ロイレシア戦記:青の章

方正

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第三話

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 謁見の間で会談を終えた私達は、マクバーン様主催で大広間でパーティを開かれることになった。
 ドレスのままで私とクロウは2階から全体を見渡せる位置で二人で並んでいる。
 テーブルの上には生ハムとチーズが盛られた小皿と、大皿の上には綺麗に彩られたローストビーフや蒸された野菜。
 グラスに注がれた赤いワイン少しずつ飲む。口を付けたところには、口紅の痕が着いている。
 支柱に背を掛けて、クロウはグラスの中をゆっくりと回している。
「物資が不足しやすい冬の時期とはいえ、王城はこんな旨い物出せるんですねぇ」
小さいフォークで、まだ湯気が立つ赤いニンジンに刺して、口に運ぶ。
 口の中で小さく砕いて飲み込む。
「王城だからね。下の方は食事どころじゃないみたいだけど」
1階へと視線を移すと、貴族たちが話し合っていた。
 世継ぎの事や自身の権益の話が聞こえる。
 私はため息を吐いた。難しい話は勘弁してほしい。
 家にいた頃は、縁談の話がたまに来ることがあった。
 剣術がうまい奴にしか娘を渡さないとか言って、その度にお父様やクロウが相手していた。
 今まで、勝った人どころか互角な戦いをした人と出会ったことがない。
「あの頃にはこんな贅沢が出来るとは思わなかったですけどね」
クロウは少しずつグラスの中のワインを飲んでは、中身を回転させている。
 たまに、ローストビーフを口に運んでいる。
 空になったワイングラスをテーブルに置いて、彼の隣に並んで腕を組む。
「あなたは殺されそうなところを私が救ってあげたのよね。元傭兵さん?」
彼はその言葉を聞くとめんどくさそうにぼさぼさの頭を掻いた。
 残ったワインを一気に飲み干すと、ボトルから新しく赤い液体を注ぐ。ブドウの匂いが鼻に付いた。
 クロウは元々傭兵で渡り歩いていたが、私の家の領土内で衛兵と問題を起こした。
 精鋭揃いの衛兵団全員相手に3日3晩戦い続けて、その結果クロウは力尽きる。
 私が処刑されるところを助けてからは、武闘会に参加させることになる。
 主に力を証明させることと、優勝させることで死罪をなくさせる事。
 結果は領土の治安維持軍を務めていた。当時の騎士団長を倒して優勝した。
「誰もクロウが勝利するなんて思っていなかっただろうし、今では狼騎士とか獅子騎士とか言われて人気者だからね?」
クロウは興味なさそうに、グラスの中身を回していた。
 傭兵だったせいか、名誉とか称号とか興味が無いらしい。
 そんなのよりも酒とか金が欲しいらしい。名誉では飯が食えないとか。
「フィオラ・ライト・イエルハート様。ヴァイオレット様がおよびですが、よろしいでしょうか?」
初老の眼鏡をかけた執事が私に声をかけた。
 私がクロウを見ると、頷いて残っていた赤ワインを一気に飲み干した。
 立て掛けていた私の武器を拾って、執事の後ろをついていく。
「ヴァイオレット様は中庭でお待ちです」
灯で昼間と同じぐらいの明るさの廊下を抜けた。外は既に日が沈んでいた。
 この城には二つの中庭がある。一つは私達の部屋から見えた空を見渡せる広い中庭。
 もう一つはドーム状にガラス張りの天井がある中庭だ。
 この国では育つ事が無い花や植物を見れるように厳密な管理をしている。
 何代か前の王が作ったらしい。
 彼女の母親が好んでよく訪れていたという。
 廊下の先に合った大扉を開くと彼女は居た。
 白い薔薇を目を閉じて、静かに匂いを嗅いでいる。
「ヴァイオレット様、私をお呼びでしょうか」
彼女の隣で跪いて、頭を下げる。
 赤い髪に赤いドレスを身に纏っていた。
 目を開いてから、顔の前から白薔薇を離すとテーブルの上に置いた。
 目つきは鋭い。
「辞めなさい。礼儀を重んじるなんてあなたらしくないですよ?フィオ」
その言葉が聞こえると、私は静かに立ち上がる。
 片足に体重を乗せてから、腰に手を当てた。そして、大きく息を吸った。
―――懐かしい花の香りがした。
「私らしくなかったわ。いつも通りでいいのね?ヴィオ」
