悪女ですがなにか~追放悪妃は廃太子を道連れに後宮生活を謳歌する~

松田 詩依

文字の大きさ
上 下
11 / 30
2章 悪女、決闘!

10話 悪女、邂逅

しおりを挟む
 この後宮では「律」が全てだ。
 だが――侍女にとっては少し違ってくる。

「おーっほほほほ! ようやくお邪魔虫蘭華が消えて清々するわ!」
「そうですね、蝶月様」

 高笑いする第五皇太子妃蝶月に、侍女であるけいは優しい笑みを浮かべた。

 そして慧は「律」が全てだという後宮の格言に異論があった。
 侍女にとって、この後宮では「妃」が全てだからだ。
 後宮で働く侍女は千人も超える。よって彼女たちは幾らでも替えのきく駒。
 立場の弱い侍女たちは妃には絶対に逆らえない。さすれば自分や家族の首が意図も簡単に飛ぶからだ。
 だからこそ、慧は今日も笑顔を張りつけて主人である皇太子妃の身の回りの世話に励む。

(――この、性悪女めっ!)

 ――己が内に秘めた真っ黒な腹と吐き出せない本音をひた隠しにして。


 ここは第五皇太子妃・黄蝶月おうちょうげつに充てられた宮、花桜かおう宮である。
 そしてこの慧は齢十八にして蝶月の側仕えをする筆頭侍女の一人になった優秀な少女なのだ。

「あ、私皇太子様に呼ばれているの。だから慧、後はよろしくね?」
「もちろんです、蝶月様。いってらっしゃいませ」

 毎朝の日課、髪を梳き、身支度を整えた蝶月はるんるんと皇太子の元へ足を運んでいく。
 満面の笑みで主を見送る慧。そしてその姿が消えた途端――。

「はーーーっ、やってられるかよこんなこと」

 慧の顔から笑みが消えた。
 目の前には散らかり放題の部屋。
 寝台はめちゃくちゃ。 皇太子にあうためにとあれもこれもと脱ぎ捨てられた着物。食い散らかされた朝食に、夜食にと所望された食いかけの果実は床に転がっている。
 毎日掃除をしているというのに、よくもまあ蝶月はこれだけ汚せるものだ。
 重たいため息をつきながら、慧は仕事に取りかかる。
 侍女の仕事はこれだけではない。他にも宮の掃除や洗濯などの雑務が山ほど貯まっているのだ。

「あら……側仕えの蝶月様だわ。お若いのに侍女筆頭になられるなんて凄い……」

 汚れた敷き布を抱えて廊下を歩いていると、下働きの侍女たちから向けられる羨望の眼差し。
 素直な尊敬の視線は悪い気はしない。だが――。

「違うわよ。アレは蝶月様の『お気に入り』なの。妃に取り入るためにどんな手を使ったのかしら……」
「そうそう。賄賂を使ったとか、蝶月様にすり寄るために他の侍女を蹴落としたとか……悪い噂も多いのよ」
「ああやって高飛車に。私たちを見下しているのよ」

 なによりも妬みや陰口のほうが大きい。
 史上最年少での側仕えの取り立て。出る杭は打たれるとはよくいったもので、慧へのやっかみは凄まじかった。

(どいつもこいつもうるさいのよ! 私がここまでになるため、どれだけ苦労していると思っているの!)

 慧は心の中でそう吐き捨てた。
 都の貧困外出身の慧は半ば身売りされるようにここにやってきた。
 この後宮ではどこまでも成り上がれる。だから慧は人一倍努力をした。
 寝ずに働き、上の者には好かれるように立ち回った。それは全て自分のため、そして家に残してきた弟によい暮らしをさせるため。

(そう。これぐらいで折れては駄目よ、慧。出世できたのだから、これくらいの陰口なんてことないわ!)

 慧の野望――それはもっとこの後宮で成り上がること。
 皇帝の妃になんて高望みはしない。せめて、侍女としての最高位――皇后の側仕えの女官になれれば。

(見下すどころか、アンタたちなんか眼中になんてないのよ! ただでさえ最近蝶月様がカリカリして機嫌を取るのが大変だったのに。そこまでいうならアンタらが蝶月様のお世話してみなさいよ! あの我が儘女の世話なんて、妃じゃなければ御免だわ!)

 だから慧は努力せず愚痴ばかり吐く人間が大嫌いだ。
 それは自分の主である蝶月にも当てはまってた。おまけにあの馬鹿――頭の弱さにはほとほと滅入る。

(そしてなによりも――)

 慧はもう一人、嫌いな人間がいた。

(――全部、紅蘭華のせいよ!)

