219 / 240
生涯の恋 5
しおりを挟む
沈む夕陽に、ただ1人。
実家近くのよく遊んだ公園のブランコに座った。
いい歳した男が1人ブランコに揺れ俯いた。
側から見たらきっとちょっと怪しくて、不気味な事だろう。
この公園で小さな頃からよく遊んでた。
写真に残る。砂場に泥んこの2人。
礼蘭とはよく色んな想像をして話してた。
いつか、この場所で2人の子供を連れて遊びに来よう。
月日が経って、昔より頑丈でカラフルな遊具で。
ここで、2人が育ったように‥‥
この公園で、3人で遊ぼうと。
礼蘭のお腹にそんな夢が宿っていたのに、
すべてが、叶わない。
礼蘭はどんな母になっただろう‥‥
俺の可愛い礼蘭は、どんな‥‥
俺はどんな父になれただろう‥‥
きっと甘やかすぎて、礼蘭から怒られて、
怒った礼蘭にキスをして、ごめんと謝っていただろう。
そしたら少し頬を膨らませた礼蘭が、次の瞬間には笑って許してくれたかな‥‥‥。
暁の様子を、ずっとみている。
微笑んで‥‥‥。
夕陽に照らされた暁を‥‥‥
「‥‥‥はぁ‥‥‥‥」
ブランコのロープを掴んで額を当てた。
グッと瞳を閉じて、涙を堪える。
どこも、たくさんの思い出が‥‥‥
生きている限り続いてく。
1人で帰る家は、本当に嫌で‥‥だけど、あの家を離れられなくて。
両親が交代で泊まりに来る。
拒否しても、どつかれるのが関の山で、
両親は、暁を信用してなかった。
礼蘭を失ってから、人が変わった様な暁を。
いっそ、何もかも変わることが出来たなら、
だけど、礼蘭と育ったこれまでを否定したくない。
幸せだった。礼蘭と出会えた事、愛し合った事。
だから、こんなにつらくて‥立ち直る気すら起きない。
礼蘭が居ないなら生きていたくない‥‥‥。
しっかりしろ、とか‥‥‥
情けないだとか、
礼蘭の分まで生きろだとか‥‥‥。
それなら、俺は‥‥俺の命をあげるから礼蘭に戻ってきてほしい‥‥。
無理なんだろ‥?
それはできないだろ‥?
前を向いて生きる?
どうやって?
前はどこ?
俺の人生の中心だった礼蘭が居ないのに、
礼蘭なしで俺の前なんてどこにあるの?
返して‥‥‥
礼蘭を返して‥‥‥
お願いだ‥‥
でも叶えちゃくれないんだろ?
だって、身体は残ってないし‥‥‥
勝手に礼蘭を連れて行ったんだろ‥‥‥。
返せよ‥‥‥ひでぇな‥‥‥
俺の、宝2つ‥‥‥
返せよ‥‥‥。
夜になると、その夜は満月で、星がとても綺麗な夜だった。
ベランダから眺めた満月。
星が、やけに綺麗すぎて、月が少し黒ずんで見えた。
「‥‥‥‥‥」
泊まりに来た悠が眠った頃。
暁はベランダに立った。
コンクリートに裸足で、ひんやりとした。
「結婚記念日‥‥‥終わっちゃうな‥‥‥」
ぽつりと呟いた。
付き合った記念日、入籍した結婚記念日。
子供の出産予定日。
大切だった今日が、終わっていく‥‥‥‥。
「死んだら星になるって‥‥ほんと‥‥‥?」
《‥‥星にはならないよ‥‥‥?》
「礼蘭‥‥‥今日も‥‥愛してるよ‥‥‥」
《‥‥‥わたしも、愛してるよ‥‥‥》
「会いたいな‥‥‥夢‥‥‥出てきてくれる‥‥?」
会えるよ‥‥‥‥‥。
俯き、ベランダの外から窓を開けた。
「‥‥‥‥」
部屋の中が、なんだか見覚えのある雰囲気だった。
いつも温かかった、2人の愛が溢れた部屋だ。
礼蘭の香りをふんわりと感じた。
線香の匂いじゃない。
「‥‥‥‥‥なんか‥‥‥すげ‥‥‥っ‥‥懐か・・・しっ‥‥」
幻かもしれない、けれど微かにこの雰囲気は幸せだった頃の部屋に感じた。
また泣きそうになって、鼻を啜った。
暁‥‥‥‥
そばに行きたかった‥‥‥‥
ずっとずっと‥‥‥
愛してるって‥‥‥
私の想いは永遠だよって‥‥‥‥
暁をずっと‥‥愛し続けるよって‥‥‥
伝えにきたよ‥‥‥‥?
