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繋いで、心 7
しおりを挟む「‥‥殿下は、なんなんですか‥‥。」
「さぁな、俺はなんとなくだったんだがな。これ意外と常識なんだよ。俺ん中で。」
相手は中年男性だが、男というものはきっとそんなものだ。
床につく自分が安心できる所に秘密を隠す。
ロスウェルが隙間に向けて指をクイっと上げると、壁穴から出てきた宝石箱。手にしたものは宝石箱とは異なり黒く蓋のようなものは何もない。
まるでそれ自体が牢獄のような印象に見えた。
決して開けられる事がないと思われた。
だが、これは大切な命。
テオドールはその命に触れ、一撫でした。その瞳は悲しげだった。
「早く‥‥愛しい人の元へ、本人の元へ返そう‥‥‥。」
「はい‥‥‥こんな狭い場所から早く‥‥‥。」
2人は、悲しさと怒りを感じていた。
何十年と、離れ離れになった心臓の持ち主と肉体。
愛しい女性のために差し出した心。
トクトクと優しい音がしたのは気のせいだろうか‥。
テオドールの顔が険しく眉間に皺が寄る。
「王妃に連絡しろ。城へ行くとな。」
「リリィベル様、おはようございます。」
「あ‥‥もう、朝なのね‥‥。」
テオドールの私室、ベリーは穏やかな笑顔を向けてくれた。
リリィベルの目元は、少し赤く腫れていた。
「‥‥‥‥。」
羽織ったテオドールのジャケット。自分の身体を抱きしめて瞳を閉じた。
「リリィベル様‥‥お支度致しましょう‥。」
「ええ、今日も‥‥お願いね‥‥。」
声に張りはなかった。ただ、この匂いに酔いしれて居たかった。ここに彼が居ない事を思い知る。夜寝るまで‥‥。
また、心を保たなければ‥‥‥。
バスルームに連れて行かれて、鏡の前に立つ。
着ているジャケットと、ナイトドレスを脱ぐ。
白い肌に浮かぶ。彼の残した跡。
まだこんなにもハッキリ残っている。
それを見つめて、愛しげに触れる。そうすると
また笑顔になれる‥‥‥。愛される婚約者の笑顔。
テオドールが、好きだと言ってくれる笑顔‥‥。
笑顔が好きだと思うのは、同じだ。
テオドールの、無邪気な笑顔が好きだ。
少しイタズラな笑顔。
ニヤリと笑う色気のある笑みも‥‥。
彼は‥‥今、どんな顔をしているだろう‥‥‥。
「っっ!‥‥テオドール‥‥皇太子っ‥‥‥!」
彼は、ポリセイオ王国の王城で、国王の前に立っていた。
その顔は威厳ある凛々しい顔だった。
「私が、なぜ此処にいるか分かるかポリセイオ国王。
我が帝国にやってきたそなたの王女が、私に、
私の婚約者に、帝国に危害を加えた。
それ故、私自らがこうして参ったのだ。
責任を取ってもらおう。娘の不祥事は親の責任であるだろう?
あんな悍ましい王女をこちらに寄越して、
戦をお望みか?ならば、帝国の騎士団が全力で相手をしよう。」
国王は、玉座から滑り落ちる様に床に腰をついた。
ポリセイオの国王は、潤った王国には似つかず狡猾な顔だった。小太りなその体と、今もその玉座から崩れ落ちる。
これまでポリセイオがどのように保たれて居たのか不思議で仕方がなかった。
「っれっ‥レリアーナが何をしたって‥?
あの子は、帝国の建国を祝いに行きたいとっ‥‥
だから皇帝にも打診したっ‥‥何も不手際などしていない!」
「いいや?建国祭で、我が国の貴族たち、そして、同盟国の王族たちがすべて知っている。中でもアルセポネの王太子は大層気にして居たぞ?
そんな嘘を言うために、私がわざわざ出向いたとでも?」
「らっ‥ライカンスはどうした?!あの者は!!」
「ライカンスも一緒に地下牢にぶち込んでるよ。
国王、お前は一体、何をして生きてきたのだ?
王族が聞いて呆れるな。我々はわかっているぞ?
