3 / 10
3話「友人の異変」
しおりを挟む
一月後。七月の都心は梅雨も明け本格的な夏の暑さに見舞われていた。
大学も一学期が終わり、長い夏期休暇に入る。美夜は一人横浜の小さなギャラリーにやってきた。
「あ、あの。朝霧まどかの友人なんですが……まどか、中にいますか?」
「あっ、霧上さんのお友達なんですね。中にいると思いますよ。ごゆっくりご覧下さい」
受付の大人しそうな男子学生から図録とパンフレットを受け取り、美夜は緊張した面持ちでギャラリーに足を踏み入れた。
まどかが通う大学の美術サークルが開催している展示会。学生の展示会だというのに想像以上に客が多く美夜は驚いた。
油絵に水彩画、陶芸まで様々なアート志向に溢れる作品が並ぶ。美大生というだけあってレベルはかなり高い。まどかの絵を探すことを忘れ、美夜はついつい足を止めてじっくりと鑑賞していた。
「あっ、美夜。待ってたよ」
背後から聞き慣れた声で呼び止められる。
作品作りに没頭したいと中々会えず、ラインで連絡は取り合っていたが直接会うのはひと月ぶりだ。
「まどか――」
嬉々として振り返った美夜は、背後に立つ友人の姿を見た瞬間動きを止めた。
「久しぶり、だね。来てくれてありがとう」
「まどか…………どうした、の」
美夜の口をついたのは、お久しぶり、でも、まどかの作品はどこにあるの、でもなく声が震えた疑問詞だった。
目の前に立つまどかは最後に会ったときと別人のようだった。
目の下に目立つ隈。痩せこけた頬。元々色白だった肌は、血の気が失せたように青白くなっている。
「あ、はは……作品作りに集中しすぎちゃって。寝不足というか、ご飯食べるのも忘れてた……というか」
「……わ、笑いごとじゃないよ。具合は大丈夫なの?」
「今のところは大丈夫。展示会が終わったら暫くゆっくりできるし。ダイエットもできたから結果オーライって感じかな?」
ダイエットに成功したというレベルではない。以前来ていた服は僅かにぶかぶかで、体の細さが浮きだって見える。痩せたというよりは、窶れているという言葉が正しいはずだ。
「自分の体なんだから大切にしなきゃ--」
駄目じゃない。
そういいかけたところで、美夜は息を飲んだ。
「……美夜?」
言葉を止めた友人に首を傾げるまどか。
その背中に、黒い影が憑いているのが見えてしまった。まどかの背中にぴたりとくっ付く、まどかより頭一つ大きな黒い人影。目も口も、顔のパーツ一つない影は何故か美夜を見て勝ち誇ったように笑ったような気がした。
美夜の顔からさあっと血の気が引いていく。
(…………なんで。どうして)
手足が微かに震え、指先が氷のように冷たくなっていくのを感じた。
まどか、貴女の後ろに悪いモノが憑いている。そう言いかけた言葉を抑えるように、美夜は震えた手で口を抑える。
「こっちに私の絵があるんだよ。案内するね」
窶れた顔でまどかは笑い、硬直している美夜の手を引く。
美夜は足をもつれさせながらなんとかまどかの後に続く。
もう、作品なんて目に入らない。目の前の友人の背中に離れず取り付く黒い影にしか目がいかない。
「これが私の作品。大きいのに挑戦してみたんだ」
まどかが作品の説明をしてくれるが、全く耳に入らない。
まどかが描いた水彩画はとても美しいというのに、全く頭に入ってこない。
(どうして。どうして。どうしてどうしてどうして)
今にも叫び出したいほど美夜は混乱していた。
どうしてまどかが。どうしてまどかに。今まで大丈夫だったのに、どうして。
誰にも伝えられない疑問が頭の中で高速で渦巻いている。
挑発するようにまどかの周囲を漂う黒い影を見て、美夜は白くなるほど拳を握りしめた。
正直、その後の記憶は、よく、覚えていない。
大学も一学期が終わり、長い夏期休暇に入る。美夜は一人横浜の小さなギャラリーにやってきた。
「あ、あの。朝霧まどかの友人なんですが……まどか、中にいますか?」
「あっ、霧上さんのお友達なんですね。中にいると思いますよ。ごゆっくりご覧下さい」
受付の大人しそうな男子学生から図録とパンフレットを受け取り、美夜は緊張した面持ちでギャラリーに足を踏み入れた。
まどかが通う大学の美術サークルが開催している展示会。学生の展示会だというのに想像以上に客が多く美夜は驚いた。
油絵に水彩画、陶芸まで様々なアート志向に溢れる作品が並ぶ。美大生というだけあってレベルはかなり高い。まどかの絵を探すことを忘れ、美夜はついつい足を止めてじっくりと鑑賞していた。
