16 / 30
2章 悪女、決闘!
15話 悪女、疑惑
しおりを挟む
「――勝者は、黄蝶月」
静寂の中、はっきりと響く雨黒の声。
名を呼ばれた瞬間、蝶月の口元はみるみると緩んでいく。
「おーほっほっほっ! 無様ね、紅蘭華!」
清々しく高笑いをしながら、蝶月は隣に立つ蘭華を見る。
「今までのお茶会ですら一度も私に勝てたことなどないくせに! 私に勝負を挑むなど無謀も無謀!」
背を仰け反らせ、鼻高々と笑い続ける蝶月。
「残念でしたわね、蘭華様」
「追放された第一皇太子妃がとうとう侍女にまで落ちぶれるなんて……哀れねえ」
「……蘭華様」
三人の妃は蘭華に哀れみを向ける。
そもそもこの決闘は最初から勝者は決まっていた。誰も追放された妃を勝たせようという者などいない。
たとえどれだけ蘭華が素晴らしい刺繍を作ったとて、三人の妃は蝶月に票を入れることをあらかじめ決めていたのだ。
だから――最初から、蘭華に勝ち目などなかった。
その傍で慧は拳を握っていた。
(これでいい。これでいいのだ)
自分の主は人の功績を自分の手柄にして、我が物顔でふんぞり返っている。
それに対し、蘭華を見ればその努力は一目瞭然だ。
化粧で隠しているとはいえ、薄らと目の下に見える隈。傷だらけの手。
元第一皇太子妃とあろう人が、誰の手の力も借りず己の手でこれだけの作品を作り上げたのだ。
(立派な黒龍。紅蘭華はそれほどまでに龍煌殿下を愛していらっしゃるのね)
同じ腕前を持つ者だからこそ、作品を見れば作り手の気持ちは解る。
たとえ見た目は繕えたとて、自分の刺繍には皇太子殿下への愛も思いも篭っていない。
ただ、自分の主を――蝶月を勝たせるため、それだけに作ったもの。
「ふふん、悔しすぎて声もでないかしら!? 今日からアンタは私の侍女――いえ、下僕になるのよ!」
俯いていた蘭華がゆっくりと顔を上げる。
彼女にんまりと笑っていた。
「ええ。とても素晴らしい刺繍です。これは負けを認めざるを得ません――蝶月様ご本人がつくっておいででしたらね?」
「――は?」
ぴくり、と蝶月の顔が引きつった。
「律の四四――『決闘』は妃同士でのみ行うことが可能。決闘は仲介人の許可の下、妃本人の力で競われる――これは本当に、蝶月様の作品でしょうか?」
「な、なな……当たり前でしょう!」
「もしかして、そちらの侍女――董慧さんがつくっていらっしゃるのでは?」
突然の暴露にその場の人間は皆息をのんだ。
「これは私が作ったものです!」
「それならば、慧さんの指に針を刺して出来た傷ができているのは何故ですか?」
蘭華は慧の手を掲げてみせる。
水仕事で荒れた手。指先にはここ最近出来たであろう傷が出来ていた。
「さ、さあ……侍女は仕事が多いから! ほかの仕事で出来たんじゃないの!?」
「まだお認めになりませんか……それならばもう一つ。これを持ってきたせいで遅くなったんですよ」
よいしょ、と蘭華は風呂敷を広げた。
その中には大量の刺繍。
「これは――」
雨黒が息を呑む。
「これは蝶月様が入内されてからお茶会で披露された刺繍です」
ずらりと並ぶのはたくさんの刺繍。
最初は稚拙な刺繍だったが、あるときから格段に上達していた。
「ここから明らかに腕前が変わっております。不自然なほどに」
「そ、それは……練習したからで」
「……この頃ですよね。丁度、慧さんが側仕えとして蝶月様に仕えるようになったのは」
「……っ」
慧はごくりと息を呑む。
「もし、これが慧さんが作られたものであれば……蝶月様は律に反することとなり、決闘も反則負けになりますわね」
そこではじめて蘭華は慧を見た。
「どうでしょう、慧さん。私はこの素晴らしい作品は貴女が作られたものだと思っているのですが」
「っ、慧! わかっているでしょうね!」
問いかけられ、慧は目を泳がせた。
「……っ、私は」
主を裏切れない。
ここで主を裏切れば、今までの自分の努力は水の泡だ。
けれど幾ら目を逸らそうとも、蘭華は真っ直ぐ自分を見つめてくる。
