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繋いで、心 1
しおりを挟む「水‥‥‥。」
「ダメです。」
深夜の地下牢のライリーの前には、ロスウェルがいた。
変化したマジョリカブルーの髪色で束ねた髪を背に流し微笑んだ。
ライリーは捕まって以降その罪故に、水一滴与えられなかった。
干からびるこの思いは、まだ魔術師になった時に比べたらマシに思えた。それでもこの地下牢で、テオドールに言われた言葉でどんどん身が枯れていく気がしていた。
生気が失せる。オリヴァーに言われた言葉もそうだ。
愛がなんなのか、クラクラする頭の中で駆け巡った。
「‥あんた、最初から‥魔術師なの?」
「ええ、そうです。」
「そう‥‥ずっとこの城にいたの?」
「はい。」
「あんた‥‥ずっと、殿下を守ってたの‥?」
ライリーは悲しげにぽつりと聞いた。
「知りたいですか?」
「‥‥あの女も、皇太后が隠してた事も‥あんた達の事だったのね‥‥。」
「まあ、私達は、そういう存在でしたからね。」
「‥‥ふーん‥‥ずるいわね‥‥。」
そう言ってふっと鼻で笑った。
「殿下に守られて‥‥魔術師に守られて‥‥‥
私にされた事くらい‥‥可愛いもんじゃない‥‥。」
「‥‥特別なお方ですからね。」
「殿下の婚約者だからって‥‥。」
「貴方方が何もしなければ、私達がここまでする事は無かったでしょう。あなたの所業だって、分かっていましたよ。
皇太后陛下との事もすべて、私達は知っていました。
あなたに罪がないと、言えますか?」
「魔術師は‥‥なんでも出来るのね‥‥私よりも遥かに‥。」
そう言うライリーに、ロスウェルは笑った。
「ははっ‥‥私達は生まれたときから魔術師なんですよ。
この城で、歴代に学び尊き皇族を守る者です。
邪悪な魔術とは、無縁です。一緒にされては嫌ですね。」
「はっ‥‥あたしだって‥‥生まれながらの侯爵令嬢だったわ‥。」
皮肉げにそう言った。
「リリィベル様が現れた時点で諦めていれば良かったですね。いや、殿下とあった幼き頃からでしょうか。
望みはありませんでした。残念ながら‥。」
「なんでそんな事わかるのよ‥‥‥。」
ロスウェルは、静かに瞳を閉じた。
「殿下は、リリィベル様しか愛せないから、この歳まで誰にも心を動かされなかったのですよ。
まあ、あなたの場合、お父上の罪があったので、一家諸共死ぬ予定だったんですがね。せっかく逃げられたのに、
お馬鹿さんですね。」
「‥‥はっ‥‥私には、殿下しか居ないのよ‥‥。」
「勘違いですよ。殿下の相手は貴方じゃない。断言できます。」
「ムカつくわね‥‥。」
「なんと思っても、仕方ないですね。大人しくさよならして下さい。私は、これでも怒っているんですよ。
あなたのような紛い物に私のお守りする殿下とリリィベル様に危害が及び、私は初めて屈辱です。」
「ふふっ‥それは褒め言葉だわ。」
「ええ、だから、あなたをここで完全に閉じ込めて殿下の願いを叶えます。」
「‥‥叶ってるじゃない‥‥。」
脱力したように、呆然とライリーは呟いた。
「殿下の願いは‥‥自分の通りに‥‥叶わない事なんか‥‥ないじゃない‥‥。」
「人の痛みは他人には分からないんです‥。
あなたの苦しみも、殿下の苦しみも、リリィベル様の苦しみも‥‥。あなたにもつらい思いがあるように、あなたの知らない所で、苦労なんてないなんて‥‥他人が決められるものじゃないんです‥‥。」
「じゃあ、私の愛を‥‥否定される筋合いだってないじゃない‥‥。」
「あなただけの中にあるなら、誰の文句もないでしょう。
一度でも、思い込みではなく、殿下にお心を伝えれば‥
あなたの心の踏ん切りがついたかもしれない。
だからあなたの心はこんなにも歪んでしまった。
殿下の周りは皆そうです‥。心一つ言葉にする事なく、
リリィベル様を否定する。いや、嫉妬する。
そして、殿下の大切な宝物を排除しようとする。
だから、殿下は見向きもしない‥‥。
例え心を伝えた所で、叶う事はないかもしれませんが、
少なくとも‥‥あなたの愛は、形を変えたかもしれない。
誰も傷つける事なく、あなたも今以上の傷を増やす事なく、
この世に未練を残す事なく逝けた事でしょう‥。」
ロスウェルは、なんの悪気もなくそう告げた。
すでに決められた末路。
「‥‥‥‥誰も‥‥そんな事教えてくれなかったわ‥‥。」
「可哀想な人ですね。」
慰めているような言葉でも、ロスウェルは何処までとオリヴァーとテオドールの味方だ。同情もしていない。
だからこそ、余計に惨めになった。
死ぬまでずっと‥‥この気持ちを抱えたまま‥‥
飢えていくのだ‥‥。
長い夜‥‥テオドールは眠るリリィベルを抱きしめた。
指で髪を梳いて撫でてやると、少しだけ身を捩って安心できる匂いに近付くリリィベル。テオドールは、その行動に微笑んだ。
明日の見送りが終わったら、すぐにポリセイオに行かなくてはならない。
こんな脆いリリィベルを置いて‥‥。
「‥‥早く‥‥帰ってくる‥‥。絶対‥‥。」
この世界に産まれた時からの宿命。
果たさなければいけない使命。
「‥‥‥心はいつも、お前の隣にあるのにな‥‥。
身体がないと‥‥触れられないもんな‥‥‥。
ずっと一つになれたら‥‥良かったよな‥‥。
でも、二つじゃないと‥‥抱きしめ合う喜びも感じられない‥‥。変な事、言ってるよな‥‥。」
ここが、生まれ変わりの世界じゃなかったら。
何故、暁と礼蘭の時では無かったのか。
何故あの人生には、2人のエンディングがなかったのか。
俺は長い事生き延びて、この世界に。
ここは何?俺は暁なのか、テオドールなのか。
何万回も考えた。
けれど、今生きてるから。
産まれる子供が、産まれる世界なんて選べやしないのに‥
俺が普通の国民Aで、リリィが侯爵令嬢だったなら。
きっと、それこそ、この世界では通用しなかっただろうな。
そんな事考えたって、キリがないよな。
なってしまった、16年も生きてきた世界を
リリィと出会えたこの世界を、どうしてなんて
礼蘭がいる世界だから、今俺はここで生きている。
「‥‥なんで、元いた世界じゃダメだったのかな‥‥。」
瞳は重く閉じた。考えるのも疲れてしまった。
最後に思ったのは
何処にいても、2人で居られればそれでいい‥‥。
「ポリセイオに‥‥行くのですか?」
朝起きた時、テオドールはいつも通りだったと思っていた。だが、要人達を見送る時間を前に、皇帝の執務室に2人で呼ばれたと思ったら、そんな事実がオリヴァーから伝えられた。
リリィベルは、少し目を伏せてキュッとドレスを握った。
側にはマーガレットも居て、その姿を見ていた。
オリヴァーからポリセイオの事情を聞いたマーガレットはリリィベルを心から心配していた。けれど、この地位がある以上避けて通れない道だ。
テオドールは、朝何も言わなかった。
「リリィ‥‥不安なのは私も胸が痛む程わかっている。
だが、テオドールはこの帝国の皇太子だ。この件は魔術師が必要なのと、魔術師を公表したテオドールに担って欲しい。
私がここを空けるわけにはいかない。
理解してほしい。」
オリヴァーのその言葉は皇帝の言葉だ。
これは相談ではなく命令だ。
リリィベルは、両手を胸に当てて、細い息を吐いた。
「異論はありません‥陛下。テオドール殿下の婚約者として私は殿下のお帰りをお待ちするだけでございます。
お気遣いの上、その様に言って頂いた事‥感謝いたします。」
にこりと微笑んだリリィベルの言葉を聞き、テオドールは目を見開いた。だが、言葉にできなかった。
オリヴァーは、少し申し訳なさそうに笑みを返した。
「ああ、そう言ってくれてありがとう。そなたは皇太子の婚約者。私達がいるから、安心してくれ。優秀な魔術師はロスウェルだけじゃない。」
「ロスウェル様には感謝しています。ですが、他の方々にも日々守って頂いております。なんの不安もございません。」
そう言ったリリィベルにマーガレットは歩み寄りその小さな両手を包んだ。
「リリィ、オリヴァー様の言った通り私達が一緒よ。
だから、安心してテオの帰りを待っていましょう?
結婚式の準備もあるし、あっという間よ?」
「はい、お義母様‥‥。」
2人は微笑んだ。結婚式に向けて気分を切り替えようと。
それについていけなかったのは、テオドールの心の中だけだった。
「では、王子、王女達を見送り準備が整い次第、皇太子にはロスウェルと共にポリセイオ行きを命じる。
迅速に解決する事。以上だ。」
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