「あっ、美夜。待ってたよ」
背後から聞き慣れた声で呼び止められる。
作品作りに没頭したいと中々会えず、ラインで連絡は取り合っていたが直接会うのはひと月ぶりだ。
「まどか――」
嬉々として振り返った美夜は、背後に立つ友人の姿を見た瞬間動きを止めた。
「久しぶり、だね。来てくれてありがとう」
「まどか…………どうした、の」
美夜の口をついたのは、お久しぶり、でも、まどかの作品はどこにあるの、でもなく声が震えた疑問詞だった。
目の前に立つまどかは最後に会ったときと別人のようだった。
目の下に目立つ隈。痩せこけた頬。元々色白だった肌は、血の気が失せたように青白くなっている。
「あ、はは……作品作りに集中しすぎちゃって。寝不足というか、ご飯食べるのも忘れてた……というか」
「……わ、笑いごとじゃないよ。具合は大丈夫なの?」
「今のところは大丈夫。展示会が終わったら暫くゆっくりできるし。ダイエットもできたから結果オーライって感じかな?」
ダイエットに成功したというレベルではない。以前来ていた服は僅かにぶかぶかで、体の細さが浮きだって見える。痩せたというよりは、窶れているという言葉が正しいはずだ。
「自分の体なんだから大切にしなきゃ--」
駄目じゃない。
そういいかけたところで、美夜は息を飲んだ。
「……美夜?」
言葉を止めた友人に首を傾げるまどか。
その背中に、黒い影が憑いているのが見えてしまった。まどかの背中にぴたりとくっ付く、まどかより頭一つ大きな黒い人影。目も口も、顔のパーツ一つない影は何故か美夜を見て勝ち誇ったように笑ったような気がした。
美夜の顔からさあっと血の気が引いていく。
(…………なんで。どうして)
手足が微かに震え、指先が氷のように冷たくなっていくのを感じた。
まどか、貴女の後ろに悪いモノが憑いている。そう言いかけた言葉を抑えるように、美夜は震えた手で口を抑える。
「こっちに私の絵があるんだよ。案内するね」
窶れた顔でまどかは笑い、硬直している美夜の手を引く。
美夜は足をもつれさせながらなんとかまどかの後に続く。
もう、作品なんて目に入らない。目の前の友人の背中に離れず取り付く黒い影にしか目がいかない。
「これが私の作品。大きいのに挑戦してみたんだ」
まどかが作品の説明をしてくれるが、全く耳に入らない。
まどかが描いた水彩画はとても美しいというのに、全く頭に入ってこない。
(どうして。どうして。どうしてどうしてどうして)
今にも叫び出したいほど美夜は混乱していた。
どうしてまどかが。どうしてまどかに。今まで大丈夫だったのに、どうして。
誰にも伝えられない疑問が頭の中で高速で渦巻いている。
挑発するようにまどかの周囲を漂う黒い影を見て、美夜は白くなるほど拳を握りしめた。
正直、その後の記憶は、よく、覚えていない。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
鴉取妖怪異譚
松田 詩依
キャラ文芸
――我々は怪異に巻き込まれただけだ。
明治から新たな時代の幕が開かれようとしている都――東都(とうと)。
駅近くのアパートにて大家兼探偵事務所を営む、鴉取久郎(あとりくろう)の元には様々な怪異調査が舞い込んでくる。
相棒で、売れない小説家の三毛縞公人(みけしまきみと)と共に、奇々怪界な怪異に巻き込まれて行く。
※小説家になろう、カクヨムでも公開しております
僕とメロス
廃墟文藝部
ライト文芸
「昔、僕の友達に、メロスにそっくりの男がいた。本名は、あえて語らないでおこう。この平成の世に生まれた彼は、時代にそぐわない理想論と正義を語り、その言葉に負けない行動力と志を持ち合わせていた。そこからついたあだ名がメロス。しかしその名は、単なるあだ名ではなく、まさしく彼そのものを表す名前であった」
二年前にこの世を去った僕の親友メロス。
死んだはずの彼から手紙が届いたところから物語は始まる。
手紙の差出人をつきとめるために、僕は、二年前……メロスと共にやっていた映像団体の仲間たちと再会する。料理人の麻子。写真家の悠香。作曲家の樹。そして画家で、当時メロスと交際していた少女、絆。
奇数章で現在、偶数章で過去の話が並行して描かれる全九章の長編小説。
さて、どうしてメロスは死んだのか?
