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必ず戻ります

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「‥‥‥‥‥」

 ロスウェルは言われた言葉を理解するのに少し時間がかかった。

 魔術印は、幼い頃から先代の皇帝陛下が居る時から、
 その御代の筆頭魔術師と同じ様に刻み込まれている。

 それが普通だと思っていた。


 これが自分達を守ってくれる証であり、
 命尽きるまで、皇族に仕えるための証。

 そして、幼き日、悪戯に出会った今の皇帝オリヴァーに忠誠を誓ったもの。

 14歳の自分が最大級の魔術で彼と契約したものだ。
 そして、オリヴァーが皇帝になり、皇太子となったテオドールを守る証。

 それを外すというのは、とても勇気がいる事だった。

 彼らと共に歩む自分の人生の一部だった。


「‥‥これが無くなれば、お前は魔術を使えないのか?」

「‥‥いえっ‥‥‥そんな事は‥‥」

 ロスウェルの額から汗が流れた。

 テオドールの真剣な瞳が心臓を射抜いてくるようだった。


 正に、心臓が取られる思いだった。



 これが、自分の正義だった。


「ポリセイオに、お前を超える魔術師がいるという懸念。

 そして、おふざけなあの王女がお前より優れているなんて、
 俺には我慢できねぇ。

 お前は言った。その名にかけて、この魔術を解いてみせると。


 ならば、お前の手枷を外せ‥‥‥。


 お前の出来るすべてを使って。


 俺達を助けて欲しい。」



「‥‥‥‥‥」

 ロスウェルはただ瞬きを繰り返した。




 微かに残る。幼い日の自分の姿。


 ここに連れて来られるまでの事を。




 ロスウェルはスッとテオドールの手を握った。

「くっ‥‥‥。」
 テオドールが苦痛に顔を歪ませた。

 それは魔術印が焼ける痛みだった。



 テオドールに刻まれた魔術がバラバラとその構成が解かれていく。


 その度にロスウェルから青白い光が放たれた。




 やがてすべての魔術構成が解かれると、ロスウェルは
 テオドールを真っ直ぐに見つめた。

「殿下。」

「‥‥‥お前‥‥‥やるならやるって言えよ‥‥。」


 痛みに汗が浮かんだテオドールがニヤリと笑った。

「申し訳ありません。出来るかどうか、自信がなかったもので‥‥。これは、結界を解くのと同じ原理なのです。

 私は指を鳴らして、一瞬で構成された魔術を解体します。

 一瞬でやったならば、あなたを傷つけてしまいます‥。」

「出来るじゃねぇか‥‥。お前、髪が深い青色になったぞ?」


「はい‥‥‥。殿下の読み通り‥‥どうやら、魔術印は、
 私達が皇族方を傷付けないための制約。

 そして、私達の力を抑えるためのもの‥‥

 殿下の言う‥‥貴方様を守るものです‥‥。」


 テオドールはふっと笑って、ロスウェルの手を握り返した。


「‥‥‥この茶番劇に、俺は、歴史を作るぞ‥‥‥。

 お前達が、日の目を見る時だ。」



 自信満々のテオドールが笑った。






 舞踏会の皇族席、テオドールに扮したロスウェルが姿を現した。
 皇帝オリヴァーが、ダニエルとグレン、2人と会話をしていた。そばには作り物のリリィベルも居る。


 その姿をチラリと見て、辺りを見回した。

 目線の先にレリアーナ王女が居た。皇后のそばで笑って話をしているが、ひどく滑稽に見えた。

 この造られた歪んだ世界。


「どうしたテオ。どこに行ってたんだ?」
 オリヴァーの優しい笑みに、ロスウェルは悲しげに微笑んだ。


「陛下、少し宜しいですか?」
「ん?」

 ロスウェルは、オリヴァーの手を引いてバルコニーへでた。

 寒い夜空に、テオドールの姿をしたロスウェルは自身のマントをオリヴァーに羽織らせた。

「何してるんだ。お前も寒いだろ?」

 オリヴァーは気付かなかった。テオドールと魔術契約を解除した事で、その全てを騙すことが出来た。


「いえ、私は寒くありません。」
 そう呟いて、ロスウェルはオリヴァーの前に膝をついた。

「お、おい‥テオ?どうしたんだ!」
 心配そうにオロオロしたオリヴァーに、ロスウェルは笑った。


 長い時を共にしたオリヴァーには、一際想いが募った。

 今この瞬間も、レリアーナの魔術でリリィベルが婚約者だと覚えていない事。2人で必死になって、テオドールとリリィベルを守り抜いた事。

 この歪んだ世界から、あなたを救いたい。


 そっと、オリヴァーの手を握り締めた。


「必ず‥‥‥貴方の下へ戻ります。


 貴方の宝物を‥‥‥命を賭けて守ってみせます。