「慧さん。自らの道は自らが定めなさい。例え立場が違おうとも、それが主であろうとも……貴女がこうありたいとする道を妨げる者は――ただのお邪魔虫でしかありません」
道は自分で切り開きなさい。
蘭華は怒るでもなく、貶すでもなく、ただ優しく微笑んでいた。
「どうなのだ、董慧。もし、黄蝶月を庇い立てし虚偽の申告をしようものなら――律違反として、お前にもそれ相応の罰が下るだろう」
その背中を押すように、雨黒が口を挟んだ。
「慧っ……!」
ぎりぎりと歯を食いしばり、鬼の形相で睨む蝶月。
「私は……」
慧はもう蘭華から目をそらすことが出来なかった。
「この刺繍は――私が作ったものです」
悪女の一言が、雁字搦めにされていた一人の侍女の運命を変えたのだ――。
静寂の中、はっきりと響く雨黒の声。
名を呼ばれた瞬間、蝶月の口元はみるみると緩んでいく。
「おーほっほっほっ! 無様ね、紅蘭華!」
清々しく高笑いをしながら、蝶月は隣に立つ蘭華を見る。
「今までのお茶会ですら一度も私に勝てたことなどないくせに! 私に勝負を挑むなど無謀も無謀!」
背を仰け反らせ、鼻高々と笑い続ける蝶月。
「残念でしたわね、蘭華様」
「追放された第一皇太子妃がとうとう侍女にまで落ちぶれるなんて……哀れねえ」
「……蘭華様」
三人の妃は蘭華に哀れみを向ける。
そもそもこの決闘は最初から勝者は決まっていた。誰も追放された妃を勝たせようという者などいない。
たとえどれだけ蘭華が素晴らしい刺繍を作ったとて、三人の妃は蝶月に票を入れることをあらかじめ決めていたのだ。
だから――最初から、蘭華に勝ち目などなかった。
その傍で慧は拳を握っていた。
(これでいい。これでいいのだ)
自分の主は人の功績を自分の手柄にして、我が物顔でふんぞり返っている。
それに対し、蘭華を見ればその努力は一目瞭然だ。
化粧で隠しているとはいえ、薄らと目の下に見える隈。傷だらけの手。
元第一皇太子妃とあろう人が、誰の手の力も借りず己の手でこれだけの作品を作り上げたのだ。
(立派な黒龍。紅蘭華はそれほどまでに龍煌殿下を愛していらっしゃるのね)
同じ腕前を持つ者だからこそ、作品を見れば作り手の気持ちは解る。
たとえ見た目は繕えたとて、自分の刺繍には皇太子殿下への愛も思いも篭っていない。
ただ、自分の主を――蝶月を勝たせるため、それだけに作ったもの。
「ふふん、悔しすぎて声もでないかしら!? 今日からアンタは私の侍女――いえ、下僕になるのよ!」
俯いていた蘭華がゆっくりと顔を上げる。
彼女にんまりと笑っていた。
「ええ。とても素晴らしい刺繍です。これは負けを認めざるを得ません――蝶月様ご本人がつくっておいででしたらね?」
「――は?」
ぴくり、と蝶月の顔が引きつった。
「律の四四――『決闘』は妃同士でのみ行うことが可能。決闘は仲介人の許可の下、妃本人の力で競われる――これは本当に、蝶月様の作品でしょうか?」
「な、なな……当たり前でしょう!」
「もしかして、そちらの侍女――董慧さんがつくっていらっしゃるのでは?」
突然の暴露にその場の人間は皆息をのんだ。
「これは私が作ったものです!」
「それならば、慧さんの指に針を刺して出来た傷ができているのは何故ですか?」
蘭華は慧の手を掲げてみせる。
水仕事で荒れた手。指先にはここ最近出来たであろう傷が出来ていた。
「さ、さあ……侍女は仕事が多いから! ほかの仕事で出来たんじゃないの!?」
「まだお認めになりませんか……それならばもう一つ。これを持ってきたせいで遅くなったんですよ」
よいしょ、と蘭華は風呂敷を広げた。
その中には大量の刺繍。
「これは――」
雨黒が息を呑む。
「これは蝶月様が入内されてからお茶会で披露された刺繍です」
ずらりと並ぶのはたくさんの刺繍。
最初は稚拙な刺繍だったが、あるときから格段に上達していた。
「ここから明らかに腕前が変わっております。不自然なほどに」
