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時を越える、生涯の恋

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 神殿のリリィベルに与えられた部屋。
 ベッドに運び込み、テオドールはリリィベルの手を握った。

 手が冷たい。


 けれど、これは‥‥動かない手ではない。
 柔らかいし、冷たい中にも生気がある。

 人形の様な手じゃない。


 けれど、リリィベルの寝顔を見ていると、涙が止まらない。

「テオ‥‥‥どうしてそんなに泣いている‥‥?」
 心配そうに、オリヴァーがテオドールに問いかけた。

「すみません‥っ‥‥俺も‥っっ‥‥止めたくてもっ‥‥とまらっ‥‥‥なくてっ‥‥‥。」

 眉を顰めて、両手で必死にリリィベルの手を握るテオドールの手は小さくカタカタと震えていた。


 その様子をハリーはじっと見ている。

 そして、ロスウェルにハリーは小さくつぶやいた。

「レイラさんて‥‥‥リリィベル様の事ですかね?」
「‥‥‥‥迂闊に呼ぶな‥‥ハリー‥‥‥」

 ロスウェルの胸騒ぎはまだ静まっていなかった。


 テオドールとリリィベルに術をかけた。
 その時流れ込んできた悲しみは異常だった。




 アキラ‥‥‥やっと、わかった‥‥‥。



 あの新月に現れる彼‥‥‥。


 そして、その彼と、テオドールが求めていたもの。



 それは、ハリーが言う。レイラという女性が、




 リリィベルだという事。




 彼らは、アレクシス神の強い結びがあるのだ。





 恐らく、そのアキラとレイラという人物が‥‥‥。




 この悲しみの根源である‥‥‥。




 だが、迂闊に口にしてはいけない。




 彼らの因果が、今の2人に何かしらの影響を与えている。




 呼んではいけない‥‥‥。





 すでに彼等は目覚めている。


 それが、吉なのか凶なのか分からない。



 月と星、恐らく月の影響が強い今は‥‥‥。



 リリィベルが無事に目を覚ませば‥‥‥。






「父上達は、もう休んでください‥‥リリィには俺がついていますから‥‥。」

「ぁ‥‥あぁ‥‥‥だが数時間後には‥‥‥」


「わかってます‥‥。大丈夫です‥‥‥」


 頬をつたう涙が止まらなくとも、心は燃えるようだった。

「絶対に‥‥今日を2人で‥‥‥‥」






 激しい感情が、どんどんと押し寄せてくる‥‥。

 悲しみ、怒り、胸が痛む程の愛情が‥‥‥。


 鎖の様に絡れながらも、心を掴んで離さない。




 オリヴァー達は、渋々ながらその場を離れた。
 部屋には、テオドールとリリィベルの2人だけ‥‥。


 時計の針が2時を回った頃、ようやくリリィベルのまつ毛は震えた。


「‥‥‥リリィ‥‥‥」

 名を呼んだその声は、驚く程冷えていた。

 こんなにも涙を流しながら、彼女が目覚めた事に歓喜しながら‥‥。
 けれどそれとは裏腹に、ひどく冷たい声が出た。





「‥‥‥っ‥‥‥‥ぁ‥‥‥‥」



 震えた瞼が開くと、リリィベルの目の前にテオドールの顔が映った。


 悲しくて、切なくて、怒っていて‥‥‥。


 そして、愛しい感情が入り混じるその瞳の震え。




「‥‥‥‥テオ‥‥‥‥‥?」



 リリィベルが、そっと名を呼んだ。
 だが、テオドールは眉を顰めて、また大粒の涙を溢した。

