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東校舎の薔薇園って今は使われてないんじゃなかったか。


なるほど、通りで見つからないわけだ。

東校舎から少し歩いた場所、奥まったところにある薔薇園は昔はもっと綺麗な状態に保たれていたらしいのだが、今は世話をする者もおらず入り口の門が錆び付いている。

ギーッと錆びで開きにくくなっている門を開けて中に入ると、植物園とは思えないほどひどく殺風景な光景が広がっていた。

薔薇園と呼ばれているのに、薔薇はほとんど潰えてしまい代わりに雑草がそこかしこから生えていた。

こんな所が潔癖そうなあいつのお気に入りの場所なんて少し意外だ。

矢野を探すために奥に進むと、一角だけ薔薇、、だけじゃなく様々な種類の植物が咲いていた。


…なんで、ここだけ。
そう一瞬考えたがそうか、これは矢野が育てている植物たちか、と合点がいった。


花の種類なんてろくに知らないし、興味もないが、こう見てみると綺麗だなとは思う。
そこにしゃがみ込んで一際目立つ赤色の花を撫でていると、

「あのバカあんたに教えたわね。」


不機嫌な声が頭の上からふってきた。

目を向けると、矢野は両手に軍手をして左手に小さいバケツにスコップと花の種の袋をいれて立っていた。


「……お前に話がある。」

撫でていた手を引っ込めると、矢野は何も言わずにとなりにしゃがみ込んだ。

「私はないわよ、ていうか邪魔だからどいてくれない?」

こちらをちらりとも見ずに植物に手をやる矢野を見てイライラしつつも少し横にずれる。
だめだ、こいつを説得しないといけないんだから。落ち着け俺。


そう、あんなことをしてまで矢野を探したのはこいつに、生徒会に戻ってきてもらうためだ。

俺は考えに考えて、加賀美に言った言葉通りにみんなを説得する、というなんとも安直な答えに辿り着いた。

俺一人では新人歓迎会の準備なんて到底無理だし、生徒会だってこのままじゃダメだってわかってた。

わかってたけど、俺はその問題から目を背けていた、ずっと。

元々こいつらと仲は良くなかった。

悪いわけでもないけど…多分。

俺以外の役員達はそれなりに仲は良く見えるし、よくたわいない話をしていた。

俺はこいつらと仕事以外の話をしたことがないが。
まあそれに気付いたのはあの転校生がきて、こいつらがあいつの尻を追いかけてからだが。

「……、ねえ、なんなの黙り込んで…手元そんなに見られると気が散るんだけど。」

ぼんやりと考え事をしていたら、どうやら目の先がこいつの手元だったらしく不快そうに言われる。


「……いや手先が器用だなーと、…おもって…」

別にこいつの動作を見ていたわけではないが訂正するのも面倒なので率直に思ったことを言うと、矢野は変な顔を俺に向ける。

「なにそれ、あんたが人を褒めるとか天変地異でも起こるんじゃない?それか、仕事のし過ぎで頭おかしくなった?」

大層な言い方をされて沈みかけたイライラがまた浮上する。

「別にほめてねぇよ!俺は事実を述べたまでだ。……… 意外だな。」


ぽつりとそう言うと、矢野は変な顔のまま首をかしげる。


「お前って、潔癖気味だろ?デスクの上、常に物がないようにしてるし…こういうのってあんま詳しくねぇけど汚れんだろ?…だから、意外だなって。」


「まあ、潔癖は潔癖だけど…だって、見てみなさいよこの花たち。こういう苦労をして美しい花が咲くと思うとこれくらいなんてことないわよ。」

「…まあ、たしかに、綺麗だな…俺はあんまり花は詳しくないが…綺麗だと思う。」



そういうもんなのか、と思いつつ花を眺める。

しばらく続いた沈黙に違和感を覚えた俺は矢野の方を向くと矢野は俺をじっと見つめていた。


「な、なんだよ……」


「今日のあんたはえらく素直ね?なに、ご機嫌でもとって仕事に戻ってきてもらおうとか考えてんの。」

別にそういった狙いはなかったが、矢野の方から仕事の話をしてきたので思わず反応してしまう


