6 / 30
1章 悪女、追放!
5話 悪女、処刑(中編)
しおりを挟む
二十年ほど前、後宮で一人の女が子を身籠もった。
それは皇帝の第二皇妃。生まれは平民、そして後宮に売り飛ばされた身分が低い娘だった。
しかし彼女は皇帝から寵愛を受け、皇后よりも先に子を身籠もってしまった。
皇后はそれを決して許せなかった。
だから彼女は第二皇妃に呪詛をかけた。
その呪詛は妃を蝕んだものの、彼女は腹の子を懸命に守った。
だが、呪詛の影響は胎児にも多大なる影響をもたらしてしまったのだ。
「きゃああああああああああっ!」
およそ二日に及ぶ分娩を乗り越え、赤子が産声を上げた瞬間、母は悲鳴を上げた。
全身が黒いヘドロに包まれ生まれていた真っ黒い赤子。
最初に、それを取り上げた産婆がその場で息絶えた。
次に、それを産んだ母も死んだ。
それはもはや普通の人間と呼べる代物ではなかった。
呪詛にまみれて生まれた子が哀れだと、情けでそれを殺そうとした者がいた。
けれど、刃を突き立ててもそれは死ななかった。
その切っ先は確かに肉を抉っていたが、それの傷はすぐに塞がった。
それどころかそれを傷つけた刃を腐り落とさせたのだ。
そして――それを殺めようとした者が死んだ。
それは『忌み子』と謗られた。
皇太子でありながらその序列を外され、地下牢の光すら届かぬ場所に閉じ込められた。
ただ鎖に繋がれ生きながらえるそれにある仕事が与えられた。
穢れた忌み子には穢れた仕事を――。
彼は逃げられない。
己が役目を終え、息絶えるまでこの後宮から逃げられない。
*
「――執行、開始!」
闘技場に銅鑼が鳴り響き、会場は沸き立つ。
その瞬間、龍煌は手に持っていた剣を振るい蘭華目がけてもう突進してくる。
「動くな。せめてもの慈悲で痛みなく葬ってやる」
瞬き一つで蘭華の間合いに入った彼は、その切っ先を彼女の首元目がけて突いた。
「あら、龍煌様はお優しいのですね。でも……」
蘭華は立ったままそう呟き――。
「私は意地汚く足掻くと決めておりますので」
にこりと微笑んだ刹那、ぎぃんと鉄同士がぶつかり合う音が鳴り響いた。
「なっ――」
龍煌の刃は蘭華を傷つけることなく弾かれた。
その正体は盾。
蘭華が選んだ武器とは――盾であった。
「何故……盾など選んだ」
「私、武術の心得はないので。真っ向から挑んでも勝ち目などありませんもの」
龍煌は一瞬狼狽えたもののすかさずもう一撃を繰り出す。
またしてもぎぃんと鈍い音が鳴る。
だが、男の力に蘭華が敵うはずもない。盾は弾き飛ばされ、むなしく地を転がった。
「盾を弾くなんて、凄いお力ですね」
手が痺れてしまいました、と手をひらひら振りながら彼女は冷静に微笑む。
「どう足掻いたところで、お前に生きる未来はない!」
その一挙一動が龍煌を刺激する。
剣を強く握った彼は怒りにまかせ、剣を振るう。しかし今度は、蘭華がゆらりゆらりと軽やかな足取りでその剣筋を全て躱していくではないか。
「勝ち目がないというのであれば、抵抗するな!」
「いやですよ。当たったら痛そうですもの」
「だからそうならないよう俺が一撃で仕留めるといっているだろう!?」
「私がすぐ死んだら、こちらの皆様は楽しくないでしょう?」
蘭華が煽るように両手を広げれば、わっと観客は盛り上がった。
「私、悪女らしく悪あがきすると決めておりますので。それに……武術は苦手ですが、踊りは得意なんですよ?」
「……っ、減らず口を!」
そうして龍煌は剣を振るい続けるが、蘭華には当たらない。
まるで軽やかに舞うように、歌を口ずさみながら彼女は攻撃を避けていく。
大の男が少女一人に悪戦苦闘するその姿に、闘技場の興奮は一気に上がっていく。
「いいぞ、悪妃!」「何してる処刑人!」
「殺せ!」「殺せ!!」「殺せ」「殺せ!!!」
観客から声が上がる。
一度あがりはじめた声は連鎖し、殺せ殺せと会場がどよめいていく。
