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1章「運命の幕開け」
8話 濡れた背中
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Aランク冒険家ノエル=レーヴェの死は瞬く間にオーカの国中を駆け巡った。
お父様の葬儀はしめやかに執り行われた。クランメンバーや領民が偉大な領主の死を嘆いた。明るく豪快なお父様には似合わない、雨の日のことだった。
「………お父様」
土に埋められていく棺をわたしはじっと眺めていることしかできない。
泣きすぎて目は重たいし、頭は痛い。身近な人の死がこんなに痛ましく、悲しいだなんて。
つい先日まで明るく元気に笑っていた人が、突然冷たく物も言わず、決して手の届かないところに旅立ってしまう——前世の私の家族も、こんな思いだったのだろうか。
棺が完全に土に埋まり、葬儀が終わると参列者は一人また一人と帰っていく。
最後の一人になっても、わたしは傘もささずにその場に立ち尽くしじっとお父様が眠る場所を見つめ続けた。
大粒の雨は止むことを知らない。まるでわたしと一緒に泣いているようだった。
「リラ、風邪をひくよ」
優しい声がして雨が止んだ。上を見ると喪服に身を包んだリオンが傘をさしてくれていた。
幼いわたしの代わりに喪主を務めたリオン。普段なら正装もかっこいいなどと騒ぐのだろうが、今はとてもじゃないがそんな気にはなれなかった。
「……風邪、ひいてもいい」
「なにをバカなことをいってるんだい。君がまた倒れたらノエルが心配して化けてでてきてしまうよ」
「お父様に会えるなら、それでいい」
「リラ……」
感情をなくしたように淡々と答えるわたしに、リオンは悲しそうに私の名前を呼ぶ。
わたしよりずっとお父様と付き合いが長い彼のほうが悲しいに決まっている。だというのにわたしはどうして迷惑をかけてしまうことばかりいってしまうんだろう。
「……ごめんなさい。わがままいうつもりはないの」
「わかっているよ。大切な人を亡くしたんだから無理はないさ」
リオンは決して怒ることなかった。
雨が降ってぬかるんだ地面に膝をついて、私が濡れないように傘を掲げて同じ目線でお墓を見つめる。
「殺してもしなないと思っていたけど、こんなにぽっくり逝ってしまうなんてね。寂しいよ」
「リオンも、悲しい?」
「ああ……悲しいさ」
リオンは悔しそうな瞳で墓を見つめていた。
お父様に傷を負わせた魔獣《ビースト》はお父様が命がけで倒したようだ。仇はもうこの世にはいない。だからやるせなさだけがわたし達を苛んだ。
「リラ。私はまだやることがあるから、先に一人で屋敷に戻っていてくれるかい?」
そう告げるリオンの目の下には濃いクマができている。とてもつかれているように見えた。
「リオン、疲れた顔してる。大丈夫?」
「大丈夫」
「本当に? リオンは、わたしの前からいなくなったりしない?」
「もちろんだ。私はリラを置いてどこにも行ったりしない。約束する」
そっとリオンの頬に手を当てると、彼は優しく微笑んで私の手に手を重ねてくれた。
「さ、これ以上体が冷える前に屋敷に帰るんだ。私もすぐに帰るからね」
「わかった。早く、帰ってきてね。絶対だよ」
頷くと、リオンはもう一本持っていた傘をわたしにくれた。
少し大きめの傘を持って、駆け足でその場を離れた。
お墓から屋敷に戻るには少し坂を登らなければいけない。坂を登る途中でふと振り返る。
「…………リオン」
彼は一人で墓を見つめていた。
その背中は丸く、悲しげで。泣いているように見えた。
駆け寄りたかったけれど、やめた。
きっとお父様とリオンの間には、わたしなんかが踏み込めないものがあるのだろう。きっとリオンだって一人で悲しみたいこともあるはずだ。今は、ゆっくりお父様とお別れをさせてあげよう。
リオンの背中を見てわたしはなんだか悲しくなって、目頭をつんとさせながら屋敷へと急いだのであった。
「…………っ、はぁ。はぁ」
息を切らし屋敷に戻ってきた。
濡れた服が気持ちが悪い。風が冷たくて凍えそうだ。これはまた体調を崩してリオンに怒られてしまうかもしれない。
今日はとても疲れた。
でも、クランの皆はリオンはもっともっと疲れてる。だから今日はわたしがリオンを支えるんだ。
リオンが戻ってきたらいつも淹れてくれている蜂蜜入りのホットミルクをつくって一緒に飲もう。
悲しんでいたクランの皆の分もつくって――皆で冷えた体を温めよう。そして少しずつ、お父様がいない悲しみを癒やしていけばいい。
「ただいま!」
元気に屋敷の扉を開けて、思い出した。
そうだ。今日は葬儀だからと皆お休みにしたんだ。メイドさんたちもお休みで。だから、リオンが帰ってくるまで、わたし一人で留守番を――。
「――あ、おかえり。お嬢!」
しなきゃ、と思ったら。
