ロイレシア戦記:青の章

方正

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第十一話

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 早朝の朝、すこし肌寒い草原に立てた野営地の広場の中、大きめの岩に座ってから足を組む。私の隣にはクロウが左腰に手を当てて、体重を左足にかけて立っている。
 お互いに少し重い黒いコートを着て、少しだけ肌寒い草原の中で私の兵士が揃うのを待つ。
 次第に私達と同じコートに身を包み、各々が得意とする武器を持ち10列に並ぶ。
「みんな、ご苦労様。移動直後に大事な戦いだけど気を引き締めてもらいたい」
私が掛けた声に対して、反応してから姿勢を綺麗に直す。
 立ち上がって青のバスタードを抜くと同時に皆も武器を手に取った。
「皆の者、必ず生きて帰る事を誓いなさい。この青のバスタードに誓って」
皆の声が大きく鳴り響いた。解散を指示して所定の位置へ向かうように伝える。
 私の後ろに立っていたクロウが私の隣に並んだ。両手のポケットに手を深く入れて眠たそうにあくびする。
 抜いたバスタードを鞘に納めると鞘を固定していた皮糸を調節し直す。
「いよいよですな。お嬢」
「そうね。あなたは楽しみでしょ?」
ヴィオと会った日から二日が過ぎた。既に戦闘の準備は終わっており、昨日の全体会議で戦闘を行うのなら、早めが良いという事で翌日決行することになる。
 サマル殿からの指示で中央の森を焼き払う為の殲滅戦に選ばれ、アガット殿の軍隊と共闘しサマル殿が支援という事になった。
 この後は配置に着いた事をヴィオに伝え、サマル殿から戦術を聞くだけ。
 本来ではあれば既に知らされている物だが、直前で知らせるという事だけを言われて詳細は知らされていない。
 それに一方的に装備の指定と、何の知らせもなしに油が入ったワインボトルを大量に送られた。数にして兵士一人あたり、5本持つ量。
 料理でもするわけではあるまいし、何に使うのだろうか。あのサマル殿ことだ。攻城戦に使う道具なのだろうがいまいち理解できない。なにをさせられるのか想像するだけで頭痛がした。
「お嬢?」
頭を抱える私を見つめていたクロウに声を掛けられた。髪をかき上げるようにして、正面を向いて立ち上がる。
「別に何もない。私が当主代理とは言え、父上から仕えている人達に何か変なことをさせられないか不安なだけ」
大きく背伸びをして、ヴィオの拠点へと向かう。
 しばらくここの見回りはヴィオの近衛部隊、第五騎士団から派遣されている。
 既に昨晩から見回りは交代して、真っ白に鎧に身を包みハルバードを背中につけてクロスボウを両手でしっかりと握りしめている。私が横切ると第五騎士団長の紋章が肩当に塗られていた。ざっと、十名ほどでこの野営地を守るみたいだ。
「まるであいつみたいに堅物なやつばかりですねぇ」
野営地から出てしばらくするとクロウが呟いた。クロウが言うあいつというのは第五騎士団長でヴィオの騎士であるヴァンの事だろう。
 全くどうしようもない獣の様な男だ。
「私一人だけなら何言ってもいいけど、第五騎士団所属の騎士達や本人の前ではそんなことを言わないようにね」
いつまであの事を引きずっているのだろう。私が知る限り、クロウと引き分けたのは彼だけ。
 父上と手合わせという事で数年前に戦った事はあるが、クロウの圧倒的な敗北で終わったことはある。
 それから数日は情緒不安定だったのはいい思い出だ。
 明るく照らす太陽は、草原を少しずつ明るく照らし始める。肌寒さを奪っていくかのように。
 ヴィオの野営地には既に数名集まっていた。その中にはもちろん、アガット殿とサマル殿の姿がある。彼らの後ろには二日前に私のテントの前に会った騎士二人も連れている。
 舞台女優の様な顔立ちをしてスタイルが良い女性がブルーノ。
 包帯を顔に巻き付けて、重鎧にハルバードを背負っているのがダリューンと言ったか。
 衛兵に声を掛けられると、槍と剣が交差した上に鷲があるイエルハート家の紋章が刺繍されている右肩に巻き付けている腕章を見せた。そうすると敬礼を返された後、木の柵で囲まれた中へ通される。
 私とクロウが中に入ると同時に複数の視線が突き刺さった。
 興味なさそうな視線。
 嫌味を向けられた視線。
 視線を合わせると反らして、元の会話に戻る者や嫌な表情をする者など反応は様々。
「注目!」
適当な位置で立つと一人の兵士が号令をかけた。声がした方に体ごと向けるとヴィオを先頭に複数の近衛兵が立っていた。
「皆さん、ここに集まられたという事は準備が整ったという事前提で話を進めさせていただきます。私が指示を伝えた後は、自軍に戻り次第、時刻になると同時に戦闘を開始してください」
サマル殿とヴィオに名前が呼ばれては自軍へと戻り、あっという間に残ったのはアガット殿と私だけ。
「イエルハート殿、アガット殿こちらへ」
サマル殿に呼ばれて二人並んで、ヴィオの前に跪いた。
 クロウと彼の騎士であるダリューンは同じように私達の後ろで跪く。
「二人とも顔を上げてください」
そう言ってから、ヴィオが少しだけ前に出ると同時に私達は顔だけを上げた。
 真っ赤な軍服に身を包み、白い布地に赤と黄色で刺繍や装飾が施されたローブを着ている。
 もちろん、腰には愛刀である自身のサーベルを腰に携えて。
「あなた達二人には中央部の森林地帯を攻略してもらいます。詳しくはサマル殿から説明がありますが最も危険な戦場になる事には間違いありません」
不安そうな表情を堪えるように目を閉じてから静かに息を深く吸い込んで吐き出した。
 空気が凍り付いた様に重い時間が流れ、ヴィオが静かに目を開く。
「この戦いで生き残る事が出来れば、あなた達二人を戦いの功労者とします。ですから、無事に生き残ってください」
私達は返事をするとヴィオは立ち去った。
 立ち上がると同時にサマル軍師が私達の目の前に移動して、二つの丸くまとめられた薄い茶色の羊皮紙を渡される。
 赤い蝋で止められていた封を開くと、今回の戦術が事細かに記されていた。
 要約すると、大きく分けて三段階に分かれている。
 一、二個軍隊で中央森林地帯に潜む敵部隊を制圧。
 二、敵部隊の撤退を開始後に長距離投石器で火球を使用して、森林地帯上部で火災を起こして退路を分断。
 三、分断を確認後に両軍隊は残党を始末した後で撤退。撤退を完了後も投石器全機を使用して、森林地帯全域で火災を起こす。
「撤退の開始したというのはどのように伝えるのですか?森林地帯から狼煙を上げるわけではありませんでしょうから」
ざっと私が目を通して気になった点を伝える。サマル軍師がいつも通りの微笑んだ表情を見せた。
 首を隠すように伸びている白い髭を触りながら答えた。
「それぞれに私の軍隊から伝令兵を数十名配備し、煙を上げながら飛ぶクロスボウを使用して後方に伝えますが……」
サマル軍師が途中で口ごもる。アガット殿は羊皮紙から視線を外してから、サマル軍師へと視線を移す。
 やがて何かを決心したかのように私達を見つめた。
「あなた達の撤退完了の合図である、二回目の伝令兵の通達は時間が日没になる見込みで煙が見えない為、使用する事はできません。つまり、日没時間までに三段階までを完了する必要があります」
つまり、日没までに自陣へと撤退できなければ火の海の中で取り残されることになる。
 無茶苦茶な作戦だがこれ以上に、天然の城壁となっている白樺の真っ白な森林地帯に風穴を開ける事は難しい。
 敵部隊を森の中で残していれば消火活動を行われる為、森林地帯の敵部隊は制圧しなければならない。
 全滅か。
 それとも、勝利か。
 その二択の内、最悪の方を考えると小さい水の粒が頭から頬へと伝った。
 アガット殿を見ると無表情で、何もなかったかのようにただただサマル軍師を見つめている。
「それと、支給しておいた油を伝令兵に撒いて置く位置を知らせておりますから、それを指定の位置に蒔いて置くようにしてください。まぁ、ツボを直接割っても構いませんが」
今更この作戦を反対するわけにもいかない。お互いそれぞれの兵士達が待つ場所へと戻る事にした。例の羊皮紙は懐にしまう。
「お嬢はてっきり作戦を拒否するのかと思いましたよ」
私の少し前を歩くクロウから声を掛けられる。鎖帷子を仕込んだ黒のコートを揺らしながら、左腰に差した二つの刀の鞘がクロウの動きに合わせて不規則に左右に揺れている。
 歩幅を大きくして隣に並んで顔を少し覗き込む。クロウは顔を正面を向いたままだった。
「私には立場っていうものがあるのよ。それに戦いが楽しみみたいに見えるけど」
肩に掛からないくらいで切り揃えてある青味掛かった髪を、かき上げてから耳の後ろに掛けた。
 正面に広がる巨大な森林地帯。その上には辺り一帯を見渡せるようにそびえ立つガルバード大要塞が鎮座している。
 その上に風で揺れている大小さまざまなライトランス帝国の旗を見つめていた。
「今回の戦いは今まで出会った誰よりも強い奴が出てきそうな気がするんですよ。それに師匠が俺に武器をすべて授けてくれた理由が分かりそうな気がするんです」
クロウは刀の柄を左手でさするように握りしめる。そっかと私は一言だけ口から漏らした。
 次第に私の兵士達が見える。一人が私達に気づくと私達の前で綺麗に整列して並ぶ。
 数名見知らぬ顔が数名、サマル軍師が派遣すると言ってた例の伝令兵達だろう。
 その証拠にクロスボウを持っている。見た目からして長い距離を届かせるために銃身が長く弦もその分だけ長い。
 連射はまず無理だ。次のボルトを打つためには通常のクロスボウよりも長いだろう。
「大体の事は彼らから聞いているでしょうけど、私から改めて伝えるわ」
今回の作戦を皆に伝える。それから部隊を四人一組で伝令兵は一人ずつ配備した。
 私は三名の兵士を選び、護衛役として指示する。そして、時間になると各自行動を開始するようにと伝えると所定の位置に向かった。私達の担当は中央部の森林地帯右側。
 私達は護衛役を連れて、そこの中央部に向かい皆が並ぶ。
 しばらくしてから大きく鐘が鳴り響いた。戦いを始まりを知らせる音だ。
 全軍が勢いよく突撃を始めると同時に雄叫びが周囲に鳴り響く。
 私とクロウの前に護衛役の三名が先行、その後ろを進む。森の中に入る直前で剣を抜いた。太陽の光で淡い青色の刀身が照らされた。
 クロウの刀は光の反射さえも許さない漆黒の刀身に並行して真っ白な刃が怪しくきらめいている。
「大丈夫っすよ。俺はお嬢の為に生きてるんですから」
右手で握り占めている刀を肩に載せて、皮で分厚くなっている左手で私の肩を軽く叩く。
 クロウの後姿を見てから、何も起きない大丈夫と言い聞かせる。
 私も背中を追いかけるようにして、森の中へと入る。
 真っ白な樹木が不規則に並び、枯れ枝や背丈の低い草が一面に広がり、倒木には緑色の蔓草がびっしりと敷き詰められている。
 視線を上に向けると、生い茂る緑の葉の隙間から細かい光が風に揺れて地面を照らしているが、厚い雲に遮られた曇りの様な暗さだった。
 耳を澄ますと先に入った部隊が交戦する音がした。叫び声や武器と武器の重なり合う鈍い音が鳴り響いている。
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