「ち、違う!そんなんじゃねぇよ…たしかに、その話をするためにここにきたけど。別にお前のご機嫌とったつもりねぇよ。」

そう言うと興味なさげにフーンと言ってまた手を動かしはじめた。


「あ」


「なに」

矢野が取り出した種の入った袋の表紙を見てつい声が出る

「い、いや…そこに咲いてる花、一際綺麗だと思ったから…ガーベラっていうんだな」


表紙の写真と、俺がさっき見ていた真っ赤な花が合致する


「ふん。あんた見る目あるじゃない…これは、私の代名詞の花なの」


「へ、へぇ…赤色が好きなのか?」


代名詞の意味に少し頭をひねるが尋ねるのはやめた。

「違うわよ!これ、花にはそれぞれ花言葉があるの、あんた知ってる?」

「いや、しらねぇ」
 
そういうとうわーとでも言いたげな顔で俺をみる矢野。

花の知識なんてあってもなくても何の意味もないだろうが!と内心思うが声には出さずになんだよと答える。

「ま、あんたみたいな男は花なんて興味ないでしょうけど…この花の花言葉は神秘的な魅力なの。私にピッタリでしょう!」

そう言ってふふふと笑う矢野に俺は顔がひきつる。

まあ、そうか…。

「お前って顔は綺麗だもんな」


そう何気なくいうと矢野は目を丸くし驚いた顔をする。

「……本当にどうしちゃったのあんた」

そしてすぐに今度は怯えたような顔をして俺から距離を取る。

「本当に頭おかしくなったの…?」


「ちげえよ!うぜぇな、別にそんなんじゃねぇよ…。」

そう言うと、冗談よと言ってけろっとした顔で袋を開いて種を取り出し、作業を始めた。

「……はぁ」

ため息をついて、ふと思う。

あれなんで俺こいつとこんな話してんだ。
こんなたわいない話しに来たんじゃなかったのに。


そう思ったけれどそこから動くつもりにはなれなかった。



俺はずっと生徒会役員とは2人きりにならないように注意していた。

学園から選ばれた役員共はどの人間もアルファの中のアルファな人間たちで俺が今まで出会ったそれらとは全く違う生き物だった。

俺は、噂で役員達それぞれの癖の強さを聞いていたので警戒し、バレないよう細心の注意を払っていたが。


こうして、矢野と二人きりで話してみると、なんだかそれが大袈裟な考えだったのかと感じ始めていた。

こいつと、アルファの男とこんな穏やかな空間で話せると思わなかった。
もしかしたら、俺は警戒をし過ぎていたのかもしれない。

こいつらはアルファだから。バレないようにしないと。そう考え、それしか考えておらずこいつらのことを一切見ていなかった。
少しはこいつらのこと警戒せずに接していたら、こいつらとたわいない会話をするぐらいの関係に、もしかしたらなれていたのかもな。


「…前、俺がお前たちのこと嫌いだろって言ったよな。」

「なによ、急に。」


手を止めずにそう言う矢野に俺は言葉を続ける。


「……、おれは、別にお前らのこと、嫌いじゃねぇから。」

そう言うと、矢野は手がぴたっととまる


「うそ、あんな態度とられて嫌いじゃないとか「あれは違う!」


つい大きな声がでて、自分でもびっくりする。

矢野も驚いたのか俺を振り向く。

ていうか、俺はなに話してんだ!

別に弁解するためにここにきたわけじゃないのに。


「…いや、…あれは…、お前らが嫌いだとか、…そんなんじゃないっていう…」


「…だったら何よ」

そう問われて思わず押し黙る


俺が、オメガだから?

出た答えはすぐに言えるわけねぇと打ち消す。

何も言わない俺にじれた矢野は


「やっぱり、嫌いなんでしょ?…別に、無理しなくていいわよ。」


「ち、違う!俺は、!…ひ、人見知りで!」



「は?」


つい出た言葉に矢野が素っ頓狂な声を出す。


「……悪かった。」


ボソリと出た声は俺が思う以上に弱々しかった。


長い沈黙が続く。


俺は、いたたまれなくなってその場から立ち去ろうと、腰を上げようとする。


「なにそれ…あ、あんたが人見知り?」


「な、なんだよ…。」


口を手で覆う矢野はそう呟き、肩を震わせている。

な、なんなんだよこいつ…怒ってんのか?

俺が訝しげに矢野を見ると、矢野は吹き出すように笑った。


「あっははは!何それ!あの俺様会長が!ひ、人見知りって…!あははっ…!あ、あんた、それで私たちの会話に入ろうともしなかったの?、ていうか入れなかったのか!あはは!だって人見知りだもんね!あはははっ!」



「な…」

大きく口を開けて笑う矢野に俺はわなわなと口を震えさせる。

「…あー、笑った…あんたさ、バカなの?くっ…ぷぷ、…へー、あの九条家のご子息様は人見知りってだけであんな人間関係拗らせてんのね…。」


矢野の言葉に引っかかるものがあり、俺はつい口を挟む。


「俺の何が拗らせてんだよ」

「…え?あんた、知らないの?私はともかく、他の役員特に副会長あんたのこと死ぬほど嫌ってるわよ。」


「は?」


「詳しくはなんでか知らないけど、別にあんたは嫌ってないんでしょ?」


こくりと頷く俺に続けて矢野は


「だとしたら、あんたのその極度の人見知りってやつのせいであの人誤解してるのかもね…でも、まあ、誤解だってするわよね…だって…あのあんたが…ぶっ、くくっ…」


「わ、笑いすぎだろ!」


耐えきれないわあといって矢野は浮かせていた尻を地面について手を後ろに着く。

「しょうがないでしょ?あの傍若無人なあんたが実は人見知りだったなんて、笑うしかないわ…まあ、でもそう…私たちのこと嫌いじゃないのね」


「…あぁ」


俺もなんだか力が抜けて矢野と同じように尻をつく。


「ま、なんかおかしいなとは思ったの…あんた、全然リコールするそぶり見せないし。私達に文句の一つも言わずに…まあ、それも癪だったけど…挙げ句の果てに、あの委員長に私が仕事してること言ったんでしょ?そんなことせずにさっさと仕事しない私たちをリコールして悪者にすればいいのにって思ってたの。」

「リコールなんてしねぇよ…。」


「なんでよ、別にあんたが私たちを嫌いじゃなくても仕事を放棄する役員達をあんたがリコールするのは普通じゃない?」


「それは…。」


確かにそれはそうだ。


矢野の言葉に俺はたしかになんで俺は執拗にリコールをしたくなかったのか今一度考えた。


「…お前らと、仕事すんの嫌いじゃなかった、から?」


「な、なにそれ…なんで疑問形?…いみわかんない」

わけがわからないという顔の矢野を横目に
俺はしっくりとその言葉が馴染む気持ちを感じた。

そうか、俺は結構こいつらのことが…


考えて、さすがに気持ち悪いと思って頭を振る。


「俺はお前らとあんまり喋らなかったけど、お前らがふざけあってんのみるのは…まあ、悪くなかった…だから、……」


「あーもうやめて、なんか気持ち悪くなってきた。……でもそうね。私も、あんたのこと嫌いではないわよ。」


急に言われてびっくりする。

その驚きが顔に出てたのか矢野は俺の顔を見てふっと笑った。


「前はああいったけど、あんたのこと嫌いっていうかよく分からないって気持ちが強かった。話しかけても常に壁を感じたし、あんた四六時中ずーっと眉間にしわ寄せてるからなにをそんな怒ってんのこいつ、て思ってた。」


「まあ、でもそれも全部人見知りのせいだったわけね…ほんと、色々考えた私が馬鹿みたい。」

はーあと息を吐いて俺をチラとみる矢野に俺はうっとなる。


「ご、ごめん。」


 「ぷっ、ごめんって…あんた、今日だけでキャラ崩壊しすぎ…でもそっちの方が全然いいわね。」


矢野は柔らかい表情でそう言って花に目をやる。


「その人見知りで、あんた随分と損してそうね…」


矢野はアルファなのに、なんでこんなにこの空間が穏やかなんだろう。

いや、アルファだから、とか関係ないのか?


「…お前って意外といいやつなんだな。」


ぽつりと呟くと、矢野はムッとした表情になり

「あら、私は意外とじゃなくてかなりイイ人よ」


そう言い放った。

そんないつもの棘を感じる言い方なはずなのに、全くその棘を感じられなくて俺はおもわず笑ってしまった。



「はは、なんだそれ。」


「なによ、私はいい人でしょう。」


そう言って矢野も少し笑った








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