そこからは聞こえないはずの声が聞こえた。
「なにこれ――」
目の前に広がった光景にわたしは目を丸くした。
不幸は続けてやってくる。さらにはわたしは地に突き落とされることになるのだ。
お父様の葬儀はしめやかに執り行われた。クランメンバーや領民が偉大な領主の死を嘆いた。明るく豪快なお父様には似合わない、雨の日のことだった。
「………お父様」
土に埋められていく棺をわたしはじっと眺めていることしかできない。
泣きすぎて目は重たいし、頭は痛い。身近な人の死がこんなに痛ましく、悲しいだなんて。
つい先日まで明るく元気に笑っていた人が、突然冷たく物も言わず、決して手の届かないところに旅立ってしまう——前世の私の家族も、こんな思いだったのだろうか。
棺が完全に土に埋まり、葬儀が終わると参列者は一人また一人と帰っていく。
最後の一人になっても、わたしは傘もささずにその場に立ち尽くしじっとお父様が眠る場所を見つめ続けた。
大粒の雨は止むことを知らない。まるでわたしと一緒に泣いているようだった。
「リラ、風邪をひくよ」
優しい声がして雨が止んだ。上を見ると喪服に身を包んだリオンが傘をさしてくれていた。
幼いわたしの代わりに喪主を務めたリオン。普段なら正装もかっこいいなどと騒ぐのだろうが、今はとてもじゃないがそんな気にはなれなかった。
「……風邪、ひいてもいい」
「なにをバカなことをいってるんだい。君がまた倒れたらノエルが心配して化けてでてきてしまうよ」
「お父様に会えるなら、それでいい」
「リラ……」
感情をなくしたように淡々と答えるわたしに、リオンは悲しそうに私の名前を呼ぶ。
わたしよりずっとお父様と付き合いが長い彼のほうが悲しいに決まっている。だというのにわたしはどうして迷惑をかけてしまうことばかりいってしまうんだろう。
「……ごめんなさい。わがままいうつもりはないの」
「わかっているよ。大切な人を亡くしたんだから無理はないさ」
リオンは決して怒ることなかった。
雨が降ってぬかるんだ地面に膝をついて、私が濡れないように傘を掲げて同じ目線でお墓を見つめる。
「殺してもしなないと思っていたけど、こんなにぽっくり逝ってしまうなんてね。寂しいよ」
「リオンも、悲しい?」
「ああ……悲しいさ」
リオンは悔しそうな瞳で墓を見つめていた。
お父様に傷を負わせた魔獣《ビースト》はお父様が命がけで倒したようだ。仇はもうこの世にはいない。だからやるせなさだけがわたし達を苛んだ。
「リラ。私はまだやることがあるから、先に一人で屋敷に戻っていてくれるかい?」
そう告げるリオンの目の下には濃いクマができている。とてもつかれているように見えた。
「リオン、疲れた顔してる。大丈夫?」
「大丈夫」
「本当に? リオンは、わたしの前からいなくなったりしない?」
「もちろんだ。私はリラを置いてどこにも行ったりしない。約束する」
そっとリオンの頬に手を当てると、彼は優しく微笑んで私の手に手を重ねてくれた。
「さ、これ以上体が冷える前に屋敷に帰るんだ。私もすぐに帰るからね」
「わかった。早く、帰ってきてね。絶対だよ」
頷くと、リオンはもう一本持っていた傘をわたしにくれた。
少し大きめの傘を持って、駆け足でその場を離れた。
お墓から屋敷に戻るには少し坂を登らなければいけない。坂を登る途中でふと振り返る。
「…………リオン」
彼は一人で墓を見つめていた。
その背中は丸く、悲しげで。泣いているように見えた。
駆け寄りたかったけれど、やめた。
きっとお父様とリオンの間には、わたしなんかが踏み込めないものがあるのだろう。きっとリオンだって一人で悲しみたいこともあるはずだ。今は、ゆっくりお父様とお別れをさせてあげよう。
リオンの背中を見てわたしはなんだか悲しくなって、目頭をつんとさせながら屋敷へと急いだのであった。
「…………っ、はぁ。はぁ」
息を切らし屋敷に戻ってきた。
濡れた服が気持ちが悪い。風が冷たくて凍えそうだ。これはまた体調を崩してリオンに怒られてしまうかもしれない。
今日はとても疲れた。
でも、クランの皆はリオンはもっともっと疲れてる。だから今日はわたしがリオンを支えるんだ。
リオンが戻ってきたらいつも淹れてくれている蜂蜜入りのホットミルクをつくって一緒に飲もう。
悲しんでいたクランの皆の分もつくって――皆で冷えた体を温めよう。そして少しずつ、お父様がいない悲しみを癒やしていけばいい。
「ただいま!」
元気に屋敷の扉を開けて、思い出した。
そうだ。今日は葬儀だからと皆お休みにしたんだ。メイドさんたちもお休みで。だから、リオンが帰ってくるまで、わたし一人で留守番を――。
「――あ、おかえり。お嬢!」
しなきゃ、と思ったら。
そこからは聞こえないはずの声が聞こえた。
「なにこれ――」
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