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「……うーん。どこも異常はないけどねぇ」


「そ、そう…ですか」


俺は今わざわざ外出届を出して下界に降り立ち、とある病院に来ていた。

だが心配は杞憂に終わり特段異常も見られなかった。


でも、俺は逆に安心できなかった。

だったらなんであいつは…。くそっ、あー思考がまとまらねえ

オメガのフェロモンはアルファを惹きつける。

それを俺から奴が感じとったのであれば、抑制剤が効いていないと言うことだと思ったんだが…。


「…すいません、いつも貰っている薬より強いのに変えれますか?」


目の前の白衣を着た壮年の優しげな雰囲気を纏う担当医に問う。

「…九条君、今処方している薬ですら成長期にある君にとって悪い影響を及ぼす可能性のあるものなのに…。これ以上強い抑制剤は君の体を壊しかねないよ。」


眉を顰め言いづらそうに話す先生に俺は小さくため息をつく

「抑制剤は基本、オメガの生活を過ごしやすくする万能の薬のようなものだけど、頼り過ぎたり、強いものに慣れ過ぎると体が自己防衛を起こし反動で今までの抑圧していたものが爆発してそれこそ大変なことになってしまう……本当はね、君にこれ以上抑制剤は処方したくないんだよ。」

「で、でも!」



「分かってるよ。御両親にはお世話になっているし、言われていることだからね…だけど、…うーん…、一番いいのは君にアルファの番か、恋人を作ることなんだけど…。」

恋人…

それは俺にとってあまりにも非現実的な助言だ。


この医者もそれは分かってて、それでもそう言うんだろう。

オメガを公言していない俺にとって俺の体のオメガを鎮めるには薬しかない。

普段からフェロモンを全く出さないように抑制剤を服用し、忌々しい発情期には周りに悟られないよう、通常1週間は続く期間を薬で1日から2日に抑えている。

こんな生活を一生続けることなんて無理なのは俺だってわかる。それでも、卒業までは絶対に隠し通してみせる。


そう、契約したんだから


「わかりました。すいません、無理を言ってしまって。」

簡潔に答えて、未だ心配そうな医者を尻目に部屋を出る。


「…九条くん、無理はしちゃダメだよ」


部屋を出る間際、そういった先生に口の端をあげ丁寧に礼を告げて扉を閉めた。



「………はぁ」

特に得られたものが無く、落胆する。

何か原因があれば解決するんだが、抑制剤はこれより強いものは貰えないし…。


「どうでしたか、検診は」


「うわっ!…おまえ…いつから…」


目の前には能面みたいな顔をした従者が何かを持って立っていた。


「外出届を出して、しかも早退で誰にも言わず学園を出て行った貴方がくるとこなんてここくらいでしょう。」


「…あーあー、全部ばれてら…」


刈谷の顔がなんとなく見れなくてそっぽを向いて頭を掻くと盛大なため息が聞こえた。


「…貴方が定期の検診でもなくこんなところにきた理由はこれですよね?」

そう言って俺に突きつけたのは一つの新聞


それは、学園内の新聞部により発行されるもので

そこの見出しにでかでかと書かれた『風紀委員長と生徒会長の熱愛!?』と、いつ撮ってたんだと聞きたくなる、あいつがちょうど俺に掴みかかっている瞬間の写真が写された一面に頭が痛くなった。

「…さすが、新聞部。仕事が早ぇな…」

「これは一体どういうことなんですか?……まさか、本当に風紀委員長と…」


「ないないない!!あるわけないだろ!気持ち悪りぃこと言うんじゃねぇよ!」


あらぬことを言おうとする刈谷に俺は全否定する。

俺とあいつがデキてるなんて想像するだけでゾッとする。


「…はぁ、冗談ですよ」

俺の声がうるさかったのか耳を押さえながら後退りする。

「お前冗談言えたんだな…」

変に感心していると、じとーとした目で見られる。…視線が痛い。

「雫様こそ、随分余裕そうで安心しました。私がこれを見たときは心臓が止まるかと思いました。いえ実際数秒止まりましたねあれは。なぜ私に何も言わなかったんです。雫様風に言えばこれはめちゃくちゃやべえ、ことですよ。もう一度言いますねどうして私に何も言わなかったんですか?大体貴方は………」

物凄い勢い形相と早口で捲し立てられ、
これだけ怒ってるのを見るのは俺が家出した以来だなあと刈谷の言葉を右から左に受け流しつつ思考を現実逃避させる。

「……って聞いてます!?私は雫様にもしものことがあったのかと心配で!」

「わ、わかったわかった!悪かったよ、言わなかったことは謝るからもうそんなに怒るなよ…とりあえず体に異常も無かったし…あいつのことも…まあ、大丈夫だと…あー、うん…思う、」

「なんですかその全く安心できない言い方…はあ、まあ最悪の状況だとしたら既にあちら側が何か接触を起こしそうですしね。」


何も考えられずにその場から逃げたのが3日前。

もし、そう刈谷の言う最悪の状況だとしたら、あの野郎になんて口封じしようと考えていたのだが。

あいつからコンタクトを取ってくる様子はなく、俺もわざわざあいつに会いにいって話を掘り返して言い訳するのもなんか違う気がして、なんて考えてたら既に三日経っていた。

「とりあえず、予断を許さない状況ですので…念の為、私からも探りを入れてみます」


「さ、探りって…」


「とりあえず、貴方は確実に委員長にバレてないことが分かるまで彼と二人きりにならないでください。もし万が一バレていた時は…どうにかして黙っててもらえるよう言及しましょう。」


「…あいつがおとなしく黙っててくれるかな」


もしバレていたら極悪非道な要求をしてきそうだと奴の悪どい顔を思い浮かべる。

「この件は一旦私に一任してください。ですので、貴方はあの問題を片付けてくださいね」


あの問題?

俺が刈谷の言葉がわからずはてなを浮かべると、刈谷は目をキッと釣り上げて


「新人歓迎会のことですよ!貴方があんな大勢の前であんなことを公言したんですから、…どうにかしてくださいよ!」


ぐあー、…そうだった。


加賀美のことで頭がいっぱいですっかり抜けていたことに気付く。


「…全く…後先考えずあんな出まかせをいってしまうなんて…土壇場で出る無鉄砲な所はほんと昔から変わりませんね。」


刈谷の呆れた声に俺もほんとにな…と自分のことなのに同意してしまう。


「ほんとに貴方って人は…人の気も知らないで…」

まだぶつくさ小言を言ってくる刈谷はまるで小姑だ。

でもまあ、こうやって本気で俺を心配してくれるこいつの存在は疎ましく思いつつも有難いのも事実で。

昔から、俺が突拍子もないことや発言をしたとき文句を言いつつも、一緒になって付き合ってくれるこいつは俺にとってかなり、うん、大事な存在なんだよなと改めてなんだか思う。
 

「……なんですか」


そんなことを考えていると、どうやら意図せず刈谷を見つめていたらしく、眉間に皺を寄せながら不機嫌そうな男に俺はいつもでは絶対に言わない言葉が口から出ていた。


「ありがとな、刈谷」


言った後に、そういやこいつに感謝したことって無かったよな…とか思う。 


でも口に出た言葉は案外悪いもんじゃなく、なんだか俺はちょっと気分が良くなった。ま、たまには部下に労いの言葉も必要だよな。

俺は刈谷の反応を見る前に寮に戻ったらとりあえずふて寝てしてやるとか考えながら踵を返した。



後ろで目を見開いて新聞を手からぽとりと落とす刈谷に気付かないで。
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