あの、礼蘭の骨箱と遺影のあった場所がやけにキラキラして目が眩んだ。見るたびに愛しくて切ないあの場所は、綺麗に無くなって、暁は戸惑った。
「っ‥‥‥はっ‥‥‥‥なんでっ‥‥‥」
俺は夢を見てるのか?礼蘭の骨箱も、遺影も、花も何もない。
ただそこだけキラキラしていて‥‥‥
そこだけ雰囲気がまた違って、足が動かない。
「‥‥‥れっ‥‥‥‥」
咄嗟に名を呼ぼうとした。
けれど、目を見開いた暁の背が温かかった。
「‥‥‥‥っ‥‥‥れ‥‥‥い‥‥‥‥?」
いつも感じた。小さな礼蘭が背に抱きつくと当たる場所。
腰に回ったこの感触は‥‥‥。
心が震えた。瞳に涙が溜まった。
とうとう俺は本当に狂ったのか‥‥‥。
こんな‥‥感覚を‥‥‥。
《暁の背中は‥‥‥大きいね‥‥‥いつもと一緒だ‥‥‥。》
「‥‥っ‥‥‥れい‥‥っ‥‥ひっっっぅ‥‥れい‥‥?」
狂っててもいい
このままいたい‥‥‥
声がする‥‥‥
一文一句覚えたDVDの中の礼蘭の声じゃなく‥‥
新しい‥‥声と言葉‥‥‥
「‥‥‥っ‥‥‥」
夢かもしれない‥‥だけど、
振り向かずには居られない‥‥‥。
身体を少し捻り後ろを見る。
少し腕を上げて腕の下から礼蘭を背に回った礼蘭を見る仕草。
あの眩しい‥‥大好きだった顔、瞳も全部‥‥‥。
《‥‥‥あきっ‥‥‥》
涙を弾かせて、ニコッと笑った、眩しい笑顔。
「れいっ‥‥‥‥っ‥‥」
ギュッと・・・形あるその身体を抱きしめた。
「礼蘭!!!!っ‥‥‥っ‥‥‥どこっ‥‥行ってたんだっ‥‥‥っっうぅっ‥‥俺はっ‥ずっとっ‥‥‥お前をっ‥‥‥
探してたんだぞっ‥っ‥‥‥」
《あき‥‥‥ごめんね‥‥‥寂しかったよね?》
膝から崩れ落ちて、礼蘭の腹にしがみついた。
ここにも大切な愛する人がいる‥‥
何度も顔を擦り付けて、その身体を抱きしめた。
俺はずっと‥‥長くて怖い夢を見ていたんだ‥‥
礼蘭は、俺の目の前にいる‥‥
抱きしめるこの手が、それを感じさせる。
温もりはない‥‥でも、確かに礼蘭がここにいる。
《‥‥‥あき‥‥‥いっぱい、私を‥探してくれてたんだね‥》
「あっ‥‥当たり前だろっ‥‥‥礼蘭っ‥‥‥礼蘭っ!!
離れるなんてっ‥‥‥あんまりだろっ‥‥‥
俺はっ‥‥‥お前が居ないとっ‥‥生きてっ‥‥いけなぃっ‥‥」
声を上げて、たくさん泣いた。
礼蘭は微笑んでいた。
暁の頭を抱き締めて、その思いを受け止める。
《あきに愛されて‥‥私‥‥世界で一番、幸せだよ‥‥
ほんとに幸せ‥‥‥暁は‥‥私の‥‥‥》
輝く礼蘭は、暁の頬に手を当てて、額をくっつけた。
《私の‥‥生涯‥そのもの‥‥全部暁のものだよ‥?
