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取り戻した記憶
しおりを挟む≪・・・・おい・・・・≫
「・・・・なんですか・・・・?」
≪そなたの存在を・・・すべて消したな・・・・。私はそんな事のためにそなたに一度の力を与えたわけじゃない。あの男のために・・・自分がこの世に生まれなかった事にするなど・・・・≫
暗闇に一点の光の中、アレクシスは呆れた顔で礼蘭を見ていた。
「・・・私は両親より先に死んでしまいました・・・。それだけでも親不孝です・・・・。
でも・・・暁があのまま生きるくらいなら・・・私の事を・・・覚えてなくていい・・・・。」
そう言って微笑んだ礼蘭の目尻には涙が溜まっていた。そして静かに流れる。
アレクシスは礼蘭の願いを聞き入れた。どうしても最後に一つだけと・・・。
この二年もの間、二人は暗闇の中、暁の動向を見ていた。
アレクシスにしたら、暁はとんでもない男だった。
いくら愛する妻とは言え、何日も嘆き苦しみ礼蘭を現世に縛り付ける。
愛する者を失った悲しみは計り知れないだろう。だが、暁は助けられたのにも関わらず
死を選ぶ。寝言でも名前を呼び、礼蘭を鎖でつなぐ。
そんな礼蘭が下した決断。それが自分の存在を消し、暁から悲しみを取り除くこと。
この人ひとりを消してしまう力は強大だ。
「・・・暁が・・・苦しむくらいなら・・・私はいなくてもいい・・・・。
暁が笑って・・・健康で・・・いつか私じゃない人を・・・愛し結婚して・・・・。
私が抱かせてあげられなかった子供を・・・抱いてほしい・・・・。
普通の幸せな人生を・・・・っ・・・・。」
≪・・・・・礼蘭・・・・・私はお前が不憫でならない・・・・。
私に感情移入させないでくれないか。≫
「ふふっ・・・神様が・・・私の願いを叶えてくれたんじゃないですか・・・。もう今更言ったって遅いですよ。」
≪私は・・・お前自身がこの世から消す事を願うなど、望んでいなかった。≫
アレクシスは人の心が読める。だが、その願う瞬間は分からない。
願う者が、流れ星に願うように一瞬の出来事だからだ。
眉を顰めてアレクシスは俯いた。
「・・・いいんです・・・・。私は・・・・・暁の側に・・・いられる訳じゃない・・・。
ねぇ、アレクシス・・・・・?」
≪なんだ?≫
「いつか・・・・私は、暁と同じ世界で生まれたい・・・。それは叶いますか・・・・?」
≪・・・お前・・・・≫
「私は・・・暁が健康に生きて・・・おじいちゃんになって・・・寿命が終わるまで・・・。
ずっと・・・待っています・・・・。」
礼蘭が、両手を胸の前でそっと開いた。
そこには、三つの指輪があった。
礼蘭と暁のペアリング、そして婚約指輪だった。
「・・・私は、暁と・・・また一緒に生きたい・・・・・。」
指輪に、ポタポタと涙がこぼれ落ちた。
「・・・私はっ・・・暁のっ・・・この世では無理だったけど・・・。
私を忘れた暁が、また私を愛してくれるかはわからない・・・。でも・・・・
暁が・・・・いつか・・・生まれ変わったら・・・・。その時は・・・・。
また・・・暁と出会いたい・・・・。叶いますか・・・?」
≪・・・それまで、お前の魂を封印でもしろと?≫
「・・叶うなら、そうして下さい。」
≪筋金入りだな・・・。呆れるよ・・・・お前たちはバカだな・・・・≫
「私は・・・暁が笑ってくれていたらいいんです・・・。もし私を思い出す事で、暁が悲しむなら・・・
ずっと、私の事など忘れていていい・・・。でも、私は・・・暁が存在する世界に居たい・・・。
暁が・・・私のせいで泣かないような・・・。きっと私を忘れた暁は笑ってくれるでしょ?」
≪さあ・・・それはどうかな・・・。
だが、次に生まれ変わったところで魂は同じだ・・・。
そなたも同じ魂だ・・・。あやつと会う事で・・・苦しむ事もあるだろう。≫