魔術師について‥‥‥。お前のその歪んだクソみたいな望みで、化け物王女が爆誕したってこともな。」
魔術師の事を出され、国王はヒィッと声を漏らした。
そう、テオドールの隣には、マジョリカブルーの髪色をしたロスウェルが居る。いつもの笑顔とは違う、蔑むような目で国王を見ている。
「帝国に魔術師は存在する‥‥。残念だったな。
王女は、愚かにも私の婚約者になり代わり、どうやら私の妃の座を狙っていた。そして、そなたの王女は、
我が国から逃げ出した罪人だ。
そして、今回の罪、2度とこの地を踏むこともない。
我が国で捕らえた。公爵もだ。素直に罪を認めよ。
これは、父となったそなたにも責任があるのだ。
さあ、戦か、降伏か‥‥。
国民を害するのは、我が帝国は最もやりたくないのでな。
そなたの首で事を収めよう。ロスウェル。」
名を呼ばれ、ロスウェルは静かに手を翳した。
国王はぎゅと締まった首元を抑えた。
息が出来ず、ワタワタと転げ回る国王のなんと滑稽な事か‥
こんな弱き者に、何十年も苦しめられた王妃とレオンは本当に可哀想な者達だ。
「‥‥‥ロスウェル、まだ死なせるなよ。」
「わかってます‥‥。」
テオドールが、玉座の間で、集まったポリセイオ王国の騎士団たちを横目に見た。
騎士団達は、こちらを見て怯えているのが見てとれた。
それもそうだろう。帝国アレキサンドライトの皇太子を拝む機会など、この離れたポリセイオではあり得ない。
だが、わざわざ皇太子は、レリアーナ王女の犯した罪の直訴の為にこの場に立っている。
レリアーナ王女の罪は、真実だろう‥。
元々、養女の王女は賛否両論だった。
だが、王妃と同じ髪色を持つ彼女。そして礼儀作法も元々問題なかった。なにより国王が決めた事に反対する者は居ない。モンターリュ公爵家からの打診。誰も何も口にすることはなかった。それほど、モンターリュ公爵家はポリセイオで最も権力ある。この王国を支えて居たと言っても過言ではない。
ちゃきっ‥‥っと騎士団1人の鎧の音が鳴った。
この音の鳴る方へ、テオドールの視線が向く。
「1人でも俺達に刃向かうならば、王国の騎士団は皆殺しだ。俺を誰だと思っている。一歩たりともそこを動くな。
そして、お前らの君主は、お前らが守る価値もない。」
「っ‥‥‥。」
剣や槍を構える騎士達は、息を呑むだけで動けない。
皇太子の強さは遠いポリセイオでも有名だった。
そんな彼は魔術師とやらを率いてここに居る。
俄かに信じがたいが、のたうち回る国王の醜い姿。
魔術師と思われる男の翳された手。
これが魔術でなければなんだと言うのだ。
触れるのも恐ろしい。風もなく揺らめくあの髪色。
瞳は酷く冷たく国王に突き刺さって居た。
「‥‥‥全員武器を捨てよ。」
「王妃様!!!!」
扉の向こうから、レティーシャ王妃が現れた。
騎士達が縋る様な声を上げた。
いつも冷ややかな王妃の顔が、いつもの倍冷ややかだった。
「テオドール皇太子殿下に、ご挨拶申し上げます。」
「これはこれは、王妃‥‥‥。そなたも、わかっているな?
この責任はどう取る?」
レティーシャ王妃に、テオドールはニヤリと笑みを向けた。
「‥‥‥殿下のお心に従います。此度の件は、我が王国の非を全面的に認めます‥‥。」
王妃が皆の前で帝国の皇太子に頭を下げた。
その姿を見た玉座の間に居た全員が、この降伏を認めた。
その姿に満足そうにした皇太子。
齢16とは思えない姿だった。
「王妃よ、では今此処で、国王の首を刎ねるが構わないな?」
「はい。」
のたうち回り目は充血し涙まで流す国王は、ギロリと王妃を見た。だがそれ以上に王妃の憎しみ溢れる瞳が国王に突き刺さる。
もう言葉も発する事もない。だが、最後に見た王妃の顔は見た事があった。どんなにそばに置いても向けられる。
もう何十年経った?
いつまでも真の夫婦になる事が叶わなかった。
だから、このレティーシャの作り上げる魔術師を心待ちにして居た。どんな卑怯なやり方だったとしても、
喉から手が出る程愛しかった。だが、いつも届かない。
そして今‥‥最悪の形で捨てられる‥‥。
愛して居た。どんなに心を求めても手に入らない。
だから、レリアーナ王女を娘と出来たのかもしれない。
養女(むすめ)も同じく、届かぬ心を欲し罪を犯した。
何十年も歪んだ愛が、此処にもあったのだ‥‥‥‥。
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