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魔の森の秘密
しおりを挟むゆっくり出来ない晩餐会が終わると、
テオドールとロスウェル、レティーシャ王妃とバロデン侯爵は地下牢へと足を運んだ。
彼らはこの場所に居るだけで、神経がすり減り絶望を感じる。
抗議する気力を無くした者がほとんどだった。
そんな彼等を見下ろしたテオドールは、静かに口を開く。
「さあ、俺からの最後の機会だ。」
声を発する者は居なかった。皆がバロデン侯爵の言う通り後ろ暗い者達だ。下手に発言したところで、皇太子に敵う者など居ない。
本当はここから逃れたいと思うけれど、テオドールの瞳が、怖かった。
悪を許さぬその意志の強い瞳に、取り繕った所で聞き入れて貰えるか自信がなかった。
こんな事になるならば、養女の王女など受け入れるべきではなかった。王女の罪で、国王は既に処罰されている。
1人の男がガタガタと震え上がりぶつぶつと何か言っている。
「死に‥‥たくない‥‥‥死にたくない‥‥死にたくない‥‥‥死にたくない‥‥。」
その姿に、テオドールは眉を顰めた。
ここに居る者達の顔と名前と仕事、爵位については既に頭に入れていた。
「なんでっ‥‥なんでなんだっ‥‥‥どうして俺はっ‥‥ここに居るんだっ‥‥関係ない‥‥俺は何もしてないっ‥‥‥。」
青ざめた顔で涙をこぼす男。まだ若いその男。
テオドールは目を細めて見下ろしていた。、
彼の名はデリック・グラードル子爵。たまたま今日、あの場に居合わせた。
アイツは確か‥
テオドールは、密かにロスウェルに耳打ちした。
ロスウェルは真剣な瞳でその者を見た。
そして、密かに広げた手のひらをギュッと掴みヒョイっと自分の方へ引き寄せた。
ヒュン!とその者は一瞬にして牢の外に出た。
「!!!!!!!」
その場にいた者達が目を見開いた。
テオドールの前に跪くような形で、その場から動けなくなっている。
「デリック・グラードル。」
名を呼ばれ、デリックはビクゥっと身体を震わせた。
見上げれば皇太子がいて、隣には魔術師がいる。
「お前は、出してやる。」
「へっ‥‥っえっ‥‥‥っ?」
ボロボロと流れた涙。信じられないと言う未だ混乱する出来事だった。
「お前は今日、ここへ何をしに来た?」
「わたしはっ‥‥‥領地のっ‥‥治安の‥‥警備隊の件でっ‥‥」
「ふむ、それで?」
「けっ‥警備隊の者がっ‥警備せずに、酒屋で屯しているとっ‥‥私はっ‥‥力では敵わないのでっ‥‥。
陛下にっ‥‥‥騎士団をっ‥数名派遣して頂けないかと‥‥
王国の騎士団が目を光らせていると分かればっ‥‥
少しはおとなしくなるんじゃないかとっ‥‥‥。」
次第に落ち着きを取り戻した彼は、それでも涙を流していた。
「私の力がないばかりにっ‥‥‥領地でどんなに手を尽くしてもっ‥力の強い者に‥‥奪われてばかりになるものを救たくてっ‥‥‥。」
グラードル子爵の納める小さな街、アズール領は治安の悪い場所だった。それは、モンターリュ公爵家と繋がる侯爵家や伯爵家から任された土地でもあった。何度助けを求めた所で、私財を使っても、治安は良くならない。
「そうか、ならば、バデロン侯爵に話をしておけ‥‥お前は別室にいるが良い。」
「っ‥‥‥ではっ‥‥私はっ‥‥‥。」
縋る様な目でテオドールを見上げた。
だがテオドールは、それ以上彼を見る事はなかった。
「早く行くんだ。お前の様な者がいると、そんな者が後を立たない。」
グラードル子爵を助けたのは、偶然ではない。
予め、バデロン侯爵から話を聞いていたからだった。
だが、ここで変な期待を持たせ続ける訳にはいかない。
最もらしいことを並べて出してくれと言い出す者を防ぐ為だった。
「‥‥‥‥‥‥。」
テオドールは黙って彼等を見渡した。
そっぽ向いている者、挙動不審に目を泳がせている者。
生に執着を無くし呆然としている者‥‥。
そんな彼等に、テオドールは眉を顰めた。
「声を上げないと言う事は、皆私には通じない罪があると自覚がある様だ。ここに居る者達は、一族皆が罰を受ける。
あとはポリセイオ王国の法に則って沙汰を待つが良い。」
テオドールは、そう言い残しその場から離れた。
そして、レティーシャ王妃の前に立った。
「レティーシャ王妃。私が出来るのはここまでだ。
彼等の処分はそなたの国の仕事だ。」
「はい、ありがとうございます。皇太子殿下。」
「人選は妥協も同情もするな。今やあなたの思うままだ。」
そう言って、テオドールは地下牢を出ていった。
ロスウェルは、テオドールの代わりに王妃に一礼して同じ部屋を出た。
