ロイレシア戦記:青の章

方正

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第十四話

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 風に吹かれている。
 炎の壁から生まれる熱風と山の麓から風が私達を包み込む。
 風切り音から聞こえる刃と刃の交わる音。
 そして、土を踏む音。
 もっと耳を澄ませば3人の口から溢れ出る息の音さえも聞こえてしまいそうだ。
 たった数分しか経っていないのに、遥かに長い時間が過ぎ去ってしまっているように感じる。
 私達には時間がない。その上で今戦っている敵将を討伐しなければならない。
「クロウ……」
そう呟いたと同時に、彼らは距離を取って離れた。
 彼らの会話が聞こえる。フィオの方へと視線を向けると硬い表情をしていた。
 終わりが近い。言葉にしなくても、それが分かった。
「久々だ。こんなに楽しいのは、魔人と貴様らの国王と戦った以来だな」
両手で握り占めていたハルバードの刃を地面に突き刺して、左手の平で顔を濡らしていた汗を拭いた。
 拭いた後の顔つきはまさに獣。いや、悪魔を思わせるような表情をしている。
 戦いが単純に楽しいのだろう。
 それに対してクロウとヴァンは、冷ややかな表情をしていた。目の前の獲物に対して純粋に仕留める事だけを考えている。
「一度も勝ったことのない親方様と同じ力を持っていると思われているとは光栄なこった」
クロウがそういっては白い歯を見せて、したたかに笑っている。
 ヴァンはただ黙って、クレイモアを深く握り占めていた。
 二人とも性質的には真反対。生い立ちも。
「そろそろ、この戦いに飽きただろ?貴様らを倒してしまえば、あとはほとんどは負傷兵だ。殺す事は容易かろうな」
バンディットは左手に付いた汗を振り払ってから、ハルバードの切先を彼らに向ける。
 クロウが一歩後ろに下がる。中段で構えていた刀を下げると、刃は正面へ刀身は自身の方へと向ける。
 下段の構えだ。鋭い突きと切り上げにはこの形が動きやすいらしい。
 ヴァンの耳元でクロウが何かを囁いた。小さく頷くと二人とも目を細める。
 傷だらけの三人。二人の攻撃を受け続けていたバンディットの方が傷の数では少なかった。
「貴様はここで死ぬ。誰一人とも殺す事はできない」
ヴァンの声と共にクレイモアとハルバードの衝突音が2回聞こえた。
 1回目は振り下ろし。
 2回目は下から上への切り返し。
 両方ともハルバードの柄で防いでいたが、バンディットの右胸に深々と刀が突き刺さっている姿だった。
 クロウの突きがヴァンの2回目の攻撃の死角になるようにして、ヴァンの左脇から鋭い突きを繰りだしていた。
「貴様ら!!」
刀を左手で握り占めていた。その刀身を伝って、地面へと滴る。
 バンディットが顔を少しだけ上げると、眉間にシワを作ってから歯を食いしばって睨みつけていた。
 私は咄嗟に大声を咄嗟に出して叫ぶ。
「クロウ!まだ、心臓を捉えていない!」
クロウは柄尻を左手で押し付けて深く刺そうとしたが遅い。
 バンディットは大きく後ろに飛んで、胸に突き刺さった刀を抜いた。少しだけ血が吹き出ると流血は止まった。
 惜しかった。もう少しで仕留める事ができたのに。ヴァンは再び切り掛かろうとしたが、クロウの手で止められた。
 止めた理由は分かる気がする。手負いの相手程、慎重に攻めなければならない。
 そう、狩りの獣を仕留めるように慎重に。
「フィオ?あのまま続けていれば、仕留める事ができたのではないですか?」
「決めるのは1回でなければダメ。1回でも負傷した相手は予測できない力を生み出すものよ」
そう、怒りの力はどんな生物でも底力を引き出す原動力になる。それは人間でも同じだ。
 相手の能力を上回ることさえできれば、仕留める事ができないわけではない。
 しかし、敵国の英雄的存在を相手にして、底力を引き出してしまった。
 さっきまでの相手とは全くの別人と考えた方が良いだろう。
 それでも、彼らを信じて待つしかない。
 確実に次の攻防で勝負が決まる。
 私は体重を掛けていた樹に手を当てて立ち上がると大きく叫んで、彼の名前を呼んでいた。