「‥‥‥‥‥なぜだっ‥‥‥リリィっ‥‥‥‥っ」

 切なげに顔を歪ませたテオドールの唇から溢れる言葉達。

 そして、



「なぜっ‥‥‥なぜだっ‥‥‥れいっ‥‥‥っ‥‥‥」


「!!!」


 リリィベルは目を見開いた。
 馴染みある名前だった。身体に溶け込んだ名だ。




 もう自覚していた。




 あの儀式殿に足を踏み入れた時から分かっていた。

 自分が‥‥‥


 テオドールが‥‥‥




 暁と、礼蘭なのだと‥‥‥‥。



「‥‥‥‥」
 何も言えなかった。けれどその懐かしい名を呼ぶ声に、
 つい笑みがこぼれた。



 そう呼ばれて、魂が喜んでいる。

 本当は、呼んで欲しかった‥‥‥。



 願いは叶った‥‥‥。


 また、暁と同じ世界で生きたいのだと‥‥‥。


「‥‥‥‥覚えているな‥‥?その名前をっ‥‥‥。」


 リリィベルの後頭部に優しく手を回し体を引き寄せた。
 リリィベルの頬にテオドールの涙が落ちて流れる。

 同じ涙を流す様に。


「‥‥‥苦しく‥‥‥ありませんか‥っ‥‥?」


 リリィベルは、呟いた。テオドールはぐしゃっと表情を更に歪ませて泣いた。


「‥苦しいと言ったらっ‥‥またっ‥‥俺の記憶を消してしまうかっ‥‥‥っ‥‥‥なぜっ‥‥‥なぜだっ‥‥‥。



 れいっ‥‥‥‥。」



「‥‥あなたを‥‥愛しているから‥‥‥っ‥‥‥」

 リリィベルは、暁のその頬に手を当てた。
 リリィベルも涙で目を細めて、言葉を繋ぐ。


「愛しいあなたとっ‥‥‥またっ‥‥‥同じ時をっ‥‥生きたかったからっ‥‥‥っっ‥‥‥あなたが死んでしまったらっ‥‥私達はっ‥‥もう二度とっ‥‥巡り会えないと知ってっ‥‥‥


 私はっ‥‥‥あなたを残して死ん」


 その言葉が言い切られる前に、リリィベルはテオドールに抱きしめられた。

「言うなっ‥‥‥っ‥‥‥バカっ‥‥‥っ‥‥‥ひぅっ‥‥

 それでもっ‥‥俺はっ‥‥お前の夫で居たかったっ‥‥‥


 自分自身消してっ‥‥俺からっ‥‥お前自身でお前を俺から奪うなよっ!!!」


「ぅっ‥‥‥ごめっ‥‥‥‥っ」

 強い腕の力が、その愛の重みを感じる。
 ポロポロと流れ落ちるのは、喜びなのだ。


「ごめんねっ‥‥‥‥あきっ‥‥‥‥」



「‥‥っぁああっっっっ‥‥‥」


 名を呼ばれて、テオドールは声を上げて泣いた。



 聞き慣れた声が、この名を呼ぶ。

 どうしようもなく悲しくて、嬉しかった。



 抱きしめた身体は、生きている。


 互いに髪の色は違うのに‥‥‥生まれた場所は違う世界なのに、
 どこに居ても、魂は惹かれ合う。

 これ以上のない無限の愛が‥‥‥。



「泣かないで‥‥‥っ‥‥あきっ‥


 この言葉を何よりも‥‥‥言いたかったわ‥‥っ‥‥‥」


「お前が居ないのにっ‥‥涙一つ流さないでいられるものかっ‥‥‥おれがっ‥‥‥どんなにっ‥‥‥」

「っっわかってる‥‥‥わかってるの‥っ‥‥‥だからっ」


「それでお前がお前を消したのかっ‥‥‥なんて事するんだよっ‥‥っ‥‥俺はっ‥‥‥悲しくてもっ‥‥お前を愛して居たかったっ‥‥‥っ‥‥俺はっ‥ぅぅっ‥‥‥俺はっ‥‥‥お前だけが大切だったのにっ‥‥‥ひどいだろぉがっ‥‥‥っ‥‥‥

 なんで消しちゃうんだよっ‥‥なんで俺をっ‥‥連れていかなかったっ‥‥‥俺をそばにっ‥‥連れてってくれよっ‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥‥」

