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愛じゃない

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「ライリー・ヘイドン‥。」
 オリヴァーは静かにその名を呼んだ。
 ライリーはオリヴァーの姿を見ることはなく、
 テオドールの姿ばかり見える限りを尽くしている。

「‥‥お前はどうやって魔術師になった。

 目的は‥‥‥やはり、テオドールを手に入れるためか?」


 オリヴァーには目も向けず、ライリーは呟いた。

「建国祭には‥‥私がパートナーになると言ったではありませんか‥‥‥。目的は果たしました‥‥。


 まあ‥偽物だったみたいですが‥‥一時でも‥‥‥。」


「所詮作られたでたらめだ。リリィに近付き、魔術をかけてたのも‥‥。」

「ええ‥‥邪魔なんです‥‥あの女‥‥。
 ぽっと出の‥‥醜い女です‥‥ほんとは‥‥殺してやりたかった‥‥。」


 静かに返事を返すライリーに、オリヴァーは眉間に皺を寄せて続けた。

「殺さなかった理由は?」

「ああ‥‥魔術師は、人を殺せないんです‥‥。」



「それは、私達と変わらぬようですね。」
 赤い目をしたロスウェルがオリヴァーの隣に並んだ。

「‥そうなのね‥‥。やっぱり、残念だわ‥‥。

 もっと小さくして、‥いや、動物にでも変えてやればよかった‥‥。でも、抵抗があったんです‥‥。

 アレ、あなたのせいかしら?」


 ギロリとライリーの目がロスウェルに向けられた。
 アレとは、恐らくアンクレットの事だらう。


「ああ、少しでも役に立ってよかった‥‥。」
「ふっ‥‥本当に残念でならないわ。」

 ライリーの視線はテオドールから動かない。

 オリヴァーとは目も合わせずにいた。


「なぜ、そこまで‥‥」


 その言葉に、ライリーはオリヴァーを見た。

「私は、生まれた時から侯爵令嬢です。
 位の高い私が、皇族に嫁ぐのは自然なことでは?」

「そんなものは、私がテオドールを城に上げるまでわからなかっただろう。」

「ですが、現に私が尽くすべき相手はいらしたではありませんか‥‥」

「私は幼いテオドールと約束した。決して政略結婚などさせないと‥。」

「‥‥‥‥魔術師なしでは、あなたは皇帝として相応しくありませんわね‥‥。」

「そなたになんと言われようが、それが皇太子となるテオドールが決めていた事だ。もちろん、私もその考えを尊重した。」

「‥‥‥それで、あの女ですか‥‥‥」


 ギロリと嫉妬を沸かせるライリーを、冷ややかに見ていた。


「リリィは、もはや侯爵令嬢だ。そして婚約者である。

 その身に相応しい相手だと、テオドールの選択が間違いではないと告げよう。」



「‥‥‥ふんっ‥‥‥もういいのよ‥‥‥。」

「‥なに?」

 ライリーは笑みを浮かべてあっけらかんと口を開いた。


「これで、わたしの事は忘れられないでしょう?」
「‥‥‥‥。」


「8歳の頃からずっと、私は殿下だけを愛してきましたわ、あなたのお母様にも、そのように言われ続け‥‥

 それが、こんな‥‥普通の人間が魔術師になるのが、どれだけの事か理解できますか?


 ・・・下手したら死んでしまうかもしれないのに・・・・。

 本当に・・・視線一つもくれないのですね・・・。

 だったら、最悪な形で殿下の胸に刻まれたいわ・・・・。

 あの女を窮地に追い込んだ女として・・・殿下を愛する一人の女として・・・・。


 あの女の顔に傷一つでも付けたかった・・・。」




「・・・たとえ傷がついたとしても、テオドールはそなたに一瞬でも目を向けることはないだろう。」
 オリヴァーが、嫌悪感をむき出しにライリーを見下ろした。

「ふふふっ・・・それでも忘れられないはずよ・・・・・。
 ふふふふふっ・・・もう私の計画は崩れた・・・。帝国に魔術師がいるだなんて、

 ああ、あの老いぼれはこのことを隠していたのね・・・。やっとわかった。


 陛下と殿下には魔術師がいた。だから傷一つ傷つけることも、引っさらって殺すこともできなかった。

 魔術師になっていなければ、あの女を殺せたのに・・・・。」

「・・・ポリセイオ王国は、お前の計画を知っていたのか?」

「遅いんじゃありません?とっくに抗議の書信でも送ればいいものを・・・。
 呑気な方・・・。」

 カチンときた。女であることでこうして話をする時間を作ったが、
 どうやら無駄足だったようだ。


「ああ、そうだな。そなたは早急にその首とさよならしてもらうことにしよう。
 テオドールも、リリィもそなたの事などさっさと忘れればいい。」

「・・・・ああ、こちらを見てくれないかしら・・・・。」
 ライリーはまたテオドールの方を見た。
 拘束されてるこの瞬間もロスウェルの魔術に対抗しずっとそれに解かれようとしているのを
 ロスウェルは感じていた。常にそれ以上の魔術を施しライリーを抑え込んでいる。

 最高位の魔術師とは、どのような経緯でなったか分からない。侮ることはできなかった。
 だが、生まれながらのロスウェルには及ばない。

 どうにかして、テオドールをこちらに向かせようと空間を利用しようとしている。
 それでも、テオドールはロスウェルの守りがなくとも、ライリーを見ることはない。それでもライリーはただひたすらに見つめ続けた。



 オリヴァーが、目を細めた。

「どんな魔術をしたところで、無駄だ。そなたのような者が一番嫌いなんだ。」
 その言葉すら、今のライリーにはゾクゾクする思いを抱かせた。

「ふふふっ・・・やはり、殿下は素晴らしいわね・・・・。

 魔術にすら掛からないなんて・・・一体どうしたら、手が届くのかしら・・・・。後ろ姿は、もう数えきれない程見たもの‥‥‥」

オリヴァーは真っ直ぐにライリーを見ている。
「そなたの手が届くことは絶対にない。」



 ぶつぶつとライリーはついに独り言を呟きだした。



「そなたは・・・テオドールのどこを愛しているんだ?」

「・・・・・・・・・。」



「全部よ・・・・。」




「全部?なんて曖昧なんだ?」
「命そのもの・・・存在そのものよ・・・・。」

「なんて薄っぺらい言葉だろうか。そなたはテオドールと接点などあっただろうか?
 長く会話したことは?テオドールの好きな料理は?好きな色は?」


「何が言いたいのよ・・・愚帝が・・・・。」



 どんな言葉をかけられようと、オリヴァーはその冷ややかな表情を崩さなかった。


「・・・お前はテオドールを愛してなどいない。」

「そんなわけないでしょ・・・。」

「いや?愛してなどいない。ただ、執着しているだけだ。」
「うるさいわよ。」


「テオドールの何を好いて?ただ手に入れられなかったから、リリィに嫉妬しているんだ。
 可哀そうに・・・。幻を愛し、外見や地位だけを追いかけて、全部?

 テオドールの性格一つでも、そなたの愛するところを申してみよ。

 聞いてやる。さあ言うがいい。一つくらい最もなことを言えたなら、テオドールの心に響くこともあっただろう。お前の皇太子妃を目指すその健気さを分かれと?それもテオドールには関係のないこと。

 せめて顔が好きだとでも言ったのなら、そういえばいい。もっともな理由だな。


 全部だと?バカバカしいな・・・・。そういう台詞は、互いを知り合い丸ごと愛してからいうんだな。

 ただの嫉妬だ。それもとても醜くて・・・自分本位で、本気で向き合おうとしたのだろうか?
 それすらも怪しいな。


 テオドールの好きなところは?どこに惚れた?どこを愛しているんだ?」


 オリヴァーに叩き込まれるような言葉に、ライリーは顔を歪ませた。


「っ・・・・全部は全部よっ・・・・あんたにそんな事言う必要はっ・・・・。」



「一つも知らぬテオドールを全部愛するというのは、愛というものを知らないんじゃないか?
 愛が何なのかも知らずに、自己満足で逃亡し、勝手に魔術師になって、婚約者に嫉妬して、


 愚かな女だ。そういう女がテオドールは大嫌いなんだよ。残念だな・・・・。」

「っ・・・うるさいのよ!!!!!!」

 オリヴァーは皮肉に笑った。

「返す言葉もないだろう?当たり前だ。お前はテオドールを何も知らない。

 ・・・絵本の中の王子様に恋をしているだけの、幼女となんら変わりない・・・・。」


「あんたの話なんてどうでもいいのよ!!!!!」


「ははっ・・・・テオドールは愛を知っている。お前のような者が言う愛など、花一本差し出しただけにすぎないよ。残念だね。」


 ついにはオリヴァーは鼻で笑う。

「ふっ‥‥この地下牢で、そなたを逃がし必死だった父親が哀れだな。」
「!!!・・・・いい加減にしなさいよ・・・全部あんたたちのせいじゃない・・・・。

 あんたの愚かな母親が全部悪いのよ。・・・・否定できないでしょ?」

「ああそうだな。こんな幼子に餌をぶら下げたようにその道へ煽ったのだから。」
「っ・・・母親が母親なら息子も息子だわ・・・・。」

 ギリっとライリーの歯が鳴った。



「・・・ふっ・・・。罪な母だ。私の母は。本当に残酷なんだ。」
 それでもオリヴァーは止めなかった。


 ロスウェルが、後ろで薄ら笑いを浮かべた。
 そして一言言ったのだった。


「駄々っ子。」


「このっ!!!!!!」
 ライリーの魔術が一気に膨れ上がる。けれど、ロスウェルは負けない。
膨れ上がる青白い光がぶつかり合った。



「本当の事を言われて怒り出すのだな。」
 鉄格子に顔を近づけたライリーにオリヴァーはニヤリと笑った。


「・・・現実を見てごらん。そなたはテオドールに愛されぬ運命の下に生まれてきた。

 来世はどうか、息子の前に姿を現さないでくれ・・・。

 私は、テオドールとリリィを愛しているんだ。その愛を守りたい。



 冥土の土産に教えてやろう・・・・そなたの言う愛は、我儘と自己満足というんだよ。無い物ねだりは卒業しないとな。」

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