「‥‥‥16歳だなんて、思えないわね‥‥
産まれながらに皇太子の地位が約束されていたからなのか‥‥」
レティーシャ王妃は、目を細めた。
「‥‥‥彼の中に‥‥もっと大人な彼が居るのが原因かしら‥‥。」
その16歳の背は、本来持ち得ない空気感だった。
再びゲストルームに戻る2人。テオドールはソファーに腰掛けた。袖のボタンを外して気を緩めた。
「おい、レオンって呼べるか?」
「ああ‥‥連れてきましょう。」
ロスウェルの指がパチンと鳴る。
いつもの様に2秒でロスウェルはレオンを連れてきた。
現れたレオンは少し苦笑いをした。
「あなたはすごいね‥‥。此処は一応私とレティーシャの魔術展開が施してるのに‥‥。」
その言葉にロスウェルはにこりと笑った。
「ふふっ、ポリセイオに来てからお2人の魔力は把握しております。」
「なるほど‥‥帝国では魔術が発展してるのか、はたして君がすごいのか‥‥。」
「お2人も身に付けられる事でしょう。なんてったって、最高位じゃないですか。」
「おい、盛り上がってんじゃねぇよ。後でやれ。」
そこへ割り込んだテオドールの冷めた声。
ロスウェルはレオンを離し姿勢を直った。
「レオン殿をお連れしました。殿下。」
「ありがとう。それで、レオン殿。」
レオンは、慌てて膝をついた。
「どうかそのままレオンと‥‥‥。」
「そうか、ならばレオン。ロスウェルの話は聞いたな?」
「はい‥‥。」
「一度帝国に来るというのは、出来そうか?」
「はい‥‥‥。」
「ハリーにも会いたいだろ?レティーシャ王妃は分かってるのか?」
その問いにレオンは瞳を震わせた。
「‥‥私がハリーをどこへ転移させたかは知らせていません‥‥魔の森が帝国と繋がっている事は、私も知っていました。ですが、それは一部で‥‥ライリーが帝国から来たと知った時、勝手ながら‥‥魔術師の存在を確信していました‥‥。殿下は、魔の森についてどこまでご存知ですか?」
「筆頭魔術師が連れてくるのでないのか?ロスウェルからはそう聞いているが?」
ロスウェルは、少し俯いて立ち尽くしたままだった。
レオンは何かを知っている様だ。
ロスウェルもそうだ。
テオドールは怪訝な顔をした。そんなテオドールにレオンは話を始めた。
「魔の森は霧深く‥入った者を簡単に出しません‥‥。
私達は魔の森の近くの村に住んでいました。それが産まれた地でしたので‥‥。」
「それで?」
「魔の森は‥‥単に魔術師が現れるから魔の森の呼ばれる訳ではありません。魔の森には‥‥審判を下す‥‥最高位の大魔術師様がおります‥‥。」
テオドールはレオンの瞳を見て、それが作り話ではないと思った。だが、オリヴァーから聞いた話とは違い、不気味さを感じた。
「‥‥大魔術師様の髪色が、マジョリカブルーなのです‥。
だから、最高位である事を示します。
そして、その髪色に産まれる者は、帝国の皇帝に会いに行った最初の人物でございます‥‥。」
今度はテオドールがその事実に目を見開き、若干肝を冷やした。
「!!!‥‥‥おぃ‥‥‥そいつがまだ生きているとか言わねぇだろうな?」
さすがにそんな話は御免蒙りたい。具体的な始まりの時など何百年前の話かなんて聞いた事はない。だが、そんな大魔術師がいると言うのは、テオドールにはなんとなく面倒な気がしていた。
その話にロスウェルも重い口を開く。
「‥‥殿下、魔の森の中に、大魔術師様がいるのは確かでございます。そして‥‥私は、その方から知らせを受けて、新しい魔力を持つ子を迎えに行きます‥‥。」
「‥‥それは、良いものか?悪いものか?‥‥お前はどう思ってるんだ?」
テオドールはロスウェルに純粋に聞いた。
「‥‥大魔術師様は‥‥帝国との契約を遂行する番人‥‥、帝国に属するのは、大魔術師様に認められた者達‥‥。
元々数が多い訳ではありませんが‥‥その方の目に敵わなければ、帝国に上がる事はまずないでしょう‥‥。」
「ふぅ~ん‥‥‥それは、当時の皇帝との約束を守っているからなのか?」
「はい‥魔術を皇族のために使う事、ですから、半端な者は帝国に行く事はできません‥。」
魔術師の一部に触れた瞬間だった。
そんな選別をされて帝国に属しているとは‥‥
「‥なぜそんな長い時をその者は生きている?」
「‥‥‥‥‥‥。」
レオンは汗を垂らして黙った。テオドールには疑問だらけだった。
そもそも、魔の森の存在を知りながら、しかも2人は最高位の髪色に生まれながら帝国へ来なかった事も不思議だった。2人で魔の森に身を隠せば良かったのだ。それとも、魔の森が禁じていたのか?
レオンは苦痛な表情で思い口を開いた。
「‥‥‥私達は‥‥普通の人間同士から生まれた身です‥‥にも関わらず、この髪色を持って生まれた‥‥。私達の両親は、大魔術師様にとっては大罪人なのです‥‥。」
テオドールは眉に皺を寄せた。そして腕を組んだ。
「意味わかんねぇよ。」
「‥‥‥‥‥‥。」
大真面目にテオドールは言っている。だが、それはレオンも同じだ。ロスウェルは少し悲しげな顔でテオドールを見た。
「殿下‥‥私からお話しする事は、ぜひ胸に留めておいて頂きたいのですが、普通の人間から魔術師が産まれることはありません。彼らの両親は‥‥恐らく、大魔術師様の宝に触れたのでしょう。」
「宝?」
「はい、大魔術師の宝とは‥‥‥その方の番(つがい)大精霊様です‥‥。」
テオドールは首を傾けて瞬きをした。
「此処へ来て大精霊が出てきたか‥‥。俺を混乱させるには充分だな。」
ロスウェルは慎重に話を続ける。
「精霊に気に入られた人間と契りを交わすと、魔術師が産まれます‥‥。ですが、お2人の両親がどのような経緯で大精霊様に接触したのかわかりませんが、その為に最高位の魔術師となってあなた方は産まれたのでしょう。だが、2人が魔の森には入れなかった。」
レオンは俯いたまま、その秘密を明かした。
「ええ、私は大精霊様にお会いした事が御座います。私とレティーシャは、幼い頃、大精霊様にたくさんの事を教わりました。本来、大精霊様に会うことなど奇跡的なことです。
でも決して、魔の森の中には入ったことはありませんでした。いつも人間の世界で‥‥私達は会っていました。
ですが、番(つがい)の大魔術師様には許せない事だった事でしょう。そして、私達の魔術は未熟なまま‥私とレティーシャが愛し合う中だと村のもの達に知られ追い出されて‥それからずっと、この歳まで生きて参りました‥‥。
大精霊様はおっしゃった‥‥‥この髪色に産まれたのだから、きっと素晴らしい魔術師になれるのにと‥‥。」
「‥‥‥おー‥‥ん‥‥‥なんだか知らねぇが‥‥‥めんどくせぇな。」
その複雑な話はテオドールは正直どうでもいいと言わんばかりの表情だった。
「一つ確認したい事はお前達が産まれた地を出たのは、大魔術師のせいではないな?」
「あ‥‥はい‥‥。」
「なら、帝国にきて、帝国に属する者としたとしても問題がないのだろ?ロスウェル、幼い魔術師を連れてくる以外にその大魔術師と接触することは?」
「ございません‥‥。あの方は当時の皇帝との約束を守り、筆頭魔術師を退いてからずっと、魔術師を此処に連れてくる為だけに君臨して居られます。」
「ふーん‥‥‥。」
テオドールは頬杖をついて指先でトントンと一定のリズムで頬を突いた。
「‥‥‥じゃあいいな。問題ねぇな?」
「恐らくは‥‥‥。」
ロスウェルも自信がなかった。
「その大罪人であるレオンが帝国の魔術師として一時的に属する事は、大魔術師様の怒りに触れるか?」
「・・・・・・・。」
テオドールの問いに、ロスウェルはゴクッと息を呑む。
大精霊とも接触があった人物。それが果たして帝国に害があるかどうか判断ができなかった。
だが、一つだけ・・・。
「そのことについては私もわかりません。ですが、何があっても皇族方、帝国をお守りするとお約束致します。私の命を懸けて・・・。」
「・・・・・・そうか・・・・・。」
ロスウェルの表情は、建国祭の夜に見せた時と同じだった。
決して揺るがないこの忠誠心。テオドールは、ニッと笑ってロスウェルの顔を見た。
「じゃあ、何とかなんだろ。国のためだ。人のためだ。
みんなが幸せになるためだ・・・・。大魔術師は関係ねぇ。自分の目で見たものを信じる。」
曇りのない瞳で、ロスウェルを見た。
それは幼い頃より見ていた綺麗な瞳だ。ロスウェルはその顔に微笑んだ。
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