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今更言ったって

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 グレン・ハーニッシュ。
 北部生まれ平民騎士の家の長男だった。現在18歳
 ブラックウォール家の騎士の父親。母親はリリィベルの母に仕えるメイドをしていた。

 北部国境を守るブラックウォール領地で、グレン達が住んでいた村が隣国から敵襲にあった。騎士としていち早く駆けつけたグレンの父が率先して戦った。けれど、その戦でグレンの父は命を落とした。元々グレンを連れてブラックウォールの屋敷にいたグレンと母に被害はなかったが、父が帰らぬ人となりショックで倒れた母を不憫に思ったダニエルとアナベルが、グレンと母を屋敷に住まわせていた。

 リリィベルが産まれる前のことだ。

 ダニエルはグレンの死んだ父の代わりに、グレンにも愛情を注いだ。屋敷ではグレンは愛情を注がれ育ったが、リリィベルが産まれ物心着く頃に母も死んでしまった。ダニエルは一人となったグレンに剣術を教え込んだ。そして、騎士の道へと進みブラックウォール家に仕えてきたのだった。


 一旦執務室から下がったリリィベル。三人で話を進めた。

「ダニエル様は、陛下のご下命に従う意向を示されております。ブラックウォールの地はブラックウォール家の騎士団が二手に分かれて帝国をお守りすると申しておりましたが、
 いかがですか?陛下。」

「それは構わない。元々、ダニエルが元ヘイドンが治めていた地に移ったら騎士団を配置しようと思っていた。幸い北部出身の騎士が第一騎士団に所属している。その者に辺境伯の爵位を与え、ダニエルには侯爵位に付いてもらいたいのだから。」

 グレンとオリヴァーはテオドールを含め、ブラックウォールの移住の件を話した。

「それは良かった。なんとか治まりそうですね。陛下。」
「あぁ。あとカドマン伯爵とグランディール伯爵家も承諾してくれた。カドマン伯爵に至っては元イシニスを治めてもらうのだ。私も直に会ったが、テオ、お前の言った通りとても信頼出来る者だった。息子のエドワードもだ。

 グランディール家については、マーガレットの両親であるし、問題ない。」

「では、授与式は?」

「そうだな。各地から爵位を受け取る者が遥々帝都にやってくるから‥‥あぁ、でも建国祭も近くなるし、二度手間を取らせるわけにもいかないから。皇太子、どうだろう?
 建国祭に授与式を行うのは。新しい爵位授与をするのに、建国祭は相応しいではないか?」

「えぇ、私もそれが良いと考えます。予算と行程を調整致しますので、再度組み直してご報告致します。」

「あぁ、ではその件はお前に任せるよ。これからを背負うお前の臣下達となるからな。」

「はい。陛下。」

 テオドールには、さらに仕事が増えた。建国祭と授与式を合わせた予算の組み直しだ。

 書類を手にテオドールは冷静だった。
 大まかな報告を終えると、皇帝は口を開いた。

「ハーニッシュ卿。今夜は皆で食事をしよう。リリィベルとは久しぶりに会ったことだし。
 積もる話もあるだろう?」
 皇帝の言葉に、グレンは微笑んだ。

「私が・・・?よろしいのですか?」
「あぁ、せっかく遠い北部からやってきてくれた。皇太子もリリィも戻った事だし皆で食事をしよう。」
「ありがとう御座います。陛下。」

 皇太子は静かに立ち上がった。
「陛下、私は執務室に戻り少し予算を組みなおします。夕食までには。」
「あぁそうか・・・。だが疲れているのではないか?明日からでも構わないが。」
「いいえ、爵位授与式と両陛下と国民たちの建国祭です。準備をしなければ。
 思いついたうちにしてしまいたいと思います。」

