ロイレシア戦記:青の章

方正

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第二十話

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 先に動いたのは私だ。
 大きく息を吸って肺に留める。
 地面を蹴って土と草が舞い上がる。
 片足を軸にして、体を回してバスタードを振る速度を上げた。
 クロウの動きの真似。違う点があるとすれば、武器の振る速度をバスタードの重さを利用した一撃の重さを目的にしている所だろうか。
 この動きなら片手でも十分な威力を生み出せる。
 注意しなければならない事は二つある。左腕を使って転ばない様にバランスを取る事。隙が大きくなる為相手の攻撃には用心する事だ。
 片腕で彼の攻撃を受け止めるなんて無理。簡単に腕が折れて命を落とす事になるだろう。
 横なぎに振ったバスタードの刃は甲高い音を立ててハルバードの柄で受け止められた。
「うっ!……くっ!」
前傾姿勢で彼の右横をすり抜けて、右回りに体を回して背中に斬りつける。
 彼も体ごと動かしてハルバードの刃でバスタードへと打ち付けた。
 バスタードとハルバードが交差して切先が地面に刺さる。
 直撃を受けたわけではないが、腕が痺れる。バスタードを地面に落としてしまいそうだ。
 歯を噛み締めて痺れに耐える。
 目の前に黒い影が迫ってきていることに気が付いた。ハルバードから離れた彼の左手が大きく開いて私の顔を掴もうとしている。
 咄嗟にバスタードを地面から抜き、大きく後ろに飛んだ。
 私の鼻先で拳の形へと変わる。もし、掴まれていたら地面に倒されてハルバードで身体を貫かれていたかもしれない。
 生暖かくなった息を口から吐き出した。同時に冷や汗が頬を伝った。
 再び距離を取って睨み合う時間が始まる。
「貴様には何度も驚かせられる。そのような動きを出来るとは思わなかった」
付け焼刃で使える動きではなかったという事は見破られてしまっているようだ。
 確かにもう一度同じような動きをするのは無理。
 体力の消耗が大きく、長引けば一歩も動けないほど疲れ果ててしまうだろう。
 力比べの戦いでは勝てない。なら、相手の上をいく戦術で仕留めるしかない。
 今の武器で何ができる?
 どうすれば討ち取れる?
 そうこう考えている内に、相手から詰めて来た。
 大きくハルバードを振りかぶって、私をたたき割るつもりだろう。
 彼の取った行動は間違いなく私に対して最善の一手だ。
 ハルバードの長さを生かしつつ、片手だけでは攻撃を受け止める事ができない。
 この状況での対策は一つ。相手より先に攻撃を行え、怯ませるほどの威力がある方法を取ればいい。
 両手で握りしめたバスタードの突きであれば十分。しかし、片手しか使えない状況でそれを行うのは無理だ。
 いや、一つだけある。
 その事を思いついた私は自然と体が動いていた。
 バスタードを左脇で挟み、左腰に携えた短銃を抜くと右腕を真っ直ぐ伸ばす。
 引き金を引いた。
 火打石が受け皿へと叩きつける。
 轟音が響き渡り、火花が舞う。
 当たりさえすればどこでもいい!
 この距離なら、弾丸の衝撃で怯ませる事は可能だ。
「うおおおぉぉぉぉ!」
雄叫びを上げながら地面を転がり、片膝を付いてからすぐさま立ち上がる。
 弾が当たったのは彼の右肘。ちょうど鎖帷子だけで鎧で守られていない部分だ。
 両手で握りしめていたハルバードは地面に落ちた。同時に顔を覆っていた兜が外れて転がる。
 右腕から溢れ出る血で地面の若い草花が赤黒い鮮血に染まる。
 黒い髪に切れ長の瞳。悪魔の様な形相で私を睨んでいた。
 左腕で右腕の上腕を抑えて血を止めた。無理矢理に右腕の出血を止めたように見える。
 だらりと垂れ下がっている肘より下はもう使い物にならないだろう。
 硝煙の香りが残る短銃を投げ捨て、再びバスタードを握りしめた。
 オズワルドは左腰の長剣を抜く。ハルバードを片手だけで扱うと大振りになり、隙が大きくなると考えたのだろう。
「大口を言うほど余裕は無くなったのかしら?」
私を睨みつけていた表情に加わって更に歯を食いしばって見せる。
 短銃を至近距離で使うという奇策で片腕を封じられた。
 次に刃を体へ一撃でも与えた方が勝利する。
 純粋に技量だけで勝敗が分かれるだろう。一瞬でも判断を誤ると待っているのは死だけ。
