ハッピーエンドを待っている 〜転生したけど前世の記憶を思い出したい〜

真田音夢李

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 皇太子妃の部屋には内密に有名ブティックのデザイナーがやってきた。
 カタログを目を通しながら、いつぞやのようにマーガレットとリリィベルは楽しそうだった。
 やがて仕事を終えた皇帝オリヴァーも混ざり4人は結婚式の話に花を咲かせた。

 その翌朝、リリィベルに見送られ、テオドールは執務室へ向かった。
 結婚式の話題に浮かれがちだったが、国庫管理室に立ち寄り、建国祭と爵位授与式の準備もしなければならない。
 管理者と話をつけ、建国祭と爵位授与式の予算も決まり、物事は順調だった。

 けれど、今は何を言っても、早めた結婚式に鼻歌を歌う気分だ。

 執務室で予算と式に必要な爵位任命書の準備。各領地に間違いがないか見直しだ。
 フランクも大忙しで執務室と各管理室を行ったり来たりと慌ただしく時間が過ぎる。

「ふぅ・・・フランク、一息つこうぜ・・・目が指が死ぬ。」
「あぁぁ・・・・待ってましたそのお言葉を・・・・。」

 顔面真っ青のフランクが額の汗を拭った。

 軽食を運ばせて、フランクと軽食を共にした。
「はぁ・・・・10年に一度の建国祭、以前の資料と見比べてもこんなもんだろ?」
「ですが、今回は爵位授与式もありますし、授与式だけでも1時間以上かかるのでは?」

「んなもん以下同文なんだから大したことねぇだろ?そんなにかかるか?」
「殿下はそれを読み上げるのですから。」
「おぉ、なんたらかんたら以下同文。」
「重要なことなのに・・・。」

 サンドイッチを頬張ったテオドールは完全に皇太子の仮面をOFFにしている。
 少し崩した体制だが、フランクも慣れたものだ。

「あと建国祭での両陛下への祝辞もありますよ?」
「あー。お父様お母様産んでくれてありがとう。」
「正気ですか!?」
「んな訳ねぇだろバーカ。しっかりしろよ。伯爵家の坊ちゃん。」
 テオドールは紅茶を片手にフランクにニヤリと笑った。
 その言葉にフランクの顔は赤くなった
 シュクマー子爵家はブルークマン伯爵家が没落し、今回の授与式で伯爵となる。

「んんっ・・・。しっかりしてほしいのは殿下ですよ。朝からニヤニヤして。
 バリバリ仕事をなさって下さるのはありがたいですが、何をそんなににやけていらっしゃるのですか?」

 フランクのその言葉にテオドールは満面の笑みだった。

「へへっ・・・教えてほしいか?」
「なんですかっ・・・そんなに笑って。」
 その満面の笑みにフランクは少し怖かった。大体テオドールの満面の笑みにはあまりいい思いをした事はない。

「リリィとの結婚式だが、陛下達と話し合って、リリィベルの誕生月の5月にすることになった。」
「えぇ!?本当ですか?」
 言葉にすればさらに顔がにやける。
「そうだ。俺としちゃーもう少し早くてもいいが、妃教育もまだあるし。だが、そうなった。へへっ。」

「それは、そんな顔にもなりますね。」
 へへっと笑ったテオドールは本当に幸せそうだった。フランクもその顔を見て微笑む。

「昨日4人でウェディングドレスのデザインを決めたんだ。結構時間かかったぞ?
 なんせリリィに似合うたった一つのウェディングドレスだからな。リリィ自身が美しいから決まるのに苦労した。何を着ても本人が綺麗だからしょうがねーよな。」
「はいはい、ご馳走様でございます。」
「え?もう食わねぇの?」
「そういう意味じゃないですよ。」

 フランクが呆れた顔をして笑った。テオドールの惚気話。この溺愛ぶり。
 いつ聞いても、いつ見ても、テオドールとリリィベルはお似合いの美しい男と女。

 テオドールはルンルンでサンドイッチを食べているし、結婚式も早まるのならテオドールも少しは落ち着く事だろう。

 フランクはそんなテオドールに紅茶を入れなおし話しかけた。

「お二人が結婚されて、お世継ぎが産まれたら、きっと美しい御子なのでしょうね。」
「・・・・・・オコ?」

 テオドールがぽかんと口を開いた。ぽろっとサンドイッチの中身をぶちまけそうな程固まった。
「えぇ、お二人の御子なら絶世の美女か美男なのでしょう。分かり切ってますよ。
 皇帝陛下も皇后陛下もお美しい方々ですし、そんな殿下とリリィベル様の御子ですよ?
 そんなの決まってるではありませんか。」




