200 / 240
宣言
しおりを挟む
ギシギシと、階段の音を立てて声の主は現れた。
「‥‥殿下‥‥。」
ロスウェルは、目を見開いたまま涙を流していた。
目の前に立ったテオドールは、真剣な眼差しでロスウェルを見つめた。
「お前が仕える皇帝陛下の言葉も聞かずに、お前は何してる。」
ハッと‥ロスウェルは握られまた両手の主を見た。
手の主オリヴァーは、悲しそうにロスウェルを見つめていた。
テオドールは皇族席から処刑場の様子をただ見下ろした。
血で濁ったマジョリカブルーの髪が床にへばりつき、
血肉が飛び散り帝国民達の怯えた姿が見える。
テオドールは、全てを知りここへ来た。
テオドールがリリィベルと城の私室で時を過ごしていた。
外で行われる事を終わりを、ただ待っていた。
ライリーの前に姿を晒す事も、リリィベルから離れる気もなかった。
ライリーの処刑執行時間は午前10時。
だがその時間を前に、突然ハリーが透明なモヤからゆらりと姿を表した。
「無礼をお許しください。殿下。リリィベル様。」
悔しげな顔をしてハリーが2人の目の前に現れた。
10時まであと3分というところか‥‥。
その妙な現れ方にテオドールは眉間に皺を寄せたのだった。
そして、知った。
ライリーの悪足掻き。ハリーから聞かされた。
リリィベルを呪う呪術が行われそうになり、断頭台を前にライリーの首を落としたと。
僅か2分前の出来事。
ハリーはロスウェルの異常な魔術に当てられ密かに処刑場の転移しありのままを見てきた。
怒り狂ったロスウェルが、皇帝の言葉も聞き入れずすでに事切れたライリーを粉々にしようとしていると。
聞いた瞬間は、底知れぬ怒りが込み上げた。
リリィベルは、口元を押さえてその身体を震わせた。
その身体を抱きしめて、テオドールはギュッと瞳を閉じた。
「殿下‥‥‥ロスウェル様を止めてくださいっ‥‥‥。」
床に膝をついて、ハリーは涙ぐみ頭を下げた。
ライリーが建国祭に現れてから、ロスウェルの心は深く傷付いていた。何にも負けないその魔術。
ライリーの魔術を打ち破り、平和を取り戻したはずだった。
ロスウェルにとって、オリヴァーとテオドールは何より大切な存在だった。
だからこそ、死と引き換えに呪術を行われる所だった場に居合わせて、ロスウェルの怒りと屈辱は頂点に達した。
ハリーは遠く離れた帝国の広場からでも、ビシビシと身体が痛む程のロスウェルの怒りが感じ取れて恐ろしかった。
「‥‥‥‥‥‥ハリー‥‥大丈夫だ。俺を広場まで連れて行け‥‥‥。リリィ、お前をおいてはいかない。馬車があるから、そこに居てくれるか?」
「‥‥‥‥‥。」
リリィベルは何も答えられなかった。けれど、テオドールの腕を掴み涙ぐむ瞳を閉じた。
ハリーは、スッとテオドールの肩に手を置いた。
その悲しげな手に、テオドールはむしろ冷静さを覚えた。
そして、目の前にしたロスウェル。
ロスウェルからこぼれ落ちる涙。テオドールはその真剣な眼差しと言葉でロスウェルを静止した。
「‥‥‥‥殿下‥‥‥‥」
ロスウェルが震えながらテオドールを呼んだ。
「まだ罪人がいるんだ。予定を狂わせるな。
皇帝陛下。続きを‥‥‥。処刑後は、私が後を引き受けます。私はハリーとリリィと、陛下の馬車に居りますので、お呼びください。」
テオドールに軽く支えられ、体勢を立て直したオリヴァーが、その悲しみをグッと堪えて深呼吸をした。
「あぁ‥‥わかった。お前が来てくれてよかった。」
「とんでもございません‥‥ロスウェル、お前は俺と来るんだ。」
その瞳と言葉で、ロスウェルは俯きスタスタとその場を離れるテオドールの後を追って下がった。
「‥‥‥兵士達よ、処刑の再開だ。直ちに連れて参れ。」
オリヴァーは、冷静さを取り戻し処刑を再開した。
