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その目を凝らして 16

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 リリィベルの入浴中、テオドールは手早く仕事をこなした。
 やる事は視察の事だけではない。建国祭の準備もある。皇帝と皇后が主役となる建国祭。
 代々粗方の準備を皇太子が行ってきた。そのため、規模や予算、演出諸々考える必要がある。
 建国祭の前にリリィベルの父、ダニエルをこちらに来させる必要もある。
 考える事はいっぱいだ。

「ふぅ・・・衣装は陛下達が決めるから・・・。」
 ちょうど一息つける頃、リリィベルが入浴から戻ってきた。
 甘い香油の香りか本人自身か、テオドールを誘ったか。

「リリィ、上がったか?」
 リリィベルが声を掛ける前に、テオドールが声を掛けた。
「テオ・・・お仕事を?」
「あぁ」
 リリィベルの甘い匂いに誘われ、まだポカポカした身体を抱きしめた。
そしてしみじみと瞳を閉じた。

「あぁ・・・・落ち着く・・・。」
 リリィベルの髪に顔を埋めて、それが休憩だと言わんばかりの息を吐いた。
「テオもご入浴なさっては?お疲れでしょう?」
 リリィベルが心配そうにテオドールを見上げた。

「お前が居れば疲れなど忘れる・・・。だが、この後花園へ行くから・・・
 俺も湯を浴びてくるよ。」
「はい。ごゆっくりなさって下さいね・・・。」
 テオドールの頬に口付けするリリィベルにテオドールは微笑んだ。
「お前が居ればいいんだ・・・。お前が・・・。」

 口付けを返して、そっと身体を離した。
「じゃあ、行ってくるよ。」
「はい・・・お待ちしております。」

「フランク、手伝ってくれ。」
「はいはい・・・。」

 相変わらず、テオドールの世話はフランクだ。テオドールはメイドは受け付けない。
 例え服の端すらも目の前でその手に触れられるのを嫌がっていた。

 男2人はバスルームへ消えていく。

 カタリナはリリィベルに果実水を用意した。
 この地のオレンジが含まれた爽やかな果実水。
「ん~・・・・やっぱりここのオレンジは美味しいわね。」
「よかったです。リリィベル様。」
「ここに来れて本当に良かったわ・・・。」
「あとは花園ですね・・・。お風呂上がりですから、少し暖かくしなければ。ストールをご用意しておきますね?」
「ありがとうカタリナ。」

 リリィベルは、ふぅっと息を吐いた。楽しかったとは言え、街を歩いたのは少し疲れた。
 カタリナが丁寧に身体をマッサージしてくれたが、根本的な疲れは残っている。
 温かさについソファーでうとうとしてきた。

「ダメよっ・・・テオがお仕事なさっていたのに・・・私が眠るなんて・・・。」
 ペチペチと頬を叩いて頭を振った。

 この部屋は城と同じで、テオドールの匂いがする。
 その安心感は計り知れない。残り香なのに、安心してしまうなんて・・・。

「ふぅ・・・この後・・・花園に・・・・」
 落ちそうになる瞼。リリィベルはとうとうソファーの背もたれに頭を預けて意識を手放した。
 その様子を見て、カタリナが笑った。

「ちゃんと起こして差し上げますよ。リリィベル様・・・。」
 カタリナが、リリィベルの身体に薄めのブランケットを掛ける。

 テオドールが戻るのも少し時間がかかるだろう。
 その間休んで、2人で夜の花園を楽しんでほしい。少し眠った方がより楽しめる事だろう。


 バスルームでは、湯に浸りテオドールが髪をかき上げた。銀色の髪から雫が滴る。
 衝立の裏でフランクが待機していた。

「湯加減はどうですか?殿下。」
「あぁ・・・すげぇ変態な事言っていい?」
「・・・なんですかっ?」

 湯を両手に掬ってテオドールは真剣に呟いた。

「リリィも入ってたんだよな・・・。」

「・・・さすがに湯は変えてますよ。」

「ちっ・・・男のロマンを壊すなよ・・・。」

 フランクは苦笑いした。普段皇太子の立場からその年齢を感じさせないが年相応な事をたまに吐く。
 精神年齢がアレクシスの言う通り25歳なら、ちょっと問題だ。

「あんまり待たせると・・・リリィは絶対寝るな・・・・。」
「・・・少し寝かせて差し上げては?」
「それもそうだな・・・昼間疲れただろうし・・・・。」
ばしゃっと綺麗な顔を湯で洗った。

「殿下もお疲れでしょう?」
「俺がこれくらいでへばってたら国が滅びるぞ?」
「あははっ・・・それもそうですね。」

「まぁ・・・リリィの為にも、ゆっくり浸かるとするか・・・。」
 テオドールは肩まで浸かった。リリィベルの寝つきは良いから今頃寝ているだろうと思ったテオドールの読みは見ずとも当たっていた。

「夕食は何時だ?」
フランクが胸ポケットから懐中時計を取り出す。

「あぁ・・・・お二人のお帰りが思ったより遅かったので、19時です。」
「そっか・・・。」

「今18時前ですから、ゆっくりできますよ?」

はーっと息を吐くと、テオドールは眉を顰める。
「・・・本当にイーノクとアレックスがくるのか?」
「えぇ、そう聞いております。」

「ちっ・・・何とかなんねぇのかよ・・・。」

「仕方がありません。ここは王都ではありませんし。」
「はぁ・・・・」
「ご不満の様ですね。」

「当たり前だ。やっと自由になったんだぞ。前とは状況が違うだろう・・・。」
「それでも、陛下からも言われておりますので・・・・。」

父親のその思いは当然だが、違うのだ。明らかに自分が手を出さないか警戒している。
「心配性だな・・・父上は・・・。」
「殿下が羽目を外さないように、しっかり管理するよう言われております。」

 テオドールは目を細めた。
「・・・夜も誰か着くとか言わねぇよな?」
「それはさすがに、こちらがご遠慮したいです。」
「あぁ・・よかった・・・。」

「そこまで干渉するようには言われてません。」
「・・・言われてたら居たのかよ・・・。」
「まぁ、やむ負えません・・・。命令ですから。」
「はぁ・・・。」

テオドールの忍耐の日々は続く。リリィベルですら流す様になった。
少しショックだったのだ。いつまでもその頬を染めていてほしいのに。

「・・・まぁ・・・言われ慣れるよな・・・・。」

テオドールは、バスタブに肘をつき頬杖をついた。

そう、これは、倦怠だ。それは許しがたい・・・。特別感が今から衰退しては困るのだ。
俺はまだまだ落ち着く気はない。

胸と頭が痺れるくらい・・・何日も思い返して赤らむくらいじゃ気が済まない。
テオドールは、ニヤリと笑みを浮かべた。今夜の花園は全力を尽くさねば・・・。

「ふっ・・・。」
色々考えて、ついには笑った。




流された事は、かなりショックだったようだ。
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