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メニュー1「やさしさのオムライス」
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しおりを挟む一度電気が消された筈の「カフェひなたぼっこ」の照明が再び消され、今度こそ完全にシャッターが下ろされた。
「片付けまで手伝ってくれてどうもありがとう」
「いえっ。こちらこそご馳走してもらったので、それ位しかお礼ができずに……」
あの後雪乃はお金を払おうとしたが、元々残り物だったし初回サービスだと瀬野は金を受け取らなかった。
雪乃はなにかできることはないかとせめて皿洗いをさせてくれと、後片付けを勝手出た。そうして二人で店を片付け、外に出てきたというわけである。
店先に置かれていた瀬野に似つかないママチャリのカゴの中には猫の虎次郎がふてぶてしく鎮座していた。
「ごめんごめん、お待たせトラ。帰ったらご飯にするからね」
じろりと飼い主を見上げる視線に、瀬野は申し訳なさそうに虎次郎の頭を撫でる。
「その子、この店の看板猫なんですか?」
「そうだよ。いつもは店先で寝てるけど時々ふらっとどこかに出掛けるんだ。会えるかはトラの気分次第だね」
雪乃が虎次郎の頭を撫でると、彼は目を細め気持ちよさそうに唸り声を上げた。
見た目は人馴れしていなさそうな風格だが、飼い主に似てとても人懐こいのだろう。
「……あ、そうだ。これ」
瀬野は思い出したように袋を差し出した。
中をのぞいてみると、そこには小さなココット皿に入った薄黄色の物。
「自家製のカスタードプリン。今日中に食べて」
「そんな、ご馳走してもらった上にプリンまでいただくなんて……」
袋を返そうとしたが、瀬野は受け取らず自転車に跨った。
「売れ残りだし、一人で二つ食べるのも罪な気がするし。嫌いじゃなかったらもらってくれると助かるんだけど」
「甘いものは好きですけど……」
「それなら受け取って。お皿は次来たときに返してくれたらいいよ」
さりげなくまた食べにおいでと告げられれば、雪乃はなにも言い返せない。
「土日とかも営業してるんですか?」
「勿論。十一時から十八時まで営業してるよ」
「それなら、次の休みにきます!」
「時々夜も開いていることあるからさ、また晩御飯作るの面倒になったらおいで」
瀬野の優しい言葉に、雪乃は元気に返事をした。
「瀬野さんって、見た目は怖いですけど……とっても優しいんですね」
「……はは、初めてきたお客さんには顔が怖くて逃げられてしまうことあるけどね」
瀬野は苦笑を浮かべ、頬をかく。
「そういえば、まだ名乗っていませんでした! 私、三倉雪乃っていいます!」
「三倉さん、か。覚えたよ。じゃあ、また来てください。気をつけて帰ってね」
「はい! ありがとうございました!」
そうして瀬野は虎次郎をカゴに乗せ、自転車に乗って去っていった。
そんな瀬野の大きな背中が見えなくなるまで雪乃は深々と頭を下げ、彼女も帰路につく。
ひより商店街は夜が更けても賑やかだ。
煩く聞こえていた街の喧騒が、なぜだかとても温かいものに思えた。
あれだけ重かった足取りが軽い。お腹も満たされなんとも幸せな気持ちになる。
一人歩く雪乃はふと、鞄から携帯を取り出し電話をかける。
「--もしもし」
「あ、お母さん? 遅くにごめんね」
電話の相手は母親だった。瀬野と話しているうちに、ふと母の声が聞きたくなったのだ。
「雪の方から電話くれるなんて珍しいね」
「うん、たまには、ね」
「なんだか声が元気そうだけどなんかいいことでもあったの?」
母は娘の異変にすぐ気付く。
そんな母の声がどことなく嬉しそうなのも、娘はすぐに気がついた。
夜空の下、雪乃は久々に母と長電話をしながら家に帰った。
家に帰りたくなった寂しさと、これからも頑張ろうという気力と、母への感謝。
顔が見えないからこそ、伝えられることもある。
三倉雪乃はあの懐かしいオムライスに明日も頑張る気力をもらい、人の温かさを実感したのであった。
*
関東圏にある小さな町「日和町」
駅を降りると皆、大河川に架かる橋を渡り我が家へと帰ってゆく。そしてそんな彼らが必ず通るのが「ひより商店街」である。
日和町にデパートなくとも、ひより商店街で揃わぬ物はなし。とまで言わしめる程、多種多様な店舗が立ち並び、昼夜問わず人々で賑わっている昔ながらの商店街。
その中に、ひっそりと佇む十坪にも満たない小さな小さなカフェ「ひなたぼっこ」
店内は六つのカウンター席のみ。狭い店内には日中その名を表すように、ぽかぽかとした心地よい陽気が差し込む。
店先に置かれた小さな座布団の近くには「看板猫 虎次郎」と書かれた手作り感溢れる看板が置かれている。だが、その者が仕事を勤めているかはその日の気分次第。
「おまかせランチ」と「おまかせスイーツ」のたった二つのメニューを下げたその店を一人で営むのは--泣く子も黙る、般若のような強面を下げた男、瀬野弘太郎である。
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