私の全部‥‥暁のもの‥‥‥
ねぇ‥‥あきら‥‥‥
ずっとずっと‥‥愛してるからね‥‥‥》
その笑顔が、その言葉が、少し怖くなって暁は瞳を震わせた。
頬をつたう涙が、止まらない。
「礼蘭‥‥‥っ‥‥」
《あき‥‥あいしてる‥‥》
礼蘭が一言〝あいしてる〟と呟いた。
礼蘭の使っていたエプロンが消えた。
《あいしてる‥‥‥》
その身体を抱きしめる。力強く‥‥思いを込めて‥‥。
礼蘭のメイク道具が消えた。
《あき‥‥永遠に‥‥あいしてるよ‥》
続く礼蘭の言葉で、礼蘭と、暁の思い出の品物は姿を消していく‥‥‥
「っれい‥‥‥?」
暁は、その異変に気付き、礼蘭をギュと抱きしめた。
不安と恐怖が押し寄せた。
とうとう、その部屋の2人の写真が消えていた。
「っれい‥‥‥ぉいっ‥‥礼蘭っ‥‥‥なんで消えっ‥‥消えてくのっ‥‥なぁっ!!」
暁の頬を伝う涙。礼蘭は涙を流しながら微笑んだ。
さよならは、言いたくない‥‥‥。
愛してるとだけ、伝えていたい。
思い出の数だけ、暁がこれまで伝えてくれた分だけ、いや、それ以上の愛してるを‥‥。
「やめっ‥‥‥やめろって‥‥‥消すなっ‥‥‥いやだっ‥‥‥なぁ!!!!礼蘭ぁ!!!!」
暁は、立ち上がり礼蘭を抱きしめた。
この腕にすっぽりと収まる礼蘭。
この感覚が、いつも大好きで愛しかった。
それなのに、今‥‥
今までで1番‥‥‥悲しい‥‥‥‥
礼蘭が、暁を見上げてとびきりの笑顔と愛をこぼす。
《愛してるよ‥‥‥暁‥‥‥》
真っ直ぐ見つめられて、けれどその究極の重く深い愛の言葉に、暁は顔を涙で歪ませた。
言いたいのに‥‥‥
怖くて言えない‥‥‥
「っわかっ‥‥‥分かってるっ‥‥‥なぁぁっ‥‥‥やめてって‥‥消えないでっ‥俺も一緒にっ‥‥‥
なぁぁ礼蘭ぁ‥‥っ‥‥‥
消えないでっっ‥‥‥‥‥っお前を‥忘れたくないっ!!」
《‥‥‥‥愛してる‥‥‥‥私の大切な‥‥暁‥‥‥‥》
礼蘭の唇が、暁の唇に重なった。魔法にかかったようだった。
星のように淡い光を放つ礼蘭とのキス・・・・。
ただその震えた睫毛を、涙を流して見ているしか出来なかった。
なあ、礼蘭‥‥‥‥
お前の‥‥愛してると言う言葉が‥‥‥
こんなに、悲しいと‥‥
思った事は‥‥一度もなかった‥‥‥‥
今、とても‥‥‥
とても‥‥‥悲しい‥‥‥‥
お前を失った事、お前を愛し、焦がれ‥‥泣いた日々を‥‥
もっと俺が強く生きられたなら‥‥‥
お前が、こんな風に‥‥俺に
さよならの代わりに、愛してると伝える事はなかっただろう‥‥‥
なあ、礼蘭‥‥‥‥
俺は‥‥‥永遠に‥‥‥‥
お前を‥‥‥
あいしてる‥‥‥‥。
生涯、ずっと‥‥‥お前を‥‥‥
あいし‥‥‥‥て‥‥‥る‥‥‥‥‥。
日付が変わる瞬間、暁は涙をこぼして眠りに落ちた。
この世から、星河 礼蘭、如月 礼蘭と言う人間の存在が消えた。
彼女が、星河夫婦の長女として産まれた事実はなく、戸籍もない。
如月 暁と言う人間の幼馴染として生きて居た人間は存在ない。
あの日の事故も、単独事故で運転手は死に、助かったあの女の子は変わらず生きてゆく‥‥。
礼蘭は、この世に存在しない者となった。
すべてが消え去り、それを不思議に思う人は誰1人居ない。
誰も、礼蘭を知らない世界と変わったのだった。
たった1人、愛する運命の番(つがい)のために‥‥
願ったのは、自分の存在がこの世から消えること‥‥‥。
実家近くのよく遊んだ公園のブランコに座った。
いい歳した男が1人ブランコに揺れ俯いた。
側から見たらきっとちょっと怪しくて、不気味な事だろう。
