湯屋「憩い湯」奇談

さち

文字の大きさ
上 下
12 / 42

他のお客さまのご迷惑になることはお控えください②

しおりを挟む
 イタチたちは上機嫌だった。この町の山の長の娘と隣町の山の長の息子の祝言が決まったのだ。祝言は来月だったが、今日は配下のイタチたちが前祝いをしにきていた。
 皆で風呂に入って汗を流し、満月を肴に美味い酒と料理を楽しむ。自然と声も気も大きくなる。そうなるとつまらない諍いも起きる。だんだんと騒ぎが大きくなってきた頃、おずおずと従業員がやってきた。
「申し訳ございません。他のお客さまのご迷惑になりますので、もう少しお静かにお願いいたします」
「なんだと!!我らがイタチだからとバカにしてやがるのか!?」
別の座敷にまで騒がしい声が聞こえるため従業員が注意をすると、イタチたちは従業員を囲んで騒ぎだした。
「お客さま、従業員への恫喝はおやめくださいませ」
従業員を取り囲むイタチの背後から静かな声が響く。それは弐号館主任菖蒲の声だった。
「お客さま方には今までも何度か注意させていただきました。次騒ぎを起こしたら出入り禁止と、主から忠告されていたはずですが?」
「なんだと!?我らは客だぞ!?」
「他のお客さまにご迷惑をかける輩はいくら金を払おうが客じゃないんですよ」
菖蒲が冷ややかな視線を向けながら言う。それと同時に菖蒲の髪がざわざわと伸び始めた。
「力づくでご退場願ってもかまわないんですよ?」
「このアマ!なめやがって!!」
血の気が多い若いイタチが菖蒲に飛びかかる。だが、菖蒲に手が届く前に長く伸びた髪に絡めとられて身動きひとつとれなくされてしまった。
「うふふ、簀巻きにされて外に放り出されたいのは誰かしら?」
「くそっ!やっちまえ!」
菖蒲の挑発にイタチたちが激昂して飛びかかる。菖蒲は絡めとったイタチごと髪を振り回して飛びかかってくるイタチたちを撥ね飛ばした。

「なんだ、ずいぶん派手にやってるな」
客が騒ぎ始めたと報告を受けた玉城が座敷に入ると、イタチたちは全員畳に伸びていた。
「玉城さま、お騒がせいたしました」
この惨状を作り出した菖蒲がおしとやかに微笑みながら優雅に頭を下げる。玉城は苦笑するとまだかろうじて意識があったイタチの前に膝をついた。
「おい。次騒いだら出禁だと言っておいたはずだ。忠告どおり、イタチは今後一切憩い湯の敷居を跨ぐことを許さない。もしその禁を破ったら、わかってるだろうな?一匹残らず俺の腹に収めちまうからな?」
「ひっ、ひぃっ!!」
狐の目、狐の牙をあらわにして玉城が威嚇すると、イタチは震え上がってガクガクとうなずいた。
「菖蒲、ご退場願え」
「はいな」
玉城の声に答えて菖蒲の髪がイタチたちをまとめて持ち上げる。菖蒲はそのまま2階の座敷の障子窓からイタチたちをぽーんと投げ捨てた。「アアアアーっ!?」という叫び声が響いていたが、最早知ったことではなかった。
「皆さま、お騒がせいたしましてまことに申し訳ございません」
何事だと廊下に集まって事のなりゆきを見物していた客たちに湯屋の主の穏やかな声がかかる。客たちが振り向くと、そこには膳と酒を持った従業員をずらりと従えた伊織が立っていた。
「お騒がせしたお詫びに心ばかりではありますが膳と酒を用意いたしました。皆さま、これに懲りず、どうかこれからにご贔屓に」
「おおー!!」
優雅に頭を下げる伊織に客たちが歓声をあげる。膳と酒は速やかに配られ、弐号館全体がちょっとしたお祭り騒ぎになった。
「さ、この座敷を早く片付けてちょうだいな」
菖蒲の言葉で呆然としていた従業員たちもわたわたと動き出す。伊織は客たちに声をかけて歩くと玉城と菖蒲と共に参号館の詰所に戻った。
「菖蒲さんにほとんど対応させてしまってすみません」
「いいえ、とんでもありませんわ。弐号館を預かる身として当然のことをしたまでですもの」
伊織の言葉に菖蒲が茶をいれながら応える。「しかし」と、ふたりに茶を出した菖蒲は少し心配そうな顔をした。
「イタチたち、あれで納得するでしょうか?長まで出てきて難癖つけられては面倒ですよ?」
「そこは問題ないだろうさ。長たちにも出禁のことは伝えてあった。今日は俺が出たが、次は伊織が出る。奴らだってそこまで馬鹿じゃないだろ」
玉城の言葉に伊織は苦笑して茶を飲んだ。事実、伊織を怒らせると玉城より恐ろしいということは憩い湯の常連の間では有名だった。酔って暴れた挙げ句、座敷を半壊させた牛鬼を涼しい顔でボコボコにしたとか、従業員に難癖つけて手を出して怪我をさせた鬼を怒りに任せて半殺しにしたとか、普段の伊織からは想像もつかない話が伝わっているほどだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処理中です...