「……なにも知らない愚か者共が」
「本当に悪趣味ですこと」
その野次を聞きながら、龍煌は苛立たしげに眉間に皺を寄せる。
そこで動きを止めた蘭華はぐるりと会場中を見回した。
「ねえ、龍煌様。私たちとあの者たち、狂っているのはどちらでしょう?」
「そんなこと聞いてなんの意味が――」
その時、再び銅鑼が二つ鳴った。
「はぁ……まさかここまで持つ者がいるとはな。アレが放たれる前にお前を楽にしてやりたかったよ」
龍煌が哀れみの目を向けた。
蘭華が不思議に思いながら音がする方を向けば、客席の中央にある最も目立つ場所に座っている皇太子が立ち上がり二人を見下ろした。
「紅蘭華、李龍煌。決着がつかず、半時が経った。故に――律にならい、魔獣を解き放つ」
高台から煌亮の声が聞こえたかと思えば、二人が出てきた場所とは違う扉が開かれた。
「ぐるるるるるるるっ……」
ずしん。
地を揺らすほどの足音を立てながら、現れたのは大男四人分はありそうな巨大な魔獣であった。
「これはまた……手の込んだ処刑ですこと」
「アレはここに生きている人間を食らい尽すまで止まらんぞ。俺の手に殺されるか、魔獣に喰われるかどっちがいい」
「どちらも望みません。私は死ぬ気はありませんので」
「まだいうか」
「ええ。私に二言はありません。それに……うふふ、とても刺激的で楽しそうではありませんか」
蘭華は頬に手をあて、にこにこしながら魔獣を見据えるのであった。
それは皇帝の第二皇妃。生まれは平民、そして後宮に売り飛ばされた身分が低い娘だった。
しかし彼女は皇帝から寵愛を受け、皇后よりも先に子を身籠もってしまった。
皇后はそれを決して許せなかった。
だから彼女は第二皇妃に呪詛をかけた。
その呪詛は妃を蝕んだものの、彼女は腹の子を懸命に守った。
だが、呪詛の影響は胎児にも多大なる影響をもたらしてしまったのだ。
「きゃああああああああああっ!」
およそ二日に及ぶ分娩を乗り越え、赤子が産声を上げた瞬間、母は悲鳴を上げた。
全身が黒いヘドロに包まれ生まれていた真っ黒い赤子。
最初に、それを取り上げた産婆がその場で息絶えた。
次に、それを産んだ母も死んだ。
それはもはや普通の人間と呼べる代物ではなかった。
呪詛にまみれて生まれた子が哀れだと、情けでそれを殺そうとした者がいた。
けれど、刃を突き立ててもそれは死ななかった。
その切っ先は確かに肉を抉っていたが、それの傷はすぐに塞がった。
それどころかそれを傷つけた刃を腐り落とさせたのだ。
そして――それを殺めようとした者が死んだ。
それは『忌み子』と謗られた。
皇太子でありながらその序列を外され、地下牢の光すら届かぬ場所に閉じ込められた。
ただ鎖に繋がれ生きながらえるそれにある仕事が与えられた。
穢れた忌み子には穢れた仕事を――。
彼は逃げられない。
己が役目を終え、息絶えるまでこの後宮から逃げられない。
*
「――執行、開始!」
闘技場に銅鑼が鳴り響き、会場は沸き立つ。
その瞬間、龍煌は手に持っていた剣を振るい蘭華目がけてもう突進してくる。
「動くな。せめてもの慈悲で痛みなく葬ってやる」
瞬き一つで蘭華の間合いに入った彼は、その切っ先を彼女の首元目がけて突いた。
「あら、龍煌様はお優しいのですね。でも……」
蘭華は立ったままそう呟き――。
「私は意地汚く足掻くと決めておりますので」
にこりと微笑んだ刹那、ぎぃんと鉄同士がぶつかり合う音が鳴り響いた。
「なっ――」
龍煌の刃は蘭華を傷つけることなく弾かれた。
その正体は盾。
蘭華が選んだ武器とは――盾であった。
「何故……盾など選んだ」
「私、武術の心得はないので。真っ向から挑んでも勝ち目などありませんもの」
龍煌は一瞬狼狽えたもののすかさずもう一撃を繰り出す。
またしてもぎぃんと鈍い音が鳴る。
だが、男の力に蘭華が敵うはずもない。盾は弾き飛ばされ、むなしく地を転がった。
