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彼女の応え

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 グレンの申し出から3日後、グレンとリリィベルの時間が設けられた。
 それまでの間、グレンは皇室第二騎士団の稽古に朝から晩まで参加し時間を過ごした。
 リリィベルは良好な体調を取り戻し、妃教育に復帰した。

 グレンが帰る前日の事。応接間にて、イーノクとアレックスが同行しその時間はやってきた。
 あの日、城の外で設けられた場所とは違って閉鎖的な場所。
 それでも日当たりよく、少し空いた窓が緊張する2人の間に追い風をした。

 グレンはリリィベルを前にし、微笑んだ。
「お嬢様、お加減はもう宜しいのですか?」
「えぇ、心配をかけてしまってごめんなさい。」
 リリィベルも落ち着いて笑顔を向けた。

「いいえ、あなたが熱を出して寝込む姿は・・・何度も見てきましたから。」
「・・・そうね・・・。そうだった・・・。」

 7歳から始まった発作。それに付き合ってくれていたのは彼だった。
 急に現れる発作に、彼がベッドまで運んでくれる事は何度もあった。

 だが一歩北部を出た今は、何もかもが変わってしまった。

 紅茶を一口飲んで、グレンはふっと息を吐いた。


「今日はありがとうございます。私の我儘を聞いてくれて・・・。」
「我儘だなんて・・・心配・・・かけちゃったもの・・・・。私の方こそごめんなさい。」
「お嬢様が私に謝る事など何もありません・・・。私はいつもあなたの健康を祈っています。」

 カップを両手で包んで、紅茶に移る自分の顔を見た。
 ひどく情けない顔だった。

「お嬢様は・・・覚えているかわかりませんが・・・・。」
「え?」
「・・・あなたが・・・5歳になった時の事です。」
「・・・何か・・・あった?」

 グレンはそんなリリィベルに眉を下げてニコッと微笑んだ。

「・・・どうして、違うの?って・・・・。私に言ったんです。」
「え・・・・?」

 リリィベルは大きく目を見開いた。それはどういう事なのか分からなかった。

「私も、突然の言葉に驚きました。・・・何が違うのか、何のことなのか分からなかったのです。」

「私も・・・わからないわ?それはいつ・・・。」

 グレンは、懐かしそうにカップの縁をなぞりながら口を開いた。
「ダニエル様が私達の幼い頃の絵姿を絵師に描かせた事がありました。
 ダニエル様は、私の事を・・・あなた様と並んで書いて下さった。

 それは・・・私とお嬢様が、アナベル様がお好きだった庭園で遊んでいた時のものです。」

 そのグレンの話に、リリィベルはハッと息を呑んだ。
「・・・あ・・・。お父様の執務室にある・・・。」
「ええ・・・今も飾って下さっています・・・。私は平民で・・・ダニエル様ともお嬢様とも
 何の関係もないただの子供だったのに・・・。花に囲まれて遊ぶ私達を絵に残してくれました。」

「・・・・そうね・・・・・。」
 リリィベルは、懐かし気に目を細めた。それはグレンが私に花の冠を作って飾ってくれる瞬間を描いたものだ。


「・・・でも・・・完成された絵を見て・・・・お嬢様が、ふとおっしゃったのです・・・。

 どうして違うの?と・・・・。」


「・・・・私・・・そんな事を・・・?」

「ええ・・・私は鮮明に覚えています。一瞬でした。でも・・・その後すぐに、絵を見て喜ばれていましたから・・・気に留めていなかったんです・・・。

 あの時呟かれたお嬢様の瞳が・・・・一瞬、とても悲し気だったのに・・・・。」


「・・・グレン・・・。」



「でも・・・あれは・・・・確かに・・・私達を描いた絵です・・・。


 それを・・・伝えたくて・・・。」


 グレンの真っすぐな瞳が、リリィベルに向けられた。
 リリィベルはそんなグレンの瞳に、瞳を揺らした。


「あれだけは・・・私達が描かれた絵です・・・・・。」


「・・・・・・・・。」


「あの時のあなたが、一言呟いた言葉が、何を意味しようとも・・・・。

 私には・・・あの絵が宝物・・・あなたと過ごした16年が、宝物です・・・・。」


 優しく微笑むグレン。けれど、悲しい色だった。
 無理して笑って、でもその意志だけはハッキリと口にした。


「この先・・・お嬢様が、どんな人生を歩もうとも・・・私はあなたの味方です・・・。

 殿下は・・・お嬢様をきっと・・・お守り下さるでしょう・・・。

 私も爵位を賜るのですから・・・この先ずっと・・・殿下とお妃様を・・・

 ずっと・・・お守り出来るよう立派な貴族に、私もなります・・・。

 男爵ですけど・・・あって損のない物は・・・持っておく主義なので・・・。



 殿下と、お嬢様の未来が・・・幸せである事を・・・心から願っております。

 陛下より頂きましたダニエル様宛の手紙‥‥結婚式を春に早めたと・・・。

 帰ってダニエル様に伝えなければなりません。

 現在、屋敷でも引っ越しの準備でお忙しですよ。お嬢様のお部屋の物もそのまま・・・

 そっくりに再現するのだと、ダニエル様はおっしゃっていました。

 元ヘイドン侯爵邸を大幅に改装し、ブラックウォールの屋敷の内装に近付けると張り切っていました。

 私も、ダニエル様のもと剣術を磨こうと思います。ここで過ごした稽古で更なる目標も出来ました。



 お強い殿下の秘密を知った気分です・・・。ふっ・・・近づいて見せます・・・。


 きっと・・・強くなって・・・お許し頂けたら・・・。



 また愛称で呼ぶことを・・・許してくださいますか?」

「え・・・・・?」

「私の・・・今の目標なんです・・・・。これだけは・・・お許しいただきたいです・・・・。

 もちろん・・・ご迷惑をかけるような事はしません・・・・。公の場で口にしたり等致しません。


 私がまた強くなれたら、もう一度だけ、呼ばせてください・・・・。」

 リリィベルは、そのグレンの悲し気な笑みに胸が掴まれるようだった。
 グレンの気持ちが、伝わってきた。幼馴染だった彼が、自分の言葉に傷ついていた事。

 そして・・・自分を、大事に思ってくれている事・・・。


「私には・・・烏滸がましくも・・・大事だと思える方はダニエル様とお嬢様しかいないので・・・。」

 そう言ってグレンは笑った。リリィベルは、俯いてギュッとドレスの膝元を握った。

「・・・傷つけて・・・っ・・・ごめんなさい・・・・。

 グレン・・・っ・・・あなたは・・・私の幼馴染なのに・・・・っ・・・・。」


「いいえ・・・此処は帝国の城の中・・・あなたは皇太子殿下の婚約者・・・・
 間違いを犯したのは私です。・・・・それなのに、私はそんな願いを言っているのです・・・。

 お嫌なら・・・ずっと、許可されないでください・・・・。

 それでも、私の気持ちは変わりません・・・。私はブラックウォールに永遠に仕えます。
 父と母のように・・・永遠に・・・。」

 グレンは優しかった。この城に来てからいろんな事があって、きっと色々な事が掛け違った・・・。
 変わってしまった状況に、追いついていなかったのは、リリィベルも同じだった。

 けれど、リリィベルには確かなものがある。


「グレンっ・・・ありがとうっ・・・・・。」

 リリィベルの瞳からポロポロと涙がこぼれた。
 それを微笑んで黙ってみていた。



「ごめんねっ・・・。私っ・・・私はっ・・・・。テオが・・・・好きなの・・・っ・・・。」


 こぼれた涙をリリィベルは自分の手で拭った。




 グレンの、大切なもの・・・・。


 私の、大切なもの・・・。


 同じではなくて、ごめんなさい・・・・。


 



「・・・お嬢様が、幸せになれるようで・・・・安心してます・・・・。」
「・・・ぅ・・っ・・・ぅぅ・・・っ・・・。」


 グレンは、その時・・・穏やかにリリィベルを見つめた。

 自分の最大の愛をこめて・・・。


「お嬢様・・・・・。」

 俯いて、涙をこぼすリリィベルに・・・正直に・・・・・。




「ずっと・・・お慕いしております・・・・。どうか幸せに・・・・・・。」
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