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思うようにはいかないってコト

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 舞踏会が始まり音楽が聞こえだす。

 どうやら、無事に皇太子の祝辞が終わり、
 皇帝と皇后がダンスを始めた事だろう。


 皇太子妃の部屋の中で、テオドールとハリーは辺りを見回した。


「‥‥ハリー、何か感じるか?」

「えぇ、魔術の痕跡‥‥‥それも、知らない魔術です。
 私達はロスウェル様からこの国を守るすべての魔術を習得しましたが、‥これは‥‥感じた事はありません。」

「邪悪なものか?」
「我々には邪悪でも、この魔術は本来そういうもんじゃないと思います‥‥‥ですが、この城を守っているロスウェル様の術を上回るものです。‥‥信じられません‥。

 魔術を展開した者にとって悪ではない。

 そして、掛けられたリリィベル様もそれに気付かないから、アンクレットが反応しなかったと思います。

 傷付けようとしたものではない。」

「そんな事あるか?!人1人を隠したんだぞ?」

 ハリーは顎に手を当てて考え込んだ。




 その間テオドールは部屋のあちらこちらを隅々まで見回った。確かにここはリリィベルの匂いもする。
 すべてが変わった訳じゃない。居る者が変わっただけ‥‥。


 使っている物も、アクセサリーも、リリィベルの物。

 それも、さも当然の様に使っていた事が許せない。


「リリィ‥‥。」
 指輪を抱きしめて、祈るしかない。無事でいて欲しい。
 この祈りが届いて欲しい‥‥。


 ギュッと瞳を閉じる。


 この愛は途切れる事はない‥‥‥。


 ここは天と地がひっくり返った世界だ。




 生まれ変わっても巡り会った番(つがい)だから‥‥。



 今度こそ‥‥。












 真っ暗闇に横たわった身体がピクリと動いた。
 その身体の弾みに、長い睫毛が震えた。

 ゆっくりと開かれる瞳、開いたはずなのに何も見えない。


「ここ‥‥は‥‥‥。」

 自分の姿さえ、見えなかった。

 ゆっくりと身体を起こしてみた。
 どうしてこんな暗闇にいるのか、
 ここが狭いのか、広いのかも分からない‥‥。

 得体の知れない不安が、押し寄せてくる。

「テオっ‥‥‥どこ‥‥‥?」


 暗いから何も見えない。

 でも、呼ばずには居られない‥‥


「テオっ‥‥‥‥テオぉっ‥‥‥私っ‥‥どうしてここにっ‥‥

 っ‥ここはどこなのっ‥‥‥。」


 嫌だ‥‥。ここに居たくない‥‥‥。

 ここは‥‥‥怖い‥‥‥。




 瞳に涙が浮かんできた。

 両手で顔を覆って涙を拭った。
 頬を、指輪が掠めた。


「っ‥ぅ‥‥‥‥テオっ‥‥‥‥。」

 指輪を抱きしめて、身を縮めた。

 この終わりがわからない状況を慰めてくれるのは、

 怖いくらい覚えている。
 テオドールの顔と体温、抱きしめてくれる腕。

 熱くて柔らかい唇と、愛の言葉‥‥‥。



「っ‥‥‥会いたいっ‥‥‥テオっ‥‥‥。」


 ここから一歩も動けない。



 ここはまるで‥‥‥。








 舞踏会会場では、皇太子と婚約者の席でレリアーナが座っていた。

 目線の先でテオドールは、皇太子として貴族達と会話をしている。


「‥‥‥‥なぜ‥‥‥‥。」


 あなたはいつも、婚約者から離れないじゃない‥‥。

 どこへ行くにも私を連れて行くことになっているのよ?


 誕生祭で私と出会い、



 婚約を発表し、暗殺者から私を守り‥‥


 ポリセイオと同盟を結ぶことになってるのに‥。


 みんなそう思ってるのに‥‥‥。


 これは偶然なの?


