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1章「運命の幕開け」

2話 私とわたし

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「リラ!」

 慌ただしい足音が近づいてきたと思ったら、勢いよく扉を開いて部屋に入ってくる男性が一人。
 白髪混じりの短いプラチナブロンドヘア、お父様よりも少し年下くらいの紳士的な人——確か名前は。

「……リオン」

 まただ。知らないはずの人物の名前が無意識に口をつくと七海由良は困惑する。だけどリラわたしは彼のことをよく知っていた。
 彼の名前はリオン。お父様が唯一全幅の信頼を置いている参謀役で、わたしのお世話係もしてくれている。

「リラ……よかった、無事に目が覚めて。高熱に何日も魘されて、危うく命を落とすところだったんだよ」

 こちらに近づいてきたリオンは、わたしと目を合わせるように床に膝立ちになった。そしてわたしの両手を優しくすくいあげ、祈りを込めるようにそれを自分の額に当てる。
 その瞬間、どくんとわたしの胸が高鳴った。

「――っ」

 動悸に襲われる。思わず口元を押さえてわたしは俯いた。

「大丈夫かいリラ……やはりまだ具合が……」

 リオンが心配そうにわたしの顔を覗き込む。
 違う。決して具合が悪いわけじゃない。この動悸は、胸の高鳴りの正体は――。

(顔がいいっ!)

 実は七海由良、かなりの年上好き。リアルの恋愛対象ではなく、あくまでも推しのことだ。
 好きな俳優といわれれば名前が挙がるのはどれもアラフォー、アラフィフ世代。
 二次元で好きになるのも年上やかっこいい大人なキャラクターがほとんどだった。
 だから、今目の前で繰り広げられている光景は七海由良にとって夢のようなものだった。 
 こんな見目麗しいイケオジが自分の手を取り祈りを捧げている。
 よく幼女とイケオジの年の差カップリング創作物を好んで読んでいたけれど、これはまさにその光景そのものでは?
 幼女を慕うイケオジ紳士。なんて絵になる光景かしら。これを尊いといわずなんという。
 さようなら前世、ありがとう今世。
 殺伐とした前世を耐え抜いた甲斐があったというものだ。

「リラ、熱がまた上がってきていないかい……?」
「……っ! へーき! 大丈夫!」

 齢五歳の少女が頭の中で尊さを処理しきれずオーバーヒートしそうになっているなんて、誰も思わないだろう。
 リオンは熱を測ろうとわたしの額に手を伸ばそうとする。

(わーっ……!)

 駄目だ、これ以上スキンシップがあってはわたしの心臓が持ちそうにない。
 熱くなる顔を慌ててごまかして、わたしはぱっとリオンの手をかわし毛布の中に潜り込んだ。

「リラ本当に大丈夫、なのか?」

 大丈夫なのかどうか聞きたいのはわたしのほうだ。
 リラわたしは今までリオンと普通に接してこれた。こんな風に身悶えした経験は記憶を辿る限りない。
 つまり、この感情は七海由良によるものだろう。

 二人の記憶と意識が混在している。でも今ここにいるわたしは紛れもなく一人。
 つまりリラわたし七海由良であって、七海由良リラわたしなのだ。
 
 この状況を例えるならば――「異世界転生」というものなのではないのだろうか。
 死亡した七海由良は別世界の少女のリラわたしに転生した。
 普通は前世の記憶はなく生きていくはずだったリラは、高熱に魘され死の縁を彷徨った影響で前世七海由良の記憶が蘇り、七海由良の意識もリラに移ったということになるのではないだろうか。
 
 前世の記憶を持って新しい人生を歩み出す――強くてニューゲームというものでは?
 生前色々な異世界転生ものを見てきたけれど、まさか自分が身を持って体験することになるなんて。

(来世に期待したかいがあったんじゃない?)

 わたしは毛布の中でにやりと笑う。
 まだこの世界がどんな場所かはわからないけれど、果たして前世の記憶はこの世界で一体なんの役に立つのだろうか。
 そんなことは置いておいて。
 今はこのイケオジに囲まれた幸せな世界に感謝しようじゃないか。
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