 リリィベルは静かに微笑んだ。その頬に涙を流して。


 泣いているテオドールの声が耳元に届く。
 何度聞いても、その泣き声に胸が締め付けられて、愛があふれる。



「待ってたの‥‥あなたが生まれ変わるまで‥‥‥今度こそ‥‥‥私を‥‥‥」


 テオドールとリリィベルの瞳が合う世界。






「‥‥‥今度こそ‥‥‥ずっと‥‥‥私はあきの‥‥お嫁さんね‥‥?おばぁちゃんと、おじぃちゃんになるまで‥‥‥」


 そう言って笑った。






 俺の心は、その笑顔に‥‥‥

 何度も何度も恋をする‥‥‥。




「‥‥‥っ‥‥もうっ‥‥‥1秒もっ‥お前から目を離さないっ‥‥‥お前を誰にもっ‥‥‥神様にもっ‥‥‥


 お前は渡さないっ‥‥‥‥お前はずっと‥っ‥‥‥



 今もっ‥‥昔もっ‥‥‥。」





 俺の、生涯の‥‥‥恋しい人だ‥‥‥‥。





 恋をし、愛し‥‥‥何度も恋して‥‥




 どんどんと重なるその愛を永遠に繋いでいく‥‥‥。



 これが、礼蘭の願い‥‥‥‥。





 そして、俺の、切なる願い‥‥‥。





 神様、どうか‥‥‥‥もう二度と俺達を引き離さないで‥‥‥‥。




 グスッと鼻をすすり、テオドールはリリィベルを抱きしめて離さなかった。
 取り戻した記憶は胸を抉る悲しい記憶で、気分は最悪だ。
 前世で成し遂げられられなかった結婚式は、あと数時間後に始まる。
 それが悲しくて、苦しかった。

 あの時、何度も夢見ていた礼蘭との結婚式。
 それが叶わなくなり絶望した毎日。


 聞きたいことは山程あった。ずっと、涙に明け暮れていた自分を見ていたのか。
 だから俺は死ぬに死ねなかったのだろう。


 俺は毎日、贅沢にも死にたいと願った。愛する人の元へ行きたかった。

 けれど、死んでも愛する人の元へは行けない。

 だから礼蘭の願いを、アレクシスが叶えた。


 なんて情けない姿を晒していた事だろう。


 それでも、愛していた。毎日毎日・・・飽きもせず愛していた。




 この事実を、呑気に喜ぶことはできない。
 そのせいで、礼蘭は俺の姿を憂いて自分を消してしまう世界にしたのだから。


 過去は過去だと、割り切ることは出来ない。
 それほど罪深かった。



「どうしたらっ・・・・俺はっ・・・・・。」

 頭が混乱する。暁とテオドールである自分。
 そんなテオドールに、リリィベルである礼蘭は優しく微笑む。


「もういいの・・・。言ったでしょ・・・?私はあなたの為に生まれたの・・・・。
 やっと分かった・・・。ここに来るまで・・・ずっと不思議だった・・・。

 でも・・・私は・・・礼蘭として・・・暁のお嫁さんになりたかったのね・・・。


 きっと、暁もそうだったの・・・。だから・・・


 アレクシスがいる神殿で、結婚式をしようって、言ったのね・・・。」

「俺はずっと・・・・・。」


 死んで初めてアレクシスにあってからのこれまでを、話すことは出来なかった。

 礼蘭を忘れた自分が、誕生日のたびに幸せな記憶を取り戻していたが、
 前世で無残に消えた結婚式。生まれ変わって再び結婚式をする前に記憶が戻ってくるなんて・・・。


「・・・・ごめんな・・・俺っ・・・・弱くて・・・・。」

「弱くなんてないよ?私もきっと・・・暁が居なくなったら・・・立ち直れなかった・・・。」


 テオドールの頬を撫でるリリィベルの手は温かい。
 それがどれ程、安心できるか・・・。

 この世界で出会ってからずっと、何度この手に救われていたのだろう・・・・。
 愛しいその手に自身の手を重ねた。


「・・・結婚式・・・・っ・・・・もうすぐだ・・・・。」


 目を三日月にして、嬉しそうにテオドールは笑った。





 このままずっと、手を繋いで・・・・。

 やっと・・・・俺たちは・・・前世を乗り越えることができるだろう・・・・。



 今度こそ・・・幸せな花嫁姿を・・・・・。

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