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ふたりの光

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「かっ・・・懐妊だとぉっ?」
 オリヴァーのなんとも言えない声が響く。

「っ・・・ぇっ・・・ぁ・・・?え・・・?」
 聞いたリリィベルさえ驚いている。

「かいにん・・・・・カイニン・・・妊娠・・・・・?」
 テオドールはポカンとしながら繰り返した。



 じわじわと湧き上がるこの想いは、言葉では言い尽くせない。
「ぁ・・・っ・・・・マジでっ・・・・。」

 テオドールはその緩む口元を隠した。


 リリィベルのお腹に、子が宿った・・・・。



 あの時・・・・果たせなかった夢が・・・・・。


「っ・・・私っ・・私にっ・・・・テオの子が・・・っ・・・・・。」

 そう呟いたリリィベルの瞳に大粒の涙が溜まる。
「リリィっ・・・。」

 その顔は、喜びだけではないのを悟った。
 テオドールの腕はリリィベルを優しく包んだ。

「リリィっ・・・・・。」
 嬉しさだけでは表せないこの想いは・・・・。

 その戸惑ったのが伝わったのだ。

 もしも、もしも・・・・この記憶がなかったら。。。


 素直に可愛らしい笑顔を浮かべた事だろう・・・・。

「テオっ・・・・テオっ・・・・・・・・・・。」
 テオドールの背に手を回し、リリィベルはついに涙を零した。

 小さな声で、その胸で涙を流す。

「・・・・・・・・・。」
 他の者達は、その光景に喜び涙しているのだと思っていた。
 だが、オリヴァーだけは違った。


 微かに震える2人の身体が見えた。




 どれ程の思いを抱えているのだと、目を細めた。



 その素直に喜べない理由はなぜなのか・・・・。




 だが、踏み入れない。


 喜んでいないわけじゃない。けれど・・・喜んでいるだけではない・・・。



 テオドールの背がそう語っていた。

 その哀しみを漂わせる背と、リリィベルの小さな手が震える。

「リリィの身体は問題ないか?」
 オリヴァーは主治医にそう問いかけた。
 医師は穏やかな表情で頭を下げた。

「はい陛下、妃殿下はお身体は健康で御座います。つわりが始まったご様子。
 なので、最後の月のものから5~6週目に入る頃と推測されます。」
「そうか・・・・。では、そなたはリリィベルの身体に注意して控えておけ、
 公開はまだ伏せておく。」
「はい、それがよろしいと・・・・。この時期はまだ不安定で御座いますし。」


「・・・・はぁ・・・・せっかちな・・・・・。」
 オリヴァーは口角を上げながらも呆れた顔を見せた。


 身を寄せ合う2人を横目に、オリヴァーはふぅっと溜息をついた。

 結婚式、テオドールの事故。
 2人の縁、そして妊娠。

 目が回ってしまいそうだ。


 言いたいことは山積みだが、
 リリィベルを1人にしておく事が、今は出来ない。


「テオ、明日の朝話をしよう。」

「‥‥はい、父上‥‥」
 背に掛けられたその言葉にテオドールは、静かに返事をした。


 その返事は戸惑いの声色だった。



「皆、リリィベルを休ませる。全員持ち場に戻れ、
 テオ、何かあればすぐに声を掛けろ。」

 そう言い残してオリヴァーは部屋を後にした。




 しんと静まり返った部屋、2人は時を止めたままだった。
 どれくらいそうして居ただろうか。
 リリィベルの背を撫で、テオドールはこの思いを噛み締めて居た。



 子供を望んでいた。


 だが、口にできなかった。


 記憶が戻ってからずっと。



 礼蘭を失ってから知った事実。
 礼蘭自身知って居たのだから‥‥。



 苦しまないか、ずっと気掛かりだった。


 今は17歳で前世ならば早い妊娠だが、
 この世界では適齢期だった。


 あの頃、礼蘭の身に宿った子は、戻ってこないだろうと思って居た。


 結婚式の後すぐにリリィベルの妊娠が分かるなどと、誰が想像しただろうか。


 あの時と同じ、結婚と結びつき宿った小さな命。





 あの時失った我が子。





 この悲しみを、アレクシスの言った通り手放す事が出来るのか‥‥。




 だが‥‥‥誓った。




 アレクシスは言った。


 悲しみを‥‥手放せと‥‥‥



 静かに涙を流すリリィベルを胸に抱きしめ、
 テオドールは、その瞳に決意を込めた。



「リリィ‥‥安静にしていよう‥ほら、横になって」

 優しい声でリリィベルを包んだ。
 ハラハラと涙を流すリリィベルの頭を包み、そっと身体をベッドに横たえた。


「っ‥‥は‥‥ぃ‥っ‥‥」

 テオドールの腕に身を任せ、その身体をふかふかのベッドに預け、その小さな両手をお腹に当てた。




「テオっ‥‥‥」

「何も心配いらない、ずっとそばにいるから、安心して眠るんだ。子が眠れないだろう?2人とも静かにおやすみだ。」


 リリィベルの隣に横たわり片肘をついた。
 リリィベルの両手にテオドールは片手を当てた。


「‥‥‥リリィ、俺がお前と子を守ってやる。」



「ぅっ‥‥‥‥」


 優しいテオドールの表情と声に胸が熱く、つわりの不快さは和らぎ、大好きな匂いに顔を埋めた。


「‥‥‥‥‥‥」


 テオドールはリリィベルが寝静まるまでずっと、リリィベルの背を優しく撫でた。







 状況はあの頃とさほど変わらない。

 だが、こうして子の存在を知る事が出来、
 2人に愛情を注ぐ事が出来る。


「愛してる‥‥2人とも‥‥‥」



 この言葉をずっと、前世から伝えたかった。





 いつしか、深く眠りに落ちた。




 夢の中で、俺は日本で暮らして居て、



 思い描いて居た幸せを見た‥‥。



 礼蘭に記憶を消される前に行った、思い出の公園で、


 顔も分からない我が子と、母の顔をした礼蘭と
 3人で遊ぶ夢だった。



 沈む夕陽に、手を繋いだ影が3つ‥‥‥



 微笑む礼蘭が、俺を見つめる。

 その笑顔が愛しくて俺は、夢だとわかっていながら‥



 礼蘭よりもはるかに小さな手を離さなかった。




 わかってる‥


 前世はもう終わってしまった。












 〝お父さんっ〟



 可愛らしいその声が、聞こえた‥‥‥



「‥‥ぁ‥‥‥‥っ‥‥‥‥」



 涙を流して夢から醒めた。


 目を開いた先にリリィベルがスヤスヤと眠っている。


 自分の手の先を見た。


 手はリリィベルのお腹に添えられたままだった。




「‥‥‥お前が‥‥‥っ‥‥呼んだのか‥‥?」


 大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。





 リリィベルの身に宿るこの子が‥‥‥‥。


「っ‥‥ふっ‥‥‥そうか‥‥っ‥‥‥俺達だけじゃないよな‥‥っ‥‥‥俺達を繋ぐのは‥‥‥お前もだっ‥‥‥」






 テオドールは涙を流して笑った。


「っ‥‥‥愛してる‥‥‥俺達の、‥愛しい子‥‥‥っ‥‥」



 魂は巡り巡っていて‥‥


 リリィベルと一緒に、待って居てくれたんだ‥‥

 この転生を‥‥‥


 ああ‥‥ダメだ‥‥‥涙が止まらない‥‥。




 リリィベルと、俺の元へ‥‥‥



 再び来てくれた‥‥。





 〝お父さん〟と呼んでくれたのは、夢の中であっても、幻想なんかじゃない。



 確かに、そう呼んだ。


 あの思い出の溢れる公園で、思い描いたあの願いは‥‥

 時を越えて、新たな命となって、やってきてくれた。




 杞憂だった。同じ子ではないであろうと考えて居た事は‥‥。




 ずっと、待って居てくれたんだ。



 俺達が再び出会い、リリィベルのお腹に宿ることを‥‥


 ずっと、待っていたんだな‥‥‥






「ぅぅっ‥‥‥今度こそ‥‥‥

 この腕に抱いてっ‥‥‥死ぬほどっ‥‥お前を愛するからっ‥‥‥



 安心して‥‥‥っ‥‥‥今度こそっ‥‥生まれておいで‥‥‥。」





 笑顔で待ってる‥‥‥。



 君がこの世で大きな声で泣いて、2人で抱き締めて‥‥。





 この世の素晴らしさを‥‥‥



 一緒に見よう‥‥‥



 そして、たくさんの愛を、たくさんの人々からの祝福を‥‥。



「‥‥‥‥ふぅ‥‥‥っ‥‥‥涙は、お前が産まれる前に‥‥‥。」






 悲しい涙は、もう流さないよ‥‥‥。





 俺達は、この世界で生きているから‥‥‥。



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