この公園で小さな頃からよく遊んでた。
写真に残る。砂場に泥んこの2人。
礼蘭とはよく色んな想像をして話してた。
いつか、この場所で2人の子供を連れて遊びに来よう。
月日が経って、昔より頑丈でカラフルな遊具で。
ここで、2人が育ったように‥‥
この公園で、3人で遊ぼうと。
礼蘭のお腹にそんな夢が宿っていたのに、
すべてが、叶わない。
礼蘭はどんな母になっただろう‥‥
俺の可愛い礼蘭は、どんな‥‥
俺はどんな父になれただろう‥‥
きっと甘やかすぎて、礼蘭から怒られて、
怒った礼蘭にキスをして、ごめんと謝っていただろう。
そしたら少し頬を膨らませた礼蘭が、次の瞬間には笑って許してくれたかな‥‥‥。
暁の様子を、ずっとみている。
微笑んで‥‥‥。
夕陽に照らされた暁を‥‥‥
「‥‥‥はぁ‥‥‥‥」
ブランコのロープを掴んで額を当てた。
グッと瞳を閉じて、涙を堪える。
どこも、たくさんの思い出が‥‥‥
生きている限り続いてく。
1人で帰る家は、本当に嫌で‥‥だけど、あの家を離れられなくて。
両親が交代で泊まりに来る。
拒否しても、どつかれるのが関の山で、
両親は、暁を信用してなかった。
礼蘭を失ってから、人が変わった様な暁を。
いっそ、何もかも変わることが出来たなら、
だけど、礼蘭と育ったこれまでを否定したくない。
幸せだった。礼蘭と出会えた事、愛し合った事。
だから、こんなにつらくて‥立ち直る気すら起きない。
礼蘭が居ないなら生きていたくない‥‥‥。
しっかりしろ、とか‥‥‥
情けないだとか、
礼蘭の分まで生きろだとか‥‥‥。
それなら、俺は‥‥俺の命をあげるから礼蘭に戻ってきてほしい‥‥。
無理なんだろ‥?
それはできないだろ‥?
前を向いて生きる?
どうやって?
前はどこ?
俺の人生の中心だった礼蘭が居ないのに、
礼蘭なしで俺の前なんてどこにあるの?
返して‥‥‥
礼蘭を返して‥‥‥
お願いだ‥‥
でも叶えちゃくれないんだろ?
だって、身体は残ってないし‥‥‥
勝手に礼蘭を連れて行ったんだろ‥‥‥。
返せよ‥‥‥ひでぇな‥‥‥
俺の、宝2つ‥‥‥
返せよ‥‥‥。
夜になると、その夜は満月で、星がとても綺麗な夜だった。
ベランダから眺めた満月。
星が、やけに綺麗すぎて、月が少し黒ずんで見えた。
「‥‥‥‥‥」
泊まりに来た悠が眠った頃。
暁はベランダに立った。
コンクリートに裸足で、ひんやりとした。
「結婚記念日‥‥‥終わっちゃうな‥‥‥」
ぽつりと呟いた。
付き合った記念日、入籍した結婚記念日。
子供の出産予定日。
大切だった今日が、終わっていく‥‥‥‥。
「死んだら星になるって‥‥ほんと‥‥‥?」
《‥‥星にはならないよ‥‥‥?》
「礼蘭‥‥‥今日も‥‥愛してるよ‥‥‥」
《‥‥‥わたしも、愛してるよ‥‥‥》
「会いたいな‥‥‥夢‥‥‥出てきてくれる‥‥?」
会えるよ‥‥‥‥‥。
俯き、ベランダの外から窓を開けた。
「‥‥‥‥」
部屋の中が、なんだか見覚えのある雰囲気だった。
いつも温かかった、2人の愛が溢れた部屋だ。
礼蘭の香りをふんわりと感じた。
線香の匂いじゃない。
「‥‥‥‥‥なんか‥‥‥すげ‥‥‥っ‥‥懐か・・・しっ‥‥」
幻かもしれない、けれど微かにこの雰囲気は幸せだった頃の部屋に感じた。
また泣きそうになって、鼻を啜った。
暁‥‥‥‥
そばに行きたかった‥‥‥‥
ずっとずっと‥‥‥
愛してるって‥‥‥
私の想いは永遠だよって‥‥‥‥
暁をずっと‥‥愛し続けるよって‥‥‥
伝えにきたよ‥‥‥‥?