「暁に何かあったときは・・・いつも私が・・・。万が一・・私の事で暁が苦しむなら・・・・。
全部・・・私に・・。」
≪・・・まったく・・・君は頑固だね・・・。そして・・・男をダメにする‥‥》
「暁は駄目なんかじゃないですよ?暁は・・・とっても強いの・・・。
暁が・・・生まれ変わるまで・・・・私を眠らせてください‥」
アレクシスは、礼蘭の額に手を置いた。
≪・・・あやつの寿命は長いぞ?》
「何年でも・・・。暁が幸せなら・・何年でも待ちます・・・・。
アレクシス・・・これを・・・。持ったままでは・・・
私も・・・それは・・・怖くて・・・・・・。」
礼蘭は、アレクシスに二人の指輪を渡した。
離れがたいその指輪。けれど、持ち主の手を離れた暁の指輪を持っているのはつらかった。
下界の暁は、今頃・・・何も知らずに、元気に生きられるだろう・・・・。
自分の事を覚えていない暁・・・。
幸せをたくさん願っても・・・。嫉妬しない訳じゃない・・・。
本当なら、自分が暁の側に生きていたかった・・・。
それが叶わない。いつか暁の隣には、新しい人が歩くことだろう・・・。
だから・・・それまで眠ろう・・・。
暁が生まれ変わるその日まで・・・・。
同じ世界・・・でも、出会えるかはわからない。
でも・・・姿が変わっても・・・この魂が、きっと暁を見つけるだろう・・・。
分からなくても・・・きっと惹かれるだろう・・・・。
その時まで・・・・すべてを忘れた暁へ・・・・。
生まれ変わっても・・・また・・・・あなたを愛したい・・・・。
ねぇ暁・・・私の愛は・・・永遠にあなただけのものだよ・・・・・・・。
礼蘭の身体がアレクシスの前から消える。
《二度死に、眠るのか‥‥》
番(つがい)の為に‥‥。
アレクシスは、持ち主をなくした指輪を眺めた。
あの哀れな彼女の願いを、見届けよう。
救ったあの男が、本当に幸せに生きて死ぬかどうか‥‥。
私がずっと見続けて、私の前にやってきた時
この指輪を返す事が出来るか‥‥‥。
《そなたも、持ち主が次の人生がくるまで、眠るがよい‥‥》
手のひらにあった指輪は、音もなく消えた。
「ぁぁぁああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
悲しい叫びが止まらない・・・・。
消えた記憶・・・消えた愛はすべて、礼蘭とアレクシスが起こした奇跡だった。
≪人生は・・・どうだった?≫
死んだ時、アレクシスに言われた言葉が響き渡る。
俺は礼蘭を失い、嘆き悲しみ、涙を流し何度も死を選び・・・礼蘭を消してしまった。
礼蘭の両親から、礼蘭を奪った・・・・。
そして、俺が生まれ変わるまでずっと・・・ずっと・・・・。
礼蘭は俺のために・・・魂ごと眠り、俺の転生ともに、同じ世界に生まれた。
あの時の悲しみが一気に押し寄せる。
あの時、満月の夜に、礼蘭は現れて俺の記憶を、自分の存在を消した。
それがどんなにつらくて・・・・悲しかったことだろう・・・。
俺のために・・・俺なんかのために・・・・生きてきたすべてを消してしまうなんて・・・・。
俺たちのすべての時間を消して・・・・。あの大切な時間を・・・・・。
自ら・・・・・・。
≪・・・・お前は・・・相変わらず弱いな・・・?≫
アレクシスの声が響く。
俺は本当に弱い人間だった。
そして、とても罪深かった。
そんな生まれ変わった世界で・・・ただ幸せな記憶だけ思い出し礼蘭の魂のリリィベルを見つけた。
礼蘭は・・・ただひたすらに、俺のためだけに・・・・。
同じ世界に生まれ変わり、俺をひたすら愛してくれた・・・・。
明日は結婚式前日、記憶を取り戻し、俺はその苦しみ耐えきれずこの暗闇の中にいる。
意識が飛ぶ瞬間に、声が聞こえた気がする・・・。
ダメ・・・・だと・・・・・・。
お前にどんな顔をすればいい・・・?
俺はこの罪にどうやって償える・・・・?
前世は、礼蘭に助けられて生き延びた挙句、幸せな人生だと思い込んでいた。
家族に見守られ人生を終えた俺は・・・・。
なんて・・・・バカな男だ・・・・・。
なんて情けない奴だ・・・・。
すべて、礼蘭に守られていたなんて・・・。
俺が抱えるべき苦しみを、すべて背負った礼蘭、そして生まれ変わっても尚、俺の苦しみと共に苦しんでいたリリィ・・・・。
なぜ、そんな事まで・・・・。
俺は・・・・本当に・・・・・。
「殿下!!!殿下!!!!」
「テオ!!!」
目を覚ますと、目の前にはオリヴァーとロスウェルとハリーがいた。
震える瞳で、彼らの顔が歪んで見えたのは涙が溜まっていたからだ。
ロスウェルとハリーがテオドールの体を支え起こした。
深い谷底まで落ちたような気怠さがあった。
「テオっ・・・大丈夫なのかっ?」
「・・ここは・・?」
これが現実なのか何なのか分からなかった。
今の今まで意識は前世の記憶でいっぱいだった。悲しい出来事ばかり。
「っ・・・俺・・・どうして・・・・・。」
ロスウェルが、少し息を切らし、額に汗を浮かべていた。
「お二人が急に倒れたと連絡があってすぐに参上いたしました。」
「・・・ふたり・・・?」
テオドールがふと下を見るポロリと涙が流れ落ちる、テオドールの膝の上にリリィベルが涙を流しながら倒れていた。
「っ・・・れっ・・・・・れい・・・っ・・・リリィっ!!!!!!!」
混乱した頭で、ふと〝れい〟と呼んでしまった。
ここは、生まれ変わった世界。リンクするその寝顔にドクンと心臓が鳴る。
リリィベルの身体を抱き起しその頬に手を当てた。
「おいリリィっ!!!!リリィ!!!!!」
焦りが顔に出る。恐怖が入り混じるテオドールの顔。
その異常なまでの反応にオリヴァーとロスウェルが顔を見合わせた。
だが、ハリーは一歩下がりじっとその姿を見つめていた。
「リリィ!!!!おいっっっ!!!!なぁっ・・・起きてっっ!!!!!
!!!!!
頼むからっ・・・おきっ・・・・・うぅぅっ・・・起きろぉっ・・・なぁ!!」
テオドールの瞳からボロボロ涙が流れる。涙がリリィベルの白い頬に落ちていく。
もうたくさんだ・・・あんな思いは・・・・・・。
お前の願いは・・・・。
お前が願ってくれた願いは・・・・
こんな俺と・・・出会うためだろう・・・・?
「なんでっ・・・なんで目を覚ましてっくれないっっ・・・なぁっ・・・」
「殿下!・・・落ち着いてください。」
リリィベルに叫ぶテオドールを、冷静なハリーの声が制止した。
「・・・リリィベル様のお力は弱っておいでですが・・・生きておられます・・・。
ですからどうか・・・・このまま、どこか安静に眠れる場所へ移動しましょう。
もう日付が変わってしまいます・・・・。」
テオドールとリリィベルが倒れてから、もうすぐ日付が変わるところだ。
結婚式当日になる。
「っ・・・けっこん・・・しき・・・っあぁっっっ・・リリィっ・・・たのむっ・・・!!」
結婚式前日に、もう居なくならないで・・・・・。
俺を一人にしないで・・・・・。
そしてもう二度と・・・お前の記憶を・・・お前を愛する記憶を奪わないで・・・・。
なんてヤツだ、俺は‥‥
礼蘭が苦しむ俺に願った事を、自分の存在を消してしまった事に‥‥‥
こんなにも、怒りと悲しみが込み上げる‥‥‥。
ずっと、礼蘭だけを愛して居たかった‥‥。
生涯ずっと‥‥‥お前だけを思って死にたかった‥‥‥。
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