悪女ですがなにか~追放悪妃は廃太子を道連れに後宮生活を謳歌する~

松田 詩依

文字の大きさ
上 下
18 / 30
2章 悪女、決闘!

17話 悪女、歓迎

しおりを挟む
「というわけで、本日付で私たちの宮に凄腕の侍女が来てくれることになりました!」
「ほ、本日からお世話になります……董慧と申します」

 緊張した面持ちで深々と頭を下げる慧。
 彼女と向き合う龍煌は目を丸くして驚いていた。

「……彼女は、まさか?」
「はい、そのまさかです! 約束通り、決闘で勝ち得てきましたっ!」
「…………まあ。お前ならやるとは思っていたよ」

 龍煌は驚きはしていたものの、信じられないといった様子ではなかった。
 どぎまぎしている慧を見やり、小さく息をつく。

「李龍煌だ。俺の噂は色々聞いているだろう」
「……え、ええ」
「怖いのであれば無理に近づく必要もない。俺は自分のことは自分でできる故、蘭華の身の回りの世話だけでいい」
「……本当に蘭華様の仰る通りなのですね」

 謙虚な物言いに、慧は目を瞬かせた。
 今度は逆に龍煌の眉間に皺が寄る。

「お前……彼女になにをいった」
「もちろん、龍煌様の素晴らしさを説いたのですよ! そのお優しさ、強さ……! 確かに恐ろしい噂が流れているのは事実ですが、一目会えばきっと慧も気に入る、と!」

 目を輝かし喜々として微笑む蘭華に龍煌は頭を抱えた。

「その……不束者ですが、よろしくお願い致します」
「……頼む」

 二人でぎこちなく礼をして挨拶は終えた。
 すると蘭華はぱんと手を叩く。

「それでははじめましょうか!」
「なにを……?」
「決まっているでしょう! 慧の歓迎会ですよっ!」



「――これは」

 数時間後、慧は目を見開いた。
 目の前に並ぶ豪勢な料理。そして侍女にも関わらず、今日は歓迎会だからと一歩も動くことを許されなかったことに。

「畑でとれたお芋やホウレンソウ……後は龍煌様が獲って頂いた鴨の肉など使って豪勢にしてみました!」
「自炊にもようやく慣れてきた。案外楽しいものだ」

 芋煮や煮魚、焼き鳥、お鍋――質素ながらも豪勢な食事がずらっと並んでいた。
 侍女が主人に手料理を振る舞われている。
 おまけに皇太子自ら――。

(なんなのこの人たちは)

 嬉しそうに手をたたき合いながら喜んでいる夫婦を慧は遠い目で見つめていた。

「……妃や皇太子殿下とあろう御方達がこんなことしていいのですか」
「え? いいに決まっているではありませんか。私たち新婚ですもの」
「自分のことは自分でやる。折角外に出たのだから体を動かさないとな」
(似たもの夫婦すぎる!!)

 慧はあんぐりと口を開けた。

 わざわざ決闘までして自分を引き抜いたのだ。どんな命令が下るかひやひやしていたものだが――まさか一緒に食卓を囲めだなんて。

「ほらほら、一緒に食べましょう!」

 おまけにずずいと箸と皿まで差し出されている。

「い、いただきます……」

 妃が自炊だなんて聞いたこともない。
 見た目はいいがどんな味なんだ。恐る恐る芋煮を口に運ぶ。

「…………おいしい」
「よかったあ!」

 それはとても懐かしい味がした。
 まるで故郷で母が作った料理を食べているかのような優しい味。こんな温かく穏やかな料理を食べることなんて久々だった。

「……何故、麗霞様は私を侍女に迎え入れたのですか?」
「ここを立派な宮にしたかったからですよ。龍煌様はいつか皇帝となる御方、ですからね」
「……は?」

 笑顔で放たれた爆弾発言を慧は一瞬聞かなかったことにしようとした。
 この二人、まさか下剋上を企んでいる? いやいや、自分はそんなことに巻き込まれたくはない。
 よし、素知らぬふりをしよう。