 慧は紅蘭華のことが大嫌いだった。
 最初は忌み子と呼ばれた身分から、皇太子妃にまで成り上がった彼女に一目置いていた。

『きっと彼女も私と同じ、上を目指す人間なんだ!』

 ――そう思っていたこともあった。
 だが、彼女はなにも考えていない。自由奔放そのもの。世界は自分を中心に回っていると思っている。
 それが三日前の処刑場での大立ち回りだ。
 皇太子妃を追放されるだけではなく、おまけに廃太子とかいう不気味な存在と再婚までする始末。

「あんな自分勝手な人間、ほんっとうに大っ嫌いなのよ!」

 なんの努力もせず、好き勝手に生きている人間――慧が最も毛嫌いする人種だった。

(落ち着くなさい、慧。もう皇太子妃の宮から追い出された人間に腹を立てるだけ無駄な話――)

 そう。紅蘭華はもういない。
 いなくなって清々する、その一点だけに関しては蝶月と意見が合致するのだから。

「――あら、蝶月様はいらっしゃらないのね」

 ふと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 顔をあげるとそこにいるはずのない人物が立っていて慧は目を丸くした。

「え――蘭華、様?」

 そこには蘭華が立っていた。
 不思議そうにきょろきょろと辺りを見回し、はてと首を傾げた。

「私の宮にいた侍女は全員蝶月様が引き取ったと伺ったのだけれど」
「蝶月様は皇太子殿下の元へ行きました」
「あら残念。蝶月様にお話があったのですが……」

 蘭華は困ったような表情をしながら、視線を彷徨わせる。
 そして慧と目が合うと、にこりと微笑んだ。
 慧はかなり戸惑った。今まで悪態ついていた人物が、追放されたはずの、もう見ることもないであろうと思っていたはずの彼女が目の前にいたからである。

「貴女……つまらなさそうな目をしているわね」
「……は?」
「ねえ、貴女。私と龍煌様の侍女になっていただけません?」

 腹に一物も二物も抱えた腹黒悪女、自由奔放な悪女――悪女同士の数奇な出会い。

「――え、お断りします」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

天地狭間の虚ろ

碧井永
ファンタジー
「なんというか、虚しい」それでも――  天と地の狭間を突き進む、硬派中華ファンタジー。 《あらすじ》  鼎国(ていこく)は伝説の上に成り立っている。  また、鼎国内には鬼(き)が棲んでいる。  黎王朝大統二年十月、それは起こった。  鬼を統べる冥界の王が突如、朝議の場に出現し、時の皇帝にひとつの要求を突きつける。 「我が欲するは花嫁」  冥王が、人の花嫁を欲したのだ。  しかし皇帝には、求められた花嫁を譲れない事情があった。  冥王にも譲れない事情がある。  攻防の末、冥王が提案する。 「我の歳を当ててみよ」  言い当てられたら彼女を諦める、と。  冥王は鬼であり、鬼は己のことは語らない。鬼の年齢など、謎そのもの。  なんの前触れもなく謎解きに挑戦することになった皇帝は、答えを導きださねばならず――。  朝廷がぶちあたった前代未聞の不思議話。  停滞する黎王朝(れいおうちょう)に、新たな風が吹き抜ける。 《国と中央機関》 ① 国名は、鼎(てい)。鼎国の皇都は、天延(てんえん)。 ② 現在、鼎国を統治しているのは黎家(れいけ)であり、黎王朝では二省六部を、史館(しかん)と貴族院の一館一院が支える政治体制をとっている。 ③ 皇帝直属の近衛軍を神策軍(しんさくぐん)という。 ④ これらの組織とは別に、黎家を護る三つの家・護三家(ごさんけ)がある。琉(りゅう)、環(かん)、瑶(よう)の護三家はそれぞれ異能を駆使できる。 《人物紹介》 凛丹緋(りん・たんひ) 美人だが、家族から疎まれて育ったために性格の暗さが顔に異様な翳をつくっている。人を寄せつけないところがある。後宮で夫人三妃の選別のため、采女として入宮したばかり。 黎緋逸(れい・ひいつ) 見たものが真実であるという、現実主義の皇帝。 凶相といえるほどの三白眼(さんぱくがん)をもつ。 黎蒼呉(れい・そうご) 緋逸の実弟。流罪となり、南の地で暮らしている。恋魔(れんま)とあだ名されるほど女癖が悪い。多くの文官武官から見下されている。 黎紫苑(れい・しおん) 緋逸の異母弟。これといった特徴のない人。皇帝の異母弟ということもあり、半ば忘れ去られた存在。詩が好き。 崔美信(さい・びしん) 殿中監。殿中省は皇帝の身辺の世話だけでなく、後宮の一切合財を取り仕切る。まだまだ男社会の中でとくに貴族の男を見下している。皇帝相手でも容赦ナイ。 環豈華(かん・がいか) 美信によって選ばれ、丹緋付きの侍女となる。見鬼の能力を有する環家の出だが、無能。いらない存在だった身の上が、丹緋との距離を近づける。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

宮廷の九訳士と後宮の生華

狭間夕
キャラ文芸
宮廷の通訳士である英明(インミン)は、文字を扱う仕事をしていることから「暗号の解読」を頼まれることもある。ある日、後宮入りした若い妃に充てられてた手紙が謎の文字で書かれていたことから、これは恋文ではないかと噂になった。真相は単純で、兄が妹に充てただけの悪意のない内容だったが、これをきっかけに静月(ジンユェ)という若い妃のことを知る。通訳士と、後宮の妃。立場は違えど、後宮に生きる華として、二人は陰謀の渦に巻き込まれることになって――

処理中です...