上 下
50 / 70

離宮

しおりを挟む
 シアンが王家の紋章が入った指輪を持っていたことで先王の子であることは確実なものになった。思ったよりも早く結論が出たため、王と王妃、そして妃たちは予定通り離宮に避暑に行くことになった。
「メイ、荷物の準備をお願いね?」
「はい、お任せください」
ユリアの言葉にメイがにっこり笑ってうなずく。ユリアは初めて行く離宮が楽しみで仕方なかった。
「離宮には公爵様もいらっしゃるんですか?」
「一度はおいでになるそうよ。シアン様もご一緒と聞いたわ。きっとカイル様とお顔を合わせるのね」
メイの問いかけにユリアが笑顔で答える。公爵とキースも離宮に数日滞在することはすでに決まっていた。
「ユリア様、乗馬服はいかがなさいますか?」
「それも準備してちょうだい。乗れる機会があったらぜひ乗ってみたいわ」
城ではなかなか馬に乗る機会はないが、離宮ならば乗れるかもしれないとユリアは微笑んだ。メイはうなずくと離宮に持っていく荷物の確認を始めた。

 翌週の御前会議の後、王と王妃、妃たちは例年より少し遅れたが離宮に避暑に向かった。
 王と王妃、カリナ。イリーナとエリス、ユリアと2台の馬車に分かれて離宮に向かった。
 離宮は王都の郊外の森の中にあった。木々が日差しを適度に遮り、近くに川も流れているため城よりも涼しかった。
「わあ、素敵なところですね」
馬車をおりたユリアが離宮を前に目を輝かせる。王はその様子にクスッと笑った。
「あとで湖に行こう。遠乗りもね」
「はい。楽しみです」
王の言葉にユリアは嬉しそうに微笑んでうなずいた。
「皆様、お部屋の用意は整っておりますのでどうぞおくつろぎください」
離宮の管理をしている執事のファイが声をかけて一礼する。ファイはまだ30代と若い執事で、浅黒い肌が目を引いた。この国では見ない肌の色は一目で彼が異国の人間であると知らしめた。
「ユリアは初めて会うな。この離宮の管理を任せているファイだ。若いが優秀だ。本当は城で働かせたいのだが、見た通り彼は異国の生まれだ。異国の者に理解がない者も少なくなくてね。嫌な思いをさせるくらいならと離宮を任せたんだ」
「ユリア様、お初にお目にかかります。ファイと申します」
「はじめまして。ユリアです」
胸に手を当てて優雅に一礼するファイにユリアは微笑みながら挨拶を返した。
「お父様の領地にもあなたのような肌の色の方が何人かいたのを覚えています。お話をしたことはないけど、異国のお話を聞いてみたいと思っていました」
「そういえばユリアは旅芸人からも話を聞いていたな」
王が思い出したように言うとユリアは少し恥ずかしそうにうなずいた。
「はい。私は異国に行ったことがありませんから。どんなところかお話を聞くのが楽しいのです」
「そういうことでしたら、ユリア様のご都合のいいときにお聞かせしますよ」
にこりと笑って言うファイにユリアは嬉しそうにうなずいた。

 離宮の部屋に入ったユリアは窓を開けて外の空気を吸い込んだ。
「森の匂いがするわ」
城よりも緑が近い。風が森林の香りを運んでくるのがユリアには嬉しかった。
「ユリア様、少しお休みになられますか?」
「いいえ、少し離宮の中を歩いてみるわ」
にこりと笑ったユリアがそう言って窓を閉める。メイはにこりと笑ってうなずくと一緒に部屋を出た。
「メイはここに来たことはあるの?」
「いいえ。ここに来られるのは陛下や王妃様、お妃様付の侍女や侍従しか来られませんから。私も初めて来ました」
「ではメイも何がどこにあるか知らないのね?じゃあ一緒に探検しましょう」
ユリアは悪戯っぽく笑うと離宮の中を歩き始めた。
 離宮には王と王妃が使う主賓室と妃たちが使う部屋の他にも客室がいくつかあった。他にも食堂に広間、サンルーム、応接室、大浴場等があった。中を一通り見たユリアは外にメイを連れて外に出た。外には庭園があり、厩舎には馬車を引いてきた馬以外にも馬がいた。
「メイ!馬だわ!」
厩舎を覗いたユリアは馬を見て目を輝かせた。
「触ってもいいかしら?」
「ユリア様、あまり近づかれては危なくありませんか?」
動物が好きなユリアはそばに行こうとするが、メイは怖がってユリアを引き留めた。
「あれ?お妃様ですか?」
話し声に気づいてひょいっと顔を出したのは少年だった。
「あなたは?」
「俺はトールといいます。馬の世話をしています」
トールと名乗った少年はにっこり笑うとユリアとメイを見た。
「ええと、新しいお妃様?」
「ええ、そうよ。勝手に入ってしまってごめんなさいい。私はユリアよ」
「ユリア様、馬が好きなの?」
「そうね。動物はだいたい好きよ。私が触ったら驚くかしら?」
ユリアの言葉にトールは笑って首を振った。
「この子なら大丈夫だよ」
トールが指した先にいたのは栗毛の馬だった。
「こいつはおっとりしてて優しいから」
「そうなの。少しだけ触らせてね?」
ユリアは栗毛の馬の大きな瞳を見つめて声をかけるとそっと首筋を撫でた。
「暖かい。とても綺麗な毛並みね」
「ここにいるのは陛下のお気に入りの馬だよ。城に連れてくと軍馬の訓練受けさせなきゃいけないからって」
「ここならのんびりできそうね」
ユリアはしばらく馬を撫でるとトールの礼を言った。
「ありがとう。また馬を見にきてもいいかしら?」
「もちろん!」
元気なトールの言葉に嬉しそうにうなずいてユリアは厩舎を後にした。
「ユリア様、そろそろ昼食のお時間です」
「わかったわ。戻りましょう」
離宮にいる間は食事は食堂で全員そろって摂ることになっている。ユリアは足取りも軽く離宮に向かって歩きだした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪の王妃

桜木弥生
恋愛
何度もその罪により処刑される王妃。処刑までの日数は三日間。数十回繰り返されたその生に、彼女は何を思い、何を求めるのか。 全21話完結済みで順次公開していきます。 1~4話公開済 5話 12/6 19:00公開 6話~19話 12/7~毎日7時と19時の1日2話公開 20話~最終話 12/14 0時公開

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

政略結婚の相手に見向きもされません

矢野りと
恋愛
人族の王女と獣人国の国王の政略結婚。 政略結婚と割り切って嫁いできた王女と番と結婚する夢を捨てられない国王はもちろん上手くいくはずもない。 国王は番に巡り合ったら結婚出来るように、王女との婚姻の前に後宮を復活させてしまう。 だが悲しみに暮れる弱い王女はどこにもいなかった! 人族の王女は今日も逞しく獣人国で生きていきます!

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...