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輝く未来は続いていく
しおりを挟む「おいロスウェル」
「お呼びですか?」
「僕もあれやりたい」
「はい?」
「だから、ハリーがやってるやつだよ」
「ハリーが‥‥」
ロスウェルの前にいるハリーが行っている事
「あれは、ちょっと難しいですね。」
「なんでだよ。」
「はぁ‥‥。これは‥‥。」
「お父さんだってしてるだろ?」
「アシェル様?貴方様のお父様は皇太子殿下です。それは、アシェル様が皇太子になられたら出来ますよ?」
「やだ!僕も今すぐあれやりたい!」
アシェルと呼ばれた短い銀髪の男の子は、その光景を見ていた場所にドンっと座り込んで腕を組んだ。
「アシェル皇子、皇太子殿下がアシェル様のお歳の頃はそんな我儘はおっしゃりませんでした。」
「んぐっ‥‥‥」
ぷくっと膨らませたその皇子は、小さな頃のテオドールそっくりだ。
その様子にロスウェルは苦笑いをした。
「まったく‥‥頑固は親譲りですね‥」
「僕も怪我した騎士達を治したい!!!」
「‥アシェル様‥‥」
その小さな頭の中で、考えていた事。
アシェルとロスウェルが見ていた光景は午前訓練場だ。
訓練中に怪我をした騎士をハリーが魔術で治療しているのだ。
「アシェル様、殿下になんと言われたのですか?覚えていないとは思えませんが?」
ぷっくりした頬をロスウェルが突いた。
それを横目にアシェルは眉間に皺を寄せる。
「うぁぁ!」
その小さな身体は突然宙に浮かんだ。
「こら、またロスウェルを捕まえて困らせてるのか?」
アシェルの頭上から降ってくる声。
「ぁ、お父さん!!」
「アシェル、お前は魔術師じゃないんだ。」
「でもお父さんだって、お母さんの指に出来た傷こないだあっという間に治してた!!」
「ああ、それは俺が特別だからだ。あれ程言ったのにまだわからないか?」
「うぅぅ~」
アシェル・アレキサンドライト
今年8歳になる皇子だ。あのオレンジジュースを欲しがっていた腹の子はこの通り健やかに育っていた。
「だぁって!ジャスミンが怪我したらどうするんですか?
兄の僕が治してあげたいんだもん!!」
「ははっ、そうか、お兄ちゃんはそんな事を考えていたのか。」
「それに!もうすぐまた僕の弟か妹が産まれるのですよ?!
僕はなんでも出来るお兄ちゃんになりたいです!」
必死に訴えかけるアシェルに、テオドールは穏やかな笑みを浮かべた。
そして、アシェルの頬に頬を擦り寄せた。
「素晴らしいな。お前はとても素敵な兄だ。ジャスミンもお前の後を追いかけ回して怪我をすることもある。あのお転婆娘が心配なんだろ?お父さんはお前を誇りに思うよ。」
頬をくっつけた事にアシェルはニンマリと満足そうに笑った。
父と同じ銀髪は、アシェルの自慢だった。
ジャスミンは5歳の皇女。母譲りの金髪だ。母親譲りで美しく太陽のような笑顔で城を駆け回る大切な妹だ。
次に産まれてくる子はどちらの髪色をしているだろう。
できればこの銀髪は父と自分だけなら嬉しい。
それくらい、アシェルはテオドールとそっくりだった。
「だがな、アシェル、ハリーのしているあの治療は大公家のもの。そしてハリーは治療院を総括する者だ。いくらロスウェルに頼み込んでもお前が大きくなるまではまだダメだ。
私の言う事を聞いて時を待つんだ。」
「んんん~‥‥‥」
幼いその顔はまだ納得していない。その顔にまたクスッと笑みがこぼれた。
アシェルが産まれた時のことを、まだ鮮明に覚えている。
丸一日かかった出産で、どれだけリリィベルを心配したことか。部屋に入るなと言う者達を押し退けて側で懸命に励まし、前世の記憶を辿りあれこれと手をやいた。
そうして、ようやく世界に出てきた子はポヤポヤの銀髪だった。
その小さな宝物をこの腕に抱いた瞬間、涙がこぼれた。
ああ、会えたんだと‥‥‥。
あの時直接言えなかった我が子に、神は機会を再びくれたのだ。
汗だくになって長い陣痛を乗り越え産んだ我が子を見て、リリィベルも声を上げて泣いた。
手放した未練は、時が流れてもまだ傷を残していたけれど、
この手に抱いた我が子に2人で涙をこぼした。
「会いたかった‥‥俺達の愛しい子‥‥」
産まれたばかりの子にでた言葉はありきたりだったけれど、この想いは深く重く愛が溢れるばかりだった。
幸せはこんなにもたくさんあって、涙の分だけあるのだと、時を越えて思い知る。
この8年の間にテオドールが計画していた治療院はテオドールとハリーを筆頭に1つ、2つと出来上がり、できる限りの病気や怪我の治療が出来るその場所は既に国民に定着していた。
ハリーが勤められる者を見極めて治癒魔術のみを付与した。治療院は帝国の新しい平和の象徴となった。
そしてアシェル、ジャスミンと言う世継ぎに恵まれた。また新しい命がこの城を賑やかにさせる事だろう。
「アシェル、さあ、お母さんのところへ一緒に行くぞ?」
「お父さん、お仕事は?」
「お父さんはお前達と昼食を食べてまた仕事へ行くから、お母さんが無理しないようにジャスミンの面倒を見てお母さんを助けてやるんだ。ジャスミンは一日中お母さんのお腹を撫でくりまわしているだろうから。」
「はい!ジャスミンを一旦止めておこう!」
「ははっ、そうだ。あんまり撫でくりまわすとあのお腹は凹んでしまうぞ?」
「そんな訳ないでしょ?お父さん時々お馬鹿さんだ。」
「こぉら言うようになったなぁ!」
アシェルの頭をグリグリ撫で回した。アシェルは楽しそうに笑った。
その様子にロスウェルも笑った。
「ロスウェル、アシェルが引き留めて悪かったな。戻っていいぞ。」
「はい殿下。」
「どーもお前とハリーに懐いて仕方ないんだ。
お前がアシェルにたくさん魔術を見せたのが悪いんだぞ?」
「あははっ可愛くて仕方なかったんですよ。」
魔術師達にも第一子として可愛がられて育ったアシェルは、城中のみんなを心から大切に思っていた。特にロスウェルとハリーには懐いている。
そんなアシェルをこの城に仕える皆もまたそれはそれは大切に見守っていた。
「さ、いくぞ?アシェル。」
「はい!お父さん!」
アシェルを腕に抱きしめテオドールは皇太子宮へ向かって歩き出した。
「‥‥‥ふふっ、まったく可愛い親子ですね。」
ロスウェルがそうこぼして、指をパチンと鳴らしたのだった。
あえてアシェル達にはお父さん、お母さんと呼ばせる様に育てた2人だった。
暁と礼蘭の人生は幕を閉じた。
たくさんの未練があった。
けれど、2人は、いや3人はこの世界で生まれたのだ。
今度こそ、幸せな人生の終わりを夢見て。
離れることのない未来を信じて。
この人生の結末が、ハッピーエンドである事を祈って。
「お母さん!!」
大きな音を立て皇太子妃の部屋の扉が開かれた。
「アシェル!私の可愛い子、お母さんの腕においで!」
部屋に入るなり、リリィベルは我が子に向かって両手を伸ばした。その大きなお腹にぴっとりと寄り添うジャスミンと共に飛び込んできたアシェルも受け止めた。
「えへへ!お母さん!気分はどうですか?具合は悪くありませんか?」
大きなお腹に頬擦りしながらアシェルはリリィベルを見上げた。
母となったリリィベルはその美しい顔に母たる強さを持ち、更に絶世の美女となっていた。
「アシェルの顔を見ればお母さんはいつも最高の気分よ?」
「おーいリリィ?俺もいるんだが?」
扉の側でその光景を見ていたテオドールがつぶやいた。
「あ!お父さん!!」
ジャスミンがテオドールの顔を見て可愛らしい笑顔を浮かべた。そして、リリィベルも頬を赤く染めてクスッと笑った。
「テオ、テオも早く私を抱きしめて下さい。」
「はっ、お安い御用だ。さぁ俺の大切な者達。父の腕はお前達がすっぽり入ってしまう程だぞ?」
テオドールは、大切な3人、いや4人を両手いっぱいに抱きしめた。
「ああ‥‥幸せだ‥‥午後はお前達とずっと一緒にいたいな。」
「お父さんたらいつもそればっかり言ってます。」
現れた父にジャスミンはリリィベルのお腹を離れ、テオドールに頬擦りした。
ジャスミンもまたテオドールが熱烈な程大好きだ。
「んん~ジャスミン。いい子にしてたか?あんまりお腹を撫で回して凹ませるなよ?」
「うふふふふっじゃあお父さんのほっぺたを撫でます。」
「ああ、そうしてくれ。俺の可愛いジャスミン。」
「お父さん大好き!世界で1番かっこいいお父さん!」
「もおジャスミンっ、お父さんを独り占めしないで?」
「ははっリリィ?相変わらずヤキモチを?」
「テオが抱き締めるのはいつだって私が最初です。」
「ふっ、いつまで経っても可愛い妃だなお前は。
だからこんなに子が増えるんだ。」
「もお!子供達の前ですっ」
「仕方ないだろ?お前が煽ってるんだ。俺の女神様。
今日も綺麗だ。」
リリィベルのこめかみに口付けて2人は頬を寄せたあった。
「もうすぐ1人増えるんだ。俺の腕を伸ばしておかないとな?」
「ふふっまたバカ言ってるお父さん。」
「アシェル~?」
テオドールはニヤッと笑ってアシェルの腹をくすぐった。