「そうか・・・。」

 涼しい顔でテオドールは書類を手にそう告げた。
 皇帝には少しの悪意もなかった。
 テオドールは、グレンを見て口を開いた。

「あぁ、そうだ。リリィと幼い頃からの知り合いだとの事だから、夕食までゆっくり話でもしてくれ。リリィも喜ぶだろう。」

 テオドールの言葉に、グレンは目を丸くした。
「ぁ・・・宜しいのですか?」

 グレンの驚いた顔に、テオドールは穏やかに笑みを浮かべた。
「あぁ、構わない。先程も陛下が言った通り、積もる話もあるだろう?
 幼い頃からの仲で、久しぶりにリリィも喜ぶだろう。もちろん二人きりは困るが、
 従者と護衛がつくから、お茶を用意させるよう言っておくから。

 では。失礼致します。」

 最後までテオドールは穏やかな表情で部屋を出た。

 残されたグレンと皇帝は、少し呆気に取られた。

「だそうだ・・・。リリィに知らせを送るから、今日は天気もいいし、庭園に用意させるよ。」
「ありがとう御座います。陛下。」

 グレンは笑みを浮かべた。



 皇太子の執務室に戻ったテオドール。フランクがすでに仕事の準備をしていた。
「おかえりなさい。殿下。」
「あぁ、フランク。さっき陛下と話をして建国祭と授与式を一緒にすると話になった。
 早めに授与式をしなくても、難なく治めてくれる者達ばかりだ。まぁ問題ないだろう。

 それより予算の組みなおしと、その日の行程の組みなおしだ。前回作った行程表を持ってきてくれ。」

「あ・・・はい。」
 フランクはいつも以上に真面目な様子のテオドールに少し違和感を感じた。
 けれど、テオドールはいたって真面目だ。


 皇太子宮の皇太子妃の部屋に戻っていたリリィベルに知らせが入った。
 庭園でグレンとティータイムの時間を設けたからと。
「ぁ・・・・え・・・?」

 リリィベルは少し戸惑った。

 皇太子の婚約者の自分が、いくら幼馴染とは言えティータイムを共にする。
 しかもテオドール不在で。

 伝えに来た従者に返事を返すと。リリィベルはポカンと小さな口を開けた。
 そして従者の去り際に呼び止めた。

「あのっ・・・殿下もご存じなの?」
 振り返った従者は不思議そうな顔をしたが、笑顔で答えてくれた。

「はい。殿下からのご提案です。ご心配ありませんよ。メイドも護衛も一緒ですから。」
「・・・そう・・・。」

 リリィベルは、やはり・・・胸が落ち着かなかった。


 テオドールからもらったその時間。だが、何故自分が不在なのにそれを許してくれたのか。
 さっきは少し、不機嫌にも見えた。そして戸惑っている気もした。

 グレンの手を取った時、自分もあとから少し後悔したのだ。
 幼い頃から知っているグレン。

 でもテオドールの前で、他の男性の手をとってしまった。


「私・・・・。」
 リリィベルはそっと胸を押さえた。

 テオドールがあっさり承諾した事を、残念に思っている?

 やきもちを妬いてほしかった?

 先程はただの挨拶だ。でも、ティータイムを勧められるとは思わなかった。

 やきもちを妬いてほしかったとしたら・・・。自分はなんて嫌な女だろう・・・・。


 テオドールは・・・本当に、純粋に信じてくれているから、

 この時間をくれたのだろうか。



 さっきまで、自分は、テオドールの手を掴んでいたのに・・・。

「・・・・でも・・・グレンが待ってる・・・・行かなくちゃ・・・・・。」

 行き所のない気持ちのまま、リリィベルはカタリナにその事を伝えて準備をした。




「リベル、少し痩せたか・・・?」
 庭園のセッティングされたティーテーブルを前に椅子に腰かけていた。
「え・・・?そんな事ないわ?」
「そうか・・・?色々あったから、やっぱり少し痩せた気がするよ。
 ただでさえ、リベルは身体が細くて弱いのに・・・。」

 心配そうなグレンの視線がリリィベルに突き刺さる。

「大丈夫よ?それに、両陛下にも・・・・殿下にもとても大事にされているもの・・・。」
 リリィベルはそう言って笑った。
 しかし、グレンは少し眉を顰めた。

「でも・・・ダニエル様が帰ってきて聞いた時は本当に信じられなかった・・・。

 もちろん噂は北部まで届いていたけど・・・。ダニエル様だけで戻ってくるし・・・。」

「そうだ、グレン、お父様は元気にしていらっしゃる・・・?刺客が・・・屋敷に来たと・・・。」
「大丈夫。ダニエル様の強さは君も知っているだろう?俺もいるんだ。誰も被害を受けていないよ。」

 紅茶を手に笑ったグレンに、リリィベルはほっとした。
 父の事は、いつも心の片隅で心配していた。

 だが、こうして側近のグレンから聞くダニエルの話に心底安心した。

「よかった・・・。」


「でも・・・。リベル・・・。」
「ん・・・?」

 グレンは、少し俯きながら口を開く。

「本当に・・・皇太子妃になるのか・・・?」


 リリィベルの胸はドキッと脈を打った。

「え・・・えぇ・・・。」

「正直、帝都に来てすぐ、殿下に見初められて婚約者になって・・・・暗殺者まで向けられて・・・。
 俺も何人も捕らえたけど…。すごく心配してたんだ。幼い頃からお前を見てきた俺は気が気じゃなかった。

 俺が守っていたお姫様が、皇太子殿下の婚約者になるなんて・・・しかもあんな短期間で・・・。」

 不敬にならない程度で、グレンはそう言った。

「その事ならもう過ぎた事よ・・・。それに・・・それだけ・・・殿下の婚約者になるというのは、
 仕方ない事だもの・・・。グレンも見たでしょ?殿下・・・。」


「あぁ・・・見たよ。魅力的な男性だ。もちろん・・・話も聞いてる。リベルを守ってたって・・・。」

「そういえば、どうして婚約パーティには来てくれなかったの?」
「ダニエル様が不在の間、俺が北部から離れたらいくらブラックウォールの騎士団が強くても
 心配だろ?」

「そうだけど・・・。」
「お前が誕生祭に来た時も、俺は北部に残ったし・・・。」

「そう・・・だったわね・・・・。」

 グレンの発する言葉が、リリィベルには何か不思議な感覚に陥った。

 グレンの瞳が、いつもと違う気がして・・・。
 グレンがまっすぐに、リリィベルを見つめた。

「ずっと・・・帰ってくるのを・・・待ってたんだけど・・・・。」
「グレン・・・。」
「本当はリベルの護衛に、着いて行きたかった。そしたらこんな・・。」

「・・・こんなって・・・何・・・・?」

 リリィベルは、表情を消してグレンを見た。



「俺が・・・側に居たら・・・殿下の婚約者になる前に北部へ連れ戻したよ・・・。」

「っ・・・グレンっ・・・・。」

 リリィベルは、辺りを見回した。

 カタリナも、他の従者や護衛も声が届かない所で待機している。

 リリィベルは、グレンに困った顔で口を開いた。

「グレンっ・・・何を言ってるのか分からないわ・・・。」
「北部に居たら!暗殺者に狙われるなんて事態にならなかっただろう?」
「・・・・グレン・・・心配かけちゃったから・・・そう言ってくれてるんだろうけど・・・。
 そんな言い方したら・・まるで・・・・。」


 まるで・・・テオドールを否定しているよう・・・・。


 テオドールの婚約者になった事を・・・間違いであるように・・・・。


 グレンの切なげな瞳が、リリィベルを見つめていた。


「リベル・・・俺は、ずっと・・君を守る騎士だ。遠くでどれほど気を揉んだことか・・・。」

「その事なら・・・本当に申し訳ないと思うわ・・・。」

「君は・・・幸せになれるのか・・・・?幼馴染として、本当に心配なんだよ。」


「もちろんよっ・・・・。当たり前よ・・・・。グレン・・久しぶりに会えたのに・・・
 なんだか変だわ・・・?私は皇太子妃には向いていないと思ってる・・・?

 確かに私も努力するわ?殿下を支えるように・・・今必死で妃教育も受けてるし・・・。」

「・・・あぁ・・・・君は頭がいいから・・・そんな心配はしてないよ・・・・。」


 リリィベルはグレンのその言葉に、ぐっと手に力を込めて返した。


「私は・・・・殿下と会う為に・・・・此処に来たのよ・・・・・。

 そう・・・確信してるの・・・。ねぇ・・・幼馴染なんだから・・・少しは喜んで・・・・?

 グレンの事は、幼馴染で、兄の様に思ってるのよ・・・?あなたに祝福してもらえないのは

 少し寂しいわ・・・・?」


 その言葉に、グレンは切なげに微笑んだ。

「ごめん・・・。君より俺は年上なのに・・・。素直に・・・寂しんだよ。

 それに・・・心配で。あの小さな姫が、遠く離れた地で・・・。」

「でも・・・あなたも新しい領地にくるじゃない・・・・。」
「もちろん・・・君とダニエル様の側を離れる気はないよ・・・。
 リベルがいない北部に、居るつもりはない・・・。」
「っ・・・・グレン・・・。」

 その男の視線が、リリィベルの心を乱した。

「・・・殿下は、器の大きな方だね・・・。俺より年下なのに・・・・。

 俺と君を、2人でティータイムを過ごす様にいうんだから・・・。

 君の事を・・・信じてるんだね・・・。」

「・・・・・・。」

「それとも・・・。虚勢を張っていたのかな・・・。」
「グレンっ!」
「冗談だよ。俺はただの騎士だぞ?そう怒るな。俺だって首は繋がっててほしいさ。
 意地悪しただけだよ。ほら、俺は君をからかうのが大好きだから。」

 そう言ってグレンは笑った。

「・・・・もぉ・・・驚かせないで・・・・。」

 リリィベルは、小さく呟いた。



 城の皇太子の執務室から先に皇太子宮の私室に戻ったテオドールは、
 庭園にいる2人の様子を見て・・・ため息をついた。


「幼馴染・・・・・か・・・・・。」


 そう呟いた表情は・・・・虚無感でいっぱいだった。



 どんな話をしているかはわからない。リリィベルの表情もみえない。
 グレンも笑った顔が見える。テオドールに見えるのはリリィベルの背だった。



 この世界では・・・グレンがリリィの幼馴染・・・・。


 前世は、産まれた時から・・・側に居たのは自分だった・・・・。



 でも、今は違う・・・・。あの黒髪の男は、暁だった俺ではない・・・・。



 別々の場所で産まれ、こうして出会えただけでも喜ぶべきだ・・・・。



 今更言ったって・・・リリィベルの幼馴染になれるわけじゃない・・・。



 けれど、どうしても・・・・思ってしまった。


 きっと、グレンは、前世の俺と同じように・・・リリィベルを守るために、

 強くなることを選んで騎士になったのだろう。



 あの時感じた、グレンの瞳がそう言っていた。



 本当は少し、怖気づいた。


 幼馴染の絆・・・。昔の俺達は、なにも疑わず、互いを愛し・・・。


 そう・・・愛し合って・・・。



 けれど、リリィベルは礼蘭で、俺の運命の番(つがい)。


 ひょっとしたら、アレクシスの言った通り、


 俺の目の前に現れない未来もあったかもしれない。


 そしたら・・・二人は結ばれただろうか。


 愛しいリリィベルを・・・グレンも愛せずにはいられないと、目が言っていた。



 幼馴染・・・。

 その言葉が・・・




 胸に突き刺さって・・・間に割って入る気が削がれた。


 昔の俺達には、誰も入ってこなかった。



 昔は昔と割り切れたなら、こんな風には思わない。


 愛してやまない。礼蘭で、リリィベルであるその魂・・・・。



 前世の礼蘭と今世とリリィベルとが、交差する事を知ってしまった今、



 胸が痛い程、混乱する・・・。




 今更言ったって遅いけど・・・。



 幼馴染に・・・・なりたかった・・・・。


 昔の様に・・・・。


 産まれた瞬間から・・・・運命で結ばれた俺たちに・・・。

 16年の空白が、虚しかった・・・。



 いつもの様に思ってしまう。


 どうして、俺は、礼蘭を失って、忘れてしまっていたのかと・・・・。

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