花や樹の装飾を施された扉だ。
 玉座に通じる階段はその先だが、その前でやけに分厚く鉄塊のような巨剣を床に突き刺して仁王立ちで腕を組み、目を閉じている。
 傷だらけの顔と腕、髪を全て後ろに固めて険しい顔つき。第5師団の隊長のヴァンだ。
 大扉の前は円形の広間になっている。お互いの剣が届かない距離で脚を止めた。
「フィオラ様、奥で姫様。いや、ヴァイオレット女王様がお待ちです」
険しい視線を私達に向ける。
 右に並んでいるクロウへ視線を向けると、殺意のこもった視線をヴァンへと向けていた。ヴァンに対しては事あるごとに、敵意を向けていたが今のクロウは明確な殺意だけ。
 唯一、戦いでクロウと引き分けた男。
 そして、ヴィオの騎士で何度も窮地を救った。
 彼の実力はガルバード大要塞でバンディット将軍との決闘にて示していた。クロウと共に打ち取った時の光景は今でも鮮明に覚えている。
 あの業火に包まれた森の中で、互角に武器を打ち合ったというのは人として化け物の領域だろう。
「あんたがすんなり通してくれるわけ無いだろ?」
クロウが刀の切っ先をヴァンへと向ける。ヴァンも床に突き刺さった巨剣を抜いた。身の丈と同じほどの長さと普通の兵士では持て余しそうな肉厚な刀身。
 私達に明確な殺意も向けた。
「貴様もこの俺と決着を付けたいだろう?何よりも戦士として引き分けのままでいいのか?」
クロウに対して、明らかに挑発している。そして、クロウは鎖帷子を仕込んだコートを脱ぎ捨てた。
 白いシャツに青いズボンに黒いブーツ。
 元々クロウは攻撃の早さを生かした戦い方を好む。このコートは重くはないが、素早く動けるかと言われると違う。
「お嬢は早く。お姫さんの所へ……大丈夫ですよ。俺は負けないですよ」
そう言って、私に視線を向けて歯を見せて笑顔を見せてくれた。私を不安にさせないようにという事だろうか。
 クロウの顔を両手で挟むと、踵を地面から浮かしてつま先に力を込めて、背伸びをして私の顔を近づける。少しだけ乾燥して硬い唇へと重ねた。笑顔の表情から驚いた表情に変わる。
 唇を離してから踵を地面に降ろした。
「ご褒美の前払いね?」
クロウを鼓舞させるにはこれで十分だろう。
「お嬢が俺の主でホントによかった」
微笑みを返して、ヴァンの後ろの大扉へと向かう。ヴァンの横を通り抜けてる時にその巨剣を私に振るわれるかと思ったが、私に対しての興味はとっくに失せていたようだ。
 金と銀の装飾を施された大扉を開く。さらに上へと繋がる階段へと入る前に一度振り返った。お互いの間合いを探るようにすり足で小刻みに動いていた。
 そして、中へと入ってから大扉を閉じるとクロウとヴァンが剣を重ねて、甲高い音が鳴り響いていた。
「大丈夫。クロウなら勝てるはずだから」
駆けるように階段を走るように駆けあがる。この先には玉座の間があるという事だけしか知らない。玉座が使われるときは戴冠式の時か、王族の葬儀の時だけしかない。
 冷たい大理石の階段を一つずつ登っていく。この階段の左右には外を見渡せるように窓から街を見渡すことができる。静かになってしまったこの王都が目に映る。
 真っ白な階段を登り進めていくとやがて終着点だった。
 広くはないが、円形の白い部屋。歴代の王と貴族達が使っていた武器が壁に飾られていたはずだったが、全て外されて床に突き刺さっている。
 長さに違いはあれどサーベルやロングソードがずらりと突き刺さっていた。中央にはヴィオが丸いテーブルにティーセットを用意して、ティーカップを持って静かに飲んでいた。
 私に気が付いたヴィオは持っていたティーカップをテーブルの上に置いて、私をじっと見つめた。
「一緒に紅茶を飲みますか?」
私に視線を向けたその表情はとても冷たく、私の頬に一筋の冷汗が流れる。まるで喉元に刃の切っ先をピッタリと押し付けられているみたいだ。
 いつでも、喉元を切り裂けると言われているみたいに。
 テーブルの上にはもう一つのティーカップが置かれている。私が既に来ることがわかっていたみたい。
 私は左右に首を振った。
「ヴィオ、今ならまだ大量の死者を出す前に全てを丸く納める事ができる。ルイ様に降伏してほしい!」
その言葉を聞いたヴィオはテーブルの上のティーセットを床へと叩き落とした。
 ティーポッドの中に入っていた紅茶は割れると、床の絨毯の色と石の床の色を染めていく。
「何もかも全て手遅れなのですよ。私は既に現国王を処断してしまった」
ヴィオはサーベルを抜いて、窓から注ぎ込む太陽の光にその白い刀身に写して反射させる。まるでサーベルの調子を見ているかのように、左手で刃を人差し指でなぞった。
「この刃で父様も兄様も姉様も命を断ちました。この血族の繋がりがあるのはルイ兄様だけ、私に賛同してくれる貴族達も既に動いています。もう、止まらないのですよ」
いつ、この計画を思いついたのだろうか。
 王になるという夢を内乱という形で叶えようとしている。それはこの国が無くなるかもしれないというリスクもあるが、ヴィオはもうそれすらも織り込み済みなのだろう。
 もう彼女は止まらない。
 なれば、既に戦時下での決着でしかこの火種を消すことはできない。
 彼女を殺すしかない。
 そして、ロングソードを抜いた。
 青い刀身は澄んだ空のように、大海のように青い。
「それでいいのですよ。フィオ」
ヴィオは微笑んでいた。サーベルを鞘へと納めると床に突き刺さった剣を二本抜く。
 両手それぞれに握られた直剣が振り下ろされる。その二振りを青のロングソードで叩きつけるように刀身を当てるとそれらは粉々に砕けた。
 脆い。いや、武器のとしての機能は満たしているという最低限だけの武器の印象。ヴィオは割れた剣を手放して、別の剣へと手を伸ばす。
 これらの武器は歴代の各貴族の象徴となるものだった。それを振るい、壊していくのはまるでこの歴史を否定しているようにもみえる。
 的確な攻撃ではあるが、ヴィオの剣術ではない。
 両手で二つの剣を振るう姿はまるで踊っているように見える。
 いや違う。正しくは剣舞と行ったところだろうか?
 殺意や敵対といった部類の籠った視線ではなく、まるで楽しんでいるかのような視線だ。
 この程度でまだ死なないで欲しいという願いを込めているかのようだった。
 いつもの彼女とは全く違う。
 別の魂へと入れ替わってしまったように感じた。
「ヴィオ。あなたは一体?」
喉元へと突きの剣を弾いてから刀身を砕く、横薙ぎの一閃を受け止められなかった。肩に当たると鎖帷子のコートを切り裂いた。
 後ろに飛んで打ち込まれた肩の様子を見た。刃は鎖帷子のコートを切り裂いたが、血は流れていない。なめし革は裂かれていた。鎖帷子までは切り裂けなかったようだが、打撲跡がくっきりと残っていた。
 破けたこのコートを脱ぎ落とすと、肩の根元からだらりと地面へとぶら下がっている。間違いなく脱臼していた。
 剣を地面に突き刺して、ずり落ちた左肩を右手で掴んで石の壁に押し付けてはめ込む、鈍い音が響くと筋や神経に損傷を与えなかったようだ。
 痛みを堪えてヴィオを睨みつける。ホントは叫んでしまいたいが、唇から血が滲むほど嚙み締めて感覚を殺す。
「おや、まだ、続けますか?」
ヴィオの冷たい言葉に改めて理解した、彼女は敵だという事を。
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