涙が呼び込む神様の小径
景綱
キャラ文芸
ある日突然、親友の智也が亡くなってしまう。しかも康成の身代わりになって逝ってしまった。子供の頃からの友だったのに……。
康成は自分を責め引きこもってしまう。康成はどうなってしまうのか。
そして、亡き親友には妹がいる。その妹は……。
康成は、こころは……。
はたして幸せは訪れるのだろうか。
そして、どこかに不思議なアパートがあるという話が……。
子狼、子龍、子天狗、子烏天狗もいるとかいないとか。
死華は鳥籠の月を射堕す 〜ヤンデレに拾われた私は、偏愛の檻に閉じ込められる〜
鶴森はり
キャラ文芸
〈毎週水曜日、21時頃更新!〉
――裏社会が支配する羽無町。
退廃した町で何者かに狙われた陽野月音は、町を牛耳る二大組織の一つ「月花」の当主であり、名前に恥じぬ美しさを持った月花泰華により九死に一生を得る。
溺愛しつつも思惑を悟らせない泰華に不信感を抱きながらも「匿ってあげよう。その命、必ず俺が守る」という提案と甘美な優しさに絆されて、生き延びるため共に過ごすことになる。
だが、やがて徐々に明らかになる自分自身の問題と、二つの組織に亀裂を入れる悪が月音と町を飲み込でいく。
何故月音は命を狙われるのか、泰華は月音に執着して囲うのか。様々な謎は、ある一つの事件――とある「当主殺人未遂事件」へと繋がっていく。
「私は、生きなきゃいけない。死んでも殺しても生きる」
月音の矛盾した決意と泰華の美しくも歪んだ愛、バランスを崩し始めた町の行く末は破滅か、それとも――。
偏愛✕隠れヤンデレに囲われる、死と隣り合わせな危険すぎる同棲生活。
ほんのりミステリー風味のダークストーリー。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
反倫理的、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※カクヨムさま、小説家になろうさま、エブリスタさまにも投稿しております。
玄関フードの『たま』
ながい としゆき
キャラ文芸
吾輩は『たま』である。だけど、子猫の頃に去勢されたので、タマはもうない。
なんて、すごい文学作品の真似をしてみたけれど、僕には『たま』っていう名前があるし、同居人が変わってもこの名前は引き継がれているから、僕は一生『たま』なんだと思う。それに僕は吾輩というガラでもないし、哲学的な猫でもない。アレコレ難しく考えるよりも、目の前の出来事をあるがままに受け止める方が僕の性に合っているし、何より気楽で良い。(冒頭)
現在の同居人夫婦は、前に住んでいた家で外通いの生活をしていた僕のことを気遣ってくれて、寂しくないようにと玄関フードから外を眺められるように玄関のドアを開けっ放しにしてくれている。
そんな僕が地域のボス猫『海老蔵』とタッグを組んでニャン格を上げるために頑張るハートフルでスピリチュアルでちょっぴりファンタジーな不思議なお話。
春花国の式神姫
石田空
キャラ文芸
春花国の藤花姫は、幼少期に呪われたことがきっかけで、成人と同時に出家が決まっていた。
ところが出家当日に突然体から魂が抜かれてしまい、式神に魂を移されてしまう。
「愛しておりますよ、姫様」
「人を拉致監禁したどの口でそれを言ってますか!?」
春花国で起こっている不可解な事象解決のため、急遽春花国の凄腕陰陽師の晦の式神として傍付きにされてしまった。
藤花姫の呪いの真相は?
この国で起こっている事象とは?
そしてこの変人陰陽師と出家決定姫に果たして恋が生まれるのか?
和風ファンタジー。
・サイトより転載になります。
予知系少女
よーほとん
キャラ文芸
怠慢な日常に生きる少女、明日読子(あしたよみこ)は、突如未来予知の能力を手にいれた。そして日常に溶け込みながら予知能力を行使する読子に、とある推測が立つ。それは自身に干渉してきたもう一人の予知能力者が存在するのではないか、というものだった。読子は妄想の域を出ないその人物を『F』と仮称し、その『F』を探しに自身の生活を一変させる。
『沈黙』はダミーカート[模擬弾]~楽園31~
志賀雅基
キャラ文芸
◆Hey you! Do you want the Great Luck?◆
惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart31[全58話+SS]
テラ本星の警察各署に他星系マフィアのチンピラがテロ並みの襲撃を重ねていた。刑事のシドとハイファが所属する七分署もカチコミを食らい、更に暴力犯罪も目立ち始める。そこで降りた別室任務は暗号名『F4』なる「恐怖心を消すウイルス」調査。二人はルートを辿り潜入に成功、だが軍隊並みの行軍を課される間に同行者が次々狙撃され斃れてゆく。
▼▼▼
【シリーズ中、何処からでもどうぞ】
【BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能な仕様です】
【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる