ハッピーエンドを待っている 〜転生したけど前世の記憶を思い出したい〜

真田音夢李

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その目を凝らして 9

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クーニッツ伯爵邸についた時には、陽が暮れていた。
皇太子とリリィベル自ら、馬車にも乗らずにその足で屋敷へたどり着いた。

大勢の子供を連れてやってきたのを見た夫人は、驚愕の一言だ。
ニコライとアイザックも目をぱちくりさせて黙ってみていた。
事の経緯を話せば、夫人は笑って、そのすべてを受け入れた。
元々2人で通っていた孤児院。顔見知りの子もたくさんいる。

ニコライとアイザックは、同じ年ごろの子とすぐに仲良くなった。
そして代わる代わるメイドと従者が大浴場に連れて行ったのだった。

まだ汚れたままの姿のリリィベルが、ふぅっと息をついた。
それに気付きテオドールは身を寄せる。
「リリィ、すまない、大丈夫か?」
「はい・・・。大丈夫です。いい運動になりました。」

リリィベルは笑っていたが、ヒールでここまでの道を歩いたのは堪えただろう。額には汗も浮かんでいる。
その上、孤児院では全力で子供たちと遊んでいたのだから。
カタリナはそんなリリィベルを心配し、オロオロとしていた。

テオドールは、リリィベルの足を見た。靴で踝が赤くなっている。
その傷に顔を歪めた。まるで自分まで痛いような目をした。

「リリィ・・・部屋にバスルームがあるだろう。カタリナに手伝ってもらって少し休め。
頼むから・・・。」

「テオこそ・・・お疲れでしょう?大丈夫です・・・。」
リリィベルはそう言うが、テオドールは険しい顔をした。

「いやダメだ!カタリナ!リリィをバスルームに連れていけ。」
「テオっ・・・。」
「こればかりは譲らねぇ!もういい、俺が連れていく。」

そう言うとテオドールはリリィベルを抱き上げて階段を上った。
「ちょっ・・テオっ・・・」
「今日の天使はやんちゃが過ぎるな。言う事聞かないと俺が直々に洗うがいいか?」
「なっ・・・・」
頬も耳も真っ赤にしてリリィベルは黙った。

「俺は構わないがな。」

「もぉっ・・・テオっ大丈夫ですからっ・・・。」
両手で顔を隠してリリィベルは身を縮ませた。その後をカタリナがついていく。

リリィベルを抱えながら、皇太子はフランクに声を掛けた。
「おい、騎士団に伝えろ、護衛に出ていた者達と交代し、1人ずつ風呂に入ってこい!
わかったな!」

「あっ…承知しました。殿下…」
テオドールが珍しくリリィベルを抱えながら怒っている。その珍しい光景をフランクはポカンと見た。


ゲストルームに入ると、テオドールは、リリィベルをそのままバスルームに連れて行った。
「テオっ・・・冗談ですよねっ・・・」
「言う事を聞かないやんちゃな天使は、俺に羽を洗われたいんだろ?」
「違いますっダメですっ・・・入りますからっ・・・」

両手で顔を覆って全力で抗議するリリィベルに、テオドールは口を開く。
「言う事を聞くんだな?」
「っ・・はいっ・・・言う事聞きますからっ・・・。」
「よし・・・では、しっかりと疲れを癒してから俺の元に来るんだぞ。」

リリィベルを床におろし、その頭を撫でた。

「未来の皇太子妃がその身体を蔑ろにするな。気持ちはわかるが、後で子供たちと遊んでやれ。」
「はい・・・。ごめんなさい・・・。」
しゅんとリリィベルは俯いた。

「ふっ・・・そんなお前も愛しいが、お前が我慢してるのは見て居られないんだ。」
そう言って額に口付けた。

その口付けに、リリィベルは笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。・・・綺麗になって戻りますから・・・。」
「あぁ、そうしてくれ、部屋で待ってるからな。」
「はい・・・。カタリナ、お願いできる?」

「もちろんです。リリィベル様、マッサージ致しますから。」
カタリナは腕まくりをしてその気合を見せた。

バスルームから出たテオドールはソファーに腰掛けるとふぅっと息をついた。


思ったより疲れた初日となった。孤児院の話が出た時から嫌な予感はしていたが、
その予感は的中した。だが、一つでも悪を滅する事は良い事だ。

「・・・ここは、クーニッツで決まりだな・・・・。」

この元ランドールは、クーニッツに侯爵位を与えるとすでに心を固めていた。

夫人も子供たちを受け入れ、子供たちに優しいあの夫婦、そしてその跡取りとなる息子たち。
きっと、この領地はもっと栄えるだろう。

「孤児院を立て直す資金を置いていくか・・・。」

孤児院から持ち出した帳簿をめくった。

やはり杜撰な物だった。最年少はベルで、最年長にエドガー、そしてリックは病死と記されていた。
そして、必要物資の購入金額も記されているが、十分な金額のはずが足りないなどとは言わせたくない。
皇帝は、孤児院の運営に力を入れていたのだから・・・。一人一人がちゃんと支援を受けて居たなら、あんな身なりで痩せ細った体でいるものか‥。

「この際‥‥孤児院も人員を増やしたいが‥‥王都は少なからず2人以上いるんだが‥
他の地は考え直さないと、こんな孤児院はまだあるかもしれないな‥‥」

皇帝陛下の目の届かない所で、孤児院の実態は思う程深刻かもしれない。

ゲイツの言う通り、現場を知らぬと言う言葉は一理ある。
すべてに目を通すのは難しい。だからこそ、信頼できる領主を置きたい。


これは、その為の視察‥‥。


「‥‥‥俺も‥‥反省しないとな‥‥」

俺は、父の様な優秀な皇太子ではないだろう。

礼蘭の魂を探すのに必死だった時間‥。


まるでその為だけに生きていると言っても過言ではない。


俺は、父の様になりたいと思う‥‥。


思うけれど‥。


俺は、皇太子としてどれだけ世の為に働けるだろうか‥


「馬鹿か‥‥その為の今だろうがっ‥‥」
自問自答して、頭をぐしゃぐしゃと引っ掻いた。

ソファーの背に頭を預けて天井を見た。

「まだ初日だぞっ・・・しっかりしろ・・・・。」


テオドールは、パンっと頬を両手で叩いた。
「っしゃぁ・・・・。あ、傷・・・」

リリィベルと、エドガーの傷があった。俺が出来る事。これからしていく事。

ぐっと右手を握りしめた。ポケットから小瓶を取り出して手袋を脱いで手の甲に一滴、二滴と垂らした。

右手の甲にその紋様が赤く燃え上がる。


「・・・・・・・・」

俺は立ち止まっては居られない。


扉を開けてフランクを呼んだ。エドガーを連れてくるようにと。
エドガーをソファーに座らせると、痛々しい変色してしまった腕を見た。

「殿下・・・どうして僕を呼んだのですか?」
エドガーが不思議そうな顔をして皇太子を見た。
皇太子はエドガーを見て微笑んだ。
その顔にエドガーは男ながらにドキっとしたのだった。

「いいか・・・この事は、まだ誰にも言うな?これはまだ今は秘密だ。」
「え・・・?」

エドガーが首を傾げている間に、皇太子はその腕に右手を当てた。
「はっ・・・。」
皇太子の指の隙間から眩い黄金の光が漏れる。

エドガーはその神々しい光景を見ながら、ジンジンと痛んでいた痛みが引いていくのを感じた。

ニヤリと笑った皇太子がエドガーを見た。

「さぁ・・・どうだ・・・エドガー。痛みはなくなったか・・・?」
「は・・・はいっ・・・」

瞬きをしながら・・・エドガーは皇太子を見た。

「殿下は・・・今・・・」
「これは、皇族に伝わる秘密。だから誰にもまだ言ってはいけない・・・。守れるか?」
「はいっ・・・はい!!」
目を輝かせてエドガーは頷いた。
その顔を見て、皇太子は微笑んだ。そして、そのまだ幼い手を握った。


「エドガー・・・クーニッツ伯爵と協力してあの小さな子達を守ってほしい。」

「殿下・・・。」

「まだ13歳のお前にこんな事を頼むのは、お前が男と見込んでの話だ。
俺は、これからも他の地を周る。そして・・・信頼できる者をたくさん見つけていきたい。
お前のような未来ある男たちと・・・俺はこれからも、この国を守っていきたい。

どうか、これからもその優しい心を忘れないでいてくれ・・・。

そして、助けが必要なら、俺に言ってくれ・・・。

それが俺のやり方だ、お前が孤児院出身だろうと、平民だろうと、関係ない。
忘れないでくれ・・・。きっと、お前の味方になる。約束する。

だから、お前も俺を信じて、今は、あの子達を出来る限りで守ってほしい。

クーニッツ伯爵のような信頼できる者はたくさんいる。悪い奴が多いとは決して思わないでくれ。
そして、俺を信じてくれ・・・。」

エドガーは嬉しそうに笑った。

「はい・・・。殿下にお会いできた僕は幸せです。殿下の期待を裏切らないように生きます。
孤児院を出たみんなも、きっと喜んでくれます。殿下を信じて僕たちは生きていきます。」

「ありがとう。エドガー・・・。お前達を裏切らないよう、俺も全力を尽くすよ・・・。
約束する。」

「はい。皇太子殿下・・・。」

その小さな手は、皇太子の手をぎゅっと握り返した。
その力強さに、皇太子も背中を強く押される思いだった。
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