「子供・・・・そっか・・・・。」

 テオドールは、真顔から少しずつ笑みが浮かんだ。

「子供・・・っ・・・・そうだよな!!俺とリリィの子供!!」


 胸がドキドキした。破裂しそうなくらいに。

 2人の子供・・・。今以上の愛の証。やっと解禁される初夜!!!!

「やべー・・・・。」
 頬を赤くさせてテオドールは両手を合わせてその整った鼻を覆った。

「殿下?まだ今は11月半ばですよ?」
「・・・まっ・・そうだな。でも世継ぎは早いうちに作んねぇとな。」

 ソファーに座りなおしたテオドールはまた一口紅茶を飲んだ。
 温かな気持ちが込み上げてくる。

 結婚式が早まって、念願の初夜が解禁されれば、次は世継ぎ。
 考えただけでもうそこには幸せな光景が繰り広げられる。

「あー・・・・・がんばろー・・・・。」
 まるで風呂に浸かったように極楽気分で呟いた。
「だから気が早いですって・・・。」





 その日の夕方、リリィベルは妃教育が早送りで行われていた。
「リリィベル様、今日はここまでに致しましょう。とても覚えが早いです。もう二日分終えました。」
「はい。ありがとう御座いました。ではまた明日、ご指導宜しくお願いいたします。」
 教育係に丁寧にお礼を言い、リリィベルはイーノクとアレックスを連れて部屋を出た。

 向かうのは皇太子宮だが、その道中では騎士団の訓練場が見える。
 皆汗を流し訓練に励んでいた。

「ねぇイーノク卿」
「はい、リリィベル様。」
「テオは訓練場には?」
「えぇ、たまにいらっしゃいますよ?いつもは毎日いらしてましたが、今は建国祭と授与式がありますので
 時間があれば。というところでしょうか。」

「そうなのね。」
「殿下の訓練姿を見たかったですか?」
 その問いに、リリィベルは頬を染めて頷いた。

「えぇ、テオはとても綺麗に剣を振るうでしょ?また見たくて・・・。」
「そうですね。殿下には、我々も勝てた試しがありません。」
「ふふっ。テオはとっても強いのね。」
「えぇ。負けなしですよ。皇帝陛下も、殿下には敵わないとおっしゃっていた事があります。」
「あらそうなの?」
「はい、陛下もお強いですが、殿下はそれ以上ですね。他国にも殿下に敵う者がいるかどうか。」
「そうね。んふふっ」

 テオドールの強さを知れば知る程、リリィベルは明るく笑った。


 その時だった。

「リベルお嬢様。」
 後ろから声がかかった。リベルと呼べるただ一人の男性が。

 リリィベルは声のした方へ振り向いた。
「グレン・・・。」

 グレンはリリィベルを見て笑みを浮かべていた。
 リリィベルは、少し引き攣った笑みを返したのだった。

 グレンは、リリィベルの見ていた訓練場に目をやり、口を開く。

「皇室の騎士団達ですね。」
「えぇ。」
「リベル、立ち聞きしてしまって申し訳ありません。」
「え?」

 グレンは笑みを崩さず続けた。
「皇太子殿下は、そんなにお強いのですね?」

 リリィベルは、その言葉にドキッとした。ここにいるのは、父の側近騎士で、自分の護衛騎士として仕えていた男。13歳でブラックウォールの騎士団の大人たちを負かせた人物だ。

「えぇ・・・幼い頃から強くて・・・有名なのよ?」
「へぇ・・・殿下は、とても才能に恵まれたお方ですね。」

 ゴクンとリリィベルは息を呑んだ。
 グレンの鋭い瞳がリリィベルを見つめた。

「殿下は・・・私の願いを聞き届けてくれるでしょうか?」
「・・・どんな・・・?」

 リリィベルの側にはイーノクとアレックスがいる。
 グレンはその二人を交互に見つめた。

「殿下は、騎士団の中で最強のお方。私は北部でしか手合わせをしたことがありませんので、
 皇室の騎士団の方と一度・・・訓練に参加し、手合わせをさせて頂きたいです。
 何もしないでいるのは性に合わないし、帰るまで・・・暇なもので。」