 ですからどうか‥‥


 全てが元通りになった時は‥‥‥


 愚かな私を‥‥追い回して叱って下さいね‥‥‥。」


「‥‥‥‥」

 オリヴァーの手が焼ける様に熱くなった。

 ゆっくりと‥‥その繋がりを紐解く。



「‥‥‥ロスウェル‥‥なのか‥‥?」


「‥‥‥‥私は、貴方の宝物を守る者です‥‥‥。」


 テオドールの姿は消え、ロスウェルの姿に変わった。
 魔術が解体されていき、ロスウェルは青白い光に包まれた。
「‥‥おいっ!‥‥ロスウェル!!!」

 ロスウェルだと気付いた時、その一つ一つが削がれる気持ちになった。
 オリヴァーは焦った様にその名を呼んだ。

 しかし、しっかりと繋がれた手が解けない。

「‥‥陛下。私は、貴方の盾です‥‥‥。」


「‥‥‥ロスウェル‥‥?」


「必ず、あなたの下に戻ります。」


 ロスウェルの髪色が、マジョリカブルーに変化した。


「‥‥‥ロスウェル‥‥‥お前‥‥‥っ‥‥


 俺の魔術印を消したのか?!」

 オリヴァーは焦りその肩を掴んだ。
 しかし、ロスウェルはオリヴァーに微笑んで見せた。


「言ったでしょ?これは貴方の宝物を守る為です。」
「何のことだ?何を言ってる?!」

「‥‥これから起こる全てを見届けて下さい。陛下。

 あなたの息子は、末恐ろしい行動力の持ち主ですよ。


 そして、私は、あなた方親子が、大好きです‥‥‥。」




 大ホールの中で、傀儡のリリィベルはグレンのそばに居た。
 しかし、グレンは異様な空気を感じていた。
「リベル?」

「なぁに?グレン‥‥‥。」
 その微笑みも見事に再現されている。けれど
 グレンの中では何かが違っていた。

「‥‥‥その‥‥どこか、体調が悪いのか?」
「いいえ?」
「そう‥‥?」



 グレンは、首を少し傾げた。

 何か違うと。



 どこから違うのか、何が違うのか、
 言葉にするのは難しかった。

 でも何故かしっくり来ない。



 それは、グレンの切なる思いが、記憶がどこかに残っていたからだ。

「リベル、せっかくの舞踏会だ‥‥確か‥‥2回目‥だよな?」

「ええ、そうね。」

「踊らないのか‥‥?俺はダンスなんてできないけど、
 侯爵令嬢になったんだし‥‥さっきも誘われただろ?」
 美しいリリィベルが壁の花になっていた。

 その花を見る者は大勢居る。

「私は‥‥‥踊らないわ。」

「なぜ‥‥‥?」

「何故って‥‥‥‥そうね‥‥‥なんでかしら‥‥。

 私が踊る相手は、ここに居ないの。」


 傀儡のリリィベルが言った。

「‥誰と踊るかなんて、誰でもいいだろ?」

「いいえ、よくないの‥‥‥。」
「え‥‥?」



 リリィベルは、なぜこんなにも同じに見えて、
 何故こんなに違和感を覚えてしまうんだろう。


 そんな、時だった。


 大ホールのシャンデリアが一斉に消えたのだ。

「なんだ?!」
 咄嗟にグレンはリリィベルを守る様に前に出た。


「なに?!」
「レリィ!大丈夫?」
 そばに居た皇后がレリアーナの手を掴んだ。
 悲鳴と騒めきが響く。


 ただ、皇族席の玉座の前に何処からか降り注がれる光に照らされて、その人物は現れた。


「静まれ。これは余興だ。皆建国祭を楽しんでいるか?」

 皇太子テオドールの姿が照らされた。

「テオ?!」
 バルコニーから出てきたオリヴァーが目を見開いた。

 あれは‥‥‥本物か?


 今し方、テオドールに扮したロスウェルが魔術印を消して姿まで消えた。慌ててテオドールを呼ぼうとした矢先のことだった。


「‥‥‥今年の建国祭は、特別だ。私は今宵皆に披露したいものがある。」


 皇太子の自信に満ちた笑みが輝く。

 その様子にレリアーナはゴクリと息を呑んだ。


 建国祭の内容は知らされている。
 客としてこの城に来た時の事、そして皇太子妃の部屋で確認したものだ。

 けれど、これは予定にないものだ。




「私は、誕生祭で‥‥1人の女性と出会った。


 まるで星が輝くようだった。」


 その言葉にザワザワと話し声が聞こえる。
 婚約者の事だと誰もが噂する。

「‥‥‥‥これは‥‥‥‥。」

 レリアーナは薄暗い中ニヤリと口角を上げた。
 誕生祭で出会ったのは自分の事だ。

 先ほどの祝辞は皇帝と皇后に宛てたもの。

 この建国祭に、愛を誓ってくれるつもりなのか。


 だとしたらなんて素晴らしい事だろう。


 眩しい光に照らされて、

 テオドールは不敵に笑った。


「もう一度言うぞ?これは余興だとな。」
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