鴉取妖怪異譚

松田 詩依

文字の大きさ
上 下
16 / 41
第弐話「幽霊屋敷」

幕間「幽霊屋敷ノ真実?」

しおりを挟む
 あれから数日後、「八咫烏館」二〇三号室に越してきた三毛縞は自室の整理に精を出していた。
 元々四畳半の場所に住んでいたので、持ってきた荷物はかなり少なかった。

「はぁ……あと少し」

 少しの服と家具はすぐに片付いたが。だが、部屋を埋め尽くすように置かれていた大量の書物と、書きためた原稿用紙の山の整理に時間がかかっていたのだ。

「駄目だ。一回休もう」

 元々体を動かすのは苦手だった。
 三毛縞はシャツの袖を捲り、肩にかけた手拭いで額の汗を拭う。
 動き回ったおかげで熱を持った体を冷ますために窓を開けば心地よい春風が入ってきた。
 --しかし、それが裏目に出た。
 突風が吹いた瞬間、部屋の中に桜の花びらが入ってくる。それと同時に箱の中に重ねていた原稿が舞い上がって散らばってしまった。

「嗚呼っ……しまった!」

 慌てたところでもう遅い。
 白い原稿用紙は無残に床一面に広がった。あと少しで終わろうとしていた作業が増えてしまった。
 何をしているんだと三毛縞は落胆し、深いため息をつきながら原稿用紙を拾い始める。

——こんこん。
 原稿用紙を拾い上げていると、窓を叩く音がした。
 振り返ってみると、其処には幼い少女が一枚の原稿を三毛縞に差し出していた。

「あ……ごめん、拾ってくれたのかい?」

 声をかけると少女はこくりと頷く。
 一枚窓の外に飛んでいってしまったのだろうか。三毛縞は慌てたように窓辺に駆け寄った。

「有難う。本当に助かったよ」

 少女と目を合わせるように膝を屈め、原稿用紙を受け取ると少女は嬉しそうに微笑んで手を振り走り去ってしまった。
 金髪に青い瞳。洋人形を思わせる可愛らしい異国の少女。此処の近所にも異人が住んでいたのだと、三毛縞は微笑ましく思いながら作業に戻る。
「——……ん?」

 そこでふと違和感に気づく。
 そういえば、この部屋は二階だ。それなのにあの少女は窓の外から原稿を差し出してくれた。
 慌てて窓の外を見る。真下に見えるのは地面。そう、ここにはバルコニーなど足場になるものはなに一つない。
 まさか。そんな筈は。だって、此処はそういった類のものはなにもない筈では——。

「おい、鴉取!」

 青ざめた三毛縞は急いで向かいの鴉取の部屋へと駆け込んだ。

「どうした、騒々しいな」

 鴉取はカウチソファに寝転びながら読書に勤しんでいた。
 肩を上下させている三毛縞を忌々しそうに睨みつける。

「い、今。女の子が……窓の外にいたんだけど。あの、金髪で青い瞳をした可愛らしい子供で……」

 三毛縞が口にした人物に思い当たる節があるのか、鴉取はすぐに頷いてみせた。

「嗚呼……あの可愛いお嬢さんなら時折顔を出すよ」
「此処、二階だぞ」
「何を当たり前のことをいっているんだ。一階の部屋がよかったのか」
「ベランダだってないだろう」
「そんなもの見れば分かりきっていることだろう」

 言葉を荒げる三毛縞に、鴉取は呆れたようにすぐさま言葉を返す。

「じゃああの子は幽霊だとでもいうのか!?」
「さあねぇ。少なくともこの世のものではないことは確かだ」

 平然と鴉取の口から放たれた言葉に、三毛縞は顎が外れそうなほど愕然と口を開けた。

「え……だ、だって……幽霊はいないといっていただろう」

 鴉取は本をぱたんと閉じると、体を起こし三毛縞を見上げた。

「俺は“住人が見た怪異は見たことがない”といっただけで、この屋敷自体になにもないなんて一言もいっていないぞ」

 三毛縞は呆然と立ち尽くす。
 そういえば、井守の証言に少女の姿を見たという記載を見かけたような。じゃあ、まさかあの子は——。

「じゃあ……本物の幽霊屋敷なのか」
「さぁ、どうだろうねぇ。君の思い込みから生み出された怪異かもしれないよ」
「本当に……君ってやつは……!」

 頭を抱えて蹲る三毛縞に、鴉取は楽しそうにけらけらと笑っていた。

 こうして三毛縞の幽霊屋敷「八咫烏館」での生活が幕を開けたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あやかし学園

盛平
キャラ文芸
十三歳になった亜子は親元を離れ、学園に通う事になった。その学園はあやかしと人間の子供が通うあやかし学園だった。亜子は天狗の父親と人間の母親との間に生まれた半妖だ。亜子の通うあやかし学園は、亜子と同じ半妖の子供たちがいた。猫またの半妖の美少女に人魚の半妖の美少女、狼になる獣人と、個性的なクラスメートばかり。学園に襲い来る陰陽師と戦ったりと、毎日忙しい。亜子は無事学園生活を送る事ができるだろうか。

フリー声劇台本〜モーリスハウスシリーズ〜

摩訶子
キャラ文芸
声劇アプリ「ボイコネ」で公開していた台本の中から、寄宿学校のとある学生寮『モーリスハウス』を舞台にした作品群をこちらにまとめます。 どなたでも自由にご使用OKですが、初めに「シナリオのご使用について」を必ずお読みくださいm(*_ _)m

『古城物語』〜『猫たちの時間』4〜

segakiyui
キャラ文芸
『猫たちの時間』シリーズ4。厄介事吸引器、滝志郎。彼を『遊び相手』として雇っているのは朝倉財閥を率いる美少年、朝倉周一郎。今度は周一郎の婚約者に会いにドイツへ向かう二人だが、もちろん何もないわけがなく。待ち構えていたのは人の心が造り出した迷路の罠だった。

時の呪縛

葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。 葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。 果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。

没入劇場の悪夢:天才高校生が挑む最恐の密室殺人トリック

葉羽
ミステリー
演劇界の巨匠が仕掛ける、観客没入型の新作公演。だが、幕開け直前に主宰は地下密室で惨殺された。完璧な密室、奇妙な遺体、そして出演者たちの不可解な証言。現場に居合わせた天才高校生・神藤葉羽は、迷宮のような劇場に潜む戦慄の真実へと挑む。錯覚と現実が交錯する悪夢の舞台で、葉羽は観客を欺く究極の殺人トリックを暴けるのか? 幼馴染・望月彩由美との淡い恋心を胸に秘め、葉羽は劇場に潜む「何か」に立ち向かう。だが、それは想像を絶する恐怖の幕開けだった…。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

人形学級

杏樹まじゅ
キャラ文芸
灰島月子は都内の教育実習生で、同性愛者であり、小児性愛者である。小学五年生の頃のある少女との出会いが、彼女の人生を歪にした。そしてたどり着いたのは、屋上からの飛び降り自殺という結末。終わったかに思えた人生。ところが、彼女は目が覚めると小学校のクラスに教育実習生として立っていた。そして見知らぬ四人の少女達は言った。 「世界で一番優しくて世界で一番平和な学級、『人形学級』へようこそ」

ぬらりひょんのぼんくら嫁〜虐げられし少女はハイカラ料理で福をよぶ〜

蒼真まこ
キャラ文芸
生贄の花嫁は、あやかしの総大将と出会い、本当の愛と生きていく喜びを知る─。 時は大正。 九桜院さちは、あやかしの総大将ぬらりひょんの元へ嫁ぐために生まれた。生贄の花嫁となるために。 幼い頃より実父と使用人に虐げられ、笑って耐えることしか知らぬさち。唯一の心のよりどころは姉の蓉子が優しくしてくれることだった。 「わたくしの代わりに、ぬらりひょん様に嫁いでくれるわね?」 疑うことを知らない無垢な娘は、ぬらりひょんの元へ嫁ぎ、驚きの言葉を発する。そのひとことが美しくも気難しい、ぬらりひょんの心をとらえてしまう。 ぬらりひょんに気に入られたさちは、得意の洋食を作り、ぬらりひょんやあやかしたちに喜ばれることとなっていく。 「こんなわたしでも、幸せを望んでも良いのですか?」 やがて生家である九桜院家に大きな秘密があることがわかり──。 不遇な少女が運命に立ち向い幸せになっていく、大正あやかし嫁入りファンタジー。 ☆表紙絵は紗倉様に描いていただきました。作中に出てくる場面を元にした主人公のイメージイラストです。 ※エブリスタと小説家になろうにも掲載しておりますが、こちらは改稿版となります。

処理中です...