「そ、それは……練習したからで」
「……この頃ですよね。丁度、慧さんが側仕えとして蝶月様に仕えるようになったのは」
「……っ」
慧はごくりと息を呑む。
「もし、これが慧さんが作られたものであれば……蝶月様は律に反することとなり、決闘も反則負けになりますわね」
そこではじめて蘭華は慧を見た。
「どうでしょう、慧さん。私はこの素晴らしい作品は貴女が作られたものだと思っているのですが」
「っ、慧! わかっているでしょうね!」
問いかけられ、慧は目を泳がせた。
「……っ、私は」
主を裏切れない。
ここで主を裏切れば、今までの自分の努力は水の泡だ。
けれど幾ら目を逸らそうとも、蘭華は真っ直ぐ自分を見つめてくる。
「慧さん。自らの道は自らが定めなさい。例え立場が違おうとも、それが主であろうとも……貴女がこうありたいとする道を妨げる者は――ただのお邪魔虫でしかありません」
道は自分で切り開きなさい。
蘭華は怒るでもなく、貶すでもなく、ただ優しく微笑んでいた。
「どうなのだ、董慧。もし、黄蝶月を庇い立てし虚偽の申告をしようものなら――律違反として、お前にもそれ相応の罰が下るだろう」
その背中を押すように、雨黒が口を挟んだ。
「慧っ……!」
ぎりぎりと歯を食いしばり、鬼の形相で睨む蝶月。
「私は……」
慧はもう蘭華から目をそらすことが出来なかった。
「この刺繍は――私が作ったものです」
悪女の一言が、雁字搦めにされていた一人の侍女の運命を変えたのだ――。
10
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
悪女と言われた令嬢は隣国の王妃の座をお金で買う!
naturalsoft
恋愛
隣国のエスタナ帝国では七人の妃を娶る習わしがあった。日月火水木金土の曜日を司る七人の妃を選び、日曜が最上の正室であり月→土の順にランクが下がる。
これは過去に毎日誰の妃の下に向かうのか、熾烈な後宮争いがあり、多くの妃や子供が陰謀により亡くなった事で制定された制度であった。無論、その日に妃の下に向かうかどうかは皇帝が決めるが、溺愛している妃がいても、その曜日以外は訪れる事が禁じられていた。
そして今回、隣の国から妃として連れてこられた一人の悪女によって物語が始まる──
※キャライラストは専用ソフトを使った自作です。
※地図は専用ソフトを使い自作です。
※背景素材は一部有料版の素材を使わせて頂いております。転載禁止

家から追い出された後、私は皇帝陛下の隠し子だったということが判明したらしいです。
新野乃花(大舟)
恋愛
13歳の少女レベッカは物心ついた時から、自分の父だと名乗るリーゲルから虐げられていた。その最中、リーゲルはセレスティンという女性と結ばれることとなり、その時のセレスティンの連れ子がマイアであった。それ以降、レベッカは父リーゲル、母セレスティン、義妹マイアの3人からそれまで以上に虐げられる生活を送らなければならなくなった…。
そんなある日の事、些細なきっかけから機嫌を損ねたリーゲルはレベッカに対し、今すぐ家から出ていくよう言い放った。レベッカはその言葉に従い、弱弱しい体を引きずって家を出ていくほかなかった…。
しかしその後、リーゲルたちのもとに信じられない知らせがもたらされることとなる。これまで自分たちが虐げていたレベッカは、時の皇帝であるグローリアの隠し子だったのだと…。その知らせを聞いて顔を青くする3人だったが、もうすべてが手遅れなのだった…。
※カクヨムにも投稿しています!

豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。
下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。
豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる