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閉じた瞼の向こう
しおりを挟む少し遅く目覚めた朝。リリィベルの長い睫毛が震えた。
「おはよ‥‥」
「‥‥テオ‥‥」
見上げた先、いつものように微笑んでいる愛しい人がいた。
瞬きを繰り返した。夢か現かぼーっとした瞳でその顔を見つめた。
「‥‥‥現実‥‥ですよね‥‥?」
「現実だ‥‥どうしてそんなこと聞くんだ?」
「‥‥‥‥夢を‥‥見ていたようです‥‥。変なことを言ってしまいましたね‥‥。嬉しいです‥‥。」
リリィベルが、テオドールの胸に擦り寄った。
トクトクと鼓動が聞こえる。現実だ。
現実・・・・。
「リリィ、俺はお前を離さない・・・。この先、何があっても・・・。だから、心配しなくていい。」
抱きしめてくれたテオドールは、そう優しく呟いた。
「・・・・・・はい・・・・。」
リリィベルは、テオドールの胸に顔を隠して返事を返した。
生きている限りは・・・・。
その言葉は口にすることは恐ろしくて出来なかった。そんな言葉を口にしてしまったら、
テオドールがどれほど悲しい顔をするだろう・・・。
どんなに・・・苦しむだろう・・・。
「・・・・お腹がすきませんか・・・?」
「ふっ・・・空いたか?」
「ふふっ・・・はい・・・・。」
お腹が空くのは、生きている証だ。
昨夜はあまり口にできなくて、どんな感情であっても体はちゃんと合図をくれる。
「じゃあ、今日は二人で遅めの朝食だ。な?」
そういったテオドールの微笑みは、とても眩しくて、クラクラしそうだ。
私は、生きている・・・。この場所で、あなたの隣で・・・・。
ベッドサイドのベルを鳴らすと、ベリーとカタリナが部屋にやってきた。
質のいいカーテンが開かれる。窓の外は曇っていて綺麗ではなかった。
それでも窓の外を見る。少しひんやりとした空気を感じだ。
「こーら。冷えるだろうが。」
テオドールが、窓際に立ったリリィベルの体を両腕で包み込んだ。
「・・・ごめんなさい。今日は曇っていますね・・・。」
「・・・そう、だな?」
テオドールは外を見てそう言った。
晴れていれば、いい天気だなと言った。なぜ曇った事をわざわざ口にしたのだろう。
少し疑問に思って、流した答えだった。
テオドールは、リリィベルを包んで、恐怖も何もかもを隠すように窓に映った顔を見て微笑んだ。
「晴れていたら・・・よかったな?」
「・・・はい・・・。」
テオドールに少し笑みを返して、回された腕をぎゅっと掴んだ。
元気な振りはしなかった。いつもなら心配をかけたくないって思う。
きっと彼は、そんな私を陰ながら心を痛めるだろう。
そして、いつも以上に愛してくれる。
隠せない動揺と、面と向かって私を見ていて欲しかった。
欲張りな私は、あなたのすべてを欲しがっている。
あなたのすべてを、私に注いで欲しかった。
私もすべてで、あなたを愛すから・・・。
あなたの目に多く映りたいと・・・。そう願っていた。
遅めの朝食を食べた後、テオドールはいつも以上におしゃべりで、とても優しかった。
どこにも行かずに、そばにいてくれた。
一晩中抱きしめて眠ってくれた事も、今もこうして体に触れて私を安心させるように寄り添ってくれる。
試しているわけじゃない。一秒でも多くあなたの目に映りたい。
私の心を支配するのは、そんな心だった。
やがて、私室にマーガレットがやってきた。建国祭からすでに日も経っていよいよ本格的に結婚式の話で、リリィベルの心を慰めようとしていた。楽しい未来が待っている。
3人で進める話はとても楽しかったし、テオドールの笑った顔がたくさん見られた。
それだけで、少しずつ心に花が咲いていく。
私はうまく笑えているだろうか・・・・。
一方で、皇帝の執務室ではオリヴァーとロスウェルが向き合っていた。
「・・・・昨日は、失礼いたしました。」
「もうやめろ。お前にそう来られるとなんだか気色悪い。」
畏まったロスウェルを前にオリヴァーは煙たそうな顔で答えた。
だが、それもロスウェルを心配してのことだった。
昨日のロスウェルの涙が忘れられない。けれど、今向き合ったロスウェルは吹っ切れた顔をしていた。
ロスウェルは、1人掛けのソファーに座っているオリヴァーの隣に膝をつき、肘掛けにおいたオリヴァーの手に両手を重ねた。
「なんだよっ・・・。」
びっくりしたオリヴァーは反射的に手を放そうとした。だが、しっかりとロスウェルの手はオリヴァーの手を掴み離さない。
「私たちの仲ではありませんか・・・。」
「どんな仲だよっ!お前とこんな熱く手を握る仲じゃないぞ!」
キラキラとロスウェルの瞳に星が光るようだった。まるで恋でもしているかのような瞳で、オリヴァーの体は仰け反った。
「・・・約束しましたよね?」
「あ?」
「必ず、あなたの元へ戻りますって・・・・。」
「・・・・・・・・」
その言葉にオリヴァーは、複雑な表情を浮かべた。
ロスウェルはの表情は一転し悔し気に歪むと、オリヴァーの手に掴む自分の手に額を乗せた。
「・・・どうか、また・・・あなたの魔術師になりたいです・・・・。」
「・・・・おい。」
焦ったようにオリヴァーはロスウェルの肩に空いた片手を当てた。
「・・・私はこの髪色も望みません。最高位の魔術師・・・それも時には必要でしょう。
貴方方を守るためなら・・・私はどんな事でも致します・・・。
でも・・・私の一番望みは、皇族に仕えるこれまでの魔術師です・・・。
それ以上は何もいらない・・・。大公のお話も・・・本当なら必要ありません。
けれど、それが役に立つのであれば、謹んでお受けいたします。
でも、私はずっと、貴方を主とする魔術師です。ただ・・・それだけでいいのです・・・・。」
「・・・ロスウェル・・・。」
小さな頃からずっと一緒だった。少し変わった従事?友達?親友・・・いや、家族・・・?
ロスウェルは、オリヴァーの人生に欠かせない人物だった。
「・・・昨夜、殿下にも言っていただけました。もう一度血縁のように契約しようと・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「どんなにうれしかった事か・・・・。家族のようだと言われたも同然にうれしかったのです。」
黙っているオリヴァーに、ロスウェルは顔を上げて告げた。
「もう一度・・・・私を、貴方に仕える魔術師にさせてください・・・・。」
とても切実な言葉だった。何にも負けない魔術師ロスウェルは制限されるのにも関わらず、
あの日契約を外した時に言ってくれたように膝をついて願いを口にした。
オリヴァーは、胸が苦しかった。あの時、どんなに心細かったか・・・。
あれは、家族が一人減ってしまったような事だった。それぐらい胸が痛んだ。
「あぁ・・・・お前は、ずっと・・・俺に属する魔術師だ。ロスウェル・イーブス・・・・。
私のために、私の愛する家族を守るために・・・私に仕えてくれ。」
「はい・・・っ・・・皇帝陛下・・・・・。」
ロスウェルの瞳にじんわりと涙が浮かぶ。なんとか流れないように固く瞳を閉じた。
噛みしめるようにその言葉を受け止めた。
「・・・あの・・・は、ハリーくん・・・。」
「なんすか?」
魔塔の一室で、本を読んでいたハリーにレオンは勇気を出して声をかけた。
レオンの声に、顔も上げずにハリーはいつものように素っ気ない返事をした。
レオンは、どぎまぎしながら、ハリーをちらちらと見て言葉を探した。
「・・・君は・・・その・・・どんな魔術が得意なの・・・・?」
「・・・・まぁ・・・・一通りなんでもできるようになりましたけど、殿下と研究した魔術が今は一番得意すかね・・・。」
「えっ?研究?」
レオンは少し前のめりに声を上げた。
ハリーと言えば、その食いついたレオンに、うざ、うるさっと言葉にしそうな顔をした。
その光景を、やっと手の空いた帝国の魔術師ドラやフルー、ピアが遠くから見ていた。
「けっ・・研究ってなに?殿下は魔術にも詳しいの?君は・・・それはっどんな魔術なの?」
「・・・・・・・。」
ハリーは怪訝な顔でレオンを見た。反発するように口を開く。
「あのぉ、ポリセイオから突然きた魔術師に教えられる訳ねぇです。それにぃ、俺はこの事件で殿下とリリィベル様の身に起きたことはあんたらのせいだとすげー思ってますから。」
「あ・・・・うん・・・それは・・・よくわかってるよ・・・。」
