悪女ですがなにか~追放悪妃は廃太子を道連れに後宮生活を謳歌する~

松田 詩依

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3章 悪女、呪詛!

22話 悪女、潜入

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「きゃああっ、ここが奥の宮! 私たちの後宮とは雰囲気がかなり違いますねっ!」
「らっ、蘭華様っ! 声が大きすぎます!」

 騒ぐ蘭華の口を慧が慌てて塞いだ。

(なんでこの人はこんなに楽しんでるの!? こんな場所で!?)

 慧は気が気ではなかった。
 蘭華のいうとおり、奥の宮は彼女たちが暮らす場所と雰囲気がまるで違う。
 現皇帝、そして皇后や他の妃たちが暮らす場所。
 立っているだけで圧倒されてしまうほど、荘厳な雰囲気が漂っている。
 空気がぴしりと引き締まっており、慧は呼吸をするだけでやっとだった。

(こ、こんな場所で誰にも見つからずに緑翠妃様を見つけることなんてできるの……?)
「すみません。私たち最近入った新人なのですが、緑翠妃様の宮はどちらになりますでしょうか?」
「ちょっ……!?」

 慧の気など露知らず、蘭華はぐいぐい近くの侍女に声をかけていた。

「水月宮のことね。残念だけど、あそこは今最低限の人しか入れないわよ」
「……なにかあったのですか?」

 蘭華は笑顔を浮かべたままそう尋ねる。
 閉じられた場所で暮らす侍女たちは話が大好きだ。蘭華のように興味津々で下手にでれば、誰だって口を容易く開く。

「これは噂話なんだけどね――」

 そう、前置きして侍女は話し出した。

「緑翠妃様、具合を悪くして倒れられたそうなの。流行病のようでね、面会謝絶になっているみたい」
「それは残念です。緑翠妃様はとてもお優しいとのお噂を聞いていたので」
「そうね。緑翠妃様は他の妃様に比べて私たち侍女にもお優しいから……でも、だからこそ狙われたのでしょうね」

 侍女は憂いげにふう、と息をつく。

「――緑翠妃様、お腹に子を宿しているらしいのよ」
「……へえ」
(緑翠妃様が身籠もっている……!?)
「まだ公表されているわけではないから、本当にただの噂、なんだけどね」

 いきなり掴んだ本命情報に、蘭華はにやりとほくそ笑む。
 隣で聞いていた慧は驚き目を瞬かせた。

「さ、貴女たちも仕事に戻りなさい。私から聞いたって内緒にしておいてね」
「どうも、ありがとうございました」

 去って行く侍女に蘭華は深々と頭を下げる。

「……蘭華様、緑翠妃様が身籠もっているって」
「ええ。今の話と呪詛が事実であるのなら……早く解呪しないと大変なことになりますわね」
「どうするつもりですか」
「水月宮に潜入しようにも、厳戒な警備が敷かれていての私たちは容易く潜入出来ないでしょう。龍煌様と雨黒様の検討を祈るしかありませんわね」

 きっと二人なら上手くやるでしょう、と蘭華は余裕そうな笑みを浮かべていた。



「龍煌様、こんなに堂々と……危険すぎではありませんか」
「……堂々としていれば意外とバレないものだ」

 一方その頃、龍煌と雨黒は見事水月宮に潜入していた。
 厳戒態勢が敷かれる水月宮に白昼堂々入り込むことに成功したのだ。

「俺の胃と心臓が幾つあっても足りません!」
「はは……お前がいてくれて助かった。先程、皇太子殿下が出てきたからな……奥の宮に用があったのだろう? 皇太子の急用、つまりは倒れた緑翠妃の見舞い。緑翠妃は確か皇太子殿下の乳母、だったな?」
(この方はなにも知らないようで、頭が切れるな)

 淡々と話す龍煌に、雨黒は息をのんだ。

『皇太子殿下の側仕え、雨黒である。至急皇太子殿下の言伝を緑翠妃様に伝えるために参った』

 龍煌のいうとおり、その一言で二人は意図も簡単に水月宮への潜入を果たした。
 そうして侍女の後に続き、緑翠妃の部屋へと案内されているわけだ。

「しかし、何度もいいますが律を破った場合我々はただではすみません」
「どうせ俺は律を破れば即死刑だ。どうせ死ぬというのであれば、幾つ破っても関係ないだろう。それに……俺はずっと幽閉されていたからな、律などしらん」
(こ、この人は……っ!)

 ふてぶてしく笑う龍煌に、雨黒は苦笑を浮かべる。

「なに、もし露見してしまったなら俺のせいにすればいい。お前やお前の父上のせいにはさせないよ。それに……ここまでついてきたということは、お前だって彼女を助けたいのだろう?」
「……ええ」

 緑翠妃はこの魔の巣窟の中で唯一の良心。
 彼女を失うわけにはいかなかった。

「――こちらが緑翠妃様の寝所になります」

 そしてとうとう部屋にたどり着き、扉が開かれる。

「今日は……とても賑やかね……」

 部屋の奥から弱々しい声がする。

「……いらっしゃい。こんな姿で申し訳ないけれど、ゆっくりしていってくださいな」

 寝台で横たわり、二人に向かって柔らかな笑みを浮かべる美女。
 彼女こそ今、皇帝の寵愛を一身に受けている緑翠妃、その人である。
 しかしその美貌を覆い隠すように、黒く大きな影が彼女の体を蝕んでいるのであった――。
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