「レリアーナ王女様。」
 レリアーナの前にモンターリュ公爵が現れた。

「なんです‥‥。」
 公爵に鋭い目線を送った。
 この一見優しそうな男。

「ご希望が叶ったのですから、笑顔でいるべきでは?
 これまでの事があなたの事なのですよ?」

ムスッとした顔で、レリアーナ王女は扇子をギュッと握り締めた。

「‥‥殿下に、ここに案内されてから‥こちらに来てくださらない‥‥。」
「ははっ、そんな狭い心でどうするのです?皇太子殿下が相手にされているのは、同盟国の王族達ですよ。」

「だったら私も連れて行くべきじゃないっ!」

 そのレリアーナの不機嫌な物言いに、公爵は呆れた笑みを浮かべた。

「‥‥‥願いが叶っただけでも、喜ぶべきでは?

 貴方が王女となりこの地に足をつける事が出来たのは誰のおかげだと?」

 上から見下す様にモンターリュ公爵は言った。


「‥‥‥ええ‥‥おかげで‥‥‥私は死にそうになったわ。」



「ですが、その代わりに得られたものはなんです?

 あれ程愛していた皇太子‥‥‥。王女の肩書き‥‥


 皆の記憶を操作出来るほどの魔術師となったではありませんか‥‥‥。


 以前とは違う、美しい容姿。おっと‥‥失礼。



 女神が嫉妬する程の女神になったではありませんか‥。」

「!!!!‥‥‥公爵‥‥‥私に殺されたいの‥‥?」

 ブワッと禍々しい気がレリアーナから漏れ出した。
 見開かれた瞳の奥が、炎の様に熱くなっていた。


「ふはっ‥‥‥まさか‥‥‥。あなたがこの国に嫁ぐことは、
 私はポリセイオ王国であなたを保護し後継者に指名した私のおかげです。その究極の魔術と共にね?マジョリカブルーの髪は魔術師の最高位に値するのですよ?」

「そんなに国王になりたいなら口を慎みなさいよ。
 モンターリュ公爵‥‥‥私はいずれ、帝国の皇太子妃になるのよ?‥そして、この魔術‥‥‥私に敵う者がいる訳ないじゃない‥‥。魔術師はポリセイオのものでしょ?」

 モンターリュ公爵はニヤリと笑った。

「そう‥‥ですから、そんなに怖い顔をなさらない方が宜しい‥‥‥。
 どうせ気付かれないのです。


 あなたの皇太子が、愛想を尽かしてしまわぬ様に、
 本来の方を見習った方がよろしいでしょう。」


 キッと眉を吊り上げて、レリアーナは公爵を睨みつけた。
 その顔に微笑み返すモンターリュ公爵は、スッと頭を下げると、その場から離れていった。


「‥‥‥‥あの女と比べないでよ‥‥‥。」


 なんなのよ‥‥


 私は‥‥‥あの国で‥‥‥‥



 これまでの人生を捨てて‥‥‥


 実験の様な苦痛を伴ってまで‥‥‥‥



 此処に‥‥‥


 愛する人の所へ戻ってきたのよ‥‥‥



 人と呼ぶには悍ましい‥‥‥。

 けれど、おかげで私は何もかも変える力を手に入れた。



「‥‥‥‥未来は‥‥私のものよ‥‥‥。」


 レリアーナが見た先には、ブラックウォールの親子だ。

「ふっ‥‥‥。」

 その光景を見て鼻を鳴らした。


 あんな傀儡を隣に置いて、父親なんて、そんなものなのよ。
 気付かないじゃない。


 そのお人形。


 適当に相槌を打つだけの作られた笑顔に、
 父親は気付かない。



 でも何故かわからない。



「なぜ、あの女は‥あんなに男に寄りつかれて


 誰とも踊らないの‥‥‥?」



 傀儡の分際で、まるであの誕生祭の夜を彷彿させる。


 テオドールと踊った後、あの女は誰とも踊らなかった。


 あの時の様に

 傀儡の分際で‥‥私の神経を逆撫でる‥‥‥。


 あの存在を消してしまいたいのに‥‥。





 〝殺すことはできない。もし、お前が人を殺めたら
 代償を払う事になる‥〟




「まぁいいわ‥‥だって‥‥あの女は出てこないもの‥」
 扇子を広げて、怒りを仰いだ。
 扇子の後ろでどんな表情をしていようとも。



 オスカーと話していた皇太子は、耳を澄ませていた。
 誰にも気付かれない様に。


 筆頭魔術師の腕が存分に発揮されていた。


「‥‥殿下、婚約者を1人にさせておいて大丈夫ですか?」
 シリウスが気まずそうに皇太子に聞いた。
「ははっ、何が問題なんだ?」
 皇太子はまるで知らないフリで笑って見せた。

「いつも離れた事などないと聞いていたので、意外で。」
「そうだよ。昼だってあんなにベタベタしてたじゃないか。」

 皇太子は、スッと目を細めて、グラスの中のワインを揺らした。


「こんな外交の場で俺も弁えているさ。
 それに、サーテリアの王女の相手を頼んでおいたはずだ。

 そちらに精を出して貰わなければ、俺としても困るんだ。」

 その言葉にオスカーとシリウスは顔を見合わせて瞬きをした。

「まぁ‥‥妃になるならそうだよな。」
「ああ、むしろ積極的に動いてほしいんだ。俺抜きでな。」



 すり替わったレリアーナの盲点は、これまでの会話を知らない事だ。

 皇太子の婚約者になると言う事だけで此処にいるのなら、
 きっと、これまで2人がどんな苦労を重ねて建国祭に辿り着いたかを知らない事だろう。


「‥‥‥‥ふっ。」
 皇太子はチラリとレリアーナを見て、鼻を鳴らした。


 所詮すり替わった記憶、取ってつけた様なもの。

 本来ならば、皇后と共にポリセイオの王女と、サーテリア王女の相手をするはずだった。


 だが、あの場に座り続けて目的を果たさない彼女と公爵からいい話が聞けた。


 あの椅子の裏側にある盗蝶器が、役に立った。





 皇太子妃の部屋にて、ハリーはロスウェルから一部始終を聞きテオドールにすべて伝えた。

「‥‥‥じゃあ‥‥王女が魔術師なんだな‥?」
「そのようです。」
「‥‥‥あの女‥‥一体‥‥‥。」
 チッと舌打ちしたテオドール。


 魔術師になる過程で死にそうになった。

 と言うことは、生まれながらの魔術師ではない。

 そして、公爵とは互いの望みを叶えるための相手。



「マジョリカブルーの髪は最高位の魔術師‥‥‥。」

 魔術師ではない人間が最高位の魔術師となった方法。

「あっ、またロスウェル様からです。

 必ず、暴くと‥‥‥。生まれながらの魔術師として‥

 ですって。」

「はっ!‥‥‥ロスウェルに火ぃ付けやがったな。

 まぁいい、とにかく、ロスウェルが暴走する前にリリィを探さないと‥‥。」


 テオドールはベッドサイドの引き出し付きの棚を開けた。
 そこには、見慣れない宝石箱が置いてあった。


「これは‥‥‥。」

「殿下の贈り物じゃないんすか?」
「いや、しらねぇ‥‥。」

 宝石箱を見回した。

「あのグレンとかって奴からですかね?」
「ぶっ殺すぞ」

「冗談ですって!‥そんなのベッドサイドに置くなんて恋人のやることでしょ。」

「俺は今最大級に苛立ってんだからな。」
「さーせん。」


 テオドールはその宝石箱を躊躇いなく開けた。

「あ‥‥‥‥‥‥‥。」

 テオドールは口をポカンと開けてその中身を凝視した。



「うお、マジかよ。」
ハリーはこの瞬間を奇跡の様に感じた。

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