あの、礼蘭の骨箱と遺影のあった場所がやけにキラキラして目が眩んだ。見るたびに愛しくて切ないあの場所は、綺麗に無くなって、暁は戸惑った。
「っ‥‥‥はっ‥‥‥‥なんでっ‥‥‥」
俺は夢を見てるのか?礼蘭の骨箱も、遺影も、花も何もない。
ただそこだけキラキラしていて‥‥‥
そこだけ雰囲気がまた違って、足が動かない。
「‥‥‥れっ‥‥‥‥」
咄嗟に名を呼ぼうとした。
けれど、目を見開いた暁の背が温かかった。
「‥‥‥‥っ‥‥‥れ‥‥‥い‥‥‥‥?」
いつも感じた。小さな礼蘭が背に抱きつくと当たる場所。
腰に回ったこの感触は‥‥‥。
心が震えた。瞳に涙が溜まった。
とうとう俺は本当に狂ったのか‥‥‥。
こんな‥‥感覚を‥‥‥。
《暁の背中は‥‥‥大きいね‥‥‥いつもと一緒だ‥‥‥。》
「‥‥っ‥‥‥れい‥‥っ‥‥ひっっっぅ‥‥れい‥‥?」
狂っててもいい
このままいたい‥‥‥
声がする‥‥‥
一文一句覚えたDVDの中の礼蘭の声じゃなく‥‥
新しい‥‥声と言葉‥‥‥
「‥‥‥っ‥‥‥」
夢かもしれない‥‥だけど、
振り向かずには居られない‥‥‥。
身体を少し捻り後ろを見る。
少し腕を上げて腕の下から礼蘭を背に回った礼蘭を見る仕草。
あの眩しい‥‥大好きだった顔、瞳も全部‥‥‥。
《‥‥‥あきっ‥‥‥》
涙を弾かせて、ニコッと笑った、眩しい笑顔。
「れいっ‥‥‥‥っ‥‥」
ギュッと・・・形あるその身体を抱きしめた。
「礼蘭!!!!っ‥‥‥っ‥‥‥どこっ‥‥行ってたんだっ‥‥‥っっうぅっ‥‥俺はっ‥ずっとっ‥‥‥お前をっ‥‥‥
探してたんだぞっ‥っ‥‥‥」
《あき‥‥‥ごめんね‥‥‥寂しかったよね?》
膝から崩れ落ちて、礼蘭の腹にしがみついた。
ここにも大切な愛する人がいる‥‥
何度も顔を擦り付けて、その身体を抱きしめた。
俺はずっと‥‥長くて怖い夢を見ていたんだ‥‥
礼蘭は、俺の目の前にいる‥‥
抱きしめるこの手が、それを感じさせる。
温もりはない‥‥でも、確かに礼蘭がここにいる。
《‥‥‥あき‥‥‥いっぱい、私を‥探してくれてたんだね‥》
「あっ‥‥当たり前だろっ‥‥‥礼蘭っ‥‥‥礼蘭っ!!
離れるなんてっ‥‥‥あんまりだろっ‥‥‥
俺はっ‥‥‥お前が居ないとっ‥‥生きてっ‥‥いけなぃっ‥‥」
声を上げて、たくさん泣いた。
礼蘭は微笑んでいた。
暁の頭を抱き締めて、その思いを受け止める。
《あきに愛されて‥‥私‥‥世界で一番、幸せだよ‥‥
ほんとに幸せ‥‥‥暁は‥‥私の‥‥‥》
輝く礼蘭は、暁の頬に手を当てて、額をくっつけた。
《私の‥‥生涯‥そのもの‥‥全部暁のものだよ‥?
