ハッピーエンドを待っている 〜転生したけど前世の記憶を思い出したい〜

真田音夢李

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 少し躊躇ったその小さな唇が震えた・・・・。


「・・・・あき・・・・・あきらっ!!!!!!!!!!」



 ドクン・・・


「「「!!・・・・」」」

 ロスウェルとハリー、そしてレオンが名を呼んだ時、テオドールの身体が脈を打ったように光が淀んだ。

「・・・アキラ・・・?誰だ・・・・?」
 オリヴァーは真っ赤な目をしながら口にする。
 リリィベルが呼んだその名は、この世界には馴染みなく聞いたこともない。

 ただ、ロスウェルに姿を変えてもらったままだったテオドールとリリィベルが、その名を口にした時、
 まるで別人のように思えた。黒髪の自分の息子は・・・・。


「あきっ・・・・あきっ・・・ねぇあきっ!!!!起きてっっ・・・・・。

 ねぇっ・・・どこにも行かないでっ!!!!」



 暁は、どんな思いで私を抱いていた・・・?

 冷たくなった私を、腕に抱いて眠ったあの光景が鮮明に蘇る。



 私は、冷たくなるあなたの手に、震えと涙が止まらなくて、
 きっと、暁も・・・そうだったんだよね・・・・?



「ぁきぃっ!!!!あきぃぃ!!!!!!!!!!」

 その名を呼んだことで、リリィベルの我を忘れたようにテオドールの身体を揺すった。







≪・・・・ああ・・・・まったく・・・・≫

「・・・・っ・・・アレクシスっ・・・・。」
 テオドールの前にアレクシスの姿が現れた。アレクシスは神々しく光を放ってそこにいた。

 眩しくて少し目が眩んだ。

≪・・・魔術師とは厄介な‥‥‥≫



「・・・なんだっ・・・魔術師がなんだっ・・。」

 涙を乱暴に拭った。その涙に濡れる瞳は震えている。
 真実が胸を締め付ける。


 もう2度と‥‥死に別れなどしたくない‥‥。


 《その名を口に出させるとは‥‥お前達は一体、この世界のなんだ?》



 アレクシスの問い掛けに、眉を顰めた。

「なんだっ‥‥うぐっっ‥‥‥おまっ‥‥‥‥」


 アレクシスに、初めの時のように頭を掴まれた。

 《‥‥‥お前は、記憶を取り戻した。》

「ってぇよっ‥‥はなせっ‥‥」

 ギリギリとこめかみが締め付けられる。
 アレクシスの表情は呆れていたのだ。


 《そなたに礼蘭の記憶を返したのは私。


 だが、そなたら2人とも、大事なことを‥‥見失うな。》




「っ‥‥ぁん?っ‥‥」



 掴んだ頭、傷が出来たはずの箇所。
 アレクシスは、その傷に触れた。


 《もう‥‥‥前世は終わったのだ。》


「っ‥‥‥は‥‥‥っ‥‥‥‥」



 そう言われた途端に、アレクシスの手を掴んでいたテオドールの身体の力が一気に抜けた。


 そして、また、涙が溢れた。



 《そなたらは‥‥今を生きている‥‥‥。

 礼蘭の希望、お前の後悔‥苦痛‥‥‥絶望‥‥‥‥。


 もう、手放せ‥‥‥。



 そなた達は、テオドールと、リリィベル‥‥なのだろう?》




 唇が悔し気に歪む。その頬を流れる涙。


 《これが、最後の涙だ‥‥‥せっかく記憶を取り戻し、運命に結ばれ、そなたらは再び出会いを果たした。


 そなたらが愛を育むのは、これから先の未来だ。前世をやり直したかったのは分かっている。


 だが、なんでも同じでは無い。


 生まれ育った環境、出逢うまでの時間‥‥。


 前世とは違うだろう‥‥だが、それを悲しむのはやめろ‥‥。



 見ていた‥‥ずっと‥‥そなたらの結婚式‥‥‥。



 私が見届け、星と月の祝福を降らせた‥‥。




 どうしようもないのだ。前世は終わった‥‥‥。




 もう、眠らせてやれ‥‥‥暁も、礼蘭も‥‥‥。



 心配するな、奪うことは無い‥‥‥。

 だが、そなたらの悲しみが負の連鎖を呼ぶ。



 2度と、離れないのだろう‥‥?



