俺様会長はアルファに怯える

辰祢 きびを

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刈谷side

学園の廊下を歩きながら、俺は
言われた言葉を頭の中でループしていた。



「ありがとう」


雫様はきっと何気なく言った言葉なんだろうが、出会ってから今まででその言葉を聞いたのは初めてだった。

ありがとって、あんな顔で言うもんじゃないだろうに。

眉を顰め、相手を睨み付けるような顔でその反対の言葉を口に出した彼の姿を見て、初めて雫様の姿を見たときと重なった。

雫様に初めて会ったその日、俺はとことん辟易していた。


なんで俺が誰かの下について世話なんてしなきゃならないのか、親にはこれは大変名誉あることだとかなんとか言われたが、俺には全くもって理解できなかった。


顔合わせの時、正直俺は失礼な態度でも取って向こうから断らせてやろうと考えていた。親の期待なんか知ったこっちゃない。俺は俺のやりたいようにやるだけだ、なんて舐め腐った態度で臨んでいた。

だが、扉の向こうから見えた雫様をみてその心が一変した。

名家としてあらゆる作法を叩きつけられたのだと一目で分かる動作で優雅に現れたその少年は、艶やかな黒髪にふっくらとした淡い桜色の唇に、まだ成熟していない体が和服に包まれて現れた。美少年、なんてチープな言葉では表現出来ないほどの存在感を放つ少年。しかし、俺が惹かれたのはその瞳だった。

威圧ささえ感じられるその意志の強い黒目がちな瞳がこちらに向けられた瞬間、この人から目を背けられなくなった。

この人こそ俺の仕えるべき主人だと、そう本能で感じたのだ。そのあと聞かされた雫様のバース性に驚きを隠せなかった。

部屋に入った瞬間、俺はこの人がアルファだと確信したのに。その事実がより俺の決意を固めた。俺が支えるべき方はこの方だと。

そうして雫様に支えて知ったことは、
彼は常に気を張って、他人に壁を作り、眉間に皺を寄せて他人を寄せつけない、弱音も滅多に吐かない。


昔も、今も

側から見れば彼がアルファたる所以で、彼のプライドが高いせいだと思われるのだろうが、彼のバース性を知る俺から見たらその姿は酷く、苦しそうだと感じた。
 
普通オメガはその性を利用してもっと楽に生きているというのに、彼はどうしてそこまで自分の運命に逆らって生きるのだろうか。そう思ったことは何度もあった。


一度だけ、それについて少しだけ雫様に尋ねたことはあるが詳しくは教えてくれなかった。

理由がなんにしろ、俺は雫様にもっと肩の力を抜いて欲しいと思っていた。

もっと周りを頼って欲しい。俺にも、俺以外にも。

発情期の期間、雫様は部屋に引きこもって何人も自室に入ることは許されない。

俺ですら部屋に入ったことがない。


ただ、その中から時折聞こえる悲痛の声が、唯一彼がオメガであることを示していた


気高く高潔なあなた。でも俺は怒ってるんですよ、ずっと。


誰も頼らない、人間関係も全く構築しようとしない貴方はこんな状況になっても一人でどうにかしようとする。

どう考えても無理だと聡い貴方は分かっているはずなのに、どうしてそこまで一人で頑張るんですか。

持っている新聞を握りしめて目的地に向かう。

俺は貴方の従者だから、貴方の事実を知る唯一の人間だから。
必ず、貴方が必死になって隠す事実は俺が守ってみせる。

ありがとう、なんてこんなこと当たり前なんですよ。

俺は貴方の従者なんだから
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