ハッピーエンドを待っている 〜転生したけど前世の記憶を思い出したい〜

真田音夢李

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終わりにしよう

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「‥‥‥お前は‥‥。」
 ライリーの牢屋から少し離れた牢に、彼は居た。
 レオンの長い髪が彼の視界に入る。

「お久しぶりですね。あなたに会うのは‥‥‥約12年ぶり‥と言うところでしょうか‥‥。」

 レオンが見下ろす、ライカンスの惨めな姿。
 あの頃脅威に見えた強者の手‥‥悪の手‥‥。
 それがこの帝国で手枷をして、現実に打ちひしがれている。

「お前が‥‥何故ここに‥‥‥お前の心臓はっ‥‥‥。」
「皇太子殿下が‥‥私の心臓を見つけてくださった。

 そして、今回の出来事で、ポリセイオの王は処刑されました。当然ですね。皇太子殿下と、婚約者様に危害を加えたのですから‥‥。僕には、奇跡の様な時でした。

 あなたが、この帝国にいる間に訪れた好機ですから‥‥。
 おかげで、僕は自由を手に入れました。

 皇太子殿下と、帝国の魔術師様には‥‥一生かかっても返しきれない程の恩ができました。」

 正気を失った時を過ごしていたとしても、この光景には沸々と怒りが込み上げていたライカンスのだった。



 12年前の事なら‥‥まだ鮮明に思い出せる。

 魔術師という、特異な存在。


 国王をも始末出来ると思っていた。

 レティーシャは、レオンがいる限り従順だった。


 そんなレオンが、外界に出てきた。
 その心臓を手に入れて‥‥。


 気色の悪い生き物だ‥‥‥。心臓を取り出しても、レティーシャの術で生き長らえて、今目の前に立っている。


「くそっ‥‥‥っ‥‥。」

 成功したライリーを、帝国に連れてくるべきではなかった。

 帝国に魔術師がいるのは、考えられなかった。


 ましてや、魔術師達があの建国祭で見せた様に、どれだけ皇族達と強い絆で結ばれているか‥。

 恐怖ではなく、信頼として結ばれている存在。


 彼等は本気で怒りをぶつけてくる。
 皇太子と婚約者を害したこと‥‥‥。


 ライリーの魔術が解かれさえしなければ‥‥。

 だが、帝国に存在したマジョリカブルーの魔術師は、レティーシャやレオンとは比べ物にならない程の力を持っていた。

「‥‥‥ライリーを私達の下に連れてきてくれてありがとうございました。これで、私達は未来に希望を持つ事ができます。」

「っ‥‥‥このっ‥‥化け物が‥‥っ‥‥‥。」

 衰弱した身体で精一杯の暴言をレオンに向けた。
 しかし、レオンは涼しげに笑って見せた。
「ふふっ‥‥今の僕は何を言われても、痛くも痒くもないですよ。あなたに奪われた時間も、これから取り戻す事が出来ます‥‥‥。あなたは、これから奪われるだけでしょうが‥。


 悪い事をすると‥‥ちゃんと罰を受けるのですね。」

 そう言って、レオンはライカンスから遠ざかった。






「おかえりなさい、テオドール‥。」
「はい、母上‥‥。」
 夕食時、母マーガレットにテオドールはその身体を包まれた。安心した笑みを浮かべるマーガレットに、テオドールも微笑む。

「落ち着かないままポリセイオに行くことになって、あなたも疲れているでしょ‥‥。後は、オリヴァー様が片付けて下さるわ。」
「ふふっ‥‥ええ、少しお休みを頂きますよ。」

「ああ、お前とリリィはしばらく休暇だ。心配するな。」

 オリヴァーはリリィベルの肩を抱きにっこり微笑んだ。
 その笑みにリリィベルも笑顔を返す。

 久しぶりに穏やかな時間が過ごせそうだ。
 テオドールが帰還した今夜の夕食はいつもよりも増して豪華だった。

「こんなに気を使って頂かなくても‥‥」
「いやいや、今夜はお前の働きに対する褒美だ。好きなものばかりだから、いっぱい食べろ。すぐに痩せてしまうんだから。」
「ええ、お陰様で父上の命令は厳しいものが多いので。」
「ふふっ、テオ、私が食べさせてもよろしいですか?」
「こりゃあ本当に至れり尽くせりだな。」

 隣に座るリリィベルが、テオドールの好物を口に運ぶ。
 それを上機嫌で頬張った。


 和やかな夕食は、心から楽しく過ごす事が出来た。
 優しい両親に、隣に愛する人がいてこれ以上幸せがあるだろうか。

 絶えず笑顔があふれる。

 テオドールは思っていた。どれもこれも魔術師達のお陰だと。その事を一時も忘れはしなかった。


 夕食を終えて4人のプライベートルーム。
 食後に紅茶を飲みながら、オリヴァーとテオドールは向き合った。

「‥‥テオ。」
「はい」

「さっき言っていた話だが‥ここで話せる事か?」
 ここにはマーガレットもリリィベルもいる。だが、2人は少し離れたテーブル席で仕立て屋のカタログを見て結婚式へと意識が飛んでいる。

 テオドールも迷いはした。本来魔術師は皇帝と皇太子のみが知る事が出来る秘密。

「今更でしょ?てか、あれだけ集中してたら聞こえてないかもしれませんし、聞いてるかもしれません。でも貴族達も知ってるんですよ?」
「だが‥。」

「私達4人が知っていればそれでいいです。父上、魔術師が定期的に現れると言いましたよね。」
「ああ‥‥。」

 テオドールは真剣な面持ちでオリヴァーを見た。
 だが、少し勇気がいる事実だった。

「俺達が帰ってきた時、ロスウェルやレオンからは何も聞いていませんか?」
「いや‥ポリセイオでの話を聞いただけだ。レオンが今までどの様に過ごしていたのか、そういう事だ‥。」

「私はレオンとレティーシャ王妃が生まれ、追い払われた経緯を聞きました。魔術師は人間と精霊が契りを交わし産まれるのだと聞きました‥。」

「精霊だと?」

 オリヴァーは目を見開いて、眉を顰めポカンとした。

「レオン達は、兄妹だと言っていましたよね。本来人間同士の夫婦から魔術師が生まれることはないそうです。

 それで‥‥何故かと言う話になって‥‥‥。

 レオンの両親は、大精霊に‥‥会ったのが原因ではないかと。俺も、正直詳しくわかりません。

 そして、俺達が魔術師と繋がった最初の魔術師。
 つまり、帝国の皇帝に会いに来た魔術師ですが‥。

 その魔術師は魔の森で今も尚生きていて‥魔の森で帝国に送る魔術を操ることのできる者を、ここへ導く審判として存在する‥‥。」

「はっ‥‥?」


「そうなりますよね‥‥‥魔術師が現れたのは‥‥‥。」

「私だって‥‥辿れないぞ‥‥500年以上‥‥それくらいしか‥もっと古いかもしれない‥‥。」
「ロスウェルは‥‥魔術師に託される時に呼ばれる。

 でもその存在を見た事はない‥。詳しくはまだ聞いてません‥‥。だが、レオン達は、魔の森に入る事は出来ずにいたけれど、大精霊との接点があるんです‥‥。

 でも大魔術師に、嫌われた存在だった‥‥‥。
 大魔術師と、大精霊は番(つがい)なんです。

 人間から生まれて魔術師なのが、禁忌なのか、
 大精霊の存在に触れたのが禁忌なのか‥誰にも分かりません。


 レオン達はだから、帝国に来る事はなかった。
 大魔術師の選別にそもそも弾かれていたのでしょう‥。」


「‥‥‥‥‥‥」
 オリヴァーはとうとう黙った。

 大魔術師、大精霊‥‥そんな話は受け継がれていないし、
 そもそも最初の魔術師がいた。ロスウェルはそんな話をしてくれた事はない。

 語り継がれていない話に、わざわざ話す必要もない。

 だが、ロスウェルが定期に連れてきた。
 今の魔術師達‥


「そして、もう一つ重要なのが、レオンとレティーシャの子供です‥。」


「ああ、‥‥‥‥ハリーだろ?」
「やっぱ、分かりましたよね?」

 その問答はすぐに解けた。

「本人には?」
「いや、伝えていない。まだバタバタしているし、
 まぁ、いずれわかるだろう。」

「問題は、ハリーは帝国に来られたという事‥。」

「‥‥そうだな。何故ハリーはここに来れたのだろう‥。」
「分かりません‥‥でも、今も魔の森には最初の魔術師がいて、皇帝との約束を守り続けている‥‥。俺が懸念しているのは、その事です‥‥公にしまって、これが逆鱗に触れないかと言うことです。」

 テオドールは、自分の指で唇を抓った。

「俺がもし、その魔術師の意に反する事をした者となれば、
 ‥‥その魔術師は、どうするのでしょうね‥‥‥。」





「魔術師ならば皇族であるあなた様を害する事など決して御座いません。」

「「うあぁぁ!!」」

 テオドールとオリヴァーの間にロスウェルが顔を出した。
 2人は後ろにのけ反り胸を抑える。

「まぁた同じ様なカッコしてぇ。面白い親子ですねぇ。」
 ローブの袖に両手を隠してにっこり笑うロスウェル。

「ロスウェル!お前っ!急に現れるなよ!」
「だぁって、今はお知らせする術がないのです。お許しくださーい。あ、マーガレット様、リリィベル様、あ、そのお菓子美味しそうですねぇ。」

 遠くを見渡すように、2人のテーブルにあるお菓子を眺める。

「殿下が皇太子になった際に申し上げましたでしょう?
 殿下が契約違反をした事は何一つありませんよぉ。」

「だが‥‥」
 オリヴァーが焦った様に口を開いた。けれど、ロスウェルは穏やかな表情のままだ。

「私達はあなた方の庇護下にあり、何も問題ありません。仮にレオンが帝国に来た事が大魔術師様の意に反するとしても、

 私は全力でお守りします‥‥。本当です。」

 ロスウェルの決意は固い。
 そんなロスウェルにテオドールはふっと笑った。

「お前は、俺らを守ってばかりだな。

 ‥‥‥父上、やはりあの件は絶対に実行します。」

 オリヴァーもソファーにもたれ掛かりしみじみと頷いた。

「それが良さそうだ。私達も、やらねばならない。」
「え?なんですか?」

 全く意味が分からないロスウェルはぽかんと口を開けた。
 テオドールはその口にポイっと小さな菓子を放り込んだ。


「モグっ‥‥‥おいひいでふ‥‥‥。」

 クスッと笑ったテオドールが、満足そうにロスウェルの肩に手を置いた。

「俺達だって、お前らを守るよ。絶対だ‥‥。」
「いや、私達が」
「わかってるわかってる。お前らには敵わねーよ。

 でもな、俺達のやり方で、お前達を守る術はあるんだよ。」

「‥‥‥‥ふふっ、私達は無敵の布陣ですからね。」
 オリヴァーと目を合わせてロスウェルは嬉しそうに笑った。


 オリヴァーと、テオドールが大好きだった。
 ここに居ることが、ロスウェルの人生そのもので誇りだ。
 絶対的信頼をおける2人だった。

 2人の為ならば、どんな事も出来る気がする。




「‥‥‥疲れ‥‥‥たわ‥‥‥。」
「急に飲まず食わずで泣いちゃったからじゃない?」

 地下牢でライリーついに横たわった。
 何もないただの冷たい床、所々血がこびり付いていて衛生状況は最悪だ。

 ライリーを見ていたのはレオンだった。
 ロスウェルが不在で、他の魔術師達を休ませる目的、そして罪滅ぼしでもあった。

「‥‥おしゃべりなんかしてないで下さい。
 俺は、ポリセイオから来た魔術師なんて、クソ程信頼してません。」

「うぅ~ん‥‥‥。」

 レオンの後ろの椅子にどかりと腰を下ろしているのはハリーだった。レオンはこの状況に大いに悩んだ。

 実の息子は、仇を見る様な目でレオンの背を睨みつけている。


 これは困った‥‥。印象は最悪だ。


 けれど、突き刺さるその瞳が嬉しかったのだ‥‥‥。


 幼い子は、こうして大きく成長し立派な魔術師になっていた。


 いざとなれば自分でなんとか出来ると、自信にも溢れていた。
 自然と頬が緩みそうなのを必死で保っていた。


「‥‥‥あなたもその髪色を持つって事は、ロスウェル様と同様っすよね。でも俺負けねぇっすから‥‥陛下と殿下の為なら‥‥俺はなんでも出来ますから。」

 その言葉を聞き、レオンは耐えきれず口角を上げた。
 ライリーは横たわり何も見ていない。

「大丈夫だよ。陛下と殿下のおかげで、僕はここに居るんだから‥‥‥」


 親子の会話とは程遠かったが、嬉しかった。



 ハリー‥‥私の息子‥‥‥。

 君もね‥‥本当はこの髪色をしていたんだ‥‥‥。


 きっと帝国にいる事で、この髪色ではなくても、



 なるほど、殿下の言う通り‥‥‥


 君は、僕に少し似ているね‥‥‥

 少し気が強いのは‥‥レティーシャに似たのだろう‥‥


 レティーシャは、怒るととても怖いんだ‥


 今怒っている君が‥‥昔のレティーシャに少し似ていて、

 僕は、とてつもなく‥‥‥幸せに思うんだ‥‥。


「君は‥‥この帝国で幸せだった?」
 ハリーに背を向けたまま、問い掛けた。
 ハリーの眉がピクっと吊り上がった。

 もちろん、最初のポリセイオとの交信で自分が魔術を展開した。王妃の顔は見なかった。助けたいと言っていた人はこの人のことだ。


 これまでの人生を‥‥この人は‥‥‥。


 ハリーは、少し吊り気味の目を緩ませた。

 テオドールが城に上がった頃、最初から仲が良かった訳じゃない。でも、テオドールは自分が仕え守る存在だ。

「幸せ‥‥です‥‥。殿下も陛下も‥‥みんな‥‥‥

 良い人しか、この城には居ませんから‥‥‥。」


 その言葉にレオンの瞳はうっすらと涙に滲んだ。
 遠く離れた地、幼い我が子、生きていてほしかった。

「帝国は‥‥本当に‥‥素晴らしいところだね‥‥‥。

 同じ魔術師として‥‥嬉しく思うよ‥‥。」


 涙がこぼれ落ちてしまわない様に、レオンは瞳を閉じた。


 今はまだ言えないけど‥‥。

 一生伝えられなくても‥‥‥。

 君が幸せでいてくれたなら、この上なく幸せだ‥‥。






 夜も更けて、テオドールとリリィベルが眠りについた頃。
 オリヴァーとロスウェルが、執務室で向き合っていた。

「ロスウェル、地下牢にいる者達の事だが。」

「はい。もう問題ありません。

 本当なら‥‥私自身の手で始末したいくらいですが、

 私達には出来ませんので、陛下にお願いするしかありません。」

 ロスウェルは、真面目な顔でオリヴァーにそう言った。
 そして、自身の髪を一房ギュッと握りしめた。

「私は‥‥この髪色は望んでおりません‥‥‥。」
「ロスウェル‥‥‥そんな顔するな‥‥。」

 ロスウェルの顔は悲痛に歪んでいる。最高位の魔術師だからできた事は多かった。けれど、皇族との繋がりが切れてしまって心細かったのだ。


 こんな事になった自分への不甲斐なさが胸を締め付ける。

 オリヴァーは悲しげにロスウェルの肩に手を置いた。


「あの子達の為にも、私達の為にも‥‥終わらせよう。
 明日、10時、罪人達の処刑を執行する。」

「殿下には?」
「‥‥まぁ知らせておかなければならないが、あの子はリリィと休息だ。」


 2人は今互いを抱きしめ合い、愛に包まって眠っている事だろう。

「あの子にこれ以上自分を責めてほしくないんだ。リリィに被害があったのも、自分のせいだと思っているし‥‥私はあの罪人の前にテオを出したくない‥。」


 この数日の中、何度聞いた事だろう。
 ライリーがテオドールを求める声。
 リリィベルに対する暴言の数々。

 きっと、息の根が止まる瞬間まで収まる事はないだろう。
 恐ろしい執念で、魔術師となった者。
 オリヴァーの暁の瞳がゆらゆらと炎の様に怒りを宿していた。

「‥‥‥終わりにしよう。これからのあの子達には‥幸せな未来だけがある様に‥‥‥。」
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