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月の記憶 〜待ち遠しい日まで〜

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 ‥‥礼蘭はとても綺麗だった。


 生涯見てきた中で、1番輝いていた‥‥


「俺‥‥まじで、やばいかも‥‥」

「え?」


「幸せすぎて怖い‥‥‥」


「あの、如月様‥‥どうか、お立ちに‥‥」

 ここは、この土地で有名な教会の結婚式場。
 ウェディングドレスを選びに、暁と礼蘭は訪れていた。


「もお暁!何着てもそれだからわかんない!」
「だって礼蘭、まじ天使。」

 何着か着てみせても、暁は礼蘭のドレス姿に鼻血が出そうなほど喜び楽しみ目を眩ませていた。


「最初のから最後までもぉ恥ずかしかったよ!」
「しょーがねぇよ。俺の嫁最強、まじ天使ちゃん。」

 鏡の前の礼蘭に寄り添い鏡越しで2人は見つめ合った。
「ほら、ちょーきれい‥‥。」
 綺麗な瞳と、格好いい暁に改めてそう言われて礼蘭は頬を赤くした。

「もっ‥‥‥褒めすぎっ‥‥次あきのね!!!タキシード!日が暮れちゃう!」

 恥ずかしくて空気を変えたかった。着替えに戻った礼蘭の背を見送り、暁は幸せに頬を緩めた。


 入籍を前に暁は結婚式場探しから念入りだった。
 もうすぐ入籍する予定の8月10日。

 早々に結婚式場を決めて、最高の結婚式を礼蘭と挙げたかった。

 結婚はゴールじゃなくて、スタートだと言うが‥‥


 俺達は生まれた時からスタートして、結婚で一度ゴールして、また第二の2人のスタートが始まる。


 俺達はまたここから夫婦として始まる。



 この世で最も大切な人が人生のパートナーになり、
 いつか子供も産まれたら俺の人生はもう、何も要らない。



 想像するだけで、ハートが飛んでいきそうだ。


 式場からの帰り道、手を繋いで歩く。
 何度こうして手を繋いで歩いたんだろう。


 いつか、俺達の間に子供がいて、3人で手を繋いで歩く日もくるだろう。

 2つの影が、3つになる。いや4つになるかも。


 なんて、浮かれた心は日に日に膨らんでいく。


 楽しい‥‥嬉しい‥‥待ち遠しい‥‥。



 新しい新居も探し始めた。今の部屋は2人用だから。
 心機一転、また一から2人の巣を作りたい。




「如月くぅん。もお結婚するってほんとぉ?あたしまだ歓迎会でしか如月君と飲みに行けてないんだけどぉ。」
 職場の病院で、絡まれたのは一つ先輩の女性看護師。

「そうでしたっけ?てかすいません、記憶にないっす」
「ひどぉ~‥‥てかその日もすぐ帰ったよねぇ?今度さぁ飲み行くけど行かない?」
「行かねっす‥。俺今超忙しいんすよ。結婚式の打ち合わせとか。新居も探してるんで。」

「えぇ~どこどこ?どの辺?」
「いや、言わねぇっす。てか、嫁との新居なんでやめてください。」

 すっぱりとその先輩の誘いを断った。


 この人はしつけーんだよな。小さくて割と顔がいいって言われてるらしいけど、あざとなんとかってヤツだ。


 全然興味ねぇけど。新人漁んなよ。てめぇも新人に毛が生えたもんだろ。


「綾、如月君と飲みに行きたいなぁ~。」
「いや、行かねっす‥‥てか、そろそろ回診来ますよ?バイタル早く行かなくていいんすか?てか部屋持ちの人点滴ありますよね?」
「えぇ~綾の部屋の事超知ってるじゃん。意識してた?」
「いや、俺まだ新人なんで色んな病室の患者さんの見たいだけなんすよ。」
「とか言って~綾が点滴の指導してあげよっか?」
「いや、プリセプ居るんで大丈夫です。てか頼まないっす。」
「ひどぉ~‥‥」
「じゃあ俺プリセプの所行くんで。」


