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2.「あいをこめて」
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「あいをこめて」
『――今夜もリスナーの皆様から送られてきたお便りを紹介します』
家族三人で初めて行った遊園地。はしゃぎ倒し帰路に着いたのは夜遅くだった。
車内のラジオからパーソナリティーの深みのある声が流れている。
「光寝ちゃったね」
「遊び疲れたんだろうな」
助手席に座る母、葵は後部座席を見た。
愛娘の光は遊び疲れ、遊園地で買ったぬいぐるみを抱きしめて寝息を立てていた。
『――次は、横浜市在住のラジオネーム『シンジ』さんから』
眠っている娘を起こさないように、父はラジオの音量を少し下げる。
『こんばんは。いつも楽しくラジオ聞いています。シローさんは、死者と会えるという都市伝説をご存知ですか?』
読み上げられる手紙に夫婦はそれとなく耳を傾けた。
『はがきに会いたい人の名前と、食べたい料理を書いて投函すると後日三途の河にある屋台から招待状が届くんです。もしシローさんが死者と会えるとしたら誰に会いたいですか?』
手紙を読み終えたパーソナリティーは考え込むように数秒唸る。
『死者と会える屋台なんて面白い都市伝説だね。うーん……そうだなぁ、俺だったら好きだったミュージシャンとかに会ってみたいかな』
差し障りのない返答をしながら男は冗談交じりに笑う。
『お便りどうもありがとう。番組最後の曲はシンジさんからのリクエスト――』
「パパだったらどうする?」
「……え。真に受けてるのかよ」
軽快な曲が流れる中、妻から投げかけられた質問に夫、康晴は前を見たまま目を丸くした。
「死んだ人ともう一度会えるなんてドラマ見たいで素敵じゃない?」
「相変わらずお前はそういうお伽話みたいなの好きだよな……」
夢見心地な発言に康晴は呆れ気味に肩を竦めた。
「きんちゃんにもあえる?」
背後から聞こえた眠そうな声に、葵が振り返る。
いつの間にか起きていた光が目を擦りながら母を見つめていた。
『きんちゃん』というのはつい先日寿命でこの世を去ったペットのハムスターのこと。光は彼女を大層可愛がっていた為、永遠の別れに酷く落ち込んでいた。
「光、きんちゃんは死んじゃったからもう会えない――」
「今度ママと一緒にきんちゃんにお手紙書こうか」
現実を伝えようとした康晴の言葉を遮るように葵が口を開いた。
「光がお手紙書いたら、天国のきんちゃんも嬉しいと思うな」
「うん。きんちゃんに、おてがみかきたい」
優しく微笑む母に光は嬉しそうに頷いた。
それから十分経たずして再び規則正しい寝息が背後から聞こえてきた。
「死んだ生き物には絶対に会えないのに、夢持たせるだけ可哀想じゃないか?」
子供の内からしっかりと現実を教えるべきだと父はいった。
「会えないとしても気持ちは伝わるものだよ。それに光が少しでも元気になってくれるのが一番だから」
娘の優しい気持ちを尊重したいと母はいった。
夫婦の考えはそれぞれ違うが、どちらも光のことがなによりも大切で愛していた。
「パパ! ひかりとママからおてがみです!」
あのラジオ影響か、もう直ぐ六才になる光は郵便屋さんごっこがブームになった。
休日、康晴が家でのんびりしていると郵便屋さんに扮した光が肩掛け鞄の中から手紙を二通差し出した。
「はい、郵便屋さん配達ご苦労様」
このやり取りを一日に何度も繰り返してた康晴の返事はげんなりしている。
郵便屋さんは配達を終えたというのに康晴の前から動こうとしなかった。
「配達終わったんじゃないの?」
「おてがみをよんでください!」
急かすように光は父の膝の上に座った。
康晴はやれやれと一通目の手紙を開けた。
『パパ、だいすき!』
拙い字で書かれた文章を読み上げると、光は恥ずかしそうにはにかんだ。
「パパも光のことが大好きだよ」
愛娘からのメッセージに康晴は頬を綻ばせ、後ろから彼女を強く抱きしめた。
「ママ! ママのお手紙も読んで!」
きゃっきゃと騒ぎながらも、郵便屋さんは己の仕事を忘れていない。
娘の手紙を横に置き、もう一通の手紙を開く。
『パパへ いつもお仕事お疲れ様。今日はゆっくり休んでね ママより』
よく見慣れた可愛らしい字。
康晴は照れ臭そうに音読し、振り返るとキッチンで昼食の後片付けをしている愛妻葵と目があった。
彼女も恥ずかしそうにはにかんで康晴に手を振った。
「ねぇ、パパもおへんじかいて?」
「……また今度、な」
はぐらかすように康晴は光の頭を撫でた。
休日の昼下がり、家族三人で過ごしていた幸せなひと時だった。
『――今夜もリスナーの皆様から送られてきたお便りを紹介します』
家族三人で初めて行った遊園地。はしゃぎ倒し帰路に着いたのは夜遅くだった。
車内のラジオからパーソナリティーの深みのある声が流れている。
「光寝ちゃったね」
「遊び疲れたんだろうな」
助手席に座る母、葵は後部座席を見た。
愛娘の光は遊び疲れ、遊園地で買ったぬいぐるみを抱きしめて寝息を立てていた。
『――次は、横浜市在住のラジオネーム『シンジ』さんから』
眠っている娘を起こさないように、父はラジオの音量を少し下げる。
『こんばんは。いつも楽しくラジオ聞いています。シローさんは、死者と会えるという都市伝説をご存知ですか?』
読み上げられる手紙に夫婦はそれとなく耳を傾けた。
『はがきに会いたい人の名前と、食べたい料理を書いて投函すると後日三途の河にある屋台から招待状が届くんです。もしシローさんが死者と会えるとしたら誰に会いたいですか?』
手紙を読み終えたパーソナリティーは考え込むように数秒唸る。
『死者と会える屋台なんて面白い都市伝説だね。うーん……そうだなぁ、俺だったら好きだったミュージシャンとかに会ってみたいかな』
差し障りのない返答をしながら男は冗談交じりに笑う。
『お便りどうもありがとう。番組最後の曲はシンジさんからのリクエスト――』
「パパだったらどうする?」
「……え。真に受けてるのかよ」
軽快な曲が流れる中、妻から投げかけられた質問に夫、康晴は前を見たまま目を丸くした。
「死んだ人ともう一度会えるなんてドラマ見たいで素敵じゃない?」
「相変わらずお前はそういうお伽話みたいなの好きだよな……」
夢見心地な発言に康晴は呆れ気味に肩を竦めた。
「きんちゃんにもあえる?」
背後から聞こえた眠そうな声に、葵が振り返る。
いつの間にか起きていた光が目を擦りながら母を見つめていた。
『きんちゃん』というのはつい先日寿命でこの世を去ったペットのハムスターのこと。光は彼女を大層可愛がっていた為、永遠の別れに酷く落ち込んでいた。
「光、きんちゃんは死んじゃったからもう会えない――」
「今度ママと一緒にきんちゃんにお手紙書こうか」
現実を伝えようとした康晴の言葉を遮るように葵が口を開いた。
「光がお手紙書いたら、天国のきんちゃんも嬉しいと思うな」
「うん。きんちゃんに、おてがみかきたい」
優しく微笑む母に光は嬉しそうに頷いた。
それから十分経たずして再び規則正しい寝息が背後から聞こえてきた。
「死んだ生き物には絶対に会えないのに、夢持たせるだけ可哀想じゃないか?」
子供の内からしっかりと現実を教えるべきだと父はいった。
「会えないとしても気持ちは伝わるものだよ。それに光が少しでも元気になってくれるのが一番だから」
娘の優しい気持ちを尊重したいと母はいった。
夫婦の考えはそれぞれ違うが、どちらも光のことがなによりも大切で愛していた。
「パパ! ひかりとママからおてがみです!」
あのラジオ影響か、もう直ぐ六才になる光は郵便屋さんごっこがブームになった。
休日、康晴が家でのんびりしていると郵便屋さんに扮した光が肩掛け鞄の中から手紙を二通差し出した。
「はい、郵便屋さん配達ご苦労様」
このやり取りを一日に何度も繰り返してた康晴の返事はげんなりしている。
郵便屋さんは配達を終えたというのに康晴の前から動こうとしなかった。
「配達終わったんじゃないの?」
「おてがみをよんでください!」
急かすように光は父の膝の上に座った。
康晴はやれやれと一通目の手紙を開けた。
『パパ、だいすき!』
拙い字で書かれた文章を読み上げると、光は恥ずかしそうにはにかんだ。
「パパも光のことが大好きだよ」
愛娘からのメッセージに康晴は頬を綻ばせ、後ろから彼女を強く抱きしめた。
「ママ! ママのお手紙も読んで!」
きゃっきゃと騒ぎながらも、郵便屋さんは己の仕事を忘れていない。
娘の手紙を横に置き、もう一通の手紙を開く。
『パパへ いつもお仕事お疲れ様。今日はゆっくり休んでね ママより』
よく見慣れた可愛らしい字。
康晴は照れ臭そうに音読し、振り返るとキッチンで昼食の後片付けをしている愛妻葵と目があった。
彼女も恥ずかしそうにはにかんで康晴に手を振った。
「ねぇ、パパもおへんじかいて?」
「……また今度、な」
はぐらかすように康晴は光の頭を撫でた。
休日の昼下がり、家族三人で過ごしていた幸せなひと時だった。
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