 つらかったであろうが‥‥‥そなたらはテオドールとリリィベルで、もう新しい人生なのだ。


 悲しみばかりに囚われてはいけない‥‥‥。


 幸せを夢見ながら心の奥で、前世ばかり跡を追う‥‥‥。




 もう、終わったのだ‥‥‥。》



 優しい声が、テオドールに大粒の涙を流させた。


 礼蘭を失った時の無念が、渦巻いて消えなかった。
 ずっと不安だったけれど‥‥‥。



 もう、終わった‥‥‥‥。



 あぁ、そうだな‥‥‥。



 暁と礼蘭は生まれ変わり、新しい人生が始まった。



 この世界では、テオドールとリリィベルなのだから‥‥。



「おれのっ‥‥罪はっ‥‥‥っ‥‥‥」


 《お前の罪は、死を受け止められず自殺を繰り返した。
 だが、そなたは、この世で礼蘭を待ち続けた。リリィベルに生まれ変わった礼蘭を‥‥。待っていたな‥‥もう、十分だ。

 そして、礼蘭は、長い間そなたを待ち続け、自らを封印した。


 もはや、そんな愛ゆえの所業を誰が罰せると言うのだ‥‥。

 私には、あの子を罰する事は、出来ない‥‥‥。》



「ぅっ‥‥‥ぅぅぅぅっ‥‥‥っ‥‥‥」

 堪えきれない涙と声が溢れる。

 テオドールは、深い悲しみと、これまでの礼蘭と歩んだ前世を手放す事が出来なかった。


 そう思い続け生きる事は、この人生には不要だった。



 《もう、これ以上悲しむな‥‥。そなたらは再び出会ったのだから‥‥そして願いは叶った‥‥‥。》




「だけどっ‥‥‥わっ‥‥‥忘れられないっ‥‥‥ぅぐっ‥‥ぅぅぅ‥‥っ‥‥‥俺を守ってっ‥‥礼蘭がっ‥‥‥っ‥‥‥」

 《ああ‥‥皆、そうであろうな。愛する者を失って‥‥平気な者は居らぬだろう‥‥。だが、もう時は過ぎた。


 どんな経緯であれ、それは果たされた‥‥。


 お前は、如月 暁は、生を全うしただろう‥?》

「くやっ‥‥し‥‥っ‥‥礼蘭がっ‥‥‥ふぅぅっ‥‥礼蘭が消えてっ‥‥‥俺だけが‥っ‥‥‥」


 《ああ、礼蘭が、そなたの幸せを願ったのだ‥‥‥。

 星に、願えば‥‥‥叶う望みもある‥‥。



 神を信じぬそなたの夢は、叶わなかった。


 だが、礼蘭なら、リリィベルなら信じられるだろう‥‥?》


「ぅぅぅぅっ‥‥‥‥っ‥‥‥‥」


 瞳をぎゅっと閉じた。それでも涙は溢れてくる。
 礼蘭を失ったあの時のように、枯れることのない涙。


≪この世界で、リリィベルと出会った時を思い出せ・・・・。
 確かに、そなたらは前世となんら変わらぬ姿だった。お前にはすぐに分かった。
 魂もだ。お前はそれほどに、礼蘭を懇願していた。喉から手がでる程・・・・。

 けれど、リリィベルと過ごした日々があるだろう。


 以前お前に伝えたな?あれはお前とリリィベルが出会った夜・・・・。

 どんな事を思い出しても、それでも壊れても構わぬと・・・。それぐらい強くなると誓ったであろう。


 私は、そなたの願いを聞き入れた。けれどリリィベルはそれでもお前の身を案じ自ら身を削った。


 だからあの日・・・。そなたら2人、同時に記憶を取り戻した。


 それくらい・・・リリィベルはそなたを愛している。



 前世を繰り返してはいけないと言ったであろう?



 リリィベルに、同じ未来を与えてくれるなよ?≫


「ぐっ・・絶対っ・・・そんな事しないっ・・・・・俺はっ・・・・

 リリィと生きられるならっ・・・・」




 スッとテオドールはアレクシスの手から解放された。
 へたりこむように座り込んだ。

「絶対だ・・・・。もう絶対っ・・・離れない・・・・天には返さないっ・・・・。」

 その言葉にアレクシスはうっすらと笑みを浮かべた。


≪なら・・・前世に執着するのは・・・これで最後だ・・・・。

 さすれば、お前が望むすべてが、叶うであろう・・・・。≫


 その言葉に、テオドールはアレクシスを見上げた。

 アレクシスの白い宝石ムーンストーンが白い光を放ち光り輝く。

≪ああ・・・リリィベルは、お前がその手で解放しろ・・・・。≫


「え・・・?でもっ・・俺・・・・・・」


 確か・・・死んだって・・・・。



≪ふっ・・・・はははははっ・・・・私に命を操る力は初めからない。


 さっさと帰れ?リリィベルが、そなたを呼んでいる。だが、暁ではなく、テオドールとして・・・・。


 この次の世を全うせよ・・・。またここから始めればよい。


 生きてさえいれば・・・失うモノもあり、得るモノもあると、肝に銘じておけ・・・・。≫


 テオドールはハッと目を見開いた。

「っ・・・じゃぁっ!!!!俺が死んだっていうのはっ!!!!!!」




 そう口にした時、アレクシスの妖艶なウィンクが見えた。
 そして目の前が真っ白な光で覆われた。


「ざけんなアレクシス!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ガバァ!!っとテオドールの身体は飛び起きた。
「っ・・・テオっ・・・・テオぉっ!!!!」