「クロウ!!」
私の掛け声と同時に二人ともバンディットへと駆けだした。
 今度は逆。クロウが前でヴァンが後ろ。
 彼は半身でハルバードの剣先を二人の方へと槍の様に向ける。突きを繰り出す姿勢。
 クロウは右手で握った刀を右横に軽く振り、ヴァンはクレイモアを下段に構えると勢いよく駆けだした。
 ハルバードの射程圏内へと二人が飛び込むと風切り音と共に、鋭い突きが繰り出される。
 刃を紙一重で回避すると刀をハルバードと直角になるようにして、柄に対して滑らせるようにして振るう。
 この軌道は指取りという技だ。
 相手の指を切り落とす技術。
 その軌道に気が付いたバンディットはハルバードを柄を横に方向を変えて振り、クロウは宙へと舞った。
 とっさに刀身を盾の変わりにしてダメージをある程度は避けている。
 ハルバードを振るった刹那にヴァンによる切上げが迫っていたが、ガントレットの甲で軌道をずらしていた。
「うおおぉぉぉぉぉおおお!!!!!!」
もう一度、武器と武器の衝突音が響く。二人の叫び声と共に。
 武器を重ねていた二人は瞬く間に態勢を立て直していた。
 切り結ぶ二人。
 そこをクロウが虎視眈々と狙っていた。
 刀は既に左腰の鞘に納めて、柄を右手で握り占める。
 右足を前に出して、腰を下げる。
 彼は息を止めた。
 地面を蹴り、土を舞い上げる。
 姿勢を低くして駆ける。
 ヴァンが距離を取ると同時に、攻撃対象がクロウへと変わった。
 バンディットのハルバードは衝突の反動で、真上に上がっている。
 高さはそのまま威力になる。
 赤々と輝くハルバードの刃はクロウに目掛けて振り下ろされた。
 その一瞬で刀を抜く。
 それは強敵の影で真っ黒だ。影が形を成したように見える。
 刀身をあえて斜めに、切先を下に向けた。
 ハルバードは激しい金属音と共に土煙が舞い上がる。
 一瞬の静寂の後に状況は一変した光景を見ることになった。
 影が胸の中央を貫いている。
 攻撃を左側へと受け流した後で、最も速度がある突きを繰り出していた。
 風が吹くとクロウの周りを包んでいた土煙が流れていく。
 冷たい視線で貫いた彼を見ていた。バンディットは背中から刀が出ていた。
 クロウが刀を抜き取るとバンディットは片膝を付いて、貫かれた胸に右手を当てる。
 間違いない、今度は心臓を確実に貫いた。
 ハルバードを手放した左手は、クロウの首へと向けて手を伸ばす。
「貴様あぁぁぁあああああ」
その憎悪に満ちた表情は見るに耐えない。
 刀に付いた血を振り払うと、鞘へと納める。
 そして、そのまま彼を見つめていた。
「ここで終わるのはおまえだったのさ」
クロウの首を掴むと同時に、白刃の刃が胸から飛び出る。
 ヴァンが背後から貫いていた。
「皇帝陛下……ここで終わる我を……お許しください……」
その言葉を最後にヴァンが剣を引き抜くと力なく地面に倒れた。
 帝国の英雄はここに沈む。
 最後の言葉は祖国の為に対する忠誠心だった。
 クロウはその場に座り込むと地面に倒れ込む。
 私はクロウに向けて駆けだしていた。
 一方、ヴァンは血に濡れたクレイモアをそのままにして、背中へと納めるとヴィオの方へと歩み寄る。
「あやつ……クロウは素晴らしい騎士でした」
ヴァンとすれ違うとその言葉をかけられる。
「私の騎士ですから」
クロウに対して手を伸ばす。
 私を見上げる彼は、その手を握る。
 立ち上がると私は微笑んで見せた。
「俺……やりましたよ。お嬢」
いつものヘラヘラとした口調で私に伝える。
 知っている。名誉なんかよりも私が与えるものが彼が最も欲しい物だから。
「何してほしい?ご褒美」
「キス……でもしてもらいましょうか」
私はクロウの頬へと手を伸ばす。
 彼の顔へと近づける。
「お嬢?」
目を静かに閉じる
 頬へ口付けをした。
 ほんの数秒だけ。
 私が唇を放すと目を開く。
 身長が足りない分は、少しだけ背伸びを。
 目を大きく開いて驚いた表情をしていたクロウがいる。
「今はこれで我慢して……ね?」
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