 こーゆうやつは早めに切り上げたい。
 俺のプリセプターは男で良かったと本気で思っている。

「あ、宮木さん。宜しくお願いします。」
「ああ如月くん、おはよ。じゃあ担当部屋の挨拶とバイタル測りに行こっか。点滴ある人居るから準備しよ。」
「はい、宜しくお願いします。」


 宮木さんは、物腰の柔らかい眼鏡がよく似合う男性だった。
 看護師5年目の彼は教え方も上手くて、わかりやすい。
 彼は背が低いのがコンプレックスで、よく俺と並んで歩くと恥ずかしいなんて漏らすが、決してそんなことはない。
 優しそうだし、優秀で勤めていく中で込み入った話になる事もある。俺の結婚に驚きながらも話を聞いて祝福してくれた。

 女性が多い職種だが、父親を見ていたし、勤めた科に男性が居たのも幸運だ。俺は新人だが、大それた夢はない。親が看護師だったから看護師の道を進んだと言っても過言ではない。誰かを救えるような立派な人間になるだなんて、新人にありがちな夢を抱いたりしない。覚えるだけで手がいっぱいな中に、患者さんに少しでも安心して貰えれば幸い。
 新人の注射の恐ろしさは双方にある。

 だから少しでもいいから、仕事を確実に覚えていきたい。

 幸い覚えが早いと言ってもらえるだけでもはなまるを自分にあげたい。


 そして、疲れた心身は家で帰りを待っている人に会って、
 抱きしめ合って1日が終わる。


「礼蘭~?」
「はーい。」
 礼蘭の実家のカフェ。エプロン姿の礼蘭が父の礼司に呼ばれた。
「洗い物お願いしていい?あと、チーズケーキそろそろ少なくなったから、補充しなきゃ。作れる?」
「OK!まかせて!」

 白いシャツの袖を捲って、シンクに溜まったコーヒーカップの山を見た。

「うわぁ、今日なんか忙しいねー」
 礼司は嬉しいやらつらいやらで笑った。
「そうなんだよ~。まぁありがたい事だ。頼むね。」
「はいはい~!」

 スポンジに洗剤をつけてカップを1つ持ち上げた。

「‥‥‥‥‥?」
 礼蘭はカップを洗いながら湧き上がるたくさんの臭いに首を傾げた。

 コーヒーの匂いは嗅ぎ慣れているのに、洗剤と混ざり、軽食で出している礼司特製のナポリタンの匂いが混ざり、眉を顰めた。

 それでも、黙々と洗い物を続けた。

 洗い物が終わったら、チーズケーキだ。
 慣れた手つきでチーズケーキを作っていく。

 そこでも、なんとなく胃の調子が悪いのかなんだか今日は調子が悪い。


「最近式場見に行ったり新居探したり忙しかったからかな‥‥‥。暁がいっぱい詰め込むから‥‥。」
 そう独り言を呟いて笑った。


 休みの日の暁はとてもパワフルだ。あんな元気はどこから来るのだろう。

 月に3回くらい夜勤もやる。でも明けで帰ってきた暁はテンション上げ上げでそのまま行動する。

 こちらがどんなに心配しても、どうやらそういう傾向が看護師あるあるのようだ。そして、突然糸が切れる様に寝始める。そんな所も愛おしい。

 寝ても覚めても一緒なはずなのに、彼の一分一秒はいつも自分に注がれているのを感じる。


 暁のお嫁さんになるまであと3日。


 入籍した日はきっと両家で泣き笑いお祝いをするのだろう。
 プロポーズされた時でも大騒ぎだった。

 でもみんな幸せそうで、自分の幸せが周りに繋がる様でとても嬉しかった。



「‥‥‥ふぅ‥‥‥やけたぁ‥‥‥。」

 出来のいいチーズケーキを見て満足げに笑った。



 私はすごく幸せだよ。暁のおかげ‥‥


 生まれた時から、物心ついた時から、暁と一緒で‥‥。

 1番そばにいてくれた。


 誰よりも大事にしてくれる。



 暁の為にご飯を作るのも、お洗濯をするのも‥‥


 いつも些細な事でもありがとうと言ってくれる。


 小さな事でも、ありがとうと、愛してるを欠かさない。


 もしも私達に倦怠期というものが訪れて、


 口も聞きたくないって思っても‥‥‥。



 きっと、私は暁の顔を見たら、胸が苦しくなって


 すぐに白旗を上げてしまうかもしれない。



 そんな未来もひょっとしたらあるしれないけれど、


 私達はきっと‥‥‥自分達以上の愛と信頼を知らないから。



 暁がもし私以外の誰かに心を動かされる事があったなら、


 私はその事実を信じられるかわからない。




 暁に言ったらきっと、バカ言うなって真剣に怒ると思っているから、一生口にすることはないだろう。


 それくらい、毎日暁の愛を感じ続けている。


 朝起きた時も、夜眠る時も‥‥。

 暁の愛は、全力で真っ直ぐで目を逸せない。



 私は暁が居てくれたら、きっとずっと幸せだ。




「今日はもうあがっていいよ?礼蘭お疲れ様。
 夕ご飯作るんだろ?お店混まないうちに帰りなさい。」
「ありがとパパ。じゃあ帰るね!また明日ねー!」


 自分の部屋で制服から私服に着替えて、家の玄関から自宅へと歩いた。


「今日は何作ろうかなぁ~。10日は豪華にしようって言ってたし、ちょっとヘルシー料理にしておくかぁ~‥


 ウェディングドレスのためもあるしっ。」
 そう言ってにこっと笑った。

 すれ違う人と目が合って、少し頬を染めて俯いた。

 外での独り言は控えなきゃ、なんて思っていた矢先の事だった。


 夕方の帰り道。赤いランドセルと黒いランドセルを背負った2人が横断歩道を渡ろうとしている。
「昔の私達みたい‥‥。」

 その2人を横目に見て微笑んだ。

「ああやって‥‥何にも分からなくても、手を繋いで歩いてたっけ‥‥懐かしいな‥‥。」


 実家にある小学校入学式の写真。
 2人ランドセルを見せ振り返り、笑顔の写真がある。

 幼稚園から小学校へ。その世界はまだその頃は大きくて、
 暁と離れるのが怖かった。


 でも、暁はいつも一緒に居てくれて、手を引いてくれた。


「あ~‥‥私は暁に似た男の子が欲しいなぁ~‥‥。」


 いつか訪れてくれると願う。2人の子供。

 暁が暁に似た子を抱く姿はきっと、この世で1番眩しいかもしれない。



「‥‥‥‥っ‥‥‥う‥‥‥。」

 道路を走るトラックの排気ガスが流れてきて思わず口元を押さえた。

「はぁっ‥‥‥早く材料買って帰らなくちゃ‥‥。」

 足早にその場を離れ、馴染みのスーパーに入った。
 買い物カートを押しながら、色々メニューを考える。


 巡り巡って、ふと果物コーナーにやってくると、果物の匂いがとてもいい匂いだと感じた。


「‥‥‥‥ん?」

 思わずハッとして、この匂いと気持ちの変化に違和感を感じる。

 指折り数えるのは、月経の周期だ。

「あれ‥‥‥‥そういや‥‥‥。」

 忙しくて忘れていたその周期に、礼蘭はハッと両手で口を覆った。



 待って!ひょっとして!!!



 礼蘭は、早々と買い物を済ませてドラッグストアに向かったのだった。


 暁が帰ってくるまで、あと少し。
 礼蘭はドラッグストアで購入した物と睨めっこしていた。
 説明書とキョロキョロ見合わせた。


「あ‥‥‥なんだぁ‥‥‥違ったか‥‥‥‥。願望強すぎたかも‥‥‥。」


 礼蘭は、紙袋にそれを丁寧に包んで、ゴミ袋の奥に少し落ち込んだ気持ちと一緒に埋め込んだ。

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