レオンは一番胸に刺さる事を指摘され悲し気に俯いた。
その顔に少し心が痛んだけれど、ハリーは曲げられなかった。
「そちらの王妃様と皇帝陛下とのやり取りは最初から俺が聞いてましたけど、気の毒だとは思いますけど・・・。殿下とリリィベル様には関係ねぇんで・・・。貴方の命は助かってよかったと思ってますけど・・・お二人が苦しんでる姿は、頭混乱するほど嫌なんすよね。気持ち悪いっていうか・・・。
月と星が消えるくらい気色悪いんすよ。ポリセイオの人にはわかんねぇっすよね?」
「あっ・・・いや!それはとってもわかるよ!!・・・レティーシャもそう思ってる・・・・。
あの方達は・・・すごく特別なんだ・・・・。」
ハリーに共感するようにレオンも必死に訴えた。
「へぇ・・・さすが、その髪色くらいになるとわかるんすね。よかったです。わかってくれて。
だから、殿下が許可しないと、俺は俺と殿下が作った魔術をあなたに教える気はねぇです。」
ふんっとハリーは顔を背けた。
「・・・そっか・・・でも・・・・。」
レオンは冷たい言葉を浴びせられた。けれど俯いて長い髪に隠された表情は、胸が温まるほどの笑みが浮かんでいた。
息子は、自分で魔術を生み出すほどの研究心と力を持ち、とても信頼する人に仕えていると自信に溢れていた。
そして、テオドールとリリィベルに隠された煌びやかで儚いあの光を見抜いている・・・。
「おいおいそんなにいじめんなよ。これからはお前らはレオンを含めて大公家として臨時で爵位授与式を特別にやるんだぞ。ギスギスすんなハリー。」
「あっ殿下!!こんなところにきて何してんすか!!リリィベル様についてなくていいんすか!?」
ハリーは怒ったように皇帝の部屋の扉から現れたテオドールを見て声を荒げた。
「あんだよ、来た早々。リリィなら母上と一緒にいるって。少しなら平気だ。とりあえず色々やることも言うこともあんだよ。」
少し疲れた顔で、綺麗な銀髪をくしゃくしゃと掻いた。
ハリーは不服そうな顔でテオドールを見つめた。
「そんな皇后陛下といるだけじゃリリィベル様のお心はっ、まだ殿下が・・・。」
「あのなぁ、そんな事お前に言われなくたってわかってるよ。だからとっととロスウェル呼んで来いよ。
そう思うんだったら一秒でも早くやっちおうぜ。お前も父親にそんな口聞いてんじゃねぇよ。可哀そうだろうが。いじめんなよ。」
「は・・・・・・・・・。」
ぽかんとハリーの時が止まる。ビクっと体を震わせたレオンがハリーの後ろに見えた。
何の気になしに、帝国の皇太子は爆弾を投下した。
「だぁからぁ・・・・。」
「ちょっ・・殿下っ!!!」
レオンが慌ててテオドールに駆け寄った。
テオドールは、気だるげにレオンの顔を見た。
「レオンもなぁ、慎重になるのもわかるが、はっきりさしてスッキリさせようぜ。
お前何のために此処まで来たんだよ。ハリーの顔を見に来たのだって理由の一つだろ?
このままじゃ言わねぇままになるし、いつレティーシャ王妃に顔見せてやれるんだよ。」
「でっ・・・ですが・・・・。」
レオンは、今しがたハリーに怒りをぶつけられたのだ。
はっきりと信用できない。と、テオドールとリリィベルの怒りは自分の怒りだと言わんばかりの思いだ。
先ほどの言葉が駆け巡ってレオンは部屋の隅っこで身を屈めた。
「・・・ちょっと・・・時間くださいっ・・・・。」
「は・・・・・?」
ハリーの時は、「は」のまま時が止まっている。衝撃過ぎて言葉が「は」から進まない。
「んまー・・・そういう事だから、お前らも知っておいてよかっただろ?ハリーの親父だ。
気ぃ使わなくていいぞ。ポリセイオに居たってだけで、身内だかんな。」
ほかの3人に向かってテオドールはそう言った。
「「「・・・・・」」」
逆にすごい気を遣う。特に今告げられたハリーに・・・・・。
3人はそう思った。
魔塔のソファーにテオドールはドンっと腰を下ろした。
「おぉら早くロスウェル呼べよ誰かぁ!」
「「「・・・・・・・」」」
誰か、うちの皇太子を止められる奴を呼んできてくれないか。
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