大きな笑い声を上げてアシェルは嬉しそうに笑った。
「ねぇ私もぉ~」
兄の姿にジャスミンもヤキモチを妬いてテオドールにせがんだ。たとえそれがくすぐりであってもだ。
きゃははと、楽しそうな2人の子の笑い声が響く。
テオドールと、リリィベルの人生は、まだたくさんの希望が溢れていた。
愛する者が増え、2人の愛が膨れ上がっていく。
限界など知らない。2人の愛の物語。
そして、2人はいつまでも幸せに暮らしていくのだ。
次の世も、どんな世界であろうとも、
2人は巡り合い愛し合う運命の番(つがい)
決して離れることのない永遠の愛はここにある。
城の中の肖像画室、アシェルは日課の様にその部屋へ訪れた。アシェルはこの部屋にある一つが好きなのだ。皇子教育の時間を無視した彼を教師や従者達が探している事はお構いなしに。
奥はアシェルの遠い先祖の肖像画だ。
だが、アシェルの興味は一つの肖像画に向けられている。
テオドールとリリィベルが1人ずつ描かれた物。
その肖像画を見て目をキラキラ輝かせた。
2人が結婚した時に描かれた物、今より少し幼い2人の姿。けれど、父はとても凛々しく、母はとても美しかった。
「お父さんとお母さん、とっても綺麗‥」
そんな若い2人の間に初めての子として産まれた自分が嬉しかった。とても愛を感じて育った。
妹のジャスミンが、産まれてからもそうだ。
妹は母に似てとても可愛らしいし、兄として守るべき存在だ。
それでも、父と母の愛情は偏る事なく自分に注がれていたのを分かっていた。
2人の部屋には、自分の絵がたくさん描かれている。それはジャスミンが生まれてもそうだった。
「へへっ」
アシェルはウキウキしながら、テオドールとリリィベルの肖像画の枠を慣れた手つきで押し込んだ。
それが鍵となり、ギィィと音を立ててそのカラクリは解かれる。2人の肖像画が、スライドし2つがピタリと寄り添うとその肖像画は大きな1つの肖像画に姿を変える。
「なんで、これは隠してあるのかな‥とっても綺麗なのに‥‥」
本当は同じ姿の絵が、父と母の部屋にもあるのだ。
だが、ここにあるのは‥‥。
「この絵が大好き‥‥僕だけの秘密‥‥
でもいつか、ジャスミンにも見せてあげたいな。
きっと、ジャスミンも‥‥」
アシェルが見つめたその絵は、
幸せそうな笑顔を浮かべて、テオドールがリリィベルを抱き上げた瞬間の絵姿だ。
「どうして、髪の色が違うのかはわかんないけど‥
この絵を見てると、幸せな気持ちになるんだ‥‥」
その絵の2人は黒髪だった。
純白のウェディングドレスに身を包んだ母とタキシード姿でリリィベルを高く抱き上げている父。
春の花々に囲まれて満面の笑みを浮かべた2人の姿は、目が眩みそうなほど美しかった。
その絵の前に腰を下ろして、アシェルはにんまりと笑った。
「僕の黒い髪の絵も、描いてもらおうかな‥‥」
どうしてこの絵に惹かれるのかはわからないけれど、この絵を見ているとアシェルは幸せだった。
遠くで名前を呼ぶ声がする。でももう少し、ここに隠れていよう。
ここに居ると、3人になった気持ちになるから、
散々2人を独り占めした第一子だけれど、
それでも。この絵は特別だった。
長い時の中を幸せと波風が通り過ぎる。
病める時も健やかなる時も人生にはたくさんある。
「アシェルのやつどこ行ったんだ?」
「ふふっ、そのうち戻ってきます。」
探し回っている皇太子夫婦。けれどリリィベルは穏やかに笑った。
「お前がそう言うなら、そうなんだろうな。」
「はい、ですから、私達はジャスミンが眠っている間に少しだけ、ゆっくりあの子を待ちましょう?」
そうして、2人はクスッと笑った。
そして、お腹の大きなリリィベルをテオドールが抱き上げた。
「リリィ、愛してる。」
「私も、愛してる。」
そう言って、リリィベルはテオドールの額に口付けた。
まだ若さ溢れるこの顔と手に、長い年月を経てシワができても、この手は繋がれているだろう。
おじいちゃんおばあちゃんになったとしても、
いつも、抱きしめ合って眠るだろう。
そうして、この世を去った時も、
次の世でも、またこの手は繋がれるのだろう。
私達は番(つがい)なのだから‥‥。
またあの光刺す空間に誘われた時は、堂々と言うんだ。
《人生はどうだった?》
とても、幸せな人生だったと‥‥‥。
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心から感謝を申し上げます。本当にありがとうございました!