オリヴァーが乗ってきた馬車の中、リリィベルとハリーが待機していた。テオドールが馬車に乗り込むと、リリィベルは瞳を震わせてテオドールの首に手を回し抱き付いた。
「心配要らない。リリィ‥‥大丈夫だ。」
「‥‥‥テオ‥‥‥。」
「‥‥‥‥‥‥。」
馬車に乗ることが出来ず、ロスウェルは悲痛な瞳で、馬車の窓から2人の姿を見ていた。
身を寄せ合うその2人を目の前に、己の持つ力が信じられなくなっていた。
あと少し首を落とすのが遅かったら‥‥‥。
この光景は、死人となった愛する者を抱き締める地獄絵図と化したかもしれない。
テオドールの顔を見て、正気に戻れたのは‥‥‥
その顔が涙で歪んでいないからだった。
この役立たずと‥‥‥涙に顔を濡らして居たならば‥‥‥
この首に剣を刺していた。
死んで詫びるつもりはないと、あの日誓った。
だが、それはリリィベルが無事でいてくれたからだ。
必ず守ると‥‥‥何度も誓ったのに‥‥‥。
「おい‥‥‥早く乗れ、扉が開いてたらさみーんだよ。」
馬車の中でからテオドールがロスウェルに声を掛けた。
ハリーも心配そうにロスウェルを見ていた。
「いえ‥‥‥私はここで‥‥‥。」
指をパチンと鳴らして、扉を閉めて3人が乗る馬車に結界魔術を施した。
その様子をただテオドールが見つめる。
罪を犯した罪人の様な顔のロスウェルに、次第と腹が立っていた。
「‥‥‥そうしてたいならそうしろ‥‥‥。処刑が済んだら知らせろ。そして俺に着いてくるんだ。」
「‥‥畏まりました‥‥‥。」
いつものロスウェルは、此処には居ない。
魂が抜けた様に、ロスウェルが3人を守る様に馬車の扉の前に立って背を向けていた。
それから数十分経った頃、異様な空気の中最後の処刑が終わった。
「‥‥‥殿下、最後の罪人の執行が終わりました‥‥。」
「分かった。ハリー‥‥此処でリリィを守っていろ。
すぐに戻る。」
「はい、殿下。」
ハリーが畏って瞳を閉じた。
テオドールはリリィベルの頬を優しく包み込み微笑んだ。
「リリィ、ハリーと此処で待ってろ。あそこはお前が見られる状態じゃないからな。すぐ戻ってくるから、ハリーと此処で待っててくれ。わかったか‥‥?」
テオドールの笑み見てもリリィベルの表情は優れなかった。
けれど、コクンと頷き身体を離した。
「いい子だ‥‥。」
リリィベルの額に口付けすると、テオドールは馬車を降りた。
背を向けていたロスウェルは、テオドールを前に頭を下げた。
「‥‥‥なぜ‥‥私を‥‥‥。」
戸惑いながら、問いかけた。だがテオドールはロスウェルを見る事なくまた、歩き出した。
「2度も言わないとわからないのか。黙ってついてこい。」
「‥‥‥はい‥‥。」
さほど遠くない処刑場の皇族席、少し疲れた顔のオリヴァーが居た。テオドールとロスウェルを見て軽く笑みを浮かべた。
「陛下、お疲れ様でした。そして、感謝しております‥。」
テオドールが綺麗な姿勢でお辞儀をした。
「我が婚約者は無事で御座います‥。力を尽くして頂きありがとう御座いました。」
「‥‥そうか‥‥」
どんなに傷付くだろうと身構えていたが、テオドールが此処にきた時点で既に知っていたのだと知り、オリヴァーは眉を下げた。
「レオンもご苦労だったな。お前も俺と一緒に来い。」
「えっ‥あ、‥‥はい‥‥‥」
オリヴァーの少し後ろで控えていたレオンは少し驚き、訳が分からず間の抜けた返事をした。
皇族席の壇上にテオドールがロスウェルとレオンを連れてその場に立った。
帝国民達は、様々な顔をしていた。
罪人の執行を見届け険しい顔をしている者。
残虐な光景に恐れる者。
涙しながら寄りそう者。
処刑の光景を楽しげに見届けた者。
人は様々な感情と顔で、皇太子を見ていた。
「アレキサンドライトの帝国民達よ。皇帝陛下が既に執行したこの処刑は、我が帝国を脅かした事、我が婚約者リリィベルへの害をなした者達の末路。
それがどんなに残酷であろうとも、弁明の余地もない罪である。
罪人ライリー・ヘイドンは、この断頭台で首を切られる前にまた罪を犯した。
それをいち早く察した、我が帝国の魔術師。
私は今日宣言する。私の後ろに控える魔術師ロスウェル・イーブスのこれまでの功績を称え
ロスウェル・イーブスに帝国の大公位を授ける。」
「!!!」
ロスウェルは、俯いていた顔を上げた。
「このロスウェル・イーブスは長年皇族に筆頭魔術師として影ながら私達を支え、帝国の為に尽力してくれた。
そして今日も、我が婚約者を守る為、私の代わりに力を振るった。
私の婚約者に呪いが掛けられる所だった。
皆、呪いとはただの戯言だと思うだろう。
だが‥‥私はどんな呪いの言葉も許さない。
私を小さな頃から見守ってくれたロスウェル・イーブスは、
私の意思を汲んでくれた。
皆、皇帝陛下より罪状を聞いただろうが、以前行われたヘイドン元侯爵の処刑を見た者もいるだろう。
元侯爵令嬢だったライリー・ヘイドンは、私の婚約者の座を狙い魔術師となってこの国へ戻り罪を犯した。
そして、死ぬ間際ですら、私の婚約者を呪おうとした。
すべてはそれに尽きる。
だが、魔術師とは、本来恐ろしい存在ではないと、
私は此処に宣言する。
皇族を守る心優しき魔術師が、皆の目にどの様に映っていたか、それは各々違う事だろう。
私は、その事が気掛かりだ。
皇族を守り、帝国民を守る魔術師達は誰よりも信頼する私の家族も同然だ。
家族が呪われて、怒らぬ者などこの世に存在しないだろう。
魔術師も我々も、心を持った人物である。
その事を、どうか忘れないで欲しい。
皇太子テオドール・アレキサンドライトの名に賭けて、
魔術師ロスウェル・イーブス、並びにこの帝国に存在する魔術師すべての者を私は大公家として扱う故、それに異議を成す者は、皇族・大貴族に対する反逆と見なす。
話は以上だ。皆の暮らしが幸せである事を願う。
気を付けて帰ってくれ。」
その言葉を最後に、皇太子テオドールは壇上を降りた。
戸惑いがありながらも、新しい大公が生まれた事、皇太子の言葉に帝国民達は拍手をし始め、やがてそれは帝国に響く音となった。
「城へ帰還する。」
テオドールは2人を振り返る事なくそう伝え、兵士達へ合図を送り、処刑場の撤去が始まった。
オリヴァーの前に立つと、テオドールはお辞儀をした。
「陛下、勝手をお許しください。」
「いや‥‥この場を納めてくれた事に感謝する。
‥‥では、城へ帰ろう‥‥。」
「はい、俺とリリィはハリーと共に一足先に帰ります。」
「ああ、わかった。ご苦労だった‥‥後で、リリィに会いに行くよ。」
「はい‥‥。」
テオドールは、口数少なくスタスタと足早に馬車へ向かった。
一刻も早くリリィベルへの元へと。
ロスウェルとレオンが、しばらくオリヴァーのそばで動けなくなっていた。
「2人ともご苦労だった。」
「とんでも御座いません‥‥。」
「‥‥‥‥‥。」
黙っていたのは、ロスウェルだった。
これは、救いだったか、更なる屈辱になるかはロスウェルの心次第だ。だが、これがテオドールの判断だった。
「‥‥殿下‥‥。」
ロスウェルは、目を見開いたまま涙を流していた。
目の前に立ったテオドールは、真剣な眼差しでロスウェルを見つめた。
「お前が仕える皇帝陛下の言葉も聞かずに、お前は何してる。」
ハッと‥ロスウェルは握られまた両手の主を見た。
手の主オリヴァーは、悲しそうにロスウェルを見つめていた。
テオドールは皇族席から処刑場の様子をただ見下ろした。
血で濁ったマジョリカブルーの髪が床にへばりつき、
血肉が飛び散り帝国民達の怯えた姿が見える。
テオドールは、全てを知りここへ来た。
テオドールがリリィベルと城の私室で時を過ごしていた。
外で行われる事を終わりを、ただ待っていた。
ライリーの前に姿を晒す事も、リリィベルから離れる気もなかった。
ライリーの処刑執行時間は午前10時。
だがその時間を前に、突然ハリーが透明なモヤからゆらりと姿を表した。
「無礼をお許しください。殿下。リリィベル様。」
悔しげな顔をしてハリーが2人の目の前に現れた。
10時まであと3分というところか‥‥。
その妙な現れ方にテオドールは眉間に皺を寄せたのだった。
そして、知った。
ライリーの悪足掻き。ハリーから聞かされた。
リリィベルを呪う呪術が行われそうになり、断頭台を前にライリーの首を落としたと。
僅か2分前の出来事。
ハリーはロスウェルの異常な魔術に当てられ密かに処刑場の転移しありのままを見てきた。
怒り狂ったロスウェルが、皇帝の言葉も聞き入れずすでに事切れたライリーを粉々にしようとしていると。
聞いた瞬間は、底知れぬ怒りが込み上げた。
リリィベルは、口元を押さえてその身体を震わせた。
その身体を抱きしめて、テオドールはギュッと瞳を閉じた。
「殿下‥‥‥ロスウェル様を止めてくださいっ‥‥‥。」
床に膝をついて、ハリーは涙ぐみ頭を下げた。
ライリーが建国祭に現れてから、ロスウェルの心は深く傷付いていた。何にも負けないその魔術。
ライリーの魔術を打ち破り、平和を取り戻したはずだった。
ロスウェルにとって、オリヴァーとテオドールは何より大切な存在だった。
だからこそ、死と引き換えに呪術を行われる所だった場に居合わせて、ロスウェルの怒りと屈辱は頂点に達した。
ハリーは遠く離れた帝国の広場からでも、ビシビシと身体が痛む程のロスウェルの怒りが感じ取れて恐ろしかった。
「‥‥‥‥‥‥ハリー‥‥大丈夫だ。俺を広場まで連れて行け‥‥‥。リリィ、お前をおいてはいかない。馬車があるから、そこに居てくれるか?」
「‥‥‥‥‥。」
リリィベルは何も答えられなかった。けれど、テオドールの腕を掴み涙ぐむ瞳を閉じた。
ハリーは、スッとテオドールの肩に手を置いた。
その悲しげな手に、テオドールはむしろ冷静さを覚えた。
そして、目の前にしたロスウェル。
ロスウェルからこぼれ落ちる涙。テオドールはその真剣な眼差しと言葉でロスウェルを静止した。
「‥‥‥‥殿下‥‥‥‥」
ロスウェルが震えながらテオドールを呼んだ。
「まだ罪人がいるんだ。予定を狂わせるな。
皇帝陛下。続きを‥‥‥。処刑後は、私が後を引き受けます。私はハリーとリリィと、陛下の馬車に居りますので、お呼びください。」
テオドールに軽く支えられ、体勢を立て直したオリヴァーが、その悲しみをグッと堪えて深呼吸をした。
「あぁ‥‥わかった。お前が来てくれてよかった。」
「とんでもございません‥‥ロスウェル、お前は俺と来るんだ。」
その瞳と言葉で、ロスウェルは俯きスタスタとその場を離れるテオドールの後を追って下がった。
「‥‥‥兵士達よ、処刑の再開だ。直ちに連れて参れ。」
オリヴァーは、冷静さを取り戻し処刑を再開した。
オリヴァーが乗ってきた馬車の中、リリィベルとハリーが待機していた。テオドールが馬車に乗り込むと、リリィベルは瞳を震わせてテオドールの首に手を回し抱き付いた。
「心配要らない。リリィ‥‥大丈夫だ。」
「‥‥‥テオ‥‥‥。」
「‥‥‥‥‥‥。」
馬車に乗ることが出来ず、ロスウェルは悲痛な瞳で、馬車の窓から2人の姿を見ていた。
身を寄せ合うその2人を目の前に、己の持つ力が信じられなくなっていた。
あと少し首を落とすのが遅かったら‥‥‥。
この光景は、死人となった愛する者を抱き締める地獄絵図と化したかもしれない。
テオドールの顔を見て、正気に戻れたのは‥‥‥
その顔が涙で歪んでいないからだった。
この役立たずと‥‥‥涙に顔を濡らして居たならば‥‥‥
この首に剣を刺していた。
死んで詫びるつもりはないと、あの日誓った。
だが、それはリリィベルが無事でいてくれたからだ。
必ず守ると‥‥‥何度も誓ったのに‥‥‥。
「おい‥‥‥早く乗れ、扉が開いてたらさみーんだよ。」
馬車の中でからテオドールがロスウェルに声を掛けた。
ハリーも心配そうにロスウェルを見ていた。
「いえ‥‥‥私はここで‥‥‥。」
指をパチンと鳴らして、扉を閉めて3人が乗る馬車に結界魔術を施した。
その様子をただテオドールが見つめる。
罪を犯した罪人の様な顔のロスウェルに、次第と腹が立っていた。
「‥‥‥そうしてたいならそうしろ‥‥‥。処刑が済んだら知らせろ。そして俺に着いてくるんだ。」
「‥‥畏まりました‥‥‥。」
いつものロスウェルは、此処には居ない。
魂が抜けた様に、ロスウェルが3人を守る様に馬車の扉の前に立って背を向けていた。
それから数十分経った頃、異様な空気の中最後の処刑が終わった。
「‥‥‥殿下、最後の罪人の執行が終わりました‥‥。」
「分かった。ハリー‥‥此処でリリィを守っていろ。
すぐに戻る。」
「はい、殿下。」
ハリーが畏って瞳を閉じた。
テオドールはリリィベルの頬を優しく包み込み微笑んだ。
「リリィ、ハリーと此処で待ってろ。あそこはお前が見られる状態じゃないからな。すぐ戻ってくるから、ハリーと此処で待っててくれ。わかったか‥‥?」
テオドールの笑み見てもリリィベルの表情は優れなかった。
けれど、コクンと頷き身体を離した。
「いい子だ‥‥。」
リリィベルの額に口付けすると、テオドールは馬車を降りた。
背を向けていたロスウェルは、テオドールを前に頭を下げた。
「‥‥‥なぜ‥‥私を‥‥‥。」
戸惑いながら、問いかけた。だがテオドールはロスウェルを見る事なくまた、歩き出した。
「2度も言わないとわからないのか。黙ってついてこい。」
「‥‥‥はい‥‥。」
さほど遠くない処刑場の皇族席、少し疲れた顔のオリヴァーが居た。テオドールとロスウェルを見て軽く笑みを浮かべた。
「陛下、お疲れ様でした。そして、感謝しております‥。」
テオドールが綺麗な姿勢でお辞儀をした。
「我が婚約者は無事で御座います‥。力を尽くして頂きありがとう御座いました。」
「‥‥そうか‥‥」
どんなに傷付くだろうと身構えていたが、テオドールが此処にきた時点で既に知っていたのだと知り、オリヴァーは眉を下げた。
「レオンもご苦労だったな。お前も俺と一緒に来い。」
「えっ‥あ、‥‥はい‥‥‥」
オリヴァーの少し後ろで控えていたレオンは少し驚き、訳が分からず間の抜けた返事をした。
皇族席の壇上にテオドールがロスウェルとレオンを連れてその場に立った。
帝国民達は、様々な顔をしていた。
罪人の執行を見届け険しい顔をしている者。
残虐な光景に恐れる者。
涙しながら寄りそう者。
処刑の光景を楽しげに見届けた者。
人は様々な感情と顔で、皇太子を見ていた。
「アレキサンドライトの帝国民達よ。皇帝陛下が既に執行したこの処刑は、我が帝国を脅かした事、我が婚約者リリィベルへの害をなした者達の末路。
それがどんなに残酷であろうとも、弁明の余地もない罪である。
罪人ライリー・ヘイドンは、この断頭台で首を切られる前にまた罪を犯した。
それをいち早く察した、我が帝国の魔術師。
私は今日宣言する。私の後ろに控える魔術師ロスウェル・イーブスのこれまでの功績を称え
ロスウェル・イーブスに帝国の大公位を授ける。」
「!!!」
ロスウェルは、俯いていた顔を上げた。
「このロスウェル・イーブスは長年皇族に筆頭魔術師として影ながら私達を支え、帝国の為に尽力してくれた。
そして今日も、我が婚約者を守る為、私の代わりに力を振るった。
私の婚約者に呪いが掛けられる所だった。
皆、呪いとはただの戯言だと思うだろう。
だが‥‥私はどんな呪いの言葉も許さない。
私を小さな頃から見守ってくれたロスウェル・イーブスは、
私の意思を汲んでくれた。
皆、皇帝陛下より罪状を聞いただろうが、以前行われたヘイドン元侯爵の処刑を見た者もいるだろう。
元侯爵令嬢だったライリー・ヘイドンは、私の婚約者の座を狙い魔術師となってこの国へ戻り罪を犯した。
そして、死ぬ間際ですら、私の婚約者を呪おうとした。
すべてはそれに尽きる。
だが、魔術師とは、本来恐ろしい存在ではないと、
私は此処に宣言する。
皇族を守る心優しき魔術師が、皆の目にどの様に映っていたか、それは各々違う事だろう。
私は、その事が気掛かりだ。
皇族を守り、帝国民を守る魔術師達は誰よりも信頼する私の家族も同然だ。
家族が呪われて、怒らぬ者などこの世に存在しないだろう。
魔術師も我々も、心を持った人物である。
その事を、どうか忘れないで欲しい。
皇太子テオドール・アレキサンドライトの名に賭けて、
魔術師ロスウェル・イーブス、並びにこの帝国に存在する魔術師すべての者を私は大公家として扱う故、それに異議を成す者は、皇族・大貴族に対する反逆と見なす。
話は以上だ。皆の暮らしが幸せである事を願う。
気を付けて帰ってくれ。」
その言葉を最後に、皇太子テオドールは壇上を降りた。
戸惑いがありながらも、新しい大公が生まれた事、皇太子の言葉に帝国民達は拍手をし始め、やがてそれは帝国に響く音となった。
「城へ帰還する。」
テオドールは2人を振り返る事なくそう伝え、兵士達へ合図を送り、処刑場の撤去が始まった。
オリヴァーの前に立つと、テオドールはお辞儀をした。
「陛下、勝手をお許しください。」
「いや‥‥この場を納めてくれた事に感謝する。
‥‥では、城へ帰ろう‥‥。」
「はい、俺とリリィはハリーと共に一足先に帰ります。」
「ああ、わかった。ご苦労だった‥‥後で、リリィに会いに行くよ。」
「はい‥‥。」
テオドールは、口数少なくスタスタと足早に馬車へ向かった。
一刻も早くリリィベルへの元へと。
ロスウェルとレオンが、しばらくオリヴァーのそばで動けなくなっていた。
「2人ともご苦労だった。」
「とんでも御座いません‥‥。」
「‥‥‥‥‥。」
黙っていたのは、ロスウェルだった。
これは、救いだったか、更なる屈辱になるかはロスウェルの心次第だ。だが、これがテオドールの判断だった。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様
オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。
しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。
ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。
ユフィリアは決意するのであった。
ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。
だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。
【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる