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声に出して

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 テオドールは、まっすぐリリィベルの元へ戻った。
 リリィベルは複雑な面持ちだが、ほっとした気持ちでテオドールを見つめた。

「テオ・・・。」
「わりぃ、一撃でつまんねぇよな。」
 その言葉にリリィベルは引き攣った笑みを浮かべた。

「そんな・・・。」

 何といえばいいか分からなかった。

 グレンは強かった。北部では・・・・。
 ダニエルは、グレンの強さを認めていたし、グレンが護衛についてもちろん危険だった事はない。
 それは、北部が平和だったからか。それは分からない。ダニエルの名がそうさせたのかもしれない。

 ただ・・・

「・・・グレンは・・・。」
 リリィベルはすっとグレンを見た。

「・・・・・・・。」
 テオドールはそのリリィベルの不安そうな瞳を見た。


「心配すんな。間違っても情けなんかかけるなよ。お前の護衛騎士になりたいと俺に願い出た。」
「えっ・・・・。」
「俺に勝ったら護衛騎士にしろと言ったんだ。そして負けた。それだけだ。
 お前が今あいつを慰めたところで苦痛になるだけだ。イーノク。」

「はい、殿下。」

 テオドールはイーノクに目をやり、未だその場から離れられないグレンを親指で指した。
「あいつ、帰るまで騎士団の訓練に参加させてやれ、鍛えれば見込みある。
 ま、受けるかどうかはあいつ次第だがな。年下の俺に負けた事を考えれば、お前達の方が気持ちわかるだろ。わりーな。強くて。」

 そう言ってニヤリと笑ったテオドールだった。イーノクはクスリと笑った。

「そうですね・・・。殿下への敗北はここの全員が味わっておりますから。」
「じゃ、後は任せる。俺はリリィと部屋へ戻るから。」

「承知致しました。」
 イーノクが礼をすると、テオドールはリリィベルの肩を抱きその場から離れた。

 少し俯いたリリィベルは、少し振り返りグレンの姿を一目見てテオドールと共に歩いた。



 別に・・・特別な感情があった訳ではないが、グレンは幼馴染だ・・・・。

 愛するテオドールへの特別とは違う。


 だが、強くなろうと足掻いていた彼を知っている。


 強い者に負けるのは、仕方のない事。


 真剣勝負なら尚のこと。



 グレンはこの戦いに、願いを、想いを掛けた。





 その場に残されたグレンがスクッ立ち上がった。風が、汗を乾かし、とても、寒く感じた。

「・・・・・・・・・。」

 とても・・・寒かった。身体も心も・・・・。


 ボフッ

 グレンの頭に清潔なタオルがかかった。
 タオルを手に取り、振り返った。

「秋とは言え、そのまま突っ立ってると冷えるぞ。」
 声の主はイーノクだった。
「・・・・・・・・」

 イーノクは微笑んでグレンを見つめた。

「殿下、強いだろ?」

「はい・・・・・。」

 グレンは素直にそう答えた。

 テオドールは強かった。本来ならもっとお互い必死になる戦いだったはずだ。
 北部の騎士団で一番を誇っても、それでも対戦相手とはこんな短い時間で勝敗をつける事はなかった。
 自分も挑んだし、過信したつもりはない・・・。ただ最後は、汗を流して勝利を手にした。

「ハーニッシュ卿。」
「はい・・・。」
「殿下のそばなら、リリィベル様は安全だよ。」
「・・・・・・。」
「殿下は、誰よりもお強いから・・・・。」

「・・・・・・・・・。」


「・・・俺は、必要ないと・・・。」

 グレンはそう呟いた。

「まぁ、今の君はそうだろうね。」
「・・・・・・・ここは、帝都ですもんね・・・・。」
「・・・・君がそれで、納得できるなら、それでいいと思うよ。でも君の想いは無駄ではないよ。」

 グレンはタオルに顔を埋めた。



 大切な・・・お姫様・・・・。


 好きだった・・・・・。愛していた・・・・・・・。



 俺は、彼女の事を・・・・・。


 だから・・・・・・・。



 本当は、誰もよりも強くなろうとした。けれど、



 彼女が愛する人はもっと強い人だった。



 それが悔しい・・・。


「今なら・・・不敬罪にはならないよ。」
 イーノクがすっとグレンの肩に手を乗せた。

「っ・・・・・。」
「俺しか聞いてないから・・・。」


 腹に力を入れた所で、溢れるものは止まらない・・・。

 タオルに埋めた瞳から、溢れる涙も、震える唇から・・・こぼれる想いも。


「私はっ・・・お嬢様が好きです・・・・っ・・・・。」

「・・・・・・・・・。」


「けれどっ・・・・お嬢様はっ・・・・皇太子のっ・・婚約者・・・・っ・・・・。」

「こんなのあんまりですっ・・・・。」


 ぎゅっとタオルを両手で掴んだ。

 タオルに埋もれて。



「っ・・・この国でっ・・・一番っ・・・手の届かない所へ行ってしまうなんて・・・っ

 どうして私の側にはっ・・・・誰も居ないっ・・・・


 父もっ・・母もっ・・・・たった一人の愛する女性もっ・・・・。


 彼女を守りたくてっ・・・・ここまで来たのにっ・・・っ・・・・

 あんなっ・・・すべて持った男にっ・・・・





 俺はっ・・・・強さまで奪われてしまったっ・・・・・・。」


 埋もれた声を小さくイーノクが受け止めた。
 そして静かに口を開いた。

「・・・そのまま立ち止まる?」

「っ・・・ぅ・・・。」


「殿下は、君を騎士団の訓練に参加する許可をくれたよ。第二騎士団の訓練は特殊でね。

 君と殿下の歳の差は2歳だけれど、聞いてくれる?」

 イーノクは清々しく笑ってそのまま続けた。


「俺は、わずか10歳の殿下に、18歳で負けたんだよ。ははっ今思い出しても悔しい!」
「・・10・・・歳・・・・?」

 グレンは、涙を引っ込めてイーノクを見た。それは信じられないという瞳で。

「そんな目でみるな。殿下は、確かに産まれた時からその地位と才能をお持ちだ。
 殿下が7歳で城へ上がり、剣術の稽古を始めた時には、すでに才能をお持ちだった。


 誰に何を教えられる前に、軽々と木刀を持ち、優れた剣捌きを見せた。

 それから2年、お一人で独特の稽古を成されたと思ったら、10歳の時には我々騎士団で
 殿下に敵う者は居なくなった。まぁそういう事だ。この騎士団は、わずか10歳の殿下に負けたものしかいない。どうだ?ひどい話だろう?大の大人が、10歳の子供に負けた。騎士団を去る者もいた。
 その心を折られるよな。騎士を目指し、皇室の騎士団に入団しただけでも自慢なのに。

 10歳の子供に負けるなんて。俺より年上の者達もたくさんいた。やめてった。
 けれど、俺は殿下の元で殿下の稽古を受け、今や騎士団長に上り詰めた。
 殿下の稽古についてこれたのは、4人、今は、フィリップもか、5人だな。

 殿下が、君を訓練に参加させろと言ったのなら、見込み合っての事だよ。


 どう?いる間だけでも、殿下の強さの秘密を知っていても損はないだろう?

 そこからは君が決める事だよ。」

「・・・・・フィリップ・・・・。」

「おや、知っていた?」

「いえ・・・殿下が、試合中に・・・・フィリップとなら・・・いい勝負がっ・・・と・・・・・。」

 その言葉にイーノクも笑った。
「あぁ、そうだな。フィリップはうちの五番手だ。だから決して君の評価は思ったより低くはないし、
 私も、君の剣筋は悪くないと思ってるよ。フィリップもその精鋭だと、殿下は評価なさってる。

 ただ、殿下に挑むのは、少し早いね。殿下には誰も敵わないから。

 君が良ければ、滞在中、訓練に参加しに来たらいいよ。お許しも貰ってるし。

 だが、リリィベル様へのお気持ちだけは・・・殿下はきっと許して下さらない。




 殿下にとっても・・・・リリィベル様は、とても特別で・・・・命なんだ・・・・・。」


 その言葉にグレンはグッと眉を顰めた。

「なぜ会ったばかりの人を命だと思えるのですか?」
「・・・それは・・・俺たちが、リリィベル様と殿下を見てきたからそう思うんだよ。」

「時間じゃないんだ・・・・。君はリリィベル様とは幼馴染かもしれないけど、


 殿下は、リリィベル様だけを・・・待っていたんだよ。」

 グレンはこの時ばかりはイーノクの手を払いのけた。

「・・・待ってた・・・・?はっ・・・・なにをおっしゃってるのかよくわかりませんっ。」
 イーノクは、卑屈気なグレンの顔に、真剣な瞳を返した。

「本当だ。2人は・・・一目惚れなんて・・・そんな軽い言葉じゃ言い表せないよ。」
「っ…私はっ・・・リリィベル様の事は小さい頃からずっとっ・・・・。」

「あぁ・・・わかるけど、そういうんじゃないんだ・・・。

 うまく言えないけど・・・・・。」


「っ・・・なんです?運命とでもっ・・・そんな言葉を信じておられるのですか?」



 イーノクは、視察で見た、あの船に乗った2人の姿を思い出していた。

「運命・・・・。なんていうか・・・・


 片方だけでは飛べない鳥のような必要な翼だ・・・・・・。

 一方だけではダメなんだよ・・・。

 一緒じゃなきゃ・・・・ダメなんだ・・・・・。」



「・・・っ・・・・そんな・・・・の・・・・納得・・・出来る訳・・・・。」
 イーノクの言葉が、グレンに突き刺さる。

 どんな表現をされようと、今の自分には受け止めきれない。

 一緒でなければならない存在。
 それが、互いでなければいけない理由。

「ま・・・納得できないかもしれないけど、俺たちはそう思ってる。
 それに、殿下をあまり刺激しないでくれ、リリィベル様の事となると、殿下は制御できないから。」

「・・っ・・・。」

「さ、訓練なら、明日の朝6時に第一部からやってるから。じゃあもう戻るよ。」
「・・・・・・はい・・・・。タオル、ありがとう御座いました。」
「ん、俺は、大した事はしてないよ。」

 イーノクがグレンから離れていく。グレンはその背を見送った。


 言いたい事を・・・・少しは吐き出した。

 初めてだった。リリィベルが好きだと声にしたのは・・・・。


 いつも、胸に潜めていたから・・・。

 言葉にしたら、ストンと胸に落ちて落ち着く。


 言葉にする事は・・・きついこの黒い気持ちを少しは軽くして胸に温かく収まるのか。


「・・・・運命・・・・か・・・・・・。」




 それなら、俺だって、彼女だけの運命になりたかった。
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