私が放った言葉に対して、反応したのが二人いた。
 一人はクロウ。王族に対して、常に誠実に対応していた行動を変えたのだから。
 もう一人は彼女の後ろに居た大男。彼の表情は驚きの表情から、やがて怒りの表情へと変わっていく。
 やがて、剣の柄に手を掛けていた大男が刃を抜いた。
「貴様!姫様にそのような言葉を!」
私の身体に迫る刃は甲高い鉄の音と共に動きが止まった。
 後ろで立っていたクロウが刀を抜いて剣を止めている。
 二人の目つきは猛獣の様な目つきで睨み合っている。
 小刻みに震える刃は不気味な音を立て続けていた。
 奥に並んでいた二人のメイドが恐怖の表情で顔を染めている。
「お嬢を斬るなら俺がてめえを斬る!」
「黙れ!」
このままだと殺し合いになりそうだ。
「やめなさい。ヴァン」
「剣を納めなさい。クロウ」
彼女と同時に声を発すると、二人はゆっくりと距離を取って鞘に刃を納めた。
 しかし、彼らの目つきはいまだに殺気をまとった雰囲気を醸し出している。
 謁見の間でクロウが強いと言っていた男か。
 確かに只者ではなさそうだ。
 ヴァン、王族直下の騎士団元帥の名前だったはず。
「食事の途中だったでしょ?食事を用意させました」
メイド達がフルコースの前菜、野菜料理が盛りつけられた皿を四角形の木製のテーブルに二つ置いた。
 赤と黄に緑などの色とりどりの温野菜が湯気を上げている。
 野菜に掛かっている白いソースが食欲をそそるチーズの匂いをしている。
 私とヴィオの分。
 あとの二人のは別のテーブルに用意されるのだろう。
 けれど、いがみ合っている二人を背中に感じながら食事どころか話しずらい。
 何とも言えない雰囲気を打ち切ったのはヴィオの発言だった。
「ヴァン。殺気を抑えなさい」
「ですが……!」
私もクロウを視線で見ると、狼のような鋭い目つきをしている。まるで獣。
 イラついている証拠に片手の指を折り曲げては、開くという動作を繰り返している。
「クロウ。あなたね……」
「この野郎、お嬢を切りかかろうとしたんですけど?」
ヴィオと視線が合うと一緒にため息をついた。
 恐らく考えていることは同じ。この場でどちらが強いか証明させる事。
 この中庭の中央には、円状で石造りの床が広がっている。直径6メートルぐらいの大きさだ。
 やがて、ヴィオが声を発する。
「クロウと言ったかしら、あなたにはヴァンと模擬戦を行って頂きます。武器はお互いの腰に下がっている物を使う事。致命傷を与える位置に当てた方が勝利でいいでしょ。もちろん寸止めはする事です」
クロウの眼が輝き出してにやけた笑いを浮かべた。自分より強い人間と戦う時の眼をしている。
 彼が持っていたバスタードは私に突き出された。持っておけという事だ。
「クロウ!勝ちなさい!これは命令よ?」
クロウは私が言葉を発すると驚いた表情をして、笑みを浮かべて静かに頷いた。
 円形の石畳で向かい合って、お互いに構える。
 ヴァンは背中のクレイモアを抜くと、両手で握ってから下腹部で柄を握る。
 クロウは低く腰を落として鞘に入ったままの刀の柄を握り、いつでも抜けるように少しだけ抜いている。
「面白くなりましたね。そう思わないかしら?」
ヴィオは料理が置かれたテーブル左側に座ると、右手で反対側に座るように手のひらを向けて催促する。
 彼女はこの戦いを楽しんでいる。余興として。私の騎士の力を見る為に。
 私が席に座ると、メイド達は二つ並んでいるグラスに水を注いだ後で、食前酒として白ワインを注いだ。
 ヴィオの後に私の順で。メイド達は一礼して少しだけ距離を取った。
「どこで拾ったの?フィオの騎士は」
水を一口飲んで、カリフラワーをフォークで刺して口に入れてから噛み砕いて、飲み込む。
 一度大きな破裂音が響き渡る。
 恐らく、一撃で決めるつもりだったのだろう。重い剣撃が鳴り響いてから、彼らの戦いが始まった。
「元罪人で元傭兵、私の家主催での武闘会で優勝したの。彼は私の命を守る為だけに生きる事を誓ったわ」
彼女は顔色を一つ変えずに、湯気が立つ野菜を口に運んではたまに戦いを見ていた。
 元罪人なら驚くと思ったのだけど。
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