「黙れ!貴様は俺が殺す!俺のプライドと栄誉にかけて!」
長剣を横に振って、私に切先を向けた。
 眉間に皺を寄せて獣の様に激しく息を漏らしている。
 こんな時こそ冷静になろう。
 全身の筋肉を緩ませ、一振りにすべてを全集中する。
 同時に駆けだした。切先をお互いに向けて突き出した。
 切先が衝突して、そのまま刀身を滑らせていく。やがて刃同士を擦り合わせた。
 お互いの刃と刀身に二人の表情が映る。
「殺す……殺す……殺す……」
同じ言葉を何度も繰り返して呟いている。
 バスタードを長剣から離して、半歩下がる。次は切り合いだ。
 浅い切り込み。
 長剣の刀身で弾かれる。
 足を狙った横なぎに対して軽く跳ぶ。
 跳んだ高さを利用して、首に向けて振り下ろした。
 手に伝わったのは肉と骨を切り裂く感触ではなく、鉄の感触。
 体を無理矢理動かして、右肩の鎧にバスタードの刃を受け止めていた。
 無茶苦茶だ。
 攻撃に使えないのであれば、防御として使う。
 こんな戦い方をする人は初めて。
 私は右肩で押し出される形で突き飛ばされた。
「うっ!くっ!」
背中から地面に転がると衝撃で一瞬だけ視界が揺らいだ。
 一度瞬きをすると視界が元に戻る。目の前に白く光り尖っているモノが迫っている。
 私の喉元に目掛けて、長剣の切先が迫っていた。
 体を右側に動かすと、長剣が深々と左肩へ突き刺さっていた。
 痛みで小さく声を漏らす。
 今は彼の顔から眼を放すわけにはいかない。
 彼が舌打ちすると長剣を抜くと、もう一度喉元へと突き刺す為に向ける。
 長剣の先から私の血が垂れていた。垂れた血は私の頬に当たる。
 このままでは殺される。
 なんでもいい、考えるよりも体を動かせ!
 右手から離れていなかったバスタードを左腕に目掛けて振るう。
 左手首のガントレットに当たると手元が狂い、鈍い金属音と共に私の頭上で長剣が地面に突き刺さった。
 この瞬間に左足で彼の胸を蹴ると体勢を崩した。
 その隙を利用して、転がるようにして起き上がる。
 いつ死んでもおかしくないと改めて実感する。
 残りどれだけ動けるかわからない。気を抜いてしまえば倒れてしまいそうだ。
 バスタードを握りしめている手が震える。力を込めて無理矢理止めた。
 左肩から垂れる血は左腕を真っ赤に染めていく。
 彼も長剣を構え直した。
 次だ。次の攻撃ですべてが決まる。右腕をだらりと下げて、全身の力を抜くとバスタードの先を地面に当てた。
 一瞬で勝負を着ける為には、速度と威力を兼ね備えた攻撃を急所に当てる必要がある。クロウとの手合わせで使ってきた早く、威力のある技を使ってきた事があった。
 全身を波が立っていない水の様に力を抜き、一気に距離を詰めて力を込めて武器を振り下ろす。
 私にも同じように動けるという風に言われたことはある。
 抜刀術というらしい。
 練度の違いからか、クロウが抜刀術を使うと私は確実に1本取られてしまう事が多かった。
 体小さく横に揺らして力を抜く。
 瞳を半分閉じて、視界の中央に彼を捕える。
 それからゆっくりと前傾姿勢で、水の中へと飛び込むように身体を倒していく。
 一歩踏み出して駆ける。
 土が舞い上がる。
 彼も同時に踏み出した。
 私のバスタードと彼の長剣はお互いに切先を向け合う。
 ぶつかり合う寸前で力を込めて、腕を真っ直ぐに伸ばす。
「はぁあああ!」
刀身同士がぶつかり合い擦れ合う。剣を握りしめた腕は鍛えられた鉄よりも硬いと信じて、真っ直ぐに伸ばした。
 オズワルドの長剣は私の顔の横にすり抜け、耳の一部を切り裂いた。
 そして、私のバスタードは喉を貫く。オズワルドは目を大きく開いて、長剣を地面に落とす。
 握っていた手は私に向かって伸ばしたが、力なく背中を地面に着けて倒れた。その状況を見ていた周囲の兵士達の動きが止まっている。
 敵兵からはあのオズワルド将軍が敗北したという動揺。味方からは一騎打ちの上に勝利したという歓喜の声が次第に大きくなっていた。
「おい!あれを見ろ!」
誰かがガルバード要塞の方を指さした。
 満身創痍で疲れ果てた体を無理矢理起こす。傷と血塗れの体を青のバスタードを支えにして起き上がった。視界に映ったのは我が国の旗がいくつも立てられて風に揺れてる状況だ。
 それは、戦に勝利した。数十年占領されていたガルバード大要塞を奪い返した瞬間であった。
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