 そう言ってニコッと笑った。

「騎士団の方々と手合わせをしたら、殿下がどれほど強いのか知る事が出来るでしょう?」
「グレン・・あなた・・・。」

「何より、あなたの護衛をしていたのです。これからこの城で住むあなたの身が安全か安心できる。」

 その言葉にアレックスは眉を顰めた。
「ハーニッシュ卿、我々は殿下には敵いませんが、第一騎士団に引けを取りません。
 そして、リリィベル様の護衛は、殿下が我々を信頼し任命下さいました。

 我々の実力をお疑いですか?」

「そんな事はありませんよ。まさか平民騎士の私に負ける様な方がいるとは思えません。

 私はまだ、平民ですから・・・。」

 挑発的な瞳がイーノクとアレックスに突き刺さる。
 これは挑戦状同然の申し出だった。


「・・・手合わせなら、殿下の許可を頂きましょうか?」

 その言葉にグレンはわぁっと驚いた顔をした。
「殿下に許可を申し出て頂けるのですか?私は騎士団の訓練に参加したかっただけなのですが。
 手合わせまで・・・」


「まぁ・・・手合わせさせて下さるなら、喜んでお相手願いしたいですが・・・・。」
 グレンはニヤリと笑った。

「アレックス卿・・・。」
 リリィベルは怒りを露わにするアレックスに焦った。
 そしてグレンを見つめた。

 平民騎士と自分を卑下しながら、その目は見下しているようにしかみえない。
 リリィベルは、今いるグレンが自分の知っている幼馴染とは信じられなかった。

 北部に居た頃は、誰からも好かれて騎士団の中でもグレンを嫌う者等居なかった。
 こんな人を馬鹿にしたような発言をするような男性ではなかった。


「・・・グレン、立場を弁えなさい。」


「・・・・・・リベル・・・・・。」

 リリィベルの冷たい声にグレンはハッとした。
 グレンを見つめるリリィベルの瞳は、今のグレンを否定する瞳だった。

「あなたは、皇太子妃になる私を護衛するアレックス卿とイーノク卿に何を言ったのか分かっているの?
 手合わせしたら私を護衛できるか安心できるですって?殿下が直々に選んだ精鋭騎士よ。」

「私はただ・・・訓練に参加させて頂きたい事を口にしただけです。
 提案下さったのは、今のあなたの護衛騎士様ですよ。」

「・・・それでも物の言い方には気を付けるべきだわ。私はとても不愉快よ。」
「リベル・・・。」

 グレンは、リリィベルの表情と言葉、声にショックを受けた。
 確かに苛々していた。

 リリィベルの背を守る2人の護衛騎士。

 元々は自分が居た場所。彼女を守るのは自分だけだった。

 誰にも負けない・・・・自分が・・・・。


「その呼び方も、改めてください。私は今や皇太子妃となる身です・・・・。
 ここは帝都の皇族が住む城。私は皇太子妃の部屋を賜った女です。

 いくら幼馴染でも、この城で、そう呼ぶことは禁じます・・・。

 誰が、見ているかわかりません。私は殿下の顔に泥を塗る訳にはいきません。



 北部に居た頃とは、もう違うの・・・・。分かって、グレン・・・・・。」

「・・・・・リっ・・・・・・はい・・・リリィベルお嬢様・・・・・。」


 グレンは悲し気に頭を下げた。


 これが、本来の距離・・・。

 わかってた事じゃないか・・・。

 いくら男爵位を賜ったとしても、俺は爵位を皇族から賜る身。

 この帝国の、皇族に仕える貴族に・・・足を踏み入れる事になる。


 だからと言って、皇太子妃となる女性に、気安く話しかける事等出来る位ではない。


 悔しい・・・。俺が・・・・彼女を守っていたのに・・・・。


 いくら皇室の騎士団とはいえ、実力も知れない者にその身を預けるなんて・・・・。



 俺は、何のために強くなった・・・。あなたの為だ・・・・・。


 その目的を失ったら・・・・俺はどうしていいか分からない・・・・。

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