「盾を弾くなんて、凄いお力ですね」
手が痺れてしまいました、と手をひらひら振りながら彼女は冷静に微笑む。
「どう足掻いたところで、お前に生きる未来はない!」
その一挙一動が龍煌を刺激する。
剣を強く握った彼は怒りにまかせ、剣を振るう。しかし今度は、蘭華がゆらりゆらりと軽やかな足取りでその剣筋を全て躱していくではないか。
「勝ち目がないというのであれば、抵抗するな!」
「いやですよ。当たったら痛そうですもの」
「だからそうならないよう俺が一撃で仕留めるといっているだろう!?」
「私がすぐ死んだら、こちらの皆様は楽しくないでしょう?」
蘭華が煽るように両手を広げれば、わっと観客は盛り上がった。
「私、悪女らしく悪あがきすると決めておりますので。それに……武術は苦手ですが、踊りは得意なんですよ?」
「……っ、減らず口を!」
そうして龍煌は剣を振るい続けるが、蘭華には当たらない。
まるで軽やかに舞うように、歌を口ずさみながら彼女は攻撃を避けていく。
大の男が少女一人に悪戦苦闘するその姿に、闘技場の興奮は一気に上がっていく。
「いいぞ、悪妃!」「何してる処刑人!」
「殺せ!」「殺せ!!」「殺せ」「殺せ!!!」
観客から声が上がる。
一度あがりはじめた声は連鎖し、殺せ殺せと会場がどよめいていく。
「……なにも知らない愚か者共が」
「本当に悪趣味ですこと」
その野次を聞きながら、龍煌は苛立たしげに眉間に皺を寄せる。
そこで動きを止めた蘭華はぐるりと会場中を見回した。
「ねえ、龍煌様。私たちとあの者たち、狂っているのはどちらでしょう?」
「そんなこと聞いてなんの意味が――」
その時、再び銅鑼が二つ鳴った。
「はぁ……まさかここまで持つ者がいるとはな。アレが放たれる前にお前を楽にしてやりたかったよ」
龍煌が哀れみの目を向けた。
蘭華が不思議に思いながら音がする方を向けば、客席の中央にある最も目立つ場所に座っている皇太子が立ち上がり二人を見下ろした。
「紅蘭華、李龍煌。決着がつかず、半時が経った。故に――律にならい、魔獣を解き放つ」
高台から煌亮の声が聞こえたかと思えば、二人が出てきた場所とは違う扉が開かれた。
「ぐるるるるるるるっ……」
ずしん。
地を揺らすほどの足音を立てながら、現れたのは大男四人分はありそうな巨大な魔獣であった。
「これはまた……手の込んだ処刑ですこと」
「アレはここに生きている人間を食らい尽すまで止まらんぞ。俺の手に殺されるか、魔獣に喰われるかどっちがいい」
「どちらも望みません。私は死ぬ気はありませんので」
「まだいうか」
「ええ。私に二言はありません。それに……うふふ、とても刺激的で楽しそうではありませんか」
蘭華は頬に手をあて、にこにこしながら魔獣を見据えるのであった。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う
ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。
煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。
そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。
彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。
そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。
しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。
自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる