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第弐話「幽霊屋敷」
幕間「幽霊屋敷ノ真実?」
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あれから数日後、「八咫烏館」二〇三号室に越してきた三毛縞は自室の整理に精を出していた。
元々四畳半の場所に住んでいたので、持ってきた荷物はかなり少なかった。
「はぁ……あと少し」
少しの服と家具はすぐに片付いたが。だが、部屋を埋め尽くすように置かれていた大量の書物と、書きためた原稿用紙の山の整理に時間がかかっていたのだ。
「駄目だ。一回休もう」
元々体を動かすのは苦手だった。
三毛縞はシャツの袖を捲り、肩にかけた手拭いで額の汗を拭う。
動き回ったおかげで熱を持った体を冷ますために窓を開けば心地よい春風が入ってきた。
--しかし、それが裏目に出た。
突風が吹いた瞬間、部屋の中に桜の花びらが入ってくる。それと同時に箱の中に重ねていた原稿が舞い上がって散らばってしまった。
「嗚呼っ……しまった!」
慌てたところでもう遅い。
白い原稿用紙は無残に床一面に広がった。あと少しで終わろうとしていた作業が増えてしまった。
何をしているんだと三毛縞は落胆し、深いため息をつきながら原稿用紙を拾い始める。
——こんこん。
原稿用紙を拾い上げていると、窓を叩く音がした。
振り返ってみると、其処には幼い少女が一枚の原稿を三毛縞に差し出していた。
「あ……ごめん、拾ってくれたのかい?」
声をかけると少女はこくりと頷く。
一枚窓の外に飛んでいってしまったのだろうか。三毛縞は慌てたように窓辺に駆け寄った。
「有難う。本当に助かったよ」
少女と目を合わせるように膝を屈め、原稿用紙を受け取ると少女は嬉しそうに微笑んで手を振り走り去ってしまった。
金髪に青い瞳。洋人形を思わせる可愛らしい異国の少女。此処の近所にも異人が住んでいたのだと、三毛縞は微笑ましく思いながら作業に戻る。
「——……ん?」
そこでふと違和感に気づく。
そういえば、この部屋は二階だ。それなのにあの少女は窓の外から原稿を差し出してくれた。
慌てて窓の外を見る。真下に見えるのは地面。そう、ここにはバルコニーなど足場になるものはなに一つない。
まさか。そんな筈は。だって、此処はそういった類のものはなにもない筈では——。
「おい、鴉取!」
青ざめた三毛縞は急いで向かいの鴉取の部屋へと駆け込んだ。
「どうした、騒々しいな」
鴉取はカウチソファに寝転びながら読書に勤しんでいた。
肩を上下させている三毛縞を忌々しそうに睨みつける。
「い、今。女の子が……窓の外にいたんだけど。あの、金髪で青い瞳をした可愛らしい子供で……」
三毛縞が口にした人物に思い当たる節があるのか、鴉取はすぐに頷いてみせた。
「嗚呼……あの可愛いお嬢さんなら時折顔を出すよ」
「此処、二階だぞ」
「何を当たり前のことをいっているんだ。一階の部屋がよかったのか」
「ベランダだってないだろう」
「そんなもの見れば分かりきっていることだろう」
言葉を荒げる三毛縞に、鴉取は呆れたようにすぐさま言葉を返す。
「じゃああの子は幽霊だとでもいうのか!?」
「さあねぇ。少なくともこの世のものではないことは確かだ」
平然と鴉取の口から放たれた言葉に、三毛縞は顎が外れそうなほど愕然と口を開けた。
「え……だ、だって……幽霊はいないといっていただろう」
鴉取は本をぱたんと閉じると、体を起こし三毛縞を見上げた。
「俺は“住人が見た怪異は見たことがない”といっただけで、この屋敷自体になにもないなんて一言もいっていないぞ」
三毛縞は呆然と立ち尽くす。
そういえば、井守の証言に少女の姿を見たという記載を見かけたような。じゃあ、まさかあの子は——。
「じゃあ……本物の幽霊屋敷なのか」
「さぁ、どうだろうねぇ。君の思い込みから生み出された怪異かもしれないよ」
「本当に……君ってやつは……!」
頭を抱えて蹲る三毛縞に、鴉取は楽しそうにけらけらと笑っていた。
こうして三毛縞の幽霊屋敷「八咫烏館」での生活が幕を開けたのであった。
元々四畳半の場所に住んでいたので、持ってきた荷物はかなり少なかった。
「はぁ……あと少し」
少しの服と家具はすぐに片付いたが。だが、部屋を埋め尽くすように置かれていた大量の書物と、書きためた原稿用紙の山の整理に時間がかかっていたのだ。
「駄目だ。一回休もう」
元々体を動かすのは苦手だった。
三毛縞はシャツの袖を捲り、肩にかけた手拭いで額の汗を拭う。
動き回ったおかげで熱を持った体を冷ますために窓を開けば心地よい春風が入ってきた。
--しかし、それが裏目に出た。
突風が吹いた瞬間、部屋の中に桜の花びらが入ってくる。それと同時に箱の中に重ねていた原稿が舞い上がって散らばってしまった。
「嗚呼っ……しまった!」
慌てたところでもう遅い。
白い原稿用紙は無残に床一面に広がった。あと少しで終わろうとしていた作業が増えてしまった。
何をしているんだと三毛縞は落胆し、深いため息をつきながら原稿用紙を拾い始める。
——こんこん。
原稿用紙を拾い上げていると、窓を叩く音がした。
振り返ってみると、其処には幼い少女が一枚の原稿を三毛縞に差し出していた。
「あ……ごめん、拾ってくれたのかい?」
声をかけると少女はこくりと頷く。
一枚窓の外に飛んでいってしまったのだろうか。三毛縞は慌てたように窓辺に駆け寄った。
「有難う。本当に助かったよ」
少女と目を合わせるように膝を屈め、原稿用紙を受け取ると少女は嬉しそうに微笑んで手を振り走り去ってしまった。
金髪に青い瞳。洋人形を思わせる可愛らしい異国の少女。此処の近所にも異人が住んでいたのだと、三毛縞は微笑ましく思いながら作業に戻る。
「——……ん?」
そこでふと違和感に気づく。
そういえば、この部屋は二階だ。それなのにあの少女は窓の外から原稿を差し出してくれた。
慌てて窓の外を見る。真下に見えるのは地面。そう、ここにはバルコニーなど足場になるものはなに一つない。
まさか。そんな筈は。だって、此処はそういった類のものはなにもない筈では——。
「おい、鴉取!」
青ざめた三毛縞は急いで向かいの鴉取の部屋へと駆け込んだ。
「どうした、騒々しいな」
鴉取はカウチソファに寝転びながら読書に勤しんでいた。
肩を上下させている三毛縞を忌々しそうに睨みつける。
「い、今。女の子が……窓の外にいたんだけど。あの、金髪で青い瞳をした可愛らしい子供で……」
三毛縞が口にした人物に思い当たる節があるのか、鴉取はすぐに頷いてみせた。
「嗚呼……あの可愛いお嬢さんなら時折顔を出すよ」
「此処、二階だぞ」
「何を当たり前のことをいっているんだ。一階の部屋がよかったのか」
「ベランダだってないだろう」
「そんなもの見れば分かりきっていることだろう」
言葉を荒げる三毛縞に、鴉取は呆れたようにすぐさま言葉を返す。
「じゃああの子は幽霊だとでもいうのか!?」
「さあねぇ。少なくともこの世のものではないことは確かだ」
平然と鴉取の口から放たれた言葉に、三毛縞は顎が外れそうなほど愕然と口を開けた。
「え……だ、だって……幽霊はいないといっていただろう」
鴉取は本をぱたんと閉じると、体を起こし三毛縞を見上げた。
「俺は“住人が見た怪異は見たことがない”といっただけで、この屋敷自体になにもないなんて一言もいっていないぞ」
三毛縞は呆然と立ち尽くす。
そういえば、井守の証言に少女の姿を見たという記載を見かけたような。じゃあ、まさかあの子は——。
「じゃあ……本物の幽霊屋敷なのか」
「さぁ、どうだろうねぇ。君の思い込みから生み出された怪異かもしれないよ」
「本当に……君ってやつは……!」
頭を抱えて蹲る三毛縞に、鴉取は楽しそうにけらけらと笑っていた。
こうして三毛縞の幽霊屋敷「八咫烏館」での生活が幕を開けたのであった。
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