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2章 悪女、決闘!
13話 悪女、徹夜
しおりを挟む「おーほっほっほっ! この決闘、私の勝利よ!」
その夜、花桜宮に蝶月の高笑いが響き渡っていた。
お茶会は一週間後だというのに、彼女は勝ち誇ったようにふんぞり返っている。それには理由があった。
「刺繍では私がいつも一番! 蘭華は次点だというのに……それだというのに、よくもまあ私に決闘を挑んだわね!」
蘭華がまだ皇太子妃だった頃、茶会ではいつも蝶月が勝ち続けていた。
特に刺繍の腕は職人の粋に達しており、満場一致で蝶月に軍配が上がっていたのだ。
故に、彼女は勝負せずとも勝ちを確信していたのである。
しかしそれにはある事情があり――。
「今回も私の勝ちよね? そうよね? 慧?」
「…………はい」
蝶月はほくそ笑みながら傍に控える慧に声をかける。
そんな彼女の前にあるのは大量の生地と糸。
「――期待しているわよ。慧、私を裏切らないでね?」
蝶月が今まで勝ってきた理由――それは全ての作品を側仕えの慧が担当していたからである。
手先が器用、なんでもござれの彼女はその腕を蝶月に見込まれ側仕えとなったのだ。
「このために私は貴女を傍においてやっているの。そうでもなければ、アンタみたいな平民を側仕えにするわけないでしょう? しくじったらどうなるかわかっているわよね? 貧乏な家族も……ああ、可愛い弟も飢え死にしちゃうかもねえ?」
蝶月はいやらしく笑いながら、慧の肩に腕を回す。
耳元で嫌みを囁かれながら、慧はぐっと拳を握った。
(こいつっ……)
喉元まで出た怒りの言葉をぐっと堪える。
ここで怒ったら今までの努力が全て台無しになる。
侍女の替えなんて幾らでもきく。明日の保証はどこにもないのだから。
自分は家族のためにここまできた。
家族が幸せに生きるために、出世をしお金を稼ぐんだ。
「――もちろんです。私は蝶月様のモノですから」
だから慧は己を押し殺し微笑む。
腹の底になにを秘めていても、絶対に表には出さない。
それが彼女が生き残るための秘訣なのだから。
(紅蘭華――私は、お前になんか絶対に負けない)
だからこそ、慧は何者にも縛られず飄々と自由気ままに生きているあの悪女が腹立たしくてならなかったのだ。
*
「――寝ないのか?」
一方。敵意を剥き出しにされているともしらない蘭華は、オンボロの名もなき宮で夜なべをしていた。
囲炉裏の前で火をおこし、行燈の微かな明りを頼りに地道に刺繍を作っていた。
そんな彼女の身を案じ、龍煌がぽそりと声をかける。
「あらっ、龍煌様。この私を心配してくださっているのですか? 気にせずお休みしていただいていいのですよ」
「さすがに一人で休むのも忍びなくてな。そもそも、夜はあまり寝ないから気にするな」
「そうですか。では、話し相手にでもなってくださいませんか? 黙って刺繍をしていると眠くなってしまいますの」
龍煌はこくりと頷いて、囲炉裏を挟んで蘭華と向き合う。
蘭華の刺繍の手際はとてもよい。問題は――その材料の出所だ。
「お前、それ……大切な衣ではないのか?」
「うふふ、一文無しなので材料が手に入りませんので……方法がこれしかありません」
目を見開く龍煌。
蘭華は刺繍の糸を、自分が皇太子妃時代に使っていた衣を解いて使っていたのだ。
「あ、ご安心を! 龍煌様の衣は使っておりませんので!」
「そうじゃなくて! そこまでして決闘に勝ちたいのか。相手は第一皇太子妃。金も材料も桁違いのものをつかうのだろう」
「……負けませんよ。だって私、負けず嫌いですもの」
手を止めた蘭華は目を細める。
仄かな明りに照らされた彼女の瞳の底には闘志がギラギラと渦巻いている。
「そんなに侍女がほしいのか。負けたらお前はあの女の侍女になるというのに」
「我慢ならないのですよ。退屈そうに、窮屈そうに、縛られている者をみているのが」
微笑む蘭華に龍煌はこれ以上はなにをいっても無駄だと思った。
まだ数日ほどの付き合いだが、一緒にいればある程度人のことを理解できる。
良くも悪くも、蘭華は裏表がない。
自身がこうだと思えばこうなのだ。そして誰がなにをいおうと絶対に意志を曲げない。
それなら夫の自分ができることは――。
「……無理をして体を崩すなよ。お前が倒れては元も子もない」
龍煌は蘭華の後ろに回り、その肩にそっと自分の衣をかけた。
「お優しいのですね」
「このボロ宮は冷えるからな。お前が刺繍に勤しむ間に、多少住みやすいように改築しておくことにするよ」
「頼りになる夫を持てて私は幸せものですね」
その行動に一瞬驚いた蘭華だが、とても嬉しそうに微笑む。
「勝てるのか、この試合」
「そうですね……私あの素晴らしい刺繍に勝てた試しが御座いません」
その言葉に龍煌は目を丸くする。
「笑ってる場合か!? 負けたらお前はあの女の侍女になるんだぞ!?」
「大丈夫ですよ。私は勝てない勝負はしない主義ですので」
負けませんよ、と悪女は企み顔をしながらまた一針進めていくのであった。
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