「み、宮にするのであれば……お名前は決まっているのですか?」
「そういえば、決めておりませんでしたね」

 はたと蘭華は手を叩き、そしてうーんと首を傾げた。

「龍煌様、なにかいいお名前ありませんか?」
「……俺にそのようなことを求めるな」

 そういって、蘭華が指折り数えながら候補を挙げていくがどれも酷い名前だった。

「そういう慧はなにか良いお名前はありませんか?」
「私などが意見をだすのは……」
「いいのいいの! だって慧はもう私たちの家族ですから!」

 屈託ない笑顔に慧の心が緩んでいく。
 今まで誤解していたが、きっと彼女は裏表はないどこまでも真っ直ぐ過ぎる人なのだろう。

「――紅月こうげつ。紅月宮というのはどうでしょう。蘭華様も殿下も共に赤がお似合いで、殿下の象徴は月ですから」

 その名に蘭華と龍煌は顔を合わせ大きく頷く。

「素敵っ! いいですねっ、今日からここは紅月宮に致しましょう!」

 そしてボロ宮――改め紅月宮での三人の生活が始まろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

天地狭間の虚ろ

碧井永
ファンタジー
「なんというか、虚しい」それでも――  天と地の狭間を突き進む、硬派中華ファンタジー。 《あらすじ》  鼎国(ていこく)は伝説の上に成り立っている。  また、鼎国内には鬼(き)が棲んでいる。  黎王朝大統二年十月、それは起こった。  鬼を統べる冥界の王が突如、朝議の場に出現し、時の皇帝にひとつの要求を突きつける。 「我が欲するは花嫁」  冥王が、人の花嫁を欲したのだ。  しかし皇帝には、求められた花嫁を譲れない事情があった。  冥王にも譲れない事情がある。  攻防の末、冥王が提案する。 「我の歳を当ててみよ」  言い当てられたら彼女を諦める、と。  冥王は鬼であり、鬼は己のことは語らない。鬼の年齢など、謎そのもの。  なんの前触れもなく謎解きに挑戦することになった皇帝は、答えを導きださねばならず――。  朝廷がぶちあたった前代未聞の不思議話。  停滞する黎王朝(れいおうちょう)に、新たな風が吹き抜ける。 《国と中央機関》 ① 国名は、鼎(てい)。鼎国の皇都は、天延(てんえん)。 ② 現在、鼎国を統治しているのは黎家(れいけ)であり、黎王朝では二省六部を、史館(しかん)と貴族院の一館一院が支える政治体制をとっている。 ③ 皇帝直属の近衛軍を神策軍(しんさくぐん)という。 ④ これらの組織とは別に、黎家を護る三つの家・護三家(ごさんけ)がある。琉(りゅう)、環(かん)、瑶(よう)の護三家はそれぞれ異能を駆使できる。 《人物紹介》 凛丹緋(りん・たんひ) 美人だが、家族から疎まれて育ったために性格の暗さが顔に異様な翳をつくっている。人を寄せつけないところがある。後宮で夫人三妃の選別のため、采女として入宮したばかり。 黎緋逸(れい・ひいつ) 見たものが真実であるという、現実主義の皇帝。 凶相といえるほどの三白眼(さんぱくがん)をもつ。 黎蒼呉(れい・そうご) 緋逸の実弟。流罪となり、南の地で暮らしている。恋魔(れんま)とあだ名されるほど女癖が悪い。多くの文官武官から見下されている。 黎紫苑(れい・しおん) 緋逸の異母弟。これといった特徴のない人。皇帝の異母弟ということもあり、半ば忘れ去られた存在。詩が好き。 崔美信(さい・びしん) 殿中監。殿中省は皇帝の身辺の世話だけでなく、後宮の一切合財を取り仕切る。まだまだ男社会の中でとくに貴族の男を見下している。皇帝相手でも容赦ナイ。 環豈華(かん・がいか) 美信によって選ばれ、丹緋付きの侍女となる。見鬼の能力を有する環家の出だが、無能。いらない存在だった身の上が、丹緋との距離を近づける。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

宮廷の九訳士と後宮の生華

狭間夕
キャラ文芸
宮廷の通訳士である英明(インミン)は、文字を扱う仕事をしていることから「暗号の解読」を頼まれることもある。ある日、後宮入りした若い妃に充てられてた手紙が謎の文字で書かれていたことから、これは恋文ではないかと噂になった。真相は単純で、兄が妹に充てただけの悪意のない内容だったが、これをきっかけに静月(ジンユェ)という若い妃のことを知る。通訳士と、後宮の妃。立場は違えど、後宮に生きる華として、二人は陰謀の渦に巻き込まれることになって――

処理中です...