 飛び起きたテオドールに、リリィベルはすぐに抱き着いた。
「うぉっ・・・あれっ・・・・?俺、寝てた?」

 泣き続けているリリィベルを軽く抱き寄せ周りを見た。
 同じく涙を流したマーガレットと、その肩を抱く赤い目のオリヴァー。

 そして、疲れ果てた顔をした、三人の魔術師。



「・・・寝てたなんて・・・軽く言ってくれますね・・・・。まったく・・・・

 貴方という人は・・・・・。」

 額に汗をかき、その頬を伝う。ロスウェルがガクッと膝から崩れ落ちた。
「ロスウェル様!!!」
 ハリーがすかさずロスウェルの身体を支えた。


「ぁ・・・・え・・・・?」

 テオドールは、頭に傷があれど、血は止まっている。
 だが、目覚めた時、その傷が痛んだ。

「い・・・ってぇ・・・・・。」
 テオドールは後頭部をさすった。

「ダメですっ・・・傷がっ・・・傷がずっと・・っぐすっ・・治らなくてっ・・・・。」
 リリィベルが、テオドールの腕の中から見上げた。

「・・・ぁ・・・そうなんだ・・・・。」

 やっぱり、事故は起こっていた。けれど、疲れ果てたロスウェル達を見ると、
 やはりアレクシスの力によって、魔術師達の力が及ばぬ異空間へ連れ去られ意識が戻らなかった。
 差し詰めそんなところだろう。それなのに、ロスウェル達は力を尽くし守ってくれていた。

「テオっ・・・テオドールっ!!!!」
 マーガレットが堪らずテオドールによろけながらも近寄った。

「母上・・・・ご心配をかけてすみません・・・っ・・・。」
 涙を流す母を見て、胸が苦しかった。

「あなたがっ・・・死んでしまうかとっ・・・死んでしまうかと思ったわっ・・・。
 冷たくなっていくのをっ・・っうぅぅっ・・・・。」

 言葉にならず、ベッドの上で突っ伏した。
 オリヴァーが側により、マーガレットの背を撫でた。

「・・・お前が冷たくなってしまうから・・・ロスウェル達が必死で時を遅らせる魔術をかけた。
 これは、結婚式前夜もだ・・・。だが、お前の身体がどんどん冷たくなるから・・・。
 リリィが・・・ずっとお前の手を握っていた・・・・。」

「・・・そう・・・だったのか・・・・・。」
 腕の中ですすり泣くリリィベルを見下ろし、テオドールは優しく笑みを浮かべた。

「ありがとう・・・リリィ・・心配かけてごめんな?もう大丈夫だ・・・・。」

「っ・・・大丈夫ではありませんっ!!・・・まだ傷が癒えておりませんっ・・・・。」
 その胸を小さな手がトンと叩く。それを受け止めテオドールはぎゅっと抱きしめた。

「大丈夫なんだ・・・・本当に・・・大丈夫だよ・・・。リリィ・・・・・。」




 それから数十分もの間、妻と母は泣き続けた。
 その傍らで、ハリーがロスウェルに気力回復の魔術を送り続ける。
 ロスウェルは干からびそうだった。万が一に備えて作り出した魔術は、二度もその機会を迎えた。


「・・・はぁ・・・っ・・・ありがとうハリー・・・お前もよくやってくれた。
 もう大丈夫だ。」
 ロスウェルはハリーの肩に手を置き、弱弱しく笑みを浮かべた。
「ロスウェル様の魔力がこんなに弱々しくなるなんてっ・・・どれだけ力を注いだんですかっ!」
「皇太子の一大事なのだ・・・。私が力を尽くさないでどうする?・・・それに、こうして殿下は目を覚ましてくれた。後はもう・・・大丈夫そうだから、適当に治癒魔術・・・かけといて?」


 そういうとロスウェルは後ろに倒れこみ、安らかな笑みを浮かべて眠りについた。
 まるでこちらが死を迎えたようだった。


「・・・テオっ・・・本当に大丈夫っ・・・?」
 泣き腫らした目尻で、リリィベルは再度テオドールに問いかけた。
 その顔に、テオドールは優しく微笑む。


 そして・・・・思い返すのだった。




 もう、悲しむのは・・・・終わりにしようと・・・・・・。

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