私の全部‥‥暁のもの‥‥‥
ねぇ‥‥あきら‥‥‥
ずっとずっと‥‥愛してるからね‥‥‥》
その笑顔が、その言葉が、少し怖くなって暁は瞳を震わせた。
頬をつたう涙が、止まらない。
「礼蘭‥‥‥っ‥‥」
《あき‥‥あいしてる‥‥》
礼蘭が一言〝あいしてる〟と呟いた。
礼蘭の使っていたエプロンが消えた。
《あいしてる‥‥‥》
その身体を抱きしめる。力強く‥‥思いを込めて‥‥。
礼蘭のメイク道具が消えた。
《あき‥‥永遠に‥‥あいしてるよ‥》
続く礼蘭の言葉で、礼蘭と、暁の思い出の品物は姿を消していく‥‥‥
「っれい‥‥‥?」
暁は、その異変に気付き、礼蘭をギュと抱きしめた。
不安と恐怖が押し寄せた。
とうとう、その部屋の2人の写真が消えていた。
「っれい‥‥‥ぉいっ‥‥礼蘭っ‥‥‥なんで消えっ‥‥消えてくのっ‥‥なぁっ!!」
暁の頬を伝う涙。礼蘭は涙を流しながら微笑んだ。
さよならは、言いたくない‥‥‥。
愛してるとだけ、伝えていたい。
思い出の数だけ、暁がこれまで伝えてくれた分だけ、いや、それ以上の愛してるを‥‥。
「やめっ‥‥‥やめろって‥‥‥消すなっ‥‥‥いやだっ‥‥‥なぁ!!!!礼蘭ぁ!!!!」
暁は、立ち上がり礼蘭を抱きしめた。
この腕にすっぽりと収まる礼蘭。
この感覚が、いつも大好きで愛しかった。
それなのに、今‥‥
今までで1番‥‥‥悲しい‥‥‥‥
礼蘭が、暁を見上げてとびきりの笑顔と愛をこぼす。
《愛してるよ‥‥‥暁‥‥‥》
真っ直ぐ見つめられて、けれどその究極の重く深い愛の言葉に、暁は顔を涙で歪ませた。
言いたいのに‥‥‥
怖くて言えない‥‥‥
「っわかっ‥‥‥分かってるっ‥‥‥なぁぁっ‥‥‥やめてって‥‥消えないでっ‥俺も一緒にっ‥‥‥
なぁぁ礼蘭ぁ‥‥っ‥‥‥
消えないでっっ‥‥‥‥‥っお前を‥忘れたくないっ!!」
《‥‥‥‥愛してる‥‥‥‥私の大切な‥‥暁‥‥‥‥》
礼蘭の唇が、暁の唇に重なった。魔法にかかったようだった。
星のように淡い光を放つ礼蘭とのキス・・・・。
ただその震えた睫毛を、涙を流して見ているしか出来なかった。
なあ、礼蘭‥‥‥‥
お前の‥‥愛してると言う言葉が‥‥‥
こんなに、悲しいと‥‥
思った事は‥‥一度もなかった‥‥‥‥
今、とても‥‥‥
とても‥‥‥悲しい‥‥‥‥
お前を失った事、お前を愛し、焦がれ‥‥泣いた日々を‥‥
もっと俺が強く生きられたなら‥‥‥
お前が、こんな風に‥‥俺に
さよならの代わりに、愛してると伝える事はなかっただろう‥‥‥
なあ、礼蘭‥‥‥‥
俺は‥‥‥永遠に‥‥‥‥
お前を‥‥‥
あいしてる‥‥‥‥。
生涯、ずっと‥‥‥お前を‥‥‥
あいし‥‥‥‥て‥‥‥る‥‥‥‥‥。
日付が変わる瞬間、暁は涙をこぼして眠りに落ちた。
この世から、星河 礼蘭、如月 礼蘭と言う人間の存在が消えた。
彼女が、星河夫婦の長女として産まれた事実はなく、戸籍もない。
如月 暁と言う人間の幼馴染として生きて居た人間は存在ない。
あの日の事故も、単独事故で運転手は死に、助かったあの女の子は変わらず生きてゆく‥‥。
礼蘭は、この世に存在しない者となった。
すべてが消え去り、それを不思議に思う人は誰1人居ない。
誰も、礼蘭を知らない世界と変わったのだった。
たった1人、愛する運命の番(つがい)のために‥‥
願ったのは、